16 王太子カリストの執着
「はぁ……」
王宮の私室で、処理しなければならない書類を前に溜め息をこぼしてしまう。
私は一体どうしたというんだ。
今日、私は何の用事もなくオリヴィエの元を訪ねてしまった。
彼女が驚くのも当然だろう。
記憶を遡っても、そんなことを私がしたことは一度もなかったのだから。
『私たちは婚約者だ。用事がなければ会えないのか?』
オリヴィエへ向けた言葉は、まんま彼女の口癖だった。
『私たちは婚約者です! 用事がなければ、お会いすることも叶わないのですか!?』
彼女にそう言われるたび、私は心労と煩わしさに悩まされた。
だというのに、同じことを今日、私は口にし、どうしてそんなことを言うんだ、と心の中で不満を感じた。
話したいことなどなかった。
ただオリヴィエの顔が見たかった。
一緒の空間にいたかった。
大した用事もなく二人きりになりたかったのは、クラスメートたちの存在が煩わしかったから。
静かな場所で彼女と会いたかった。
その目を見て、他愛のないことを話したかった。
一度見れば十分だと思っていたが、違った。
一度見たら、次の休み時間にも会いたくなった。
それはさすがに迷惑がられると思って自重したが。
正直、今も彼女に会いたくてしょうがない。
王太子としての公務がなければ、もしかしたら公爵家の屋敷へ向かっていたかもしれない。
執着。
ソウルに言われて否定したが、認めざるをえない。
私はオリヴィエに執着している。
以前と比べて考えられないほど、私に無関心だということに対して不安さえ覚えてしまっている。
『殿下、さようなら。どうか、お幸せに』
夢の出来事が、その不安に拍車をかける。
「──お前はいつから、オリヴィエに改称したんだ?」
その声にはっと我に返る。
顔を上げると、あきれ顔のソウルと目が合った。
「何を……」
「署名欄を見ろ」
「……ったく」
そこにははっきり『オリヴィエ』と書かれていた。
何なんだ、この失敗は。
「お前、重傷だな」
「……病人みたいに言うな」
「怪我や風邪ならどうにでもできる。これはどうにもならないだろ」
ソウルは椅子を引きずってきたと思えば、いきなり執務机と向かい合うように座る。
「オリヴィエ嬢について話せ」
「は?」
「少しでも吐き出さなきゃどうにかなりそうな顔をしてるからな」
「なんでもそんなこと」
「他の連中にのろけられるか? 俺相手ならできるだろ。オリヴィエ嬢について話してみろ」
「オリヴィエは……」
オリヴィエのことを話し出すと止まらず、結局、「駄目だ。お手上げだ」とソウルが音を上げるまで話してしまった……。
本当に私は病人らしい。
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