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14 王太子カリストの緊張

 バザールの日に多くの時間を割けるように、前倒しで公務を片付けた。

 ソウルからは「いくらなんでもそんな無茶をしたら体をこわすぞ」と苦言を呈されるほどに。

 しかしバザールの日は予定を空けたかった。

 バザールで、体調を崩している婚約者に贈る品物を選ぶために多くの時間を確保したかったのだ。

「俺は嬉しいよ。お前がオリヴィエ嬢へ愛情をもってくれているようで」

 ソウルは私の変わりようをからかいながらも、本当の兄のような優しい声をかけてくれる。

 愛情……そうか、これが……愛情か。

 胸に芽生えているオリヴィエへの感情を振り返る。

 執務をしている時、ソウル相手に剣術の訓練をしている時、学校で友人たちと話している時。

 ふとした拍子にオリヴィエのことを考える瞬間があった。

 近頃、その時間が少しずつ増えていた。

 それは喜ばしい変化だ。

 政略結婚であったとしても愛情はあるべきだから。

 そして当日。人混みでごった返すバザールをお忍びの姿で散策し、品物を選ぶ。

 彼女はとにかく派手で高価なものを好んだ。

 正直、うんざりするほどに。

 しかし今の彼女ならばたとえそれが地味なものであっても彼女に本当に似合う品であれば大切に扱ってくれるはず。

 そんな確信にも似た気持ちがあった。

 彼女によく似合うだろう、ガーネットを使ったアンティークのブレスレットを購入した。

 公爵邸へ向かう馬車の中で、私の胸はドキドキと高鳴っていた。

 本当に喜んでくれるだろうか。

 そんな不安と期待が胸の中で入り交じる。

 これまでそんなことはなかった。

 周囲の婚約者持ちのクラスメートたちがどんなものを贈ろうかと頭を悩ませているのを横目に、オリヴィエはひたすらに高価で、派手で、希少性のあるものをねだった。

 彼女にはそれが本当に自分に似合うかどうか、欲しいものかどうかというより、値段や希少性こそが全てだった。

 そしてそれをひとたび手に入れれば興味や関心を失った。

 そんな相手への贈り物に頭を悩ませることが馬鹿らしくなり、次第に彼女の気性そのものに苛立ちを覚えるようになっていった。

 でも今の彼女のためなら、頭を悩ませたいと思う。

 これがおそらく愛情なのだろう。

 公爵邸の車止めで馬車を降りる。

「すぐ戻る」

「俺のことは気にしないでゆっくりしろ」

「オリヴィエは体調を崩しているんだぞ。長居をして、無理をさせたくない」

「でも気遣いすぎるのも駄目だぞ。ちゃんと顔を見て、少しは話せよ」

「……そうだな」

 それくらいは許してくれるだろうか。

 私が扉のノッカーを叩くと、使用人が顔を出す。

「オリヴィエに会いたい。彼女は?」

「お部屋で本をお読みになっていらっしゃいます」

「そうか。少し会えるか?」

「はい、どうぞ」

 メイドに案内され、部屋を訪ねた。

「オリヴィエ」

「殿下!?」

 彼女は分厚い本を読んでいた。

 ちらりと表紙が見えたが、どうやら外国の本らしい。

「どうしてこちらへ?」

「君に会いに来たに決まっているだろ」

「……は、はあ」

 さすがに事前の連絡もなく来てしまい、戸惑わせてしまったか。

「体調は?」

「もう大丈夫です。今日は大事を見ているだけです」

 良かった。

「君にこれを渡しに寄ったんだ」

 ドキドキしながらアンティークのブレスレットの入ったケースを差し出す。

「開けても?」

「もちろん」

 気に入ってくれるだろうか。鼓動が早鐘を打つ。

「……綺麗なブレスレットですね」

「気に入ってくれただろうか」

「はい。とても……ええ、質の良い銀細工に、ガーネットは……小粒ですが、一等級……」

 ぶつぶつとオリヴィエは呟く。

「く、詳しいんだな」

「え? あ、はい、まあ……色々な本を読んでるお陰かと思います」

 オリヴィエはブレスレットをつけようとする。

「待ってくれ。私が着けよう」

「お願いします」

 私はブレスレットをつける。

「……やっぱりよく似合う。君の白い肌に、ガーネットが映えると思ったんだ」

「そ、そうなのですね。ありがとうございます」

「ところで、その本は?」

「これは、西大陸の旅行記です。百年前に大陸を巡った冒険家が残したものです」

「旅行がしたいのか? もしそうだったら、夏の休暇にでも」

「いえ、これはあくまで興味だけですので。殿下のお手を煩わせるおつもりはございません」

「そ、そうか。……そこまで気を使わなくても……」

「え?」

「いや、何でもない」

 私は誤魔化すように咳払いをすると立ち上がった。

「私はそろそろ行く」

「お見送りを」

「いや、君は病み上がりだろ」

「ブレスレット、ありがとうございます」

「いいんだ」

 廊下に出ると、心臓が高鳴っていた。

 彼女の嬉しそうな笑顔が頭に残って忘れられない。

 思い出すだけで頬が火照った。

 馬車へ戻ると、にたつくソウルから「だらしない顔だな」とからかわれたが、構わない。

 婚約者の笑顔が見られたんだ。

 笑顔になるのは当然だろ?



 


 殿下が去って行くのを、私は呆然とした気持ちで見送り、それからブレスレットを眺める。

 これを殿下が?

 何も欲しがっていないのに、すすんで何かをもらったのは初めて。

 ミリエルとバザールへ出かけたことへの後ろめたさからだったとしても、とてもいい品を頂いたことは確かだわ。

 回帰前には何ももらえなかったことを考えると、少なくとも殿下の心証が悪くなっているということはないのね。

 それで十分。

作品の続きに興味・関心を持って頂けましたら、ブクマ、★をクリックして頂けますと非常に嬉しいです。

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