13 回帰前はこんなことなかったわ
学校の空気がどこか浮ついている。
それもそのはず。
王都ではもうすぐ、バザールという西大陸中の商人が王都へ集まってくる一大イベントが開かれる。
私にとってもこのイベントは楽しみだった。
もしかしたらロイドと出会えるかもしれないんだから。
しかし教室では誰もバザールの話題を口にしない。
私がバザールに誘われないことを知っているからだ。
最初から殿下に誘われなかった訳ではない。
最初のうちは、誘って下さっていた。
バザールを訪れるたび、たくさんのどうでもいいものを購入するようせがんだ。
品物が欲しかった訳でなく、どれほど高価な物を購入してもらえるかで彼の愛情を計ろうとしたのだ。
最初のうちは殿下は購入してくださったが、購入した品物をほとんど私が使用していないことに気付き始めた。
『バザールで購入したアクセサリーは身につけないのか?』
『え? そんなもの購入しましたっけ?』
『あれはかなり高価なものだったはずだが』
『高価? 殿下、正気ですか? 王宮の予算に比べれば雀の涙ではありませんか』
それ以来、私がどれほどねだっても、バザールへ誘って下さることもなくなった。
そればかりか、自ら進んで、バザールの日に公務をいれる始末。
痺れを切らした私は殿下に直談判をした。
『どうして誘って下さらないのですか! 婚約者というものがありながら、バザールへ誘われず、大恥をかいているんですよ!?』
『貴重な国費を浪費するつもりはない』
『浪費!? 私は未来の王妃ですのよ!? 身を飾ることも大切な務めですわ!?』
『未来の王妃だという自覚があるのであれば、なおのこと弁えるべきだろう。君がそれを理解できるまで、バザールへ連れて行くつもりはない。そんなに行きたければ、公爵家のお金を浪費すればいい!』
金切り声を上げてどれほど不満を訴えても、殿下は無視した。
本当に思い返すたびに、自分が恥ずかしい。
でも回帰前の私は、本気で殿下の行動を理解できず、バザール当日は悲劇のヒロインぶって涙にくれていた。
だから私にとってこの日はとても辛いもので、私はバザールの話題を誰かがすることも気に入らなかった。
もちろん今世は、そんな馬鹿げたことをするつもりはない。
「オリヴィエ様、またミリエルとかいう伯爵令嬢が、殿下に付きまとっておりましたわ!」
クラスメートたちがそう私に告げ口をしてくる。
「そう」
「お怒りになられないのですか!?」
「オリヴィエ様という方がいらっしゃることを知っていて、わざとあのような無礼極まることをしているのですよ!?」
「目くじらを立てるようなことではないわ。皆さんもいちいち、そんなことを私に教える必要もないわ」
クラスメートたちは私のあまりにあっさりした反応に、唖然としている。
確かにありえない反応よね。
婚約者がいる男性に対して、婚約者のいない場で私事で話しかけるだけでもマナー違反とされているのだから。
でも未来は分かっている。
殿下はミリエルを選ぶ。
愛らしく、可愛らしく、しおらしい彼女を。
私が男でもそうする。
だから別に動揺する必要はないわ。
私にはやるべき目標があるんだから。
と、にわかに教室がざわつく。
一体なにかしら。
顔を上げた私の目に飛び込んできたのは、殿下のお姿。
私を見かけるなり、精悍さと気品を両立した顔立ちがほころんだ。
唖然としている私の元へ、殿下が歩み寄る。
「おはよう、オリヴィエ」
「おはようございます、殿下。どうなさったのですか?」
「今週末のバザールだが、久しぶりに一緒に出かけないか?」
一部のクラスメートから黄色い声が上がった。
「殿下、お気遣いはご無用です」
「え?」
「その日はご公務がおありなのでは……?」
「公務は予定を調整すればどうにでもなる。バザールだぞ、オリヴィエ。君の好きな……」
もしかしたら、オークションのお礼という意味なのかもしれない。
私が回帰前とは違う行動を取ったから、その影響なのだろう。
殿下に無理はして欲しくはない。
回帰前、ミリエルが殿下にバザールで真珠のブレスレットを買ってもらったと吹聴していたことに激怒した私は校内でそれを引きちぎり、騒ぎを起こした挙げ句、異例の謹慎処分を受けた。
そう、殿下はミリエルとバザールへ行かれたのだ。
殿下は律儀な性格だから、今回は気を遣われたのだろう。
でも無理はしてほしくない。私たちは交わることのない関係なのだから。
「殿下、とにかく、私は行きません。そろそろ授業が始まりますから、お戻りください」
殿下は呆然とした顔をしている。
まるで私に断られたことがショックであるかのように。
そんなこと、ありえるはずもないのに。
……あぁ、そうだわ。私としたことが。
こんな大勢の前で断るなんて配慮がなかったわ。
いくら形ばかりの誘いとはいえ、殿下の威信を傷つけることはするべきではない。
「……実は、体調がここのところ優れないのです」
「なぜそれを早く言わない! あの怪我のせいか? それともオークションで無理をしたせいか!?」
「いいえ、そういうものではなく……もしかしたら少し風邪気味かもしれません。ですから、大事を取りたいと思いまして」
「なら、早退するか? 辛ければ屋敷まで付き添うが」
「そこまでして頂く必要はありませんので」
「……医者を送るよう言っておく」
「あ。ありがとうございます。ですが、かかりつけの医師がおりますのでお気遣いなく……」
「分かった辛くなったのなら遠慮しないで言ってくれ」
「え、ええ……ありがとうございます」
「また様子を見にくる」
はい?
呆然とする私に殿下は笑いかけ、教室を出て行った。
そして実際、休み時間になるたび殿下は私の様子を見にきたのだ。
……なぜ?
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