11 オークション
週末。
私たちは王宮にいくつかある離宮を貸し切って、寄付パーティーを開催した。
会場には貴族や商人などが集まっている。
誰もがオークションという初めての催しにわくわくしているのが伝わってきた。
殿下は招待状を送ったものの、どれほど集まるか半信半疑だったようだけれど、蓋を開けてみれば大盛況。
殿下は、ペーパーナイフやペン、服や装飾品を出品なさった。
さすがに品数が少ないので、私も家で一度着たままドレスルームに放り込んだままのドレスや、購入したまではいいが色やデザインが流行遅れだからと身につけないまま埃をかぶっていたアクセサリーを出した。
我ながらどれだけの効果の品々を無駄に購入してきたか、過去の自分に呆れたが、こういう形で少しでも役立つのであれば、と思った。
殿下が人々の前で今回のパーティーの目的をスピーチし、できるかぎり協力して欲しいと訴え、いよいよオークションが始まる。
この国はまだオークションというのは一般的ではなかったので、私が説明に立ち、進行役も務めることになった。
やはり出足は鈍い。
誰もがオークションという初めての行いに戸惑っていた。
気持ちは分かる。
売り手ではなく、買い手が値段をつけていくのだ。
商人であれば当たり前のように行っていることだけれど、消費者としては初めてのことだろう。
誰もが互いに顔色を窺いつつ、恐る恐る入札するものだから盛り上がりに欠ける。
もちろんこうなることは想像の範囲内。
だからこそあらかじめサクラを用意していた。
彼らが積極的に入札を繰り返し、最初のいくつかの商品を落札するのだ。
落札すれば大袈裟に喜び、そして殿下が購入してくれたことを褒め称え、気持ち良くさせる。
サクラの演技が潤滑油になり、徐々に他の参加者たちが積極的に入札するようになった。
一度火が付けば、あとはその場の雰囲気。
互いに一つの商品を巡ってヒートアップすれば、落札金額は元々の値段を超えて膨れ上がる。
商品はびっくりするほどの値段で次々と落札され、盛況のうちにパーティーは終了した。
結果的に集まったお金は、殿下が求める金額を優に超えた。
これだけあれば、子どもたちのために多くのことがなせるだろう。
招待客が全員帰宅した後、私は椅子に座りながら、夕焼けを浴びて輝く庭園をぼんやりと眺めていた。
この日のために準備を重ね、今日は朝から動きっぱなしでさすがに疲れた。
でも嫌な疲労ではなく、心地のいい疲労感と達成感。
これほど充実した日は、回帰前の学校生活ではなかったかもしれない。
「オリヴィエ、平気か?」
「殿下」
「いや、立たなくていい。疲れているだろう。そのままで。本当に今日はありがとう。君のお陰で、大勢の子どもたちが救われる」
「大袈裟です。私は大したことは……。アイディアを提供しただけです」
「それがとても助かった。それにアイディアの提供だけじゃなく、今日のために色々と動いてくれたじゃないか。今日だってあれだけ長い時間、オークションの司会を務めてくれた。それで大したことはしてないだなんて、謙遜がすぎる」
殿下はふっと、口元を緩め、微笑んだ。
殿下が私に笑顔を!?
目を疑ってしまう。
私に向ける顔はいつも真顔か、不愉快そうな顔ばかりだというのに。
私は殿下の新鮮な笑顔に、胸の奥がくすぐったくなる。
「平気か?」
「あ、は、はい。もちろんです」
「今日の礼だが」
「お礼などいりません。これは、婚約者として当然のことをしただけですので」
「……君からそんなことを聞けるなんて。あ、すまない」
「いいえ。確かにそうですね。私はいつでも殿下にあれをして欲しい、これをして欲しいとねだってばかりでしたから。でも今日のことは本当にお礼などいりません。殿下のやりたいことに協力できたのですから」
「王宮図書館への立ち入りを許可状を出させた。これからは、いつでも使って構わない」
王宮図書館。
それは王宮内にある王族戦用の図書館である。
歴代王が収拾した稀覯本の数々は、公爵家でも手が届かない。
それこそ智の殿堂と呼ばれる。
「……たとえ婚約者といえども、王族ではない私の許可を取るのは大変だったのではありませんか?」
私の評判の悪さは社交界では知らぬ者はいない。
口さがない人たちから、どうしてあんな悪女が王太子妃なのだと陰口をたたかれることもしばしば。
そんな私のために骨を折るのは大変なことだっただろう。
「問題ない。君が近頃、勉強熱心だから。王立図書館ならば、もっと多くのことを学べるだろう」
「ありがとうございます。ではそろそろ私は帰りますね」
殿下は私に腕を差し出す。
その腕を見つめたまま、きょとんとしてしまう。
殿下は「エスコートのつもり、なんだが」とぽつ、と呟いた。
「あ……そうでしたか……っ」
私は一拍遅れて、その腕を取った。
「屋敷まで送らせて欲しい」
「……ありがとうございます」
私は殿下の腕を取った。
まただ。
殿下が笑いかけてくださるなんて。
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