レイナード家の長男の恋人(2)
ハロウィンが近いので作ってみました。
貴族にとって『夜会』はただ華やかな社交場ではなく政治と経済の駆け引きの場である。
貴族にとっては『夜会が開催できる』が重要であり、その豪華さが力の象徴となる。他家よりも華やかな夜会を開くことで経済的優位性を示し、誰を招待できるかで政治的・経済的な影響力を示す。
レイナード侯爵家は先代オリバーが『ほぼ破産』まで財政を追い込ませたため示す経済力がなかったのと、経済的に急成長をしめし大貴族に返り咲いたものの『水』というライフラインを国規模で握っているという自覚があったため政治的なものに関わらないようにしたため、ヒューバートの貴族としての社交は最低限だった。
しかしアリシアとの復縁に向けた交流が始まり、ヒューバートは『アリシアには自分がいる』ということを周囲に知らしめたくなった。自分がアプローチ中だから手を出すときには覚悟しろ、という威嚇である。
幸いアリシアの仕事は服職師、社交場はよい宣伝の場になると誘い出しやすかった。息子のパーシヴァルが協力的になってからは、例えそれが恋愛下手のヒューバートに同情したという理由であっても、あちこちにアリシアを連れ回せるようになった。
美しく着飾ったアリシアをほぼ一番に目にして、会場では彼女の一番近くにいられて、ヒューバートは社交を楽しむようになった。隣国からの侵略戦争を防ぎながら恋仲になり、アリシアを婚約者として王都に戻ってからのヒューバートは有頂天だった。
再婚し、双子の娘たちが生まれ、次男も生まれ、ヒューバートは有頂天を改めた。まだまだ幸せはある。
双子の娘たちが1歳になった頃からアリシアはレイナード侯爵夫人としての社交をはじめた。最初は他家の夜会に参加していたが、レイナード侯爵家でもアリシアが準備して夜会を開くようになった。
貴族の消費活動は都市経済や職人文化を支える基盤であり、その貴族が国一番の資産家の財布を使った有名服飾師の新作発表会なので経済はぐるぐる回り、職人たちも我こそはと言わんばかりに技巧を凝らす。レイナード侯爵邸の夜会は王家やティルズ公爵家が主催する夜会と同じプレミア級になった。
そして今回はパーシヴァルが初めて夜会に参加する。
次期レイナード侯爵でいろいろなところに覚えめでたい将来有望な人物で、まだ婚約者がいない。パーシヴァルに政略結婚などさせないということは侯爵夫妻が明言している。パーシヴァルとの結婚は恋から始まる、まずは出会う、それが恋への第一歩。
パーシヴァルは普段はレイナードの鉄壁の守りの中にいる。そのパーシヴァルが公の、しかもアプローチOKの場に出てくる。もともとプレミアム級の招待状にベタベタと箔が付いた。
「ルージュナード、他に比べてかなり単価を高めにしたのに飛ぶように売れたわね。来年はここまで売れないだろうから何か策を考えないと」
パーシヴァルの目に留まるために、少しでもレイナード侯爵夫妻の覚えめでたくなるためにルージュナードで娘のドレスを仕立てたいという貴族が増え、それを見越して増産した分も全て売れて満足のアリシア。
「息子を利用しないんじゃなかったの?」
「利用していないわ。これを買ってくれたら夜会に招待するとか、あなたと踊らせてあげるとか言ったわけじゃないもの。あちらが勝手に期待しているだけ」
「あれだけ『分かりますよね?』って目で見られていたのに」
「言葉にしていないのだから問題ないわ」
「当然です、アリシア様に罪などあり得ません」
母子の会話に割り込んだのは、店のアトリエの中央でマネキンのように着せ替え人形のようになっているリヴィア。パーシヴァルのお試し期間中の恋人。
告白してきたのはリヴィア。
彼女はパーシヴァルに好意や憧れはあるけど、どちらかといえば『出涸らし令嬢』と笑った周りを見返してやりたいという度胸試しを兼ねた告白だった。
パーシヴァルはその告白を受けた。
パーシヴァルにとって告白してきたのはリヴィアが初めてではないし、終わりではない。ただステファンの結婚式に参加して「恋してみたいな」と思ったときに告白してきたのがリヴィアだったから試してみるくらいの気持ちで受け入れた。
そして貴族令嬢らしくなく、無気力な見た目に反してやる気に満ち溢れるリヴィアにパーシヴァルは惚れた。
「パーシヴァルは俺に似たんだな」
リヴィアの見た目を裏切るパワフルさにアリシアが重なったヒューバートがしみじみと感想を漏らすと――。
「好みが、ね。安心して、母さん。僕は父さんみたいなヘタレではないから」
「そうね、安心したわ」
母子の会話にヒューバートはショックを受けた。特にアリシアの言葉は、ヘタレの自分に対する不満でしかない。
「ア、アリシア?」
「ご安心くださいませ」
「リヴィア嬢?」
「好きになれば痘痕も笑窪。そのお顔で“ヘタレ”というギャップはアリシア様にとって萌えでしかありませんわ」
「……うん、ありがとう」
力なく応えたヒューバートの耳に『できた』と満足気なミセス・クロースのスタッフたちの声が届く。
そこには時を一世紀ほど戻した雰囲気のドレスを着たリヴィア。ドレスの色は赤で華やかだが、リヴィアの淡い色合いと(見た目は)楚々とした雰囲気と相まって戯曲に出てくる佳人のようである。そしてリヴィアをエスコートするパーシヴァルも一世紀ほど前に流行した紳士のデザインの夜会服を仕立てている。
「なんでこんなクラシカルなデザインかと思ったが、揃いというレベルを超えて一対という感じだな」
「ご理解いただけて嬉しいですわ。色を合わせるのは簡単ですけど、そう簡単に揃いなどさせません」
母として息子の恋を応援しているように聞こえるが、わずかに孕まれた女の情にヒューバートの胸がぎゅうっと絞まる。
ルージュナードを買い求めてきた客の中にはヒューバート狙いの者もいたのだろう。夫の欲目と愛情を抜いてもアリシアは美しく才溢れる女性。そのアリシアにどうして勝てると思ったのかヒューバートには心底分からないが、彼女たちは宣戦布告のようにアリシアの店にくる。
好き好んで嫉妬させたいわけではないが、嫉妬されるのも一種の愛情表現でありヒューバートとしては堪らない。素通りでも横槍は恋愛のスパイスになる。
「アリシア、話があるんだ」
そう言うが早いか、返事を待たずにヒューバートはアリシアを担ぎ上げる。驚きの声をあげるアリシアに構わず2階に向かった。
「ヒューバート様……」
「見当違いの嫉妬をする君が可愛い過ぎるのが悪いんだ」
嫉妬に気づかれたアリシアはふいっと顔を背ける。子どもが4人もいるし、ヒューバートからの愛情を疑ったことはない。品定めするような不躾な目線にも慣れている。それでも、なんというか理屈ではない。ヒューバートの寵を得ようという女性の存在は面白くない。
ルージュナードはレイナードの特産品で国でも需要の高い赤色の布。これを作ったことにアリシアは後悔していないが、ヒューバートの目と同じ赤色を纏うなら金髪の自分より茶系の髪色の彼女のほうが似合うとか、琥珀色の瞳をした彼女のほうが似合うとか考えてしまう。
ヒューバートなら『だからなんだ?』で笑い飛ばすことだと分かっていても、気になるものは気になってしまう。
「リヴィア嬢のような雰囲気になりたいのに、私がルージュナードを着ると派手すぎますの」
「クラシカルで情熱的、そんな雰囲気のアリシアが俺は好きだが?」
「……好みの問題ですわ」
「俺の好みはアリシアだからな」
相手の気持ちが分からないから臆病風に吹かれてヘタれるのであって、相手の好意がこちらに向けばヒューバートの言葉も態度も追い風をまとってストレート。
ヒューバートの直球な言葉にアリシアは淡く頬をそめる。4人も子を産んでいるのにいまだ初々しいアリシアの雰囲気にヒューバートは何度でも恋をする。二人は現在進行形の、恋愛街道を優雅に歩く夫婦なのである。
「それなら、今度の夜会は仮装をテーマにしてみるか。レイナードは農業が盛んな地域ではないから俺も馴染みはないが、農業が盛んな地域ではその頃に収穫祭をするし、なんでもその際に仮装をするらしい。パーシヴァルたちもそのコンセプトに合いそうな出で立ちだからな」
「それは楽しそうですわね。でも収穫祭でなぜ仮装を?」
「死者の魂が家族のもとに来るときに悪霊もいっしょにやってきて、その魔除けだとかなんとか」
「死者の魂……」
アリシアにとってコールドウェル子爵は父親ではなく、だから『家族』として認識したことはないが魂が戻ってくると聞いてゾッとした。アリシアのこの最も貴族らしい華やかな金髪を、高く売れると最も喜んだのは子爵だったから。
「君はルージュナードに似合う髪色に染めて女たちを蹴散らせばいい。茶色でも黒でも俺は似合うと思う。俺は普段と違う君を見られても、惚れ惚れできる。一石二鳥。そして、その夜はそのまま愛し合おう。イチャイチャしていると幽霊がこないとステファンに聞いたことがある。なんなら今からでも……痛っ」
腰に触れたヒューバートの手をアリシアは軽く抓る。
「私はふしだらなことをしていると幽霊が来る聞きましたわ」
「そうか。それならどちらが正しいか試してみないとな」
「ヒューバートさ……きゃあっ!」
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