レイナード家の長男の恋人
書籍が発売されたらブックマーク数が増えていて、これは新作を出さねばと思いパーシヴァルのその後の物語を作りました。
感謝の気持ちを込めて。
恋人の設定については「レイナード家の長男と親友のその後(https://book1.adouzi.eu.org/n9046ht/87)」にあり、時系列でもその話のあとになります。
人は見た目で決まる。
これはリヴィアが十歳になる前に悟ったこと。
―― ロゼッタは可愛い。
リヴィアが思うに、これはリヴィアが生まれたときから言われてきた言葉だろう。
そして赤子のときは言葉を解せず、幼年期は姉を褒める言葉だと思って無邪気に聞いていたと……。
(思う、多分)
―― ロゼッタは可愛いのに。
母親がため息と共にそう言った日、九歳の誕生日パーティーに向けてドレスを仕立てようとしていた日のことは、十六歳のいまもリヴィアは覚えている。
「それはショックで?」
「多分? でも、昔はそうだったとしても、いまは違います。ロゼッタ姉様が我が家の突然変異なのですから」
姉ロゼッタの見事に煌めく銀色より数段くすんだリヴィアの灰色の髪は父親譲りで、ロゼッタの高貴なアメジストと違うリヴィアの淡い水色の瞳は母親譲り。
でも全体的に淡い色合いでまとまってしまったリヴィアと違って、父親は瞳がウイスキーを溶かしたような濃い琥珀色で、母親の髪は紅葉した楓の葉のような赤茶色と、鮮やかな色があるから輪郭がバシッと決まっている。
「この色、この形の私の顔こそ父と母の子って感じなのに。あんな超美人が生まれたことを不思議がるべきなんです」
「アハハハ」
楽しそうに笑う目の前の男。
パーシヴァル・クリフ・レイナードは綺麗な顔立ちをしているとリヴィアは思う。
自分の顔があの両親の子だなと思うように、この男の顔もあの御両親の子だなとリヴィアは思っている。
***
(やっぱり、リヴィアとの時間は楽しいな)
「この垂れ目のせいで」と机に突っ伏し、苛立ちを机に拳でぶつけるなど貴族令嬢にはあり得ない姿……なのだけれど、この非常識がパーシヴァルにとっては見慣れたものだったりする。
母アリシアは服飾デザイナーで、煮詰まると机にへばりついて「スランプだ、もう終わりだ」とウンウン唸っている。
祖母カトレアは年齢的に毎日訓練はしていないが、騎士たちと訓練した日には芝生に寝っ転がって「疲れたけれど気持ちいいい」と叫んでいる。
叔母ミシェルは……レイナード家の侍女から渡された薄い本を読みながら「今回も傑作」と足をバタバタさせて悶えている。
でもこの三人、他人の前では完璧な淑女である。
十八歳になってようやく夜会への出入りを許されたが、不慣れな身だからだろう、扇子で口元を隠し周りの貴婦人たちと談笑する三人の姿には毎回驚いている。
そんな環境で育ったから、パーシヴァルは普通の貴族令嬢が嫌いだった。
特に遠回しな、何かを臭わせて「察して」という話し方が苦手だった。
(性的欲求は他ではらしながら、ロイドと付きあうのも有りだと思っていたんだよね。リヴィアと付き合ってからは微塵も考えていないけど)
告白されて付き合ってみたら面白かった、このリヴィア・エルディス・トスカ伯爵令嬢。
社交界の一花と名高いロゼッタ・エレーヌ・オスロ子爵夫人の妹で、通称『出がらし令嬢』と言われている。
姉に比べて数段淡い色合いでまとまった容姿のせいらしいが……。
(学院を二年も飛び級して在学中に弁護士資格も取るほどの才女のどこが出がらしなんだろうか)
パーシヴァルが見る限り、いつもリヴィアは何かに燃えている。
この小柄な体のどこにそんな燃料があるのか不思議になるほど、全力疾走し続けている。
それなのに世間の評判は『出がらし』。
「垂れ目がどうしたの? 可愛いじゃない、僕は好きだよ」
「ありがとうございます。でもこの目だと気迫が感じられないと言われまして」
「気迫があふれ出んばかりの経歴なのにね」
「依頼人が安心して任せられない感じがするって……感じって……そんなふわ~んと曖昧な理由で不採用だなんてあんまりです」
「あー……」
リヴィアの夢は弁護士になること。
母アリシアがパイオニアになり、王妃の後押しもあって貴族夫人や令嬢が仕事をすることが増えたけれど、弁護士の世界にはまだ貴族令嬢はいない。
そもそも女性も少ない。
企業の弁護士になりたいというのなら、大商会レイナードを運営する父ヒューバートの伝手を使う方法もあるのだが、リヴィアがなりたいのは弱きを助けるタイプの弁護士。
(そうなると、見た目もまあ、ある気がする……)
「顔の重要性は分かります。私だって綺麗な顔を見るのは楽しいですし、それでレイナード先輩に度胸試しも兼ねてやけっぱちで告白したのですし」
「え? そうなの?」
度胸試しのやけっぱちだったとは。
なんとなく知りたくなかった新事実だった。
(いや、意外でもないか)
卒業式の後に告白されて、ちょっと思うところがあったから、パーシヴァルはリヴィアと付き合うことにした。
フェアであるように「試しに付き合ってみて合わなかったら別れたい」と言ってある。
お試しと言われたら怒られそうなものだが、リヴィアの反応は……「確かにお試しって必要ですよね。私が想像しているレイナード先輩がただの理想の可能性もありますし」と満足気だった。
この瞬間に自分はリヴィアに恋をしたのだと、最近のパーシヴァルは自分で気づいている。
そして自分が恋に落ちる瞬間がなんとなく父親に似ている気がして、少しだけショックだった。
父親のような恋愛下手にはなるもんか。
その一心で、トスカ家の茶会に出ることも決めた。
リヴィアの母親、トスカ伯爵夫人主催の夜会にリヴィアをエスコートして参加するなど『婚約していませんが、そういう仲です』と言っているようなものだ。
(折角だから大々的にいこう。リヴィアが出がらし令嬢と言われているうちにちゃんと囲い込んでおかないと父さんの二の舞になってしまう)
賢者は先人の愚行から学ぶものである。
「それで、僕たちはいつまでここでこうしているの?」
「……心の準備ができるまでです」
「心の準備、してる? 話に夢中で忘れていない?」
「……だって、レイナード先輩って聞き上手だから……ついつい話に夢中になって……」
(あそこで育てば、聞き上手にもなるよね)
パーシヴァルが目を向けた先には、母アリシアが経営している人気服飾店『ミセス・クロース』がある。
今日はそこでリヴィアのためのドレスを注文する予定だった。
予定だったのだが、「女神の如きアリシア様にお会いする前に精神統一と緊張をほぐしたい」と言われてパーシヴァルはリヴィアをエスコートして斜向かいのカフェにいる。
働きたいと思う貴族令嬢にとって母アリシアは先駆者。
リヴィアによるといくら崇めても崇め足りない存在らしい。
「珈琲のお代わりはいかがですか?」
「……お願いします」
コーヒーのポットをもった従業員がリヴィアに見えないような角度でパーシヴァルにウインクをする。
この従業員、顔見知りだ。
顔見知りというか、レイナードの者だ。
超過保護な父ヒューバートは、妻アリシアを守るためにこの通りの店舗に家の者を従業員として送り込んでいる。
(もう、さっきから視線が煩い)
厨房に戻って、陰からこっそりとサムズアップする従業員(家の者)を軽く睨む。
四杯も飲んでいるからだろう。
胃を痛めないようにとミルクの入っている心遣いに感謝はした。
***
「全然お店に入ってこないであんなところで話し込んでいるのだもの、何か深刻な事態だと思ってしまったわ」
息子がフラれる場面を目撃したらどうしよう、どう慰めようと頓珍漢な悩みを抱いていたアリシアはホッとして力が抜けたため、リヴィアの接客を店のスタッフにまずは任せた。
いまリヴィアは店のスタッフから渡されたドレスのカタログに魅入っている。
ゼロから作るにしてもイメージが必要だからだ。
(あの子が、パーシヴァルの恋人……多分、初めての。とりあえず紹介されたのは初めてだから、正式なのは初めてと思っていいわよね)
「それじゃあ母さん、あとはよろしく」
ここはアリシア専用の部屋で、許可なく誰も入ってこない。
これからここで寛ぐという雰囲気のパーシヴァルにアリシアは首を傾げる。
「あなたが選ぶのを手伝ってあげたら?」
幼い頃からここに出入りしていたため、パーシヴァルには服飾の知識が豊富だ。
女目線のドレスの選び方はもちろん、ステファンあたりから男目線のドレスの選び方も教わり、「お父様よりもお兄様のほうがセンスがいい」と妹たちにもその目は信頼されている。
「リヴィアなら何を着ても可愛いし。でも色が決まったら教えて。あ、あと露出は極力控えてね」
「若いんだし、ひざ丈のドレスも可愛いわよ」
「だめ」
(でも本命についてはその知識を活用することができないどころか……注文内容がヒューバート様にそっくり)
笑いながら部屋を出ると、アリシアは大きく三回深呼吸をした。
息子の恋人、緊張していた。
でも――。
「アアアアアアアア、アリ、アリ、アリシ、アリシア様!」
自分より緊張している人間がいると、とかく落ち着くものである。
「初めまして、リヴィア嬢。あ、お名前で呼んでもよろしいかしら」
「ももももももも、もも、ももちろんです」
「そんなに緊張しないで、と言っても難しいわよね。私も息子の恋人に会うなんて初めてで、実を言うと王妃様にお会いするときよりも緊張しているの」
「え、レイナード先輩ってよく女性をこの店につれてくるのでは?」
「え? そんなことないわよ……え? あの子、そんなに遊んでいるの?」
(ステファン様の悪影響?)
「わ、私、この近くの本屋さんにときどき来ていて、レイナード先輩が色々な女の人とこの店に入るのをよく見かけていたから……学院でもモテていたし」
「ああ、よかった。それ、うちの店の女性スタッフね。男の子で力があるから、よく荷物持ちをお願いしているの」
「レイナード侯爵令息が、荷物持ち、ですか?」
「珍しいかもしれないわね。でも買い物って一番身近で簡単な経済の勉強だから……」
「デイム」
呼ばれて振り返ると、ケイがいた。
数年前に紳士服の専門店として暖簾分けをした「ロード・クロース」の副店長を任せているケイがここにくるのは珍しくないが、困った顔は珍しかった。
「すみません、お客様がいらしていたとは……」
「急ぎかしら?」
目線でリヴィアにアリシアが謝罪すると、リヴィアは目で『気にしないでください』と答えた。
その目は自然で、帝国からの移民だと分かる容姿のケイに向ける目に忌避感や蔑みはない。
(レイナードに合う子だわ……って、婚約もしていないのに気が早過ぎね)
「ちょっと取り引きで揉めていまして……デイム、やはり俺ではなく別の仕入れ担当者を雇ったほうが……」
「その見た目で判断されるというなら、あなた自身が変えていかなければならないわ。あなたの武器を使ってね」
「武器なんて何も……」
「私もヒューバート様もケイの味方よ。どんどん使って、移民ってだけで舐めた真似をする商人たちをぎゃふんと言わせてあげなさい」
(あら、私ったら興奮して……)
「リヴィア嬢、これには……」
(理由もなにもないのだけれど!)
「かあああっこいいいいいいい」
「……え?」
「戦う女神様……ふああああ、しゅてきぃ……」
「え? リヴィア嬢?」
「母さん、何をやっているの?」
「ヴァル?」
(何をって……ちょっと品がないところを見せたくらいしか……)
「ケイ、説明して」
「デイムが勇ましい姿を見せ、それにご令嬢のハートが射貫かれました」
「……母さん。カトレア祖母様の子どもって、本当は父さんじゃなくて母さんなんじゃないの?」
「やだ、カトレア様みたいにあんな格好良く振舞えないわよ。ウサギも狩れないし。でも、そんな風に思ってくれるなんて嬉しいわ」
(カトレア様みたいですって……キャッ///)
***
リヴィアの様子をみようとしてアトリエを覗いたら、母アリシアがリヴィアを篭絡していてパーシヴァルは心底驚いた。
(どうやったの!?)
ケイに心が読めたら「そこですか?」と驚きそうなものだが、パーシヴァルは本気で驚いていた。
パーシヴァルにとってリヴィアは攻略の難しい存在だった。
店の従業員の女性の話し相手を務めてきた経験を活かせばいいと思っていたパーシヴァルを嘲笑うように、「可愛い」と褒めても「好き」と言っても、礼は言われてもさらっと流されている。
全く響いていない。
おそらく響かないのは姉ロゼッタと比べられてきたから。
本人は大したことないと言っているが、悪く言われて完全に「大したことはない」にできない。
幼少期なら尚更で……。
(だからゆっくりと褒められることに慣らしていこうと思ったのに!)
「リヴィアさんは色を選ばないから、翠色のドレスはどうかしら?」
「うわあ! アリシア様の瞳の色ですね!」
「え、いえ……私ではなく、いえ、私もそうなのだけどパーシヴァルの目の色……」
「そういえばパーシヴァル先輩も緑色ですよね」
(そういえば!?)
「ケイ……」
「何と言うべきか……このあと、飲みにいきますか?」
「うん、行く……あの様子だと、このあとのデートは無理そうだし。言わないけど、『うちに来ない』っていったら母さんとまだまだ話せると誤解して突進してきそう」
「それは……アリシア様をダシにすればお泊りもOKということではないかと」
「ケイ……誰の悪影響?」
パーシヴァルに睨まれたケイが「師匠でしょうか」と呟くと……。
「「痛っ」」
いつもどこかにいる隠密から、いつも必ず持ち歩いている飴を二人揃ってぶつけられた。




