第4話 針を刺す
「ねえ、プリム。私とヒューバート様の結婚式って再来月の予定よね?」
「そうですよ。ヒューバート様が侯爵と商会の力を使い、予定外の大改装をした中央神殿での挙式をねじ込みましたね」
「招待状はもう送付してあるの」
「うちにも届きました。ありがとうございます。アランと一緒に行かせていただきますね」
帝国とのイザコザがあったとはいえ、「王都に戻ったら結婚しよう」と言いそうなヒューバートが半年以上待つと聞いたときはプリムは意外だった。
アランから貴族の招待には一定の期間が必要なことと、アリシアのドレスを完璧に仕上げてもらうためだと聞いてプリムは納得した。
「アランさんは元気?」
「ほぼ瀕死ですね。もともとの仕事が多いところに、結婚式関係で色々仕事が追加されたようですから」
結婚式に関する仕事はほぼアランが一手で引き受けている。
カトレアが母親として手伝いを願い出たそうだがアランは断ったという。
プリムから見ても彼女は力技で解決しそうなタイプだから断ったのは正解だったと思っている。
「大変な思いをさせてしまっているのね」
「有能だから大丈夫ですよ」
心配そうなアリシアを宥めるため、プリムは惚気も込めて『大丈夫』と言ったが、有能なことは確かだが全然大丈夫ではないことをプリムは知っている。
贈り物はノーザン王国の伝統。
特に祝い事になると贈り物は欠かせない。
そして手広く商売しているレイナード商会は『結婚祝いの品』が豊富にそろっていて、今回のヒューバートとアリシアの結婚祝いのために多くの貴族や商人が『結婚祝いの品』をレイナード商会で買い求めている。
彼らがレイナード商会を選んだのは、そこがヒューバートの商会だから「どれを選んでも大きな失敗はない」という贈り物選びの最難関がクリアされているからだ。
こうして大量の『結婚祝いの品』をレイナード商会が一手で取り扱うことになったのだが、これは商会員を増やして対応できているらしい。
問題は大量の手紙だった。
基本的に貴族が商会で何かを買うと、「ご注文ありがとうございます」と言う内容を丁寧にしたためた手紙を商会長が出す。
但し、ヒューバートの場合は侯爵という立場でもあるので、お礼状が下位の者に遜ることになってはいけないと副会長のアランが出す。
だから、いまアランは大量の結婚祝いの注文に対して大量の『お礼状』を書いて出している。
さらにレイナード紹介には商会は贈り物を代理で送るサービスがある。
結婚祝いもこの形で贈る人が多い。
なぜならヒューバート自身の商会だから。
このサービスでは、品物を贈った後に注文主に対して「先方は満足してくださったようです」といった内容の手紙を出す。
これもまた先ほどと同じ理由で商会長のヒューバートではなくアランが出している。
その結果、アランは腱鞘炎になりそうだと泣きごとを言っている。
そんなアランを思い浮かべつつも、目の前のアリシアの机の上にある書きかけの手紙にプリムは提案する。
「その手紙も侯爵様の代理なのですから、それもアランに任せたらどうです?」
酷いと嘆くアランの顔が浮かんだが、アリシアが腱鞘炎になるよりはいいとプリムは思っている。
(それか侯爵様ご本人に……)
「『代理』なんて妻になったみたいで……」
「ドレスのデザインは終わっていますしから全く問題ありませんけれどね」
こんな嬉しそうなアリシアを止められるわけがない。
手紙を書く仕事をヒューバートに差し戻す案はなかったことにした。
(侯爵様といえば……)
「侯爵様と最近お会いになっていますか?」
「? 会っているけれど?」
自分は最近アランと全く会えていないことを思い出したプリムの質問に、アリシアは全く心当たりが内容に首を傾げている。
(……化け物に違いないわ)
アランから聞いている限り、ヒューバートの仕事量はアランよりも多いはず。
それなのに『今までと変わらず』会えているらしい。
「そう言えば、プリムはアランさんとルームシェアするのではなかった?」
「ああ、あの件は保留にしました」
アランは『ミセス・クロース』から徒歩二分くらいの場所にある家に暮らしている。
一年ほど前に買い取ったというその家は二世帯住宅。
自分との同棲を見越してアランがこれを買ったのかと思ったが、この家にはヒューバートの右腕となった頃から借りて住んでいたという。
独身男が二世帯住宅。
その陰には『女』がいるとプリムは踏んでいた。
「ヒューバート様から聞いたのだけれど、アランさんのあの家は当時の事務員さんが選んだ物件で『近い』というだけでアランさんはあの家に決めたみたい」
「それって『自分とのシェア』を仄めかしているじゃありませんか」
「相手がその意志を発信してもアランさんが受信しなければ意味がないのではない?」
『所詮は片思い』で片づけるアリシアの言葉にプリムは近いうちにアランに会って「ルームシェアをしましょう」と言うことに決めた。
「招待状の騒ぎ、そろそろ治まる頃かしら」
「結婚式当日まで騒ぐのではありませんか?」
今回の社交シーズンの注目はレイナード侯爵家。
前侯爵夫妻が来月王都に来るという噂が最近社交界に広がり、「一ヶ月後くらいに結婚式があるはずなのに招待状が届かない」と顔を青くする貴族がたくさんいた。
貴族の招待には一定の期間が必要。
つまり招待客ならば既に手元に結婚式の招待状が届いているはずなのだ。
ある勇気のある伯爵夫人はヒューバート本人に「招待状に手違いはないか?」と訊ねたそうだが、ヒューバートはにっこりとキレイに微笑んで「ハズレからの招待状など暖炉の焚き付けにもならないでしょう?」と言って黙らせたという。
でも、ここで諦めないのが貴族である。
次に彼らはヒューバートが溺愛してやまないアリシアをターゲットにして、『結婚祝いの品』として豪華なドレスや宝石を贈ったが、その贈り物は【醜女には不相応なので】というアリシア直筆のメッセージがついて送り返されてきたらしい。
(二人ともいい性格をしていらっしゃる)
こんなやりとりをしていれば周囲はあっという間に騒ぎになり、社交界はいま大きく勢力図を変えている。
レイナード侯爵家の結婚式の招待状を受け取った家門には茶会や夜会の招待状が大量に届いているという。
今後価値の上がる家と縁を作りたいという思惑で『贈り物』が飛び交う王都の景気はうなぎ上りで、王家の資産管理人であるティルズ公爵が算盤を弾きながら高笑いする姿にティルズ公爵夫人が苦笑していたという。
「話が逸れてしまったわね。それでね、そろそろウエディングドレスを縫い始めない?」
「もう少し練習したいのですが……」
お針子たちの納得のいく形に縫えないため、ウエディングドレスは仮縫いから全く進んでいない。
違うドレスを縫うことで技術を腕を上げようとお針子たちが一丸となったため、数着のドレスが予定よりも早く仕上がっている。
「でもね、そろそろ縫わないと……間に合わないかな、って」
「そう、ですね」
妥協はしたくないけれど、納期は守らなければいけない。
「間に合わないならケイにも手伝ってもらう? そう言えば、ケイは?」
「ケイの手縫いの技術はまだまだですし、そもそもウエディングドレスに子どもとはいえ花婿以外の男の手が触れるのはよくありません。あと、ケイはいま警ら隊の詰め所にお使いに行っています」
「警ら隊? 何かあったの?」
「『よろしく』という挨拶でお酒を届けてもらっているだけです」
アリシアが「最初の式で中古のウエディングドレスを着た」と聞いたとき、プリムたちはアリシアを除く全員でコールドウェル子爵の墓参りに行った。
交代制で見張りを立てて墓に唾を吐き捨てたのだが、それ以上の復讐をヒューバートがしてくれたとアランから聞いたときは快哉をあげた。
(一ヶ月分の収入がお酒代に消えたけれど全く後悔はないわ)




