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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第5章

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第5話 幻の染料を探す

「何を笑っているの?」


 パーシヴァルの声にタピオはハッとし、「最初ニ会った日を思い出シていまシた」と答えた。予想通りパーシヴァルとロイドの反応は「ふーん」と興味なさそうで、


「それよりも、今日は弁当を持って山に冒険にいくのはどう?」


 一日の計画は毎日順番に決めて、朝食のあとに発表する。アリシアの反対がなく、残り二人も賛成したら即実行。初めて会った日の翌日から、これがタピオたちの日課になっていた。

 ちなみにレイナード家の当主はヒューバートだが、アリシアが駄目と言ったらヒューバートも駄目と言うのでアリシアの意見を聞けばいいらしい。


 今日のパーシヴァルの提案を誰も反対しなかったので、弁当を作ってもらうために厨房に行く途中で三人はカトレアに会った。


「三人とも仲良くて結構。タピオを挟むと三兄弟のようだな」


 カトレアは生粋の貴族夫人だが、貴族と平民を区別はしても差別はしない人だとタピオが理解するのに時間はかからなかった。パーシヴァルたちにこれを言うと、彼らからは『お祖母様を貴族夫人というのはなんだか普通の貴族夫人に申し訳ない』と言われた。



「三人にお願いがあるのだけれど」


 厨房の一角を陣取って料理長が弁当を作るのを見ていたら、アリシアに呼ばれた。三人で顔を見合わせたけれど、タピオたちにアリシアのお願いを聞かないという選択肢はない。


「山に行くならついでに『アカネ』を探してきてほしいの」

「アカネって幻の染料じゃないの?」


 パーシヴァルの言葉に、アリシアの後ろにいた女性が小さく笑った。彼女の名前はトワといい、約一年前から『ミセス・クロース』で働いている染織の専門家だとタピオは聞いていた。


(東方の島国の顔立ちは独特の雰囲気があるな)


 アランから沢山の本を渡され、辞書を片手に毎日少しずつ読んでいる。興味があることから学べばいいとアランに言われ、いまはトワの影響で東方の国に関する本を読んでいる。


「幻の染料というのはレイナードに行く口実ですが、ノーザン王国の植生では珍しいと言えます」


 トワの説明にパーシヴァルがレイナードにはあるのか尋ねた。


「恐らく。赤い根の蔓を伸ばす植物で、萌黄色の星型をした小さな花が咲きます」

(星形の花……そんな植物なんてあったっけ?)


 ほぼ毎日山に遊びに行っている。パーシヴァルとロイドも首を傾げている。


「もしかしたらまだ花は咲いていないかもしれません。暑い時期に咲くので」


 それでは特徴は赤い根だけではないのか。見つかる可能性がかなり下がったことに困っていると、


「その花なら見たことがあるよ」


 割り込んできた声に「オリバー様」とアリシアが声を上げる。どうして厨房にオリバーがいるのか聞くと、狼のための肉を取りにきたらしい。オリバーは狼使いだと説明を受けている。


「どこにあるか忘れちゃったけど、茎に棘がついているから山でよく遊んでいる子に聞いてみたらいいんじゃないかな。痛い思いは記憶に残りやすいから」


 オリバーの言葉に、タピオはメリッサやその周りの人に暴力をふるわれていたことを思い出した。痛い思いは忘れにくいというのは本当だと思った。


「子どもたちに聞き込みするなら、賄賂とお礼用に料理長特製の飴を持っていくといい。僕も好きなんだ、あれ」

「それではオリバー様の分も作ってもらいますね」


 感謝を込めた微笑みを向けるアリシアに「娘は可愛い」とオリバーは相好を崩す。


「早くお嫁においで。お義父さんがなんでも好きなものを買ってあげるから」

「ヒューバートから小遣いをもらっている身でよくそんなことを言えるな」


 今度はカトレアが現れて、オリバーがパッと笑顔になる。タピオはオリバーの後ろにブンブンと揺れる狼の尻尾が見えた気がした。


 * **


 オリバーの作戦が当たり、パーシヴァルたちは『(アカネ)』を発見した。

 タピオがアリシアを呼びにきて、トワはアリシアと共にここに来た。土を掘って出てきた赤い根に、「見つけた」と安堵の声が出る。


「トワが見せてくれたものより赤いわね。植生の違いかしら……でも、素敵な赤色になりそう」


 ノーザン王国では最近は赤が人気で、『ミセス・クロース』にも赤色のドレスの注文が多い。しかし赤く染められた布や糸は全て南の国からの輸入品で、希少性が高くドレスを作れる量の赤い布を仕入れることは難しい。


「自生しているのだから、栽培に手間はかからないわよね」


 レイナードの新たな特産品だと期待するアリシアにトワは力強く頷く。


「陽当たりのよい畑に植えれば、繁殖力が強いので二年でかなりの量を取れるようになると思います」

 

 茜の赤い根に触れて、トワは過去を思い出した。


 トワの実家は染め物の工房で、恋人との結婚に反対され大店の後継ぎと結婚させられそうになったため、恋人とノーザン王国の王都まで逃げてきた。縁もゆかりもないこの地で新たにやっていこう、そう誓った夫は王都に着いた三日後に事故で亡くなってしまった。

 このときトワのお腹には夫との子どもがいた。


 仕事を探したが異国の容貌をしたトワを受けいれてくれるところはなく、最初はトワの境遇に同情してくれていた宿の主人も仕事が見つからず腹が大きく膨れていくトワに『先が見えない』と宿から追い出した。


(デイムと出会ったのが私の人生で一番の幸運に違いないわ)


 宿を追い出されたトワには行く当てがなく、ふらふらと彷徨っているときにアリシアに出会った。風で飛ばされたストールを取ってくれたのがアリシアで、アリシアはストールの橙色に興味を持ち、トワが自分で染めたというと自分の店に連れていった。


(そして今に至る、と)


 あのときはプリムに「またですか」と呆れられ、ヒューバートに『挨拶』という名の厳しい面接を受けて、気づけば店の従業員用の寮の部屋の中にいた。


「トワ、レイナードに工房を作るわ。そして予定通りあなたが工房長よ……本当にいいのね?」


 工房長になる。それは子どもとこの街に暮らすという意味で、帝国と山で挟んで隣り合うこの地に暮らすということは諍いや小競り合いに巻き込まれるという可能性もあるということなのだ。でもトワは決めていた。


「私は喜んでこの街を終の棲家にします」


 ヒューバートが領主になったとき、人口を増やすために出身地を問うことなく移住者を募った。

 結果、集まったのは仕事がなくて生活が苦しい、国外や地方からの者たち。領の政策で水路を整えるようになってから急激に国内からの移住者が増えたが、この街の住民は色や顔立ちに統一性がなく、『よそ者』や『異邦人』に対する偏見が他の地に比べると極めて少ない。



「大量だな」


 持てるだけ茜を持って帰ったトワたちをヒューバートが出迎えた。


「レイナードの新しい特産品と産業の誕生だな。準備に必要な費用は遠慮なく申し出てくれ」


 この事業は最初『ミセス・クロース』のプロジェクトだったが、産業の少ないレイナード領の基幹産業となる可能性があるとヒューバートが領主として協力を申し出た。


(デイムと一緒に何かしたいだけかもしれないけれど)


 染め物は女性や高齢の者でもできるため、周囲との小競り合いで若い男の働き手が慢性的に不足しているこの街には合った産業だとトワも思うし、なによりアリシアが大事にされているということだからトワには一切の不満もなかったが、


「この事業はトワが中心となるので、トワとご相談ください」

「……え?」


 ヒューバートの顔が明らかに失望に変わる。この男心に鈍感なところは改善してほしいとトワは心底思う。


「領主様とは事業主としてアリシア様がお話してください。私の雇い主はあくまでもデイムです、私はデイムにしか報告をしません」

「そんな……ヒューバート様は怖い方ではないわよ?」


 ブンブンと首を横に振ると、ヒューバートがさらに言い募ろうとしていたアリシアの肩に手を置く。


「アリシア、商談だ。俺はこの染め物をレイナードの特産品にしたい。だからトワ夫人は『ミセス・クロース』からの出向とし、工房で雇う従業員はレイナード侯爵家で雇う」

「それでは『ミセス・クロース』は染め物の優先仕入れ権を希望します。またトワの技術に対して『技術使用料』のお支払いを。金額は要相談で、使用料のうち四割をトワにお支払いください」

「デ、デイム……」


 思わぬ膨大な副収入にトワが慌てると、『私に任せたわよね』とアリシアの爛々と輝く目に圧倒される。アリシアの好戦的な面にトワは驚いたが、驚いているのはトワだけではなかった。「面白い」とヒューバートの小さな呟きがトワの耳に届く。


(この二人、似た者同士なのね)


 専門的なことはよく分からず、アリシアが負けることはないだろうとトワは確信しながら茜の根を広げ始めた。パーシヴァルも両親に呆れた溜め息を吐くと、「手伝わせて」と根を広げ始め、周りの者も同じ様に手を動かし始めた。

赤い根は「茜」(正確にはセイヨウアカネ)をイメージしています。

―――

誤字報告ありがとうございました。

正)つる性 誤)つるつる性

ご指摘頂いて、自分でも笑ってしまうミスでした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ・・・つるつる性? つる性(蔓性)のことでしょうか?
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