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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第4章

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第8話 正体を知る

「いつもありがとうございます、アラン様」


 アリシアの店を守る者から通称『クジャク』が来たと報告をもらい、その特徴から見当がついた女性のことをヒューバートに報せつつ、いつもの店に予約しながら情報を集めた。


 いつもの店のいつもの小部屋で二十分ほど待っていると、給仕に案内されたプリムが部屋に入ってくる。

 アランは給仕を手で制し、テーブルをまわってプリムのためのイスを引く。


「お待たせしましたか?」

「あなたを待つ時間は全く苦ではないので気にしないでください」


 自分の言葉に照れることなく感心するプリムに、その言葉が本気ではなく社交のための美辞だと判断されてしまったことにアランは苦笑する。


「本日のおすすめはこちらです」


 給仕からメニューを受けとり、プリムに苦手なものがないか確認して注文する。

 お互いに簡単な近況報告をしていると料理がずらりとテーブルに並べられる。コース料理だが、話の邪魔をされないように一度に持ってきてもらうように事前に頼んである。


「店に侯爵様を名呼びするクジャクが来たことはご存知ですよね?」

「はい。十分ほど店にいて帰ったと聞いています。店や商品に被害はないのですよね?」


 クジャクに限らずアリシアの店に来た者は一人の例外なく全てヒューバートに報告されているのだが、これを知られたらヒューバートがストーカー扱いされそうなのでアランは黙っていることにしている。


「私たちの気分が害されただけです。それであれは誰なのですか?」

「彼女はドーソン子爵家のメリッサ様で、ボルダヴィータ・ララ伯爵元夫人です」

「ボルダ……タ、ラ?」


 耳に馴染みのない姓に戸惑うプリムにアランは笑って、ボルダヴィータ・ララ伯爵家が隣のヴォルカニア帝国を越えた先にある小国の貴族家だと説明する。


「帝国の向こう……どんな国なのですか?」

「国のトップの王様が戦争好きで、国全体がとても貧しい国ですよ」

「そんな国の貴族になぜ嫁いだのですか?」


 政略的に旨味がない結婚を貴族がする理由。プリムはアランが口を開く前になんとなく理由を察したようだった。


(ヒューバート様の見立て通り、勘のいい聡い女性だな)

「その説明より先に、ヒューバート様とあの女性の関係は『幼なじみ』です。レイナード家のタウンハウスの隣の屋敷がドーソン子爵の屋敷です」


「幼なじみの登場。恋物語の王道といえる展開ですね」

「あと、ヒューバート様のお祖父の従兄弟の嫁の兄の嫁の妹がドーソン子爵令息の奥方なので、『縁戚』と言えるかもしれません」

「それは……ほぼ赤の他人ですね」


 これで縁戚なら毎日の通勤のときに見かける犬を散歩しているイケメンも私の縁戚になると言うプリムにアランは笑いながら、そのイケメンが誰か探ることに決める。


「つまり、あの女性は侯爵様の元恋人ということですね。それではデイムを悪く言うのも仕方がない……いや、それは許せない、むかつきます」


(……ん?)


「彼女は侯爵様に未練を抱きつつ政略で隣国に嫁ぎ、侯爵様も遠くに嫁ぐ彼女に後ろ髪引かれながらデイムと結婚……いや、それはだめ。あんなに聡明で美しいデイムを嫁にできるのですよ、後ろ髪なんてバッサリ切るべきですよね?」

「あ、うん、それは俺もそう思うよ? え、ちょっと待って、どんな想像をしているの?」


「いま私の頭の中ではつり目で高慢ちきな少女と不愛想なヒューバート少年が手を繋いで花畑を散策しています」

「変な妄想しないで! しかもあまり微笑ましくない!」


 プリムのとんでもない妄想を全力で否定すると同時に、恋愛事では『幼なじみ』がパワーワードだとアランは理解する。

 幼なじみを「よく顔を合わせる近所の子」くらいの感覚でいたアランは、絶対にプリムに女性を『幼なじみ』と紹介しないことを誓う。


「ヒューバート様とあの女性はそんな関係ではありません。そもそも彼女を国外に追い出したのはヒューバート様ですから」

「え? そうなんですか?」

「そうです。ヒューバート様は昔からアリシア様にぞっこんです、アリシア様が初恋です!」


 アランの剣幕に押されて首をコクコクと縦に振るプリムにアランはホッと息を吐いた。


 ***


(アランさんの言っていることは本当で、侯爵様とあの女が恋仲だったことはないだろうけれど、あの女のほうは絶対に侯爵様に特別な思いを抱いている)


 恋慕なんて可愛いものじゃなく、恋慕に執着を混ぜて恨みで煮詰めたドロッとした思い。


「あの女はなぜ店に来たのでしょうか?」

「それが分からないのです。うちが把握していたのはメリッサ夫人は国外追放されたあと帝国の縁戚の元に行き、そこからボルダヴィータ・ララ伯爵家に嫁いだというところまでなのです。正直こうして再び彼女の名前を聞くとは思いませんでした」


「ボルダヴィータ・ララ伯爵はどういった人物、いえ、どういう家なのですか?」

「いま分かっていることはボルダヴィータ・ララ伯爵家があの国で一番裕福な家門であることですね。あの国の平民は明日の食事にも困っていますが、王侯貴族は裕福な暮らしをしています。彼女は先代伯爵の後妻となりましたから、それなりに贅沢な生活をしていたでしょう」


「この国には伯爵と一緒に?」

「伯爵は既に亡くなっていて、彼の長男が伯爵位を継いだようです。現伯爵は彼女にとって継子ですから、家での居場所がなく母国に戻ってきたと考えるのが自然なのですが……」


(後妻あるある、ね)


 語尾を濁したところからアランには何か納得できないものがあるらしい。


「ボルダヴィータ・ララ伯爵家の資産が異様に多かったのです。国一番の富豪といっても困窮した国の一番、それなのに伯爵家の所有する土地、建物、美術品から推察する資産はあの国の公爵家や侯爵家と比べて桁違いに多いのです」

「それはおかしいですね」


 貴族には爵位という明確な上下関係があり、下の者が目立ったことをすると上の者は徹底的に叩き潰す。伯爵家に自分より資産があると分かったら、侯爵家や公爵家は国への貢献や寄進を勧めて自分よりも資産を多くさせないようにする。


「しかも資産の推測値はレイナード侯爵家の半分くらい。こちらは大国の侯爵、あちらは小国の伯爵……何で稼いでいるのか」


(もしかして……戦争?)


 自分の推測に青褪めたプリムがアランを見ると、アランはにっこりと綺麗な笑みを返してきた。

 ここまでだ、とプリムは思う。アランがこの顔をしたら絶対に教えてくれないことはこれまでの付き合いで分かる。


「ワインを追加で注文してもいいですか?」

「構いませんが……珍しいですね」


 アランが懐中時計を出して「帰らないのですか?」と無言で聞いてきたから、プリムはにっこり笑って返す。


「ムカムカとモヤモヤは家に持ち帰らないと決めているのです」

「なるほど……それは嫌ことが起きる予兆かもしれませんね」

「……不安に感じている人にそんなこと言います、普通?」


 プリムが睨めばアランはニコッと笑う。


「もしかしたらヒューバート様とアリシア様が復縁し、三つ子の子育てが忙しいからお店を閉めるという未来を予知しているのかもしれませんよ」

「うわっ、最悪の未来ですね」


「大丈夫です、そうなったらヒューバート様も忙しくなって俺を会長代理にするでしょう。そうなったら会長代理の権限でうちに服飾部門を立てて皆さんを雇いますよ」

「それなら私が『ミセス・クロース』になって店を継ぎます。でも経営とかは全くなので、アランさんをうちで雇って私の右腕にします」


「それは楽しそうですね。私はいつでもあなたの右側に立ちますよ」

(……ん?)


 首を傾げて見返したアランの目が異様に甘くて、不意にタキシード姿で自分の右側に立つアランの姿が浮かんだ。


「仕事の話ですよ!?」


 プリムの言葉にアランは何も言わずにただ微笑んでいるだけだった。

読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。


ブログもやっています

https://tudurucoto.info/

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