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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第4章

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第5話 麦畑から友が来る

息子パーシヴァルは十歳になりました。

「これは捨てる、っと」


 紙の束を放り入れた木箱にパーシヴァルは焼却と書いた紙を貼る。


(かなり片付いたな)


 家事に慣れている自分はマメに掃除をしていると思ったが、真っ黒に汚れた手袋や木箱いっぱいの紙ごみにパーシヴァルは苦笑する。扉を大きく開けて、部屋の空気を窓から外に追い出した。


 このノーザン王立学院の門戸はどんな身分の者にも開かれていると言うが、実際のところ学費は高いし、平民の場合は身元を保証してくれる貴族や商人が必要なので入学できる者は限られている。


「三年、か」


 窓から見える学院の風景も見慣れ、三年前は借り物で落ち着かなかったこの部屋もパーシヴァルは自分の部屋と思えるようになっている。

 後見人のヒューバートがパーシヴァルの実父であることは公然の秘密なので、腫れ物のような扱いを受けることもあるが、パーシヴァルの居心地は悪くなかった。


(あそこみたいに異端扱いじゃないから)


 生まれ育ったあの街でパーシヴァルは異端として扱われた。ただ父親がいないだけと平気なふりはできたが、自分を見る彼らの目を怖いと思ったことは何度もある。


(お母さんに相談できないのもつらかった)


 学院でパーシヴァルが一番驚いたのはここの生徒には嫡子もいれば庶子もいて、「平民として暮らしていたら突然父親を名乗る人が来た」という生徒も数人いたことだ。


(それを隠さないで近づいてくるのは、僕が有名な私生児だからだけど)


 妙な仲間意識は煩わしいが、異端扱いではないから怖くはない。


「ヴァル、掃除は終わったか?」


(それに友だちもできた)


 彼はロイド・リー・ウォルトン。

 パーシヴァルの隣の部屋の住人で、『王国の穀物庫』と呼ばれる穀倉地帯を治めるウォルトン伯爵家の三男。


 ヒューバートとステファンを見てパーシヴァルが憧れていた『友だち』だ。


「それ、手伝ってという意味?」


 そう言うと悪戯が見つかったかのような笑顔になるロイドにパーシヴァルは苦笑する。


「早く終わらせてご飯に行こう」

「悪いな」

「毎回このやりとりだけど、全然改善されないよね」

 


 掃除を終えた二人は食堂に行き、パーシヴァルは魚メインの定食、ロイドは肉メインの定食をもって適当な場所に座る。


「ロイドは領地に帰るの?」

「初等部の学生は寮に残れないからな。領地まで三日以上かかるから面倒だけどさ、半分はずーっと小麦畑を進む田舎道だし」


 ウォルトン領産の小麦は高品質の高級品。以前パーシヴァルがロイドから貰った小麦粉を家に持って帰ったとき、アリシアは「自分の技術では小麦粉に申しわけない」と言って『テランのメイド』から料理上手のリュシカを派遣してもらっていた。


「父上は俺がいる間は研究所には行かず屋敷で過ごすと言ってくれているし」


 ロイドの父親であるウォルトン伯爵は社交よりも小麦の研究に熱意を注いでいる。

 農薬・肥料の開発や小麦の品種改良など彼の弛まぬ努力はきちんと実り、ウォルトン領は年々収穫量を増やしているからすごいとパーシヴァルはいつも思う。そんな偉業を達成した伯爵の二つ名は『小麦伯爵』だ。


「兄さんたちと母上の墓参りにも行かないと」


 自分が一歳になる前に亡くなった母親をロイドはいまも慕っているが、ロイドには伯爵が再婚してできた継母のリリアンがいる。


「伯爵はお墓参りに行かないの?」

「俺たちとは別に行っているみたい。あんな女と再婚したことを母上に謝っているんじゃないかな……あの女のどこを見て『母性豊かな女性』と父上が思ったのか知りたい」


 この先の話をパーシヴァルはロイドから耳にタコができそうなほど聞いている。

 伯爵の再婚相手となって伯爵夫人になったリリアンだったが、ウォルトン領での貴族生活は彼女が想像する貴族の生活ではなかったらしい。

 ウォルトン領は領主が自ら鋤や鍬をもって麦畑で働いていることからリリアンはそのくらい推察すべきだったが、高級な小麦の産地と言うことしか興味がなかったリリアンは農家のような伯爵家の生活に直ぐ音をあげた。


(「あり得ない」って叫んで、その足で王都のタウンハウスに来て定住。伯爵が再婚の理由にした母性など微塵もないよね)


 パーシヴァルは苦笑するしかない。


「父上はなんで離縁しないんだろう。領民に『穀潰し』って言われる領主夫人なんていらないと思うけれど」


(離縁しない理由、か……うちの両親には結婚しない理由があるんだよね)


 「元夫婦のことは二人にしか分からない」と言っていたステファンを思い出してパーシヴァルは笑い、リリアンのことを愚痴るロイドに向き合う。


「さっき机の上にあった手紙、彼女からでしょう?」

「……ヴァルと一緒にこの休みをタウンハウスで過ごさないかって書かれていた」

「僕と? 夫人とは一回しか会っていないけれど、僕って嫌われていなかった?」

「それは昔の話。閣下がお前の父親って知って以来『会わせろ』と煩い」


 そして今回の招待にはアリシアの叙爵が関係しているらしい。


「叙爵したことでアリシア様が『ミセス・クロース』だと知ったらしく『何で言わないの』とか『会わせろ』とか本当に煩い。あちこち出歩いているくせに何で知らなかったって話だよ」


「あー……うちのややこしい事情のせいで、なんかごめんね」

「いや、隠してもいない情報を知らないあの女のほうがおかしい」


(『煩い』って言っているんだから、何度も言われたんだろうな)


 アリシアが貴族になって以来、パーシヴァルがいるところで「母親が平民の子と仲良くするんじゃない」と言ったことも忘れて「うちの子をよろしく」と言ってくる人が増えた。

 見事な手の平返しは面白くもあるが、パーシヴァル本人は何も変わっていないから心境は複雑である。


(それをロイドは分かってくれている)


「何を笑っているんだ?」

「侯爵様がロイドみたいな友だちは貴重だから大事にしろと言っていたのを思い出した」


「閣下にそう言われると照れるな」

「ロイドってティルズ公子様に似てるんだって」


「うわっ、マジかよ! 閣下は俺の憧れだからさ、褒められると照れる……俺が言うことじゃないけれど、閣下とアリシア様って俺から見ても仲がいい感じがするのに、なんで結婚しないんだろう」


「公子様が言うには、二人にしか分からない理由があるんだって」


「ふうん、『結婚』ってなんだろうな」

「それ、十歳の考えることじゃないよね」


 ロイドの高尚な疑問にパーシヴァルは苦笑したが、結婚や恋愛に普通はないとパーシヴァルは思う。


 ヒューバートやアリシアの周りにいる人たちの話を総合すると、両親の恋愛模様は「純粋過ぎて目がつぶれそう」らしいが、パーシヴァルにそれはよく分からないし、いまのままでも問題ないからパーシヴァルの結論としては「仲が良ければ夫婦でも元夫婦でも構わない」となる。


 ちなみにこれを言うと『ヒューバート君のせいでヴァル君が枯れた』とステファンが騒ぎ、『枯れた』の意味をヒューバートに問うと彼の鉄拳がステファンに飛ぶ。


「ヴァルは二人が結婚しなくてもいいの?」

「別にどっちでも……ただ二人そろって結婚にこだわりがあるんだから、やっぱり『結婚』って特別な何かがあるんだとは思う」

「こだわる理由……責任、とか?」


――俺がやるべきは君の不安を解消することだから、君には自由に何でも言って欲しい。


 ロイドの言葉をキッカケに浮かんだのは三年前にヒューバートに言われた言葉。


(あのときの言葉……深く考えたことなかったけれど、『侯爵様』の言葉じゃないよね)


 ヒューバートのもつ国への影響力は少しでもこの国について勉強すれば嫌でも分かる。彼の立場では『後継者』は絶対に必要なのだ。


(僕の、ため? 「自由にしていい」って言葉は、僕の『お父さん』だから?)


 パーシヴァルの中でヒューバートに無償の愛情で守る『お父さん』が重なった。


「ロイド……ウォルトン伯爵はロイドの『お父さん』だから夫人と離縁しないのかもしれないよ」

「……何だよ、それ」


「ロイドのために、周りに何と言われようとロイドに『母親』が必要だと思って頑張っているのかも。『お父さん』と、ちゃんと話をしてみたら?」


(僕ももう少ししたら……もう少しだけ、勇気が出たら……照れ臭いけれど、『父さん』って言ってみようかな)


 ***


「えーっと……ウォルトン領産で改良された小麦の王都での販売権をうちに一任してくれる、ということですか?」


 今まであまり交流がなく、貴族の出席必須の王城の夜会で「息子がいつもお世話になって」と挨拶したくらいしか面識がない小麦伯爵ことウォルトン伯爵から商談があると聞いて首を傾げていたヒューバートだったが、彼からの提案は思いがけないほど大きなものだった。


「はい、このたび妻と離縁することになりまして」


 小麦と離縁の関係が分からずヒューバートは首を傾げながら、最近世間を賑わせた貴族の離婚の話を思い出す。


「最初の妻を亡くし、赤子を男手一つで育てるのが不安で、男親しかいないからと子どもが誹られないようにと再婚したのです。結果は散々ですよ、最初の妻にも二番目の妻にも罪悪感だらけで、子どものためと愛していないのに娶りましたからね……せめてロイドが成人するまでは母親が必要になるかもしれないと思いながらズルズルと」


(確か離縁を切り出したのは伯爵で、それで奥方が離縁したくないとごねて、泥試合になりかけたから王家が仲介に入ったというやつか……この伯爵が、泥試合?)


 苦手そうだな……とヒューバートは苦笑する。

 ヒューバートはウォルトン伯爵と馴染みはないが、国王が彼を『得難い人物』として大切にしていることは知っていた。


(おそらくこの、にじみ出る善人さが好まれているのだろうな。いつも魑魅魍魎の中にいるから)


 そして自分も魑魅魍魎の一人と思われている以上、この取引を王家はよく思わないのではないかとヒューバートは危惧した。


「陛下の手を煩わせた分もしっかり稼いで恩返ししようと思ったのですが」

(いい人なんだな)

「私は商いが苦手でして」

(でしょうね)


「それで国王陛下に相談したのですよ、うちの小麦を一番高く売ってくれる人は誰かって」

(何で国王陛下に聞いたかは分からないけれど、その質問で俺の名前を出した国王陛下の苦悶が手に取るように分かる)


 いけ好かない自分の名前をあげざるを得なかった国王にヒューバートは同情しつつも、そういう嘘のつけないところが国王の美点だと思っている。


「それで私に?」

「それでのこのこと閣下のところに来るのも図々しいと思ったのですが、ロイドとパーシヴァル君が背を押してくれて。特にパーシヴァル君が『僕の父さんは、恋愛は下手だけど商売は上手だから絶対に話にのる』と言ってくれて」


「恋愛は下手……いや、それよりパーシヴァルが、『父さん』と?」

「それが何か? 閣下はパーシヴァル君のお父上ですから、彼が『父さん』と呼んでもおかしくない……ああ、閣下は『親父』と呼ばれたい派ですか?」


 親父とは意外ですね、と朗らかに笑う伯爵に「そこじゃない」と反論したかったが、ヒューバートは胸に押し寄せる感動におされて言葉を発することができなかった。


「私も『親父』と呼ばれたい派なのですよ。野性味のある響きが格好よくって。娘だったら『パパ』もありだったですがね」


 同士を得たとばかりに話す伯爵ののほほんとした声はヒューバートの荒れ狂う感情を抑える効果があった。

 一人になってジタバタ暴れながらパーシヴァルに『父さん』と呼ばれた喜びを味わいたいとも思うが、伯爵の声を聴きながら感動がじわじわと心に沁み込んでくるのも悪くないと思った。


(陛下が伯爵を重用する意味が何となく分かった)


「伯爵、ウォルトン領の小麦については任せてください。あと、王都にくることがあればぜひ、いつでもうちに顔を出してください」

「おお、ありがとうございます」


 心からそう思っていると分かる伯爵の笑顔に、ヒューバートは深く頷いて返した。


(……癒される)

ヒューバートにも新しい友人ができました(癒し系はきっと初)。



読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。


ブログもやっています

https://tudurucoto.info/

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