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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第4章

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第1話 恋を楽しむ

この章は前話の三年後から始まります。

「看板のペンキを塗り終わりましたよ、確認お願いします」


 赤茶色のペンキが付いた刷毛を持って満足そうなプリムの言葉にアリシアは外に立てかけてある看板を見る。


「今までの淡い緑色よりバシッと目に入るわ」

「心機一転、来月には開店三周年の記念パーティーがありますから」


 王都に戻ってきてからの三年間をアリシアが思い起こそうとしていると、店内がワッと騒がしくなった。


「型紙できましたよー」


 店内ではパタンナーのリザが誇らし気に大きな紙を振っていた。デザインをしているのは自分だが、こうやって型紙が作られることでドレスが初めて形になるためアリシアはいつも感動してしまう。


「私にはできない芸当ですね。パタンナーの頭の中ってどうなっているのでしょう」

「服のできはパタンナーの腕で決まるというけれど、リザと作ったドレスを見るたびにそう思うわ」


 プリムとアリシアの称賛の言葉に、リザは照れ臭そうにモジモジとする。


(おだ)てても何も出ませんよー」


 そんなことはないとアリシアは思う。

 誰だって褒められれば嬉しいものだし、それは次の仕事への活力につながる。褒めるときは惜しみなく褒めるのが『ミセス・クロース』のルールだ。


「リザや皆がいなかったら私は田舎の服飾師ってもの珍しさで終わっていたに違いないわ」

「絶対にそんなことはありません。着る人のことを思って作られた優しいドレスは『苦しい・暑い・重い』の、三重苦に耐える貴族女性の救世主です」


 褒め称え合うのは良いことだが、全員が褒めることに夢中になると仕事が進まないので適度で切り上げさせなければいけない。対人スキルの低さからアリシアはこれが苦手で、思わずこれが得意なプリムを見てしまう。


「はいはい、褒め倒しはそこまで。仕事に戻って。絶え間ない依頼で仕事の山は高くなる一方よ。さあさあ、張り切って働きましょう」


 プリムの言葉に従業員たちが作業に戻る姿にアリシアは思わず笑い声を漏らしてしまう。それに気づいたプリムが「どうしました?」とアリシアに尋ねた。


「こうして皆と仕事をすることは楽しいなと思って」

(うるさ)過ぎると顔を(しか)める方もいらっしゃいますけれど」

「パーシヴァルは、ほら、大人ぶりたいお年頃だから」


 学院が休みの日にパーシヴァルは店の手伝いをしてくれるが、最近は来るたびに「ここに来ると『姦しい』という意味を体感できる」と言っている。


 この三年間、アリシアは『ミセス・クロース』を軌道に乗せることだけを考えていた。

 ヒューバートのアドバイスを受けながら、当初予定したパタンナー以外にも従業員を自薦や他薦で増やし、仕事の幅を広げながら顧客を増やしていった。


 アリシアは『ミセス・クロース』と書かれた看板に目を向ける。

 店名を『アリシア洋裁店』ではなくすでに知名度のある『ミセス・クロース』にするのはヒューバートのアドバイスで、知る人ぞ知るブランドだった『ミセス・クロース』には多くの人の視線が集まり、『ミセス・クロース』のデザイナーがかの有名な『七日間の花嫁』だと知られたときは騒ぎになった。


 噂の扱いにもヒューバートは「店の宣伝係だと思えばいい」とアドバイスをくれて、アリシアは顧客情報以外の情報は何も隠さず、「彼女たちが了承すれば」という条件付きで従業員への取材も許可した。


 もともとアリシアには何も後ろめたいことはなかったし、『七日間の花嫁』である以外は職場と店を往復するだけのアリシアにスキャンダル狙いのタブロイド記者たちは早々に興味をなくし、今は季節の変わり目にファッション関係者が取材にくるだけになった。


 予想していた貴族の冷やかしが少ないことがアリシアには意外だった。

 これについてアリシアは知らないが、レイナード侯爵家とティルズ公爵家、そのほかにもアリシアの顧客となった貴族のご夫人たちが睨みをきかせた結果だった。


 初めの頃は店と家の往復だけだったアリシアも、パーシヴァルが望んで学院の寮に入ってしまうと、従業員たちと食事に行ったり、顧客の夫人と観劇に行ったりするなど少しずつ自分の時間をもつようになっていった。


 仕事については貪欲だと言われるほど、精力的に取り組んでいる。

 仕事が楽しくて堪らないのだ。


 自分にはない技術、専門の技術を持つ人を雇うたびに『ミセス・クロース』で作れる服が増える。技術が増えることで作れなかった服が作れるようになり、デザインに妥協がいらなくなった。


 できることが増えれば顧客も増え、悩める人の「ありがとう」がアリシアを次の挑戦に駆り立てたのだ。


 ***


(また時間を忘れて……)


 スケッチブックに集中しているアリシアの姿にプリムはため息を吐く。「ちょっとだけ確認」と言って三十分はたっている。


「そろそろ店を出ないと、侯爵様との約束の時間に遅れてしまいますよ?」


 ハッと顔をあげて時計を見たアリシアが、急いでジャケットを羽織る姿にプリムは苦笑する。

 プリムはお針子として雇われたが、いまではアリシアの秘書であり右腕だと自負している。集中すると食事や睡眠などの生活を疎かにしがちなアリシアには必要な存在だとヒューバートに高く評価されている。


「ねえ、どこかおかしいところがある?」


 プリムの視線を勘違いして不安そうに自分の着ている服を見るアリシアにプリムは首を横に振る。

 アリシアに『ミセス・クロース』で誂えた萌黄色のスーツは似合っている。しかし、恋愛的な甘さが全くない。


「せっかくなのですから花柄のワンピースのほうがいいのでは?」


 プリムの言葉は思ってもみなかったことらしく、アリシアは驚いた顔をして、直ぐにくすりと笑う。


「せっかくなんてまだ必要ないわ」


 微笑みを浮かべるアリシアにプリムは『頑固だな』と呆れつつも、最近になって『まだ』と言うようになったところに変化を感じていた。それでも、その点は突っ込まずに「お気をつけて」とアリシアを見送る。


 アリシアが店を出て五メートルほど進むと、ヒューバートがつけている彼女の護衛が後ろにつき、それを確認したプリムが「やれやれ」と首を振った。



 店の奥の工房に戻ると、最近雇ったばかりの二人の若い女の子が駆け寄ってくる。


「プリムさん、プリムさん。店長とレイナード侯爵様の関係って?」

「元ご夫婦で、レイナード侯爵はパーシヴァル様のお父上」


 アリシアはヒューバートとの関係を隠していないし、自ら言うことはないが従業員に聞かれれば普通に答えている。

 大貴族の当主が頻繁に出入りしているのに『なんでもない』は白々しいし、変な誤魔化しは不信や誤解の種になりかねないからだとアリシアは言っている。


「でも……ただの元夫婦ではありませんよね?」

「ただの元夫婦って……『元夫婦』に標準があるの?」


 恋バナを期待する声にプリムが思わず部屋の中を見渡せば、工房内にいる女性たちの目は恋愛色に染まっている。


「これでは仕事にならないわね」


 そう言うリザに肩を叩かれて、プリムは少し早いけど休憩時間にした。



「ただ座って談笑しているだけでも、お二人の周りの空気はほわほわ~と激甘なんですよね」

「あれで『お友だち』はないわーって思うわけですよ」


 彼女たちの意見にプリムは深く同意するが、首は横に振る。


「でも『お友だち』なのよ、あくまでもお二人の定義ではね」


 誤解はよくないというアリシアの意を汲んで正確な情報で答えたが、プリムだって「どこがお友だち?」と文句を言いたい。

 触れ合っていなくても二人が交わす視線は甘ったるいし、エスコートなんてすれば背景に豪華絢爛な花やハートの乱舞の幻が見えてしまうほどなのだ。


(それでもあの子たちみたいに『ラブラブ』って騒げないのは、侯爵様から色々頼まれているからなのよね……自信満々に見えるけれど中身はヘタレなのよね)


 三年前にヒューバートに言われた「アリシアたちが何か困っていたらこっそり教えてくれ」という『お願い』はいまでも有効なようで、今では飲み友だちとなった隣人の女性騎士は相変わらず「閣下に渡すネタを頂戴」と聞いてくる。


(以前はお二人とも切羽詰まった感じがあったけれど、最近はそんな感じもなく穏やか~に、夫婦~という感じで……夫婦じゃないけれど、恋愛にはこういう熟成期間も必要なのかもしれないなあ)


「『七日間の花嫁』なのだから、あの二人は政略結婚なのでしょう? 貴族の政略結婚ってもっと冷めた関係だと思っていたわ」

「家庭内別居や、夫が離れに囲った愛人のところに入り浸りとか、そういうお客様も少なくないしね」


 この店の顧客の九割以上は貴族女性で、貴族式の「夫婦の形」を垣間見てしまう機会は多い。 


「あの二人は常にポカポカしているわよね」

「この前なんて『侯爵様がトマト嫌いって知ったのだけれど、可愛らしいって思ってしまったわ』なんて言っていたわよ」

「なにそれ、可愛い!」


 それはプリムも聞いた、可愛いと思った。

 元夫婦で七年も婚約していたのだから食べ物の好き嫌いなんて今さらと呆れただろう、あの二人でなければ。心から嬉しそうなアリシアにそんなことを言う気も起きなかった。


「純度が高過ぎて、目の保養を通り越して目の毒だわ」


 それに「分かる」の合唱が起きてプリムは苦笑してしまう。


 この店の者は誰もが技術力を買われて雇われているが、アリシアは訳ありの女性を優先して雇っている傾向がある。

 自分の経験があっての採用基準だと思うが、そうして集まった従業員には酸いも甘いも噛み分けてきた者が多く、彼女たちからすると手が触れただけで頬を染め合うような二人は甘過ぎて背中がむず痒くなってしまうのだろうとプリムは思った。


(私はまだ淡い甘さがせいぜいだけど)


「お二人は遅い青春を楽しんでいるのよ」

《パタンナー》は平面のデザインが立体になるように型紙を起こす専門職(型紙の作成から実際に服にするための作業全般を担っている)。精度の高い型紙を作るには高い専門知識が必要。



読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。


ブログもやっています

https://tudurucoto.info/

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