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【書籍化】七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。  作者: 酔夫人
第3章

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第1話 狙いを探る

長いです。

 翌朝、朝食の席にパーシヴァルと現れたアリシアは自分の不調でこの宿の滞在が伸びたことをヒューバートとステファンに詫び、可能なら今日王都に向かいたいと願い出た。


 不調の理由に一切触れず、「迷惑をかけてしまった」で濁すアリシアのギリギリを感じさせる雰囲気にヒューバートは昨日のことを追求することはできなかった。


「うちは問題ない。ステファン、そっちは?」

「大丈夫だけど……大事をみてもう一日休んでいったらどうだい?」


 及び腰になったヒューバートに代わってステファンがアリシアを気遣う。


「大丈夫です。早めに手続きしないと落ち着かないので」


 そう言われてしまうとステファンもどうすることができず、早めのお昼を食べて出発となった。



 一つ目の休憩地で、先触れのために先に王都に向かわせていたレイナードの騎士が戻ってきた。


「閣下、王都手前でマリス伯爵家の使いから閣下宛の手紙を預かりました」


 ヒューバートはため息を吐くと、アリシアの視線に気づいた。昨日のことを避けるように今まで頑なに視線を合わせなかったが、マリス家と聞いて気になったのだとヒューバートは理解した。


「マリス家は子爵元夫人の生家ですよね?」

「その元夫人からの手紙だ。彼女は子爵と離縁後にマリス家の籍に戻り、現在はマリス家で暮らしている。その元夫人が王都の門まで君たちを迎えに来ているらしい……どうする?」


「どうするというよりも、なぜ元夫人が迎えにこられたかが分かりません」


(やはりアリシアはパーシヴァルの学校の件を知らなかったか)


 アリシアの戸惑う表情に、ヒューバートの中で他の疑問が浮かび上がる。


 ヒューバートは七年前からアリシアの行方を捜していることは隠していなかったが、元夫人がアリシアの居場所に心当たりがあることは知らなかった。

 そのことについて元夫人がその情報を隠していたのは子爵を追い詰めたヒューバートを恨んでいたからだと思っていた。


 しかし、学校の手続きをそれより前からしていたことがヒューバートとしては気になる。


(借金の取り立てに耐えきれず生贄としてアリシアを奴らに差し出したのかと思ったが、そうではなかったとしたら? 狙いはアリシア? それともパーシヴァル?)


 アリシアには『ミセス・クロース』そして『レイナード侯爵家の子どもの母親』という価値がある。ただし、どちらも「知っていれば」だ。


「元夫人はパーシヴァルのことを知っているのか?」

「私からは知らせてなどいませんが、夫人が私の居場所を知っていた以上は知っている可能性はあります。しかし、それで元夫人がパーシヴァルの為に何かするとは思いません。侯爵様もご存知のように私と元夫人には母子の交流などありません。私と同じかそれ以上にパーシヴァルに興味はないはずです」


(理屈はあっている。しかし、実際夫人はパーシヴァルのために学校の手続きをしている)


「会ってみなければ分からないな。どうする?」


 ***


「元夫人に会います」


(いまなら元夫人の思惑を知ることができるかもしれないわ)


 元夫人の狙いにパーシヴァルがいる可能性が出てきた以上、アリシアは静観を諦めた。


「私が無視して変なトラブルが起きては困りますから」

「そのくらい俺が……いや、そうだな。会うなら今がいいだろう」

「はい。万が一のときはパーシヴァルを守ってください」


 他人の威を借るような真似になってしまうが、ヒューバートがいる状態で元夫人に会うべきだとアリシアは考えている。

 ヒューバートはパーシヴァルの父親だし侯爵でもある。伯爵家相手でも確実にパーシヴァルを守ることができるとアリシアは思った。


(それに今ならさらにステファン様もいらっしゃるわ)


 好奇心旺盛のステファンのことだ。仮にヒューバートが「大丈夫」と言って同行を断っても、ヒューバートを口先で丸め込んで一緒に来るに違いない。

 



 手紙にはアリシアたちをぜひマリス伯爵家に招待したいとあったが、会うことは承知したがヒューバートは門の傍にあるレストランで場を整えた。

 しかも、「王都入場のために必要な馬車の検査待ちという短時間だけ」とヒューバートが指定してくれたことにアリシアは感謝した。


(不機嫌そうね)


 先にレストランで待っていた元夫人の不機嫌そうな顔にアリシアは苦笑する。

 今までのアリシアに対してならば強気に出れたが、いまのアリシアはレイナード侯爵の客人扱いなので元夫人のほうが慮る必要があることに苛立っているのだ。


「元気そうね、アリシア」


 先に口を開いて場を支配しようとする夫人の意図にアリシアは気づき、わずかに口許を緩めて笑顔にする。


「ご無沙汰しております」


 ヒューバートのエスコートを受けながらの挨拶に夫人の顔が不快気に歪む。その表情から彼女がここにいる理由は自分のためではないと分かった。


(どうしてパーシヴァルを狙うの?)


「辺境での生活は大変だったでしょう? 貴女があんなところでレイナード侯爵家の御子を育てていると知ったときは吃驚したわ。それで、貴女の子どもはどこなの?」


(御子……なのに『子ども』?)


 元夫人の発言に何か歪なものを感じたが、アリシアにはそれが何か分からなかった。何かを掴みとる前に元夫人の視線が後ろにいたパーシヴァルに向かう。

 パーシヴァルの後ろにはミロが控えていて、隣には協力を申し出てくれたステファンがいてくれるがアリシアの胸を覆い始めた不安の霧は晴れない。


「あの子どもが……ふふふ、レイナード侯爵様と同じ黒髪、そして緑の瞳。何て喜ばしい、私はとても満足しているわ」


 褒めてあげると言わんばかりの元夫人にアリシアは気分が悪くなる。

 隣からヒューバートの咳払いが聞こえ、自分に代わって夫人の不適切な発言を咎める仕草にアリシアは肩の力を抜いた。


(あら?)


 ヒューバートの助力のおかげで少し余裕ができ、アリシアは元夫人がパーシヴァルを見る目に見覚えがある気がした。子どもに向けるのには奇妙な『それ』がヒントになるかもしれないが、あんな目でパーシヴァルを見てほしくないという気持ちのほうが強い。


「元夫人」


 アリシアが声をかけると、元夫人の目はアリシアに向いた。その目に奇妙なものはもうない。幼い頃からずっと向けられていた笑った形の虚ろな瞳だった。


「これからは王都で暮らすのよね?」


 まるでアリシアたちに王都にいてほしいと言っているようにも聞こえる言葉。アリシアの背筋に悪寒が走り、反射的に縋るものを探してヒューバートの腕に添えていた手に力が入ってしまった。


「元夫人」


 女性たちの話に割り込むマナー違反をしたヒューバートに、彼が元夫人の気をアリシアから逸らそうとしてくれたことにアリシアは気づく。


「レイナード侯爵閣下、お久しぶりです。今回はアリシアたちを王都に連れてきてくださってありがとうございます」


(さっきは『レイナード侯爵様』と言っていたのに……それに、この言い方ではまるで侯爵様が元夫人の使いとして辺境に行ったようだわ)


「あなたにお礼を言われることではありませんよ」


 不快を隠さないヒューバートの声に、元夫人の目がカチッと音がしそうな硬質なものに変わった。


「不快な思いをさせてしまい申し訳ありません」


 ヒューバートが黙って頷いて謝罪を受け入れるという素振りをすると、元夫人の目が今度は嘲るようなものに変わる。過ちを指摘されて不快だったとしても、上位の者に向ける視線ではない。


(なんなの?)


 敬意を見せたと思ったら嘲ったり、視線に熱が籠ったと思えば急に冷めたり。理解できないことばかりをする夫人にアリシアは戸惑う。


「侯爵閣下は見た目以上にお母様に似ていらっしゃるのですね」

「母、ですか?」

「先代の侯爵様はそうやって強い口調で誰かを責めるような方ではありませんから。先代の侯爵様はお元気でいらっしゃいますか?」

「父、ですか?」


 母親と言ったら次は父親。戸惑うヒューバートに、元夫人はやはり蔑んだ目を向ける。


「オリバー様と私は学院の同窓でしたの。何度か同じクラスにもなり、親しくさせていただいておりました」


(『オリバー』様? 名前で呼ぶほど二人は親しかったのかしら?)


「父のご学友でしたか。知りませんでした、元夫人は父より大分お若いので」

「まあ、侯爵閣下はお上手ですわ。そういうところはオリバー様に似たのですね」

「それはちょっと……私は父と違って『親しい女性』は一人だけでありたいのですよ」

「……まあ」


 ヒューバートの答えに元夫人は言葉を詰まらせ、持っていた扇子を開いて表情を隠した。しかしアリシアからも見えるその目は怒りに満ちている。


「元夫人、そろそろ……」


 話が脱線し過ぎて一旦態勢を立て直そうとアリシアがかけた声に元夫人が言葉を重ねる。


「侯爵閣下、その子は次期レイナード侯爵になるのですか?」


 継嗣問題という最重要かつ繊細な問題に他家の者、しかも下位の伯爵家が尋ねるなどあり得ない無礼を働いた元夫人にアリシアは驚く。


「もちろん無礼であることは承知しておりますが、子のいない私にとってパーシヴァルは孫といえる存在、孫の未来を心配しての戯言とお目零しくださいませ」


(パーシヴァルを、孫ですって!?)


 喉を絞められた感覚にアリシアの喉からグッと詰まった音が出て、息苦しさを感じる喉に手をあてるとヒューバートがアリシアの背中をポンポンと叩いて落ち着かせてくれた。『心配する必要はない』という仕草に、アリシアはゆっくり呼吸を整える。


「それでノーザン王立学院にパーシヴァルの推薦状を?」


 ヒューバートが元夫人にかけた言葉に、ようやく今回の本題に入ったとアリシアは安堵する。


「何も知らない母親に代わって私が手続きしただけですわ」

「代わって?」

「レイナード侯爵家の当主様たちはどなたもノーザン王立学院の卒業生ですもの。母が至らぬなら、祖母の私が手を貸してあげなければ」


(何を勝手なことを)


 アリシアの口から拒絶の言葉が出そうになったとき、ヒューバートが綺麗な笑みを浮かべ元夫人を見た。


「それではこの先は私が、パーシヴァル本人の希望を聞いたうえで手続きを進めよう」

「え?」


 レイナード家のためと言うならば、当然この件は元夫人ではなく当主のヒューバートが取り仕切るほうがいい。それなのに元夫人は驚いている。それだけでパーシヴァルを自分のために利用しようとしていることが分かる。


「何か不満が?」

「……いいえ」


 明らかに不満があるようだが、レイナード侯爵に言えるわけがない。完全にこの場はヒューバートが支配している。


「アリシア、王都のどこに滞在するか決まっているかしら?」


(状況が不利になったから、標的を私にしてきたようね……しかも不自然なほど大きな声をだして、周囲の注目を集めて何をしたいのかしら)


「馴染みの宿がありますので」


(アルマのところならば……)


「宿に小さな子どもを泊まらせるなんて」


 パーシヴァルが宿に泊まらず王都までどうやってきているのか。ヒューバートの鼻で笑う音と、ステファンの吹き出す音に、それを思ったのは自分だけじゃなかったようだとアリシアは思った。


「それならパーシヴァルはマリス邸に滞在したら?」

「伯爵家の世話になる必要はない、私のアパルトマンを使うといい。二人が暮らすには十分な広さがある。さて、元夫人。あなたの聞きたいことはこれで全てだな? そろそろ検査も終わる時間なので我々は行きたいのだが」


 アリシアと同じくヒューバートも夫人がパーシヴァルに固執していることに気づいたのだろう。

 これ以上は時間の無駄と言わんばかりの強引さだったが、いまはそれがありがたかった。


 アリシアは夫人を視界から外して、ヒューバートに笑いかける。


「ありがとうございます。アパルトマンに滞在させていただきます」

「今日はうちが所有するホテルに泊まるといい。国王が来ても直ぐ泊まれるくらい警備はしっかりしているが、元夫人の心配も最もだからレイナードの騎士も何人かつけよう。安心したまえ」

読んでくださり、ありがとうございました。感想をお待ちしています。


ブログもやっています

https://tudurucoto.info/

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― 新着の感想 ―
ただただ不愉快な回でした…。 元夫人が鬱陶し過ぎるしヒューバートは頼りないしアリシアもあんまり頭良くなさそうだし… はればれしたい!
[気になる点] えぇ・・・当時の使用人でまだ残ってるのいるの? ミシェルは反省なんてしてなさそうだし、家政婦長も当時のままとかほんとに反省する気あるのかこの男
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