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6.魔法使いの恋

 エルヴィラはリーナの話を静かに聴いた。

自分がまさか使用人達から恨まれこそすれ、同情されているとは思わなかったので、昨年屋敷に行った時の門番や執事の態度にやっと合点がいった。


 そしてリーナがここまで悩んでいたことに驚いたが、王都に慣れない中、いきなり現れた公爵令嬢が歓迎される事はなかったであろうと想像がついた。


 そもそも爵位こそ上だが実際の権力や影響力はエスティマ公爵家よりもフォレスタ侯爵家の方が上なのだ。

 ミーナもリーナも、貴族達にとって手放しに歓迎できる対象ではないだろう。


「……エルヴィラ様、本当に申し訳ございません。私、貴女様から何もかも奪ってしまって……」

「そんな!貴女が申し訳なく思う必要なんてないわ!」

 エルヴィラは本心からそう思った。自分が公国で幸せに暮らしていたこの二年の間、リーナがここまで胸を痛めていたなんて、逆に申し訳ないくらいだと思った。


 そもそも誰が悪いと言ったら二人の父なのだ。

 公爵が正妻のアグネスとエルヴィラをもっと大事にすれば良かっただけの話だ。リーナに罪は無い。


 それも昨年謝罪を受け、エルヴィラの中では終わった話だった。


「リーナ、聞いて頂戴。私、今とても幸せで充実した日々を送っているの。貴女が申し訳なく思う必要なんて無いわ」

「でも……!」

 エルヴィラは食い下がろうとしたリーナを押さえて続けた。


「立場だってそうよ。人に言わせれば王太子妃よりも大魔導師の方が要人なのですって。私、そんな人の養女になって後継ぎに選ばれたのよ。心から誇りに思うわ」

 心の中で、これは不敬に当たるのだろうかとも思ったが、口に出さずに続けた。


「ねえ、リーナ。貴女、殿下をお守りする聖女の力があると認められたのよ。それなのに、こんなに泣いてちゃ、ご先祖様に笑われるわ」

「ご先祖様?」

「ええ、アヴァロンの魔女。戦女神モルガンとも呼ばれているとても偉大な方よ。エスティマ公爵家の女は偉大な女神の血を受け継いでるの。それなのに泣いてちゃ駄目よ。もっと堂々としなくちゃ!」

 リーナは初耳だったらしく目を見開いた。


「女神の血?」

「そうよ。私も貴女も同じ血が流れてるのよ。私は魔導師になって魔女の秘術を受け継ぐわ。貴女は聖女としてこの王国を守るのよ。それが私達の使命だわ」

 エルヴィラはリーナの両手を握り力強く言った。


「聖女になることが、ルキウス様と国を守ることが私の使命……」

 リーナは反芻した。聖女と呼ばれるようになってから、周囲の自分を見る目が変わった。ルキウス王子も実はリーナこそが聖女だと予言を受けていたと言い、急速に仲が深まった。

 婚約が決まった時に怖いくらい歓迎されたのはそういう訳だったのかと思い至る。


「でもでも、私、上手くできるか……」

 想像以上の責務に、途端に怖気付く。

 そんなリーナをエルヴィラはそっと抱きしめた。


「大丈夫よ。私が魔導師として貴女を助けるわ。私達半分と言っても間違いなく血を分けた姉妹なのよ。二人の力を合わせれば、きっとなんだってできるわ!」

「エルヴィラ様……!」

 リーナの涙はもはや止まるところを知らず、エルヴィラも同じだった。そして二人は固く抱き合って、大声で泣いた。



 カコン!と小気味良い音が響き、ボールが穴の中に吸い込まれていった。

「で、エルヴィラの心を射止めたのはどちらなんだい?」

 別室では三人の男達が、真剣に撞球を競いながらゆるゆると言葉をを交わした。


「僕も頑張ったけど、最初から勝負は決まってたようでね。でもまだ決定的な一打は無いようだがね」


 それを聞いてルキウスは憤慨したように鼻を鳴らした。

「なんだそれは。私はエルヴィラが婚約者候補を降りることになった時に涙を飲んだというのに悠長な話だな。横から来た誰かに掻っ攫われてしまうぞ」

「そう思うだろ?だから毎日煽って、焚き付けて、色々協力もしてやってるのに、誰かさんの意気地が無いせいで……」


 ルキウス王子はなぜか胸を逸らして言った。

「私のリーナがマーガレットなら、エルヴィラは白百合だ。どちらも美しいが、万人が手に入れたいと思うのが『エルヴィラ』だろう」

「おやおや、婚約者を褒めなくて良いのですか?」

「褒めただろう。マーガレットの花言葉は『真実の愛』だ。彼女は私の唯一だ。これは悔しいが大魔導師の予言の通りだった」

 結局惚気たいだけなのだろう。リーナと心が通じて以来、全てが順調だという。この国の未来は安泰だ。


「さあ、テオ。君の番だ」

 お膳立ては整ったとばかりにユーサーがテオにキューを渡した。


 


 和解できたエルヴィラとリーナは、それから手紙で頻繁にやり取りをする様になった。

 リーナは王都での生活や王太子の婚約者としての悩みを、エルヴィラは学園のことと、そして恋の悩みを打ち明けた。


 エルヴィラの心にはいつの間にか一人の男性がいて、気付けば彼のことばかり考えてしまっていた。

 勉強の悩みは一番に相談に行ったし、相談事が無くても理由を付けて会いに行った。


 彼を好きだと自覚したのはいつからか分からない。思い返せば、初めて会った時から好感を持っていた。


 ただ一緒に過ごす事が自然で、特別な関係になる機会を持てずにいた。


 女性から告白するなんて恥ずべき事だとされている貴族社会の価値観から抜けられないエルヴィラには自ら行動するのは難しかったし、関係性が変わってしまう事自体も少し怖く感じてしまっていた。


 九月になり学園が始まり、いつものように勉強が忙しくなると、余計に何も出来なくなった。


 十月になって、魔導学の授業では占術の講義が連続して行われた。月末のサマイン祭は一年で一番占いの的中率が上がるとされ、祭りでも占いは人気商売の一つになる。

 占星術は普段から講義があったが、サマインに向けてお(まじな)いの類も簡単に紹介されるようになった。


 その中でも林檎のお呪いは女性に人気の物だった。林檎の皮を最後まで切れずに剥いて、後ろに投げると、将来の結婚相手のイニシャルになるというサマインの夜限定のものだ。その他にも十月三十一日の夜中の十二時に林檎を食べながら鏡を見れば、結婚相手の顔が映るというのも皆一度は試すお呪いだという。


 エルヴィラは料理をしたことがなかったので、マリーに教わり林檎の皮剥きに挑戦してみた。しかし、最後まで皮を切らずに剥くこと自体がとても難しく、夢中になって練習して、カールマン邸では毎日林檎のデザートが出るようになった。

 しかし、それでも使い切れず、アップルパイや林檎ジャムにして人に配るようになった。


 お菓子作り自体も始めてみるととても楽しく、一週間もすればエルヴィラは一人でパイも作れるようになったし、皮も綺麗に剥けるようになった。


「さあ、出来た」

 エルヴィラは焼き立てのアップルパイを切り分け、その内二つを籠に入れた。

 今年のサマインの夜、エルヴィラはテオフラストと二人きりで祭りに出掛けることになっていた。ルクロドとユーサーは城での儀式に参加する予定があり、マヘスは何故か留守番すると言い出した。


 マリーはもちろんマシューと過ごすと言うし、必然的に二人になったのだ。


 テオフラストが屋敷まで迎えに来て、二人で手を繋いで祭りに繰り出す。

 いつもの様に屋台で買い食いした後、デザートにアップルパイを二人で食べた。

 占いの屋台では、学園関係者も幾つか出しているというので順に見て回ることにした。そして、その中に男女が行列を作っているものがあった。


「あれは何かしら?」

「ああ胡桃割りだ。……エルヴィラ、僕と一緒に胡桃を割ってくれる?」

「えっ?えぇ、良いわよ」

 エルヴィラの心は早鐘を打った。

 それは授業で習った占いの一つだ。恋人同士が一緒に胡桃を割って、綺麗に割れたら思いが叶い、砕け散ったら上手くいかないというものだが、「一緒に胡桃を割ろう」という言葉には愛の告白を含むという。


――いえ、エルヴィラ。浮かれちゃ駄目よ。まだ告白されたわけでは無いわ。


 二人は行列に並んだ。握られた手に力が篭る。

 もう間も無く順番が来ると言う時、テオフラストがエルヴィラの耳に囁いた。


「エルヴィラ、初めて出会った時からずっと好きだよ。僕の恋人になって」

 エルヴィラはテオフラストの顔を見上げた。不安そうな、でもいつもの優しい瞳がそこにあった。


「……私も初めて会った時から貴方が好きよ。私を貴方の恋人にして」

 エルヴィラの言葉を受けてテオフラストは周囲の目も気にせず強く抱きしめた。


「ありがとう。愛してる」

「私こそありがとう。Tá mé i ngrá leat!」


 この後、順番が来ても二人は固く抱き合っていたので、周りから囃し立てられながら胡桃を綺麗に割り、そこにいる全員から祝福を受けたのだった。


 







サマイン祭=ハロウィンの別名、Nut Crack Night。それだけ重要なカップル行事みたいですね。

もうちょっと詳しい解説はTwitterで。

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― 新着の感想 ―
[一言] 林檎のおまじない懐かしい!遠い昔自分が学生時代にも流行っていて林檎の皮むきの練習しました…! くるみのおまじないも聞いたことがあります。日本の胡桃を山行って取ってきたなー。
[一言] やっぱりテオフラストでしたか。 ユーサーは公子なだけあって、不利でしたもんね。 個人的にはユーサーと結ばれるパターンも見たかったです。
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