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お嬢さまと海水浴

『お母さま、このみさん、来週海へ行きますわよ。』


夕食の時に突然麗が言い出した。


『お姉さま、海ですか?』


麗は泳ぐどころか海に入る事も難しいはずだ。


『このみさんは昨年行かれたでしょう?お父さまの会社の保養施設ですわ。毎年部屋は押さえておりますのよ。お母さまもこちらに来てからずっと家の中におりますしたまには羽根を伸ばしてもらいたいですわ。』


去年は麗の計らいで知香たちと神奈川県の三浦海岸に行った。


『私は大丈夫です。このみさんだけお行きなさい。』


康子は固辞したが、一度言い出したら絶対引かないのが麗である。


『お母さま。お母さまはまだお若いのに家に籠りきりは良くないですわ。明日、みなさんで水着を買いに行くと良いですわ。』


もう、強引である。


『麗お姉さま。』


『このみさん、何かご不満でもございますでしょうか?』


『私は昨年着た水着がありますので新しい水着は買う必要がございません。』


『まあ?せっかくですので、新しい水着を買えば宜しいのに。』


このみが去年の水着に拘るのは訳がある。


『私、まだ胸が大きくなっておりません。去年の水着には萌絵さんがパットを縫ってくれたのです。』


『それは気付きませんでした。このみさん、申し訳ございませんですわ。遥さんは結構大きそうですわね。』


頼子と並んで立っていた遥は少し痩せたとはいえ中学一年生としては大きな胸を持っている。


『は、はい。たぶん去年の水着は入らないと思います……。』


『遥さんもお好きな水着を選んで来なさいな。』


『はい、ありがとうございます!』


このみは遥の様な胸を羨ましく思った。



海に行く当日の朝は源一郎たちより早い時間に出発となった。


『コノミサン、オハヨウゴザイマス。』


リカルドが車の埃を叩きながら挨拶した。


『リカルドさん、おはようございます。』


後にこのみも行った知香の田舎に長期滞在していたところをスカウトされ麗のフィアンセ候補となっているイタリア出身のリカルドとはまだ挨拶くらいしか交わした事がない。


(不思議な人だな。)


『コノミサン、トモカヨリウツクシイデス。』


『え?なんて事を?』


『リカルド、なんて事を言うのです?知香さんはこのみさんにとって大事な人なのですから。このみさん、リカルドは口が軽いのですわ。それだけが心配でなりません。』


麗が来てリカルドを嗜めた。


『おはようございます、今日は宜しくお願い致します。』


自宅から通う遥もやって来て、出発となった。


『本当に申し訳ございません、気を遣わせた様で。』


康子は今井家に来て外出したのは水着を買った時が初めてでそれまではずっと家の中で仕事をしていたのだ。


『お母さま。気遣った訳ではありませんし、もっと堂々として下さいませ。普段も外で羽根を伸ばして下さいな。』


貧乏性が身に付いてしまっている康子にはまだ生活に慣れていない。


『このみさん。たまにはお母さまと一緒にお買い物などに行かれても宜しくてよ。』


すっかりかごの鳥になってしまった康子に外に出ろと言うが、このみの方は夏休み中家庭教師が来て勉強をしているので外出する余裕はない。


車は南下して昼前に三浦海岸に到着した。


去年と同じロイヤルスイートルームに荷物を置き、水着に着替える。


海に入らない麗も水着に着替えた。


『お姉さま、きれいです。』


『このみさんもお世辞が上手ですわね。イスバスのお陰で上半身だけ筋肉もりもりで恥ずかしいですわ。』


痩せ形の康子はビキニがよく似合っている。


『お母さま、素敵ですわ。』


『本当、似合っています。』


麗だけでなく実の子どもであるこのみも目を丸くして驚いた。


母の水着姿など記憶にはないが、こんなにプロポーションが良いなんて思わなかった。


康子も頼子も大人の魅力を見せる中で、遥の胸は中学一年生とは思えない大きさである。


『遥さん、凄い。』


『恥ずかしいです。』


みんなに注目され、遥は恥ずかしがる。


全員でロビーに降り、今回は麗がいるので直接ウェルキャブで海の家に向かった。


『いらっしゃいませ。』


去年は金髪の軽い男のDJが接客していたが、今年は短髪でマッチョな熊の様な男が低い声で出迎えた。


『今井さま、お待ちしておりました。どうぞこちらへ。』


去年と同じベニヤ板で仕切られた奥の個室に案内された。


ちゃんと車イスでも入れる様にバリアフリーになっている。


『キャサリンさんはいないのかな?』


このみが呟いた。


『みなさ~ん、ようこ~そ~!』


そう思っていると、金髪でビキニ姿のキャサリンが注文を取りに来た。


『あら~麗ちゃ~ん!おひさ~!』


『ごきげんよう、お元気そうね。』


麗とキャサリンはかなり親しい様だ。


『このみちゃ~ん!ずいぶんきれいになっちゃって、タマ取ったのぉ?』


キャサリンはこのみを覚えていた様だ。


『キャサリンさん、ごきげんよう。まだ中学生ですからまだですよ。』


『キャサリンさん、ワタクシの妹に変な事を言わないで下さいませ。』


『うっそ~!このみちゃんと麗ちゃんが姉妹なのぉ?』


キャサリンは大袈裟に驚いた。


『正確には時期姉妹です。隣にいる私の母が麗さんのお父さまと結婚する事になったので。』


『やだ~!このみちゃんシンデレラみたいじゃな~い?ワタシも妹にして~ん。』


『その様な妹はお断りですわ。』


暗い海の家の個室が明るい雰囲気に包まれた。

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