新米お嬢さまの1日
文化祭以降、康太は女の子としての名前をこのみと決めて知香と共に女の子になるための道をゆっくりと歩き始めた。
しかし、知香と比べるとこのみのハードルは高い。
その後も月に一度会っていた父の遼太は次第に女の子っぽく変わっていくこのみを見て伸びていた髪を無理矢理切ってしまう。
このみはその一件で引き篭もってしまったが、知香や友だちたちの励ましで暫定的に女の子として学校に通う事になった。
しかしこのみは小学校の卒業式に女の子として出た事を遼太に知られ、養育費は打ち切られてしまい生活の困窮に陥りかける。
中学入学前に知香が親しくしていたお嬢さまの今井麗の家でメイド見習いとして働く事で難を逃れ、このみは性同一性障害のトランスジェンダーと認定されて女の子への道をスタートさせた。
今井家でこのみは厳しいながらも優しく指導され、家族同然の扱いを受ける様になった。
麗の父・源一郎は健気に働くこのみを養女にして今後の治療費や手術に掛かる費用の一切を出したいと発案した。
そうなるとこのみの母・康子はひとり取り残されてしまう問題があるのだが、麗は亡くなった母の後妻にどうかと提案、源一郎は康子に一目惚れをしてしまいこのみは今井家の次女という扱いとなった。
『このみお嬢さま、おはようございます。』
このみの代わりに一学年下の遥が今井家のメイド見習いを買って出て、夏休みの間は先輩メイドの頼子からみっちり扱かれている。
『遥さん、ごきげんよう。お仕事は慣れまして?』
言っているこのみ自身まだ不慣れだが、最初に比べるとお嬢さま振りが板に付いて来た。
『おかげさまでなんとか頑張っています。まだ失敗をして頼子さんには怒られますが。』
遥はおっちょこちょいなところがあり、このみも心配していたが、案の定頼子から怒られている。
『大丈夫、私も最初はだいぶ怒られました。しっかり励んでちょうだい。』
歯の浮く様な台詞を意識しないで言える様になるのは至難の技だが、勘の良いこのみは今井家に来て半月間でだいぶ覚えた様だ。
『このみさん、ごきげんよう。』
『お姉さま、ごきげんよう。』
リビングに入ると車イスに乗った姉の麗が待ち構えていた。
麗はバスケットボールで将来有望と目されていたが、不慮の事故で脛椎を損傷し、今は下半身麻痺だが高校に通う傍ら車イスバスケットボールの選手として活躍を始めている。
『お姉さま、今日は練習でしょうか?』
『はい、試合が近いですから今日は遅くなるかもしれませんわ。このみさんもお勉強、励んでいますか?』
今井家に来るまでのこのみは勉強は苦手な方だったが、今は家庭教師が付いて毎日勉強に明け暮れている。
『はい。お姉さまのおかげさまです。今日は広田先生はお休みですが、自習をする様に言われています。』
『広田先生も誉めていらしたわ。これからも励んで下さいませね。』
『ありがとうございます。』
麗が練習の時は運転手兼庭師の上西と、上西の妻である頼子が付き添う。
このみがメイドをしていた頃は練習の時はひとりで留守番をしていた為に3人が帰るまで残業をしていたが、今は康子と遥の3人なので寂しくはない。
『ふー、楽になった。』
身体を伸ばしてこのみは落ち着いた。
『遥ちゃんも座ってお茶飲みましょう。』
お茶を淹れた後このみの後ろに立っていた遥に康子がソファーに座る様に言った。
『はい、奥さま。失礼致します。』
『遥ちゃん、3人だけの時は畏まらなくて良いんだからね。』
このみは普段の言葉遣いに戻っている。
『いえ、私はこのみお嬢さまの様に使い分けをする事は出来ませんからこのままで結構です。』
少し不器用な遥らしいとこのみは思った。
『あんまり無理しないでね。』
このみは自分の事よりも張りつめた糸の様な遥を心配している。
『休んだら自習をしなくちゃ。1日サボると直ぐバレちゃうからね。』
以前のこのみなら考えられない言葉だが、勉強は出来る様になると面白く、苦手意識は払拭されて来ている。
『じゃあお昼はこうちゃんの好きな親子丼にしようか?』
厨房はそれまで上西が管理していたが、康子が来てから徐々に康子が管理出来る様にシフトしていた。
だが、普段は栄養管理士によって決められたメニューをレシピに沿って作るので自由に作るのは儘ならない。
康子が自由に出来るのは麗たちが居ない時だけなのだ。
『ありがとうお母さん、私も勉強頑張るね。』
このみは久し振りに心の底から笑顔を見せた。




