おじいちゃんの死
このみは徳江を病室に戻し、再び美子に付いて次の病室に向かった。
『ここは寝たきりの患者さんが多いの。大きい声じゃ言えないけど、もう治る見込みのない人ばかりだから。』
二人が病室に入るとそれぞれのベッドにカーテンが引かれ、同じ部屋の患者同士の交流はない。
『おう来たな、このみくん。』
『仁村さん。』
『上田さん、仁村さんを知っているの?』
美子はこのみが仁村に助けられた事は知らない。
『なに、さっきこのみくんが松葉杖の男にからかわれていたから注意してやったんだ。』
『それはありがとうございます。でも仁村さん、あまり良くないんだから勝手に出歩かないで下さい。』
美子は良くないと言うが、このみには仁村がどれだけ悪いのか分からない。
『今日は調子良いんだ。おかげでこのみくんに会えたし少しくらい良いだろう。』
美子も仁村にはお手上げだ。
『明日も来ますから待ってて下さいね。』
『おう、待っているぞ。』
こうして、1日目の職業体験は終わった。
自宅に帰り、夕食を囲みながらこのみは1日の出来事を康子と麗に伝える。
『原田さん、お姉さまの事を覚えていらっしゃいました。後、原田さんは美久さんのお母さまでした。』
『まあ、本当ですか?』
美久は入学した時に保健委員として麗の世話をしていた。
その時は意地悪な態度で美久や雪菜に相対していたのだ。
『たくさんの患者さんとお話致しました。楽しかったです。』
『良かったですわね。明日も頑張りなさい。』
麗に励まされ、このみは床に着いた。
翌朝、病院に着き、ナース服に着替え終わり、ナースステーションに行くと、回りの看護師たちが慌ただしく動いていた。
『おはようございます。』
『あ、上田さん。看護師長が直ぐに304号室に来てほしいとの事です。』
『え?はい。』
若い看護師に言われ、訳も分からぬままこのみは304号室に向かった。
(仁村さんの部屋だ。)
このみが病室に着くと、担当の先生と美子たちが仁村のベッドの脇にいた。
『おはようございます、先生、師長……仁村さんは。』
先生は首を横に振った。
『朝ごはんを食べたら容態が急変してね。意識が無くなる前にこのみくんに会いたいって言って。』
仁村には同じくらいの孫娘がいるが、息子夫婦とはいざこざがあって長い間会っていないそうだった。
前日、このみを見て自分の孫娘と重ねたらしいのだ。
『仁村さん……おじいちゃん、私です、このみです。』
このみは仁村の手を握って叫ぶと、意識がなかったはずの仁村の目が少し開き、笑った様に見えた。
『仁村さん!』
仁村はそのまま静かに息を引き取った。
号泣するこのみに、美子が戒める。
『看護師はね、患者が亡くなってどんなに悲しくても泣いちゃ駄目なの。』
『……はい。』
この時、このみは自分に看護師の仕事は出来ないと悟った。
『師長、息子さんに連絡が取れました。』
『分かりました。上田さん、仁村さんを霊安室に運びますので手伝って下さい。』
『分かりました。』
このみは涙を拭いて用意されたストレッチャーに仁村を載せる手伝いをして、そのまま霊安室に向かった。
『看護師は必要以上に患者さんに情を入れてしまうと辛い気持ちが増すの。私も新人の頃はよく怒られたわ。』
霊安室に遺体を運び、線香に火を着け手を合わせた。
『仁村さん、最後に上田さんと会えて嬉しかったみたいよ。』
このみ自身、両親が駆け落ちした事もあって祖父母とは会った事がなかったし、源一郎の両親も早く亡くなっていると聞いている。
(おじいちゃんおばあちゃんって元気なのかな?もし元気ならお母さんの結婚式に呼んであげたい……。)
おじいちゃんおばあちゃん孝行をした事がないこのみにとって、母の結婚式はチャンスかもしれなかった。
(仁村のおじいちゃん、ありがとう。)
このみは仁村に感謝して霊安室を後にした。
『上田さん、大丈夫?』
昼休み、このみは穂花に気遣われる。
『うん、なんとかね。人が死ぬ瞬間って初めてだったけど。』
『私もないな。看護師ってそういう瞬間に立ち会わなきゃいけない事もあるんだよね。』
茜も考え込んでいた。
『まあ、勤める病院次第だけどね。私はおじいちゃんが死んだ時にこういう事もあるって思ったから大丈夫だけど。』
穂花は立派な看護師になれそうだ。
『上田さん、お休みのところすみません。』
若い看護師がこのみを呼んだ。
『はい。』
『308号室の駒田さんが話があるって言うんですが、良いですか?』
(駒田?誰だっけ?)
言ってみると、昨日暴言を吐いて仁村に怒られた患者だった。
『じいさん死んだんだってな?昨日は悪い事したよ。』
『でも駒田さんのおかげで仁村さんとお話出来たし、良かったです。』
『俺も線香の一本でもあげたいけど、駄目かな?』
『師長に聞いてみます。』
本来なら、霊安室に安置すると直ぐに葬儀社に連絡して別の場所に移されるが、今回は身内が来るまで待つ事になった。
このみはナースステーションに行き、直ぐに美子を連れて戻ってきた。
『駒田さん、特別に許可します。行きましょう。』
美子はこのみと駒田をエレベーターに乗せ、霊安室に向かう。
『じいさん、悪かった。』
『意外と優しいんですね。』
このみが駒田を見て笑う。
『なんだ、意外って?中坊のくせに生意気だな。』
駒田は松葉杖でこのみを突いた。
『駒田さん、ありがとうございます。』
『お前、不思議な奴だな。』
振り返ると仁村の顔が笑って見えた。




