女子高進学計画
『お嬢さま……。』
このみを見た豊は呟いた。
そこにいるのは困難にめげず女の子になりたいと願う親友ではなく、紛れもないお嬢さまである。
『ごきげんよう、知香さん、豊さん。お母さま、お姉さま、遅くなって申し訳ございません。』
このみが座ると康子が目で頼子に合図をして頼子と遥がスープを配り始める。
『いただきます。』
5人は静かに食事を始めた。
『お母さま、とても美味しいですわ。』
『麗さん、ありがとうございます。』
今井の家に来るまで、康子は普通の家庭料理しか作っていなかった。
洋風の料理中心となり最初こそ上西に教わっていたが、かなり勉強をしたのだろうとこのみは思う。
『このお料理は自分で覚えたんですか?』
知香がこのみの思っていた疑問を直ぐに聞いた。
(こういうところが知香さんたる所以だな。)
『ここに来てやる事がないので勉強したのよ。』
それにしても康子はここに来て直ぐに立ち居振る舞いから言葉まで馴染んでいるが、このみは自分の知らない母の姿に驚くばかりだ。
『このみさん、本日のお勉強は如何でしたか?』
麗がこのみに振ってきた。
『はい、お姉さま。本日は短い時間でしたので数学と英語だけを学びました。』
『このみさんは勉強頑張っていらっしゃるのですね。』
思いきって豊がたどたどしく言ってみると、麗たちが笑った。
『清水さん、無理しないで普通にお話しても宜しくてよ。』
『私も普通に喋っているから大丈夫だよ。』
知香も豊をフォローしてくれた。
『は、はい。すみません。う…こ、このみさんは学校でもこんな感じでお話しするの?』
豊はこのみの呼び方を迷っている様だ。
『お姉さまがおっしゃるには、私次第だそうです。使い分けが出来るなら中学では今まで通りの話し方の方が良いと言われております。』
2学期になったら突然話し方も変わったらクラスメイトも引いてしまうだろう。
『高校はそうはいかなくてよ。このみさんにはミッション系の女子高を受けて戴きますから。』
『女子高ですか?』
麗の女子高発言には知香が一番驚いた。
『私も進路指導の先生と話してますけど、敢えて女子高を選ぶ事はないって言われましたが、果たして大丈夫なんですか?』
性的少数者が社会的権利を獲得しつつある昨今、表立って反対する高校はほとんどないと思われるが、試験を受けても意図的に落とされるかもしれない。
その行為が良いか悪いかではなく、仮に女子高に入学出来たとしても他の生徒がどう受け入れるかが焦点となるだろう。
『その為にあらゆる手段を考えておりますのよ。先ずはこのみさん自身がが完璧でなければいけませんわ。』
あらゆる手段といってもこのみに完璧を望むなら裏口という訳ではない様だ。
あくまで正々堂々試験に合格する成績を修め、これでも落とすのかという今井家らしい正面突破のやり方なのである。
『ところで知香さんはどちらの高校に行かれるのですか?』
話題は受験生の知香に振られた。
『まだ決まっていませんが私はさすがに女子高は行けないので、県立の共学が第一志望です。』
『それは勿体ないですわ。知香さんなら少し頑張ればワタクシの学校に入れますのに。』
さすがに知香は無理だと断った。
知香と豊が帰った後、このみは麗に尋ねた。
『お姉さま、私をミッション系の女子高に入れるという話、本当なのですか?』
このみも初めて聞いた話だったのだ。
『このみさん、黙っていて申し訳ございません。お父さま、お母さまと相談していましたの。このみさんもこのまま学力が向上していけば成績は問題ないでしょうから。』
『それにしても女子高だなんて、ハードルが高すぎます。』
知香でさえ諦めた女子高にそう簡単に行けるのだろうか?
『このみさんには立派な女性になって欲しいのですわ。いずれはワタクシの代わりに母親になって戴かなければならないのですから。』
『母親ですか?』
性別適合手術を受けて戸籍が女性になったとしても、このみが子どもを産む事は出来ない。
『ワタクシは子どもを産んでも自分で育てる事は出来ませんわ。でしたら子どもを産む事が出来ないこのみさんにお願いするのが一番だと思いますの。』
麗は自分の事さえ儘ならないのだから子育ては不可能なのは明白だ。
それなら姉妹二人で出産と子育てを分担してしまうのが一番良いという結論だった。
『もしそうなったとしても、そのままワタクシの子どもとしてこのみさんに乳母になって貰うか、このみさんの養女にするかはまだ分かりませんわ。ただ、何れにしましてもこのみさんには最高の女性になって立派な男性と結婚して戴きたいと願っておりますの。』
めちゃくちゃ高いハードルだ。
しかし、麗の望みに応えるのが自分の使命だとこのみは思った。
(立派な男性……か。)
一瞬豊の顔が浮かんだが、だいぶ違う様な気がした。




