お母さまの思い出
8月13日、今井家も迎え盆を行なっている。
今井家の墓は屋敷の一角にあり、源一郎を始め家族全員でお墓を掃除して花を供える。
『きれいですわね。』
もともと1週間に一度は頼子がお墓の清掃を行なっていたのだが、康子が来てからは毎朝拝みに来て掃除をしているのだ。
『私たちもご先祖さまや麗さんのお母さまに挨拶をしなければいけないと思いまして。』
とはいってもこのみはメイドの頃に頼子と一緒にたまに清掃に来ていただけで康子が毎日お参りしている事は知らなかった。
『麗さんのお母さまもここに眠っているのですね。このみと申します。宜しくお願い致します。』
このみは無知な自分を反省して手を合わせた。
『お母さま、申し訳ございません。新しいお母さまと妹のこのみを紹介致します。妹といっても少し変わっておりますが、是非お守り下さいませ。』
麗も墓前に手を合わせ、康子とこのみを紹介する。
『お姉さま、少し変わっているは余計です。』
一家に笑いがこぼれた。
普段は洋食が多かった今井家の食卓だったが、康子が厨房に入る様になって少しずつ和食にシフトしている。
そんな今井家であったが、もともとお盆はお萩や精進料理を供えて食すしきたりになっている。
『お姉さま。』
精進料理を食べながら、このみが麗に質問した。
『なんでしょう?このみさん。』
『今日はお姉さまのお母さまの霊もお帰りになっているのでしょう?宜しかったらお母さまがどんな方だったのか、お聞かせ願いますか?』
このみは源一郎や康子に配慮して言葉を選びながら麗に聞いた。
『実は……ほとんど覚えている事はないんですのよ。小さい頃でしたので。』
源一郎の前妻が亡くなった時、麗はまだ幼少で、母親が病気になってからはほとんど頼子が麗の養育をしていた。
『でも少しだけ、とても優しくて凛としていた様に覚えていますわ。』
もしかしたら、麗が大きくなってから頼子が伝えた話を自分で想像した母親像かもしれない。
隣で聞いていた康子はそれで良いと思った。
『私は凛としたお母さまにはなれないと思いますが、少しでも麗さんの望むお母さまになれる様に努力致します。』
『お母さま……。今のままで大丈夫です。このお食事だけでもお母さまの優しさが分かりますわ。』
精進料理だからというわけではないだろうが、優しい味がすると麗は表現した。
『お姉さまも優しいです。』
たぶん麗を産んでくれた母も一緒に喜んでくれているのだろうとこのみは思った。
お盆が終わり、夏休みもあと10日少しとなった。
夕食が終わり、麗がこのみに話し掛ける。
『このみさん、お勉強の方は如何でしょうか?』
このみもだいぶ学力が向上してきた様で、勉強が楽しくなってきた。
『今までは夏休みが終わるのは嫌だなって思っていましたが今年は2学期が始まるのが楽しみです。』
『あら?ワタクシと一緒にいるのは嫌なのですか?』
最近は可愛い妹を弄るのが楽しい麗である。
『そ、そんな事ございません。寂しいです!』
『冗談ですわよ。ワタクシも少し寂しいですわ。』
麗は笑いながら、ちょっと本音を見せた。
『お姉さまが言って下さればいつでも一緒に寝てあげますわ。』
このみは麗の真似をして弄くられたお返しをする。
『まあ。その時は覚悟して下さいね。』
少しずつ本当の姉妹の様になってきたみたいだ。
麗は頼子に連れられ、自分の部屋に戻ると麗のスマホの呼び出し音が鳴った。
[あら?知香さん。]
このみは知香と連絡を取り合っている様だが、麗には遠慮しているのだろうか、久し振りのメールである。
[ご無沙汰しています。明日、長野のおみやげを持って伺いたいのですが?]
(あら?お土産なんて良いと言っておりますのに……。)
麗は困りながら喜んでいた。
このみが今井家に来てから、受験勉強もあって知香とは一度も会っていないのだ。
[いつもお気にしなくても宜しいと申してますのに。でも知香さんとはお会いしたいですわ。]
麗はそう返事を送った。
[明日、このみさんのお友だちと一緒に行きます。]
(このみさんのお友だち?あの時の男の子かしら?)
麗はこのみの友だちといっても引っ越しの時に来た清水豊と西山遥しか知らない。
遥は今井家のメイドとして毎日顔を出しているから豊なのか、それとも別の友だちだろうか?
そういえば、夏休みのせいもあるがこのみの友だちの事はよく知らない。
知香の様にうじゃうじゃいると毎日家も賑やかになるかもしれないがそうは多くない気がする。
その友だちから少しはこのみの交遊関係も分かるかもしれない。
とりあえず、知香に返事を出して明日を待つ事にした。
[このみさんもすっかり我が家に馴染んできましたの。楽しみにしてお待ちしておりますわ。]




