第9話 劇的ビフォーアフターと、遠い王都の不協和音
エルフ族との交流が始まってから、一週間。アストラの廃屋――改め、我が家は、劇的な進化を遂げていた。
ガシャン、ガシャン、トントン……。
リビングの一角に設置された『全自動魔力織り機(マリエル製)』が、軽快なリズムを刻んでいる。エルフのシルヴィオさんから提供された月蚕の糸が、見る見るうちに美しい布へと織り上げられていく。
「……信じられん。我々が数日かけて手織りしていた量が、わずか一時間で……」
見学に来ていたシルヴィオさんが、美しい顔を引きつらせていた。
「ふふ、織り目は【創造】で均一に調整してますからね。それに、この『ジャガード織り』の機能を使えば、こんな模様も入れられますよ」
私は織り上がったばかりの布を広げて見せた。 真珠色の生地に、薄い金色の糸でダマスク柄が浮き上がっている。 光の角度によって模様が見え隠れする、最高級のインテリアファブリックだ。
「美しい……! これほどの布があれば、王族のドレスだって作れるぞ!」
「ドレスもいいですけど、まずは生活必需品ですね!」
私はハサミを手に取り、布を裁断していく。ミシンはないけれど、そこは魔法の出番。『裁縫魔法』で、針と糸を高速で操り、縫い合わせていく。
***
数時間後。
リフォームの総仕上げが完了した。
「――完成っ!!」
私はリビングの中央で、くるりと回って周囲を見渡した。
かつて埃まみれで、蜘蛛の巣が張っていた廃屋。
それが今や、どうだろう。
床は黒檀のように磨き上げられ、その上にはふかふかのラグマットが敷かれている。
窓には、先ほど織り上げたダマスク柄のカーテンが揺れ、雲母の窓から差し込む光を優しく和らげている。 部屋の隅には、アレクセイが運んでくれた観葉植物。テーブルには、エルフの伝統工芸である花瓶に生けられた季節の花。ソファには、モコの毛を詰めた極上のクッションが並んでいる。
「……これは、すごいな」
狩りから戻ってきたアレクセイが、入り口で立ち尽くしていた。
「ここが、あの廃屋か? 王都の迎賓館……いや、それ以上に洗練されている。なんというか、落ち着くんだ」
「でしょう? コンセプトは『森の中の隠れ家リゾート』ですから!」
素材の良さを活かしたナチュラルな色調に、高級感をプラス。
これぞ、私の理想の空間だ。
「さて、アレクセイさん。約束の品もできてますよ」
私はソファの上に置いてあった包みを手に取った。
「はい、プレゼント。いつも力仕事をしてくれているお礼です」
「俺に?」
彼が驚いたように包みを開ける。
中に入っているのは、月蚕のシルクで作ったシャツと、動きやすいズボンだ。
デザインはシンプルだけど、彼の体格に合わせて採寸したので、既製品にはないフィット感があるはずだ。
「……着てみてもいいか?」
「もちろんです! あ、着替えは向こうで……」
言うが早いか、彼はその場で着ていたボロボロの傭兵服(というか革鎧の下着)を脱ぎ始めた。
「きゃああっ!?」
私は慌てて手で目を覆う――が、指の隙間からしっかりと見てしまった。
引き締まった腹筋。無駄のない背中の筋肉。歴戦の傷跡さえも勲章のように見える、完璧な肉体美。
(刺激が強すぎる……ッ!)
「どうだ、マリエル?」
着替えを終えた彼が振り返る。
光沢のあるミッドナイトブルーのシャツが、彼の黒髪と蒼い瞳を引き立てていた。開いた襟元から覗く鎖骨がセクシーだ。
「……似合いすぎてて、怖いです」
「はは、君が作った服だからな。着心地も最高だ。皮膚の一部みたいに軽い」
彼は嬉しそうに袖を撫で、それから私に近づいてきた。
「ありがとう。……一生、大事にする」
至近距離で見下ろされると、破壊力が倍増する。
新しい服を着た彼は、どこからどう見ても高貴な王子様にしか見えなかった。
いや、ただの傭兵さん……のはず。うん。
「メアッ!(ぼくもー!)」
その時、空気を読まないモコが、私の足元にタックルしてきた。
「あはは、モコにはリボンを作ってあげたよ。ほら」
残った布で作った蝶ネクタイをつけてあげると、モコは「メアッ!」と得意げに胸を張った。
美味しいご飯。快適な住まい。可愛いペット。そして、(やたらと距離が近い)イケメンの同居人。
アストラでの生活は、順風満帆そのものだった。
***
一方、その頃。
マリエルを追放した王都の公爵邸では、小さな異変が起き始めていた。
「おい! 例の書類はどうなっている! 領地の治水工事の予算案だ!」
執務室で、マリエルの父である公爵が怒鳴り声を上げていた。
「は、はい! ただいま探しておりますが……以前のデータが見当たらず……」
「馬鹿者! 前まではマリエルがすぐに用意していたではないか!」
公爵はイライラと貧乏ゆすりをする。
マリエルは「悪役令嬢」と呼ばれていたが、実は領地経営の事務処理を一手に引き受けていた「裏の有能実務官」でもあったのだ。
彼女が夜な夜な処理していた膨大な書類仕事は、彼女がいなくなった途端、誰の手にも負えなくなっていた。
そして、王宮でも。
「……ねえ、エドワード様。最近、王宮の温室のお花、元気がなくないですかぁ?」
第一王子エドワードの腕に絡みつきながら、男爵令嬢が不満げに唇を尖らせた。
彼女のお気に入りの薔薇園は、見る影もなく枯れ果てていた。
「む……庭師がサボっているのか?」
「いえ、殿下」
控えていた老齢の庭師が、悲痛な面持ちで首を振った。
「あの薔薇は、マリエル様が独自に調合された『魔法肥料』でなければ育たない品種なのです。マリエル様がいなくなり、肥料の在庫が尽きてしまいまして……」
「なんだと? たかが肥料ごとき、解析して作ればよかろう!」
「それが……王宮魔導師様たちも匙を投げまして。『この配合は天才的すぎて再現不能だ』と……」
エドワードは忌々しそうに舌打ちをした。
「え〜ん、エドワード様ぁ。私、あの薔薇の香水が欲しかったのにぃ」
「よ、よしよし。すぐに代わりのものを用意させるから。……ちっ、あの女、余計な嫌がらせをしていきおって」
彼らはまだ気づいていない。
マリエルが行っていた細やかな魔力管理や魔導具のメンテナンスが、王宮の快適な生活を支えていたことに。
エアコン代わりの空調魔導具も。美味しい紅茶を淹れるための浄水器も。
全て、DIYオタクのマリエルが自分の快適生活のために、人知れずこっそりと創造魔法で整備していたものだということに。
歯車は、少しずつ狂い始めている。
だが、辺境でハンバーグを食べているマリエルは、そんなことは知る由もなかった。




