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第8話 手押しポンプと、森から来た美しき「織り手」たち

 美味しいハンバーグで英気を養った翌日。私は朝から、井戸の前で腕組みをしていた。


「やっぱり、釣瓶で毎回水を汲み上げるのは重労働よね」


 バケツ一杯の水でも、何度も往復すればかなりの重さになる。お風呂やキッチンが充実してきた今、水の需要は増える一方だ。


「よし、アレを作ろう!」


 私はドワーフたちが置いていった鉄のインゴットと、余った革の端切れを用意した。


 作るのは『手押しポンプ』。

 ハンドルをギッコンバッタンと上下させるだけで、地下水を吸い上げられる優れものだ。


「まずはシリンダーを作って……ピストン部分には革を巻いて気密性を高めて……」


 【創造クラフト】の魔法で鉄を加工し、部品を組み立てていく。構造さえ理解していれば、魔法での再現は難しくない。


 ものの三十分ほどで、レトロで可愛い深緑色の手押しポンプが完成した。


「アレクセイさん、設置お願いします!」


「任せろ。……しかし、こんな細い鉄の管で水が上がるのか?」


 半信半疑のアレクセイに手伝ってもらい、井戸の蓋にポンプを固定し、パイプを井戸底まで下ろす。

 そして呼び水を入れ、ハンドルを上下させると――。


 ジャバババッ!!


 勢いよく、冷たい地下水が吐き出し口から溢れ出した。


「おおっ! これは便利だ! 力もほとんどいらないぞ」


「でしょう? これで水汲みが楽になりますし、長いホースを繋げば畑の水やりも自動化できます!」


「君の頭の中には、あといくつの発明品が詰まっているんだ……?」


 アレクセイが感心してハンドルを動かしている。

 その横で、モコも真似をして「メアッ、メアッ!」とハンドルにぶら下がって遊んでいた。


 平和だ。

 今日も平和なDIY日和だ――と思っていた、その時だった。


 ピクリ。

 アレクセイの耳が動いた。


「……マリエル、俺の後ろへ」


 彼の手が、瞬時に腰の剣へと伸びる。空気が張り詰めた。

 ドワーフの時のような騒がしい気配ではない。もっと静かで、鋭い気配。


「……森の方だ。何かが囲んでいる」


「えっ、魔物ですか?」


「いや……殺気はない。だが、視線を感じる」


 私たちは井戸を背に、森の暗がりを凝視した。

 風に揺れる木々のざわめきに混じって、衣擦れのような音が近づいてくる。


 そして。

 スッ、と音もなく姿を現したのは――。


「……美しい」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 長い金色の髪に、透き通るような白い肌。耳の先が尖った、背の高い美男美女たち。

 彼らは森の緑に溶け込むような、薄布の衣を身に纏っていた。


 エルフだ。

 おとぎ話に出てくるような、森の賢者たち。


「……人間よ。騒がしくしてすまない」


 先頭に立った、一際美しい青年エルフが口を開いた。

 声まで鈴を転がしたように綺麗だ。


「我々は、この森に住むエルフ族。……昨夜から漂ってくる『甘く香ばしい匂い』と、強大な聖獣の気配に惹かれてやってきた」


 青年エルフの視線が、私の足元のモコに注がれる。

 そして、なぜかゴクリと喉を鳴らした。


「……やはり、クラウドシープか。伝説の聖獣が人間に懐いているとは」


「メア?(なになに?)」


 モコは怖がる様子もなく、むしろ興味津々でエルフたちに近づこうとする。

 私は慌ててモコを抱き上げた。


「あ、あの……私はマリエルと言います。こっちはアレクセイさん。怪しい者じゃありません。ただここで暮らしているだけです」


「暮らしている? この廃屋でか?」


 青年エルフは怪訝な顔をして、それから私の背後にある屋敷を見た。

 そして、目を見開いた。


「……なんだ、あの窓は。美しい」


 彼が見ているのは、私が作った『雲母のステンドグラス』だ。

 朝日を浴びてキラキラと輝くその窓は、エルフの審美眼にも叶ったらしい。


「それに、あの水が出る鉄の器械……見たことがない魔導具だ。人間にしては、自然と調和した美しい魔力を持っているな」


 どうやら、敵対心は持たれていないようだ。

 むしろ、彼らの視線は私の「作ったもの」と、そして何より――。


「クンクン……」


 後ろに控えている女性エルフたちが、鼻をヒクつかせている。

 その視線の先にあるのは、私が庭のテーブルに用意していた「朝食の残り(焼き立てパンケーキ)」だ。


(あ、もしかして……)


 私はピンときた。

 ドワーフがお酒好きなら、エルフは甘いもの好きというのが相場だ。


「もしよかったら、お茶にしませんか? 甘いパンケーキと、ハーブティーがありますよ」


 私が提案すると、エルフたちの長い耳がピーン! と立った。

 わかりやすい。


 ***


 こうして、またもや異種族とのティーパーティーが開催されることになった。


 エルフの青年は、族長の息子でシルヴィオと名乗った。

 彼らはパンケーキ(ハチミツたっぷり)を一口食べると、そのあまりの美味しさに、クールな表情を崩壊させて「んん〜っ!」と悶絶していた。


「信じられん……森の木の実や草が、焼き方ひとつでこれほど甘美な味になるとは……」

「このふわふわの食感、雲を食べているようだわ……」


 どうやら、エルフたちの食文化は「素材の味そのまま(生食)」が基本らしく、調理されたスイーツは衝撃的だったようだ。


 そんな彼らを見ながら、私はあることに釘付けになっていた。


(……綺麗な布だなぁ)


 シルヴィオさんたちが着ている服だ。

 蜘蛛の糸のような極細の繊維で織られていて、光の加減で色が変わる。

 シルク(絹)よりも滑らかで、それでいて丈夫そうだ。


「あの、シルヴィオさん。そのお洋服の生地、素敵ですね」


「ん? ああ、これは『月蚕つきこ』の糸を織ったものだ。我々エルフの伝統工芸品だよ」


「月蚕……! やっぱり、この森で採れるんですね!」


 私は身を乗り出した。


 屋敷のリフォームは進んでいるけれど、実は困っていたのが布製品だ。

 カーテンも、シーツも、クッションカバーも、今はまだボロボロの古布を洗って使っている。

 マリー・アントワネットのようなドレスはいらないけれど、肌触りのいいパジャマや、可愛いカーテンは欲しい!


「あの、もしよかったら……その糸や布を分けていただけませんか? 代わりに、パンケーキでも何でも作ります!」


 私が頼み込むと、シルヴィオさんは少し困った顔をした。


「布を分けるのは構わないが……実は我々も困っているのだ」


「困っている?」


「うむ。糸は最高品質なのだが、我々にはそれを加工する技術が乏しくてな。ただ織るだけで精一杯で、複雑な模様を入れたり、君が着ているような機能的な服(つなぎ)に仕立てることができないのだ」


 なるほど。

 素材はあるけど、デザインと裁縫技術がないわけだ。


「それなら、私が協力できます!」


 私はドンと胸を叩いた。


「私、新しい織り機の設計図が頭にあるんです。それを使えば、もっと早く、複雑な柄の布が織れますよ。それに、型紙パターンさえあれば、どんな服でも作ってみせます!」


「本当か!? マリエル殿、貴女は魔導具だけでなく、服飾の知識もあるのか!」


「ええ、DIY精神に不可能はありませんから!」


 シルヴィオさんの目が輝いた。

 交渉成立だ。


「では、我々は最高の糸と布を提供しよう。代わりに、我々に新しい織物の技術と……あと、このパンケーキの作り方を教えてほしい」


「喜んで!」


 ガッチリと握手を交わす私とシルヴィオさん。

 その横で、アレクセイが不機嫌そうにパンケーキをフォークで突き刺しているのが見えた。


「……また男か。しかも今度は顔がいい」


「ア、アレクセイさん? フォークが曲がってますよ?」


「……フン。マリエルの作る服を最初に着るのは俺だぞ。そこだけは譲らん」


 彼はそう言って、私を後ろから抱き寄せ、シルヴィオさんに向かって威嚇の視線を送った。


 大型犬が「これは俺の飼い主だ!」と主張しているみたいだ。


「ふふ、わかってますよ。アレクセイさんには、特製の騎士服を作ってあげますから」


「……本当か? 約束だぞ」


 機嫌が直ったアレクセイを見て、エルフたちは「人間というのは面白い生き物だ」とクスクス笑っていた。


 こうして、私はドワーフの鉄に続き、エルフの布を手に入れ、素材が揃った。

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