第11話 黒騎士の困惑と、男たちのログハウス作り
アストラの朝は早い。
小鳥のさえずりと共に目覚め、美味しい朝食を食べ、DIYに勤しむ。それが私のルーティンだ。
しかし、今朝は少し様子が違っていた。
「……ありえん」
リビングのソファで、黒騎士フレデリックが頭を抱えていた。
彼は昨日、そのまま私の作った『人をダメにするクッション(聖獣の毛100%)』の上で寝落ちしてしまったのだ。
「この私が……近衛騎士団長たる私が、寝坊だと? しかも、野営地でもないのに、一度も夜警に起きなかったとは……」
彼は信じられないという顔で自分の手を見つめている。
どうやら、あまりの寝心地の良さに、戦士としての本能すらオフになってしまったらしい。
「おはようございます、フレデリックさん。よく眠れましたか?」
私が声をかけると、彼はハッとして居住まいを正した。
「ま、マリエル殿! 失態をお見せした。……しかし、あのクッションは魔導具か何かですか? 吸い込まれるような感覚があり、抗えなかったのです」
「ふふ、ただのクッションですよ。さあ、顔を洗ってきてください。朝ご飯ができてますから」
***
今日の朝食は、焼き立ての『厚切りバタートースト』と、新鮮な野菜のポトフだ。
パンは、石窯で焼いた自家製酵母パン。バターは、森の野牛のミルクから分離させて作った手作りだ。
「いただきます」
フレデリックは、やはり一口食べて震え出した。
「……パンが、甘い。外はカリッとしているのに、中はしっとりとして……そしてこの黄色い油の芳醇な香り……!」
「森で採れた岩塩を少しかけてあるんです。美味しいでしょう?」
「殿下……いえ、アレクセイ様。貴方様はずっとこのような食事を?」
(……今、さらっと『殿下』って言いかけたわよね? もう隠す気ゼロじゃない? まあ、劇団の設定を守ろうとする心意気は買うけど!)
私は心の中でツッコミを入れつつ、気づかないフリをしてコーヒーを啜った。
「ああ。ここに来てから、体重が少し増えた気がするが、筋肉量も増えたから問題ない」
アレクセイがトーストを齧りながら笑う。
男二人が並んで朝食を食べている光景は、なんだか暑苦しいけれど、賑やかで悪くない。
食後のコーヒー(代わりの木の実茶)を飲みながら、私は提案した。
「さて、フレデリックさんもここに住むとなると、お部屋が必要ですよね」
昨日はソファで寝かせちゃったけれど、ずっとそうするわけにもいかない。
この屋敷には空き部屋があるけれど、リフォームが追いついていない。
「俺は床で十分ですが……」
「ダメです。DIY好きの名折れです。……そうだ! せっかく男手が増えたんですから、離れ(ゲストハウス)を建てちゃいましょう!」
「「 離れ? 」」
二人の声が重なった。
「はい。庭の広いスペースに、男性陣専用の『ログハウス』を作るんです。アレクセイさんとフレデリックさんの部屋、それに武器の手入れができる作業場も付けましょう!」
「おおっ! 自分たち専用の城か! それは燃えるな!」
アレクセイが乗り気になった。やっぱり男の人は「秘密基地」っぽい響きが好きだよね。
フレデリックも、「殿下の城を作るとなれば、全力を尽くさねば……」と真面目な顔で頷いている。
(また『殿下』って言ってる! しかも真顔で! アレクセイさんも否定しないし! ……まあいっか、男の人の『ごっこ遊び』は本気だっていうしね)
よし、決まりだ! 今日は大型建築DIYだ!
***
まずは木材の調達だ。三人(と一匹)で裏山へ入る。
必要なのは、太くて真っ直ぐな杉の丸太。
普通なら切り倒して運ぶだけで数日かかる作業だが――。
「ふんッ!!」
ズドォォォォン!!
フレデリックが剣を一閃させると、巨木が根本から切断されて倒れた。
アレクセイも負けじと、別の木を切り倒す。
「どうだフレデリック、腕は鈍ってないか?」
「いえ、毎日の鍛錬は欠かしておりませんので。しかしアレクセイ様、その剣速……以前より上がっておられませんか?」
「マリエルの飯を食ってるからな。活力が違う」
二人の超人(騎士)のおかげで、あっという間に数十本の丸太が確保できた。
しかも、彼らはそれを「軽めの筋トレだな」とか言いながら、一人で二、三本ずつ担いで運んでいく。
重機がいらないって素晴らしい。
現場に戻ったら、私の出番だ。
「皮むきと乾燥は魔法でやりますね! 【創造・ドライ】!」
丸太の樹皮を剥ぎ、内部の水分を一瞬で抜く。これで木材が反ったり割れたりするのを防げる。
「基礎は石組みでガッチリと。その上に、丸太を井桁に組んでいきます!」
私が設計図を書き、二人が組み立てる。
丸太の刻み(ノッチ)を入れるのは、彼らの剣技ならミリ単位で正確だ。
ガツン! ガツン!
小気味よい音が森に響く。
「おいフレデリック、そっちが少し浮いてるぞ」
「む……修正します。しかし、釘を使わずに木を組むだけで、これほどの強度が出るとは」
「マリエルの設計は完璧だからな」
男たちの連携もバッチリだ。
私はその間に、窓ガラス(雲母製)や、ドアノブなどの金具を作っていく。
***
夕方。
夕日が森を赤く染める頃、庭の一角に立派な建物が出現していた。
「――完成!!」
野性味あふれる丸太組みの壁。屋根には、薄く加工したスレート石を敷き詰めた。
広々としたウッドデッキも完備した、男のロマン溢れる『ログハウス風・離れ』だ。
「素晴らしい……! これほどの砦が、たった一日で完成するとは!」
フレデリックが完成した壁を撫でて感動している。
砦じゃないよ、ゲストハウスだよ。
「内装はシンプルにしましたけど、家具はこれから揃えていきましょうね」
「十分すぎる。ありがとう、マリエル。ここなら気兼ねなく剣の手入れもできる」
アレクセイも満足そうだ。
二人の部屋ができたことで、母屋(私の城)のプライバシーも守られるし、一石二鳥だ。
「さて! 重労働のあとは宴会ですね!」
私は石窯へ向かった。今日のご褒美ご飯は、これしかない。
***
三十分後。
ログハウスのウッドデッキに、大きな丸い皿が運ばれた。
「こ、これは……パイ?」
フレデリックが目を丸くする。
そこにあるのは、こんがりと焼けた生地の上に、真っ赤なトマトソース、とろけるチーズ、そしてたっぷりのベーコンとバジルが乗ったもの。
「『ピザ』です! 手で持って、豪快に食べてください!」
私が手本を見せると、二人は恐る恐るピザを手に取り――かぶりついた。
「!!!」
サクッ、モチッ。
生地の食感の後に、熱々のチーズとトマトの旨味が口いっぱいに広がる。
「熱ッ、でも美味い! なんだこの中毒性のある味は!」
「チーズが伸びる! 塩気がたまらん! これは酒が進む味だ!」
二人はハフハフと言いながら、次々とピザを平らげていく。
用意しておいたエール(ドワーフの土産)との相性も抜群だ。
「はぁ……生きててよかった」
フレデリックが、空になったジョッキを置いて空を見上げた。
「殿下。私、決めました」
「何をだ?」
「帝国には、戻りません」
「ぶっ」
アレクセイがビールを吹き出しそうになった。
「おい、騎士団長がそれでいいのか?」
「構いません。国には『殿下は見つかりませんでした』と報告書を送っておきます(嘘は言っていない)。……こんな美味い飯と、快適な寝床を知ってしまっては、もうあの堅苦しい城には戻れません」
黒騎士フレデリック、陥落。
こうして、アストラの地にまた一人、頼もしい(そして胃袋を掴まれた)住人が定着することになったのだった。




