第五話 「天才料理人シロ 料理を試される」
ベジタ村が降伏して三日が過ぎた。
村の中央広場には、かつて誇り高く掲げられていた狼族の旗が地面に踏みつけられ、泥にまみれている。代わりに血のように赤い「ジャシン軍」の旗が風にはためいていた。
皆、目は虚ろで生ける屍となっている。
村人たちの表情から生気が失われて久しい。以前なら威勢よく酒を飲み、大声で笑い合っていた戦士たちも、今では猫背で俯きながら歩いている。子供たちの泣き声さえ、どこか諦めたような響きだ。
これまで狼族は、戦に負けても全面降伏したことはなかった。局地戦で負けても、ここぞという勝負では負けなかったからだ。
今は違う。
オルティッシオの圧倒的暴力にひれ伏している。
あの日のことを思い出すと、今でも身体が震える。オルティッシオたちが村に現れた時、誰もが笑っていた。「馬鹿な人間たちが乗り込んできた」と。だが、その笑いは一瞬で恐怖に変わった。
族長ベジタブル様をはじめ村の精鋭戦数十名が束になって襲いかかったが、オルティッシオは笑いながら、まるで子供をあやすように彼らを蹴散らした。
皆、一様に不安が顔に滲み出ていた。オルティッシオは、村の皆を家畜と侮蔑し、戦士として扱わない。鍬を持って、ひたすら田畑を耕せと言う。
「戦士ではない。ただの家畜だ」
オルティッシオの言葉が脳裏に蘇る。かつて戦場で咆哮を上げていた戦士たちが、今では黙々と土を掘り返している。誇り高きフェンリル族の戦士が、人間に使役される農奴となった瞬間だった。
まさに奴隷。
まあ、僕はもともと奴隷も同然の待遇だった。上で命令する者が代わろうと、それは変わらない。
僕は生まれた時から村の最下層にいた。フェンリル族でありながら、腕力も人並み以下。「半端者」「出来損ない」と呼ばれ続けて十六年。唯一の取り柄は料理だけだった。
おばあちゃんが教えてくれた料理の技術だけが、僕を生かしてくれている。
腕力に劣る僕は、畑仕事もろくにできない。
オルティッシオたちの体力検査で早々に弾かれてしまった。
あの時は死を覚悟した。
オルティッシオの冷たい視線を受けながら、僕は必死に自分の価値を訴えた。「料理ができます! 皆の食事を作れます!」震え声でそう叫んだ時、運良くギルさんが助け船を出してくれた。
僕は、いつものとおり皆の料理を作っていればいいのだ。戦がない分、少しだけ気が楽かもしれない。
戦争中は常に緊張していた。いつ敵が攻めてくるかわからない。いつ食料が尽きるかわからない。そんな中で、限られた食材で戦士たちの腹を満たすのは至難の業だった。
今は違う。確かに支配されているが、少なくとも生きている。それだけで良しとしなければならない。
いつもの日常が始まる。
と言っても、この「日常」はわずか三日前に始まったばかりの新しい現実だ。オルティッシオが支配者となってから、村の生活リズムは完全に変わった。日の出と共に農作業が始まり、日没まで続く。休憩は水分補給の時のみ。
さて、まずは食材の調達だ。山菜を取りに行こう。
リュックを背負って、村の外れの山に入る。
この山道は僕にとって特別な場所だ。おばあちゃんと一緒に山菜を採りに来た思い出が詰まっている。「この葉っぱはスープに良い味を出すよ」「この根っこは薬にもなるから大切に取っておきなさい」。おばあちゃんの声が今も聞こえてくるようだ。
山に入ると、少しだけ心が軽くなる。ここだけは、まだオルティッシオの支配が及んでいない。鳥たちのさえずり、風に揺れる木々の音。自然は何も変わらず、僕を迎えてくれる。
途中、オルティッシオを見た。
オルティッシオは村の中央にある高台に陣取り、皆を監督している。
あの高台は、かつて族長が演説をした場所だ。「我らフェンリル族は誇り高き戦士である!」族長の力強い声が響いていたあの場所に、今は侵略者が君臨している。
厳しい目つきだ。
オルティッシオの眼差しは、まるで鷹が獲物を狙うような鋭さがある。村人の一挙手一投足を見逃さない。誰かが少しでも手を休めようものなら、すぐさま雷のような声が飛んでくる。
「働け、働け、家畜ども! 休みたいとかサボりたいとか抜かしてみろ。その時は死ね。腹をかっさばき、死んでティレア様にお詫びをするのだ」
オルティッシオが唾をまき散らしながら檄を飛ばしている。
すごい……。
今まで族長以下理不尽な命令をいくつも聞いてきたが、オルティッシオの命令ほどすさまじいものはない。
族長の命令は理不尽でも、そこには一応の理屈があった。「村を強くするため」「敵に備えるため」。でも、オルティッシオの命令には理屈も情もない。ただの暴力と恐怖による支配だ。
彼らはかれこれもう十時間以上、鍬を振っているのだ。ご飯も食べず、少量の水を飲むことのみ許される。
いくら村の戦士たちが屈強とはいえ、限度があるだろうに。
見ていて痛々しい。
かつて僕を「出来損ない」と罵った戦士たちでさえ、今では同情してしまう。彼らの手は血だらけで、足元はふらついている。それでも鍬を振り続ける姿は、哀れというより他にない。
稲一粒でも多く収穫させる。鬼オルティッシオの言葉だ。
このオルティッシオを従えるティレアとは、いったいどんな化け物なのだ?
ティレア。
その名前を聞くだけで、村人たちは青ざめる。オルティッシオでさえ、その名を口にする時は畏敬の念を込める。一体どれほどの力を持った存在なのだろうか。
きっと力と破壊の権化のような怪物だろう。
僕の想像の中では、ティレアは巨大な龍のような姿をしている。一声で山を崩し、一息で街を灰にするような恐ろしい存在。そんな化け物に目をつけられたら、もう逃れる術はない。
うう、恐ろしい。
想像しただけで身震いしてくる。
まあ、僕には関係のない話か。
ギガント様よりベジタブル様よりオルティッシオより上の化け物なんかとかかわることなんてないだろう。
僕なんて、村の片隅でひっそりと料理を作っているだけの存在だ。そんな大それた人物と関わるなんて、天と地がひっくり返ってもありえない。
ああ、怖い怖い。
首を振ってその場を通り過ぎようとすると、
「やってられっかあ!」
ベジタ村の戦士アジャが鍬を地面に叩きつけて不満をぶつけた。
アジャは、牙を剥き出しにして憤慨している。
それもそうだろう。
アジャは村でも特に好戦的な戦士だった。略奪や戦闘に生き甲斐を感じるタイプで、平和な時期でも常に「戦はまだか」と苛立っていた。そんな彼にとって、農作業ほど屈辱的な仕事はないだろう。
ここまで持ったのも、それだけオルティッシオが恐ろしかったからだ。だが、とうとう限界が来たらしい。
僕は思わず立ち止まった。
これは危険な状況だ。アジャの性格を知っている僕には、彼がこのまま黙っているとは思えない。
アジャは怒声を上げて猛抗議する。
「俺は農夫じゃない、戦士だぞ。ふざけるな。略奪でもなんでもやってジャシン軍とやらに貢献してやるよ。なんならアンタのために今から女でも浚ってきて――ぐぎゃ!」
オルティッシオは、アジャの不平を最後まで言わせなかった。
神速で駆け寄り、アジャの顔面に拳を叩き込んだ。
その速さは、まさに神速だった。僕の目には、オルティッシオが瞬間移動したようにしか見えなかった。アジャも同じだったのだろう。反応する間もなく、顔面に拳を受けて倒れた。
アジャは、蛙の潰れた声を出し、ピクピクと痙攣をしている。
血の匂いが風に乗って僕のところまで届いた。アジャの鼻と口から大量の血が流れ出している。一撃で致命傷を負ったのは明らかだった。
「貴様、誰が休んでいいと言った! さっさと手を動かせ」
オルティッシオはアジャの胸倉を掴み、ゆさゆさと振り回す。
アジャ、既に死んでいるのに……。
皆もそう思っているが、口には出せない。
絶対的強者に抗える者などいないのだから。
村人たちの表情を見回すと、全員が同じ顔をしていた。恐怖と絶望が混じった、諦めの表情。誰もがアジャと同じ末路を辿りたくないと思っている。
「オルティッシオ様、そいつ既に死んでますよ」
代わりにエディムがオルティッシオに代弁してくれた。
エディムは、こうやってちょくちょくオルティッシオに物申している。
エディムという少女は謎に満ちていた。見た目は十四、五歳くらいの華奢な美少女。茶髪に赤い瞳、まるでお伽話の王女様のような容姿をしている。それなのに、なぜかジャシン軍の一員としてオルティッシオに従っている。
いくら貴族とはいえ、エディムみたいなか弱そうな女の子がなぜ凶悪なジャシン軍にいるのかわからなかったが、オルティッシオへの突っ込みに必要なんだと理解した。
エディムがいなければ、オルティッシオは延々と死体を振り回し続けるのかもしれない。彼女の存在は、オルティッシオの暴走を止める安全装置のようなものなのだろう。
「なに? 貴様、勝手に死ぬ奴があるかあ!」
オルティッシオが雄叫びを上げてアジャを投げ飛ばす。
アジャの死体ははるか彼方に吹っ飛び、そのままてんてんと転がっていく。そして、そのまま崖から落っこちてしまった。
ああ、村でも粗暴で嫌な奴だったけど、こうなると憐れだ。
どんなに嫌な相手でも、同じ村で生まれ育った。アジャにも家族がいたし、彼なりの生き方があった。それが一瞬で終わってしまうなんて。
命の儚さを感じずにはいられない。
オルティッシオは、ふんと鼻息を鳴らすとまた檄を飛ばす。
獣人の一匹や二匹、生きようが死のうがお構いなしという感じだ。
ここでは命が軽い。
オルティッシオの機嫌一つで死につながる。
これが新しい現実なのだ。僕たちの命は、オルティッシオの気分次第で決まる。理由も正義もない。ただ強い者が弱い者を支配する、それだけの世界。
オルティッシオの剣幕に皆が恐れをなしていた。
皆、アジャと多少なりとも同じ気持ちだったと思うが、不満を顔には出さない。
さっと持ち場に戻り、鍬を振るい始めた。
まあ、死にたくないもんね。
生きることの大切さを、改めて実感する。どんなに屈辱的でも、どんなに辛くても、生きていれば希望はある。おばあちゃんも言っていた。「生きてさえいれば、きっといいことがあるよ」と。
僕も食材の調達に行こう。
山菜のある場所に向かおうとしていると、
「シロ、少し待て」
僕を呼び止める人が現れた。
振り返ると、屈強な男が立っていた。鋼の肉体と知性を宿した目をしている。
あ、ギルさんだ。
慌てて平伏しようとするが、ギルさんは手でそれを制した。
ギルさんは、オルティッシオの部下だ。ただし、彼はオルティッシオと違い理知的な人である。
ギルさんは、ジャシン軍の中でも異質な存在だった。他の兵士たちが野蛮で粗暴なのに対し、彼は常に冷静で思慮深い。話し方も丁寧で一定の敬意を払ってくれる。
体力検査に落ちた僕が、処分されかけた時、雑用する人材も必要と言って命を助けてくれた。
今、料理係として村に残れているのも、この人のおかげである。
あの時のことを思い出すと、今でも胸が熱くなる。「この少年は料理ができる。軍にとっても有用だ」ギルさんの一言で、僕の運命は決まった。もしあの時ギルさんがいなければ、僕は今頃この世にいなかっただろう。
「シロ、一つ頼みがある」
「あ、はい、なんでしょう?」
「これで料理を作れ」
ギルさんは背中に背負った大袋から食材を取り出し、地面に置いた。
ばらばらと大量の芋や野菜などが転がる。
その瞬間、僕の目は釘付けになった。これまで見たことのないような美しい野菜たちが、宝石のように地面に散らばっている。艶やかな光沢、完璧な形、そして漂ってくる芳醇な香り。
「あ、あの一体……? これから僕、皆のご飯を作らないと」
「そんなのはどうでもいい」
どうでもいいって……。
朝から何も食べていない村人たち、さらに十時間以上も鍬を振っているのだ。ここで飯がなければ、確実に暴動が起きる。
いや、暴動どころか、僕が八つ裂きにされるかもしれない。空腹の獣人ほど恐ろしいものはない。理性を失った彼らは、何をするかわからない。
「で、でも、ご飯を作らないと怒られてしまいます」
怒られるどころでは済まされない。
これまでの経験でわかる。ここまで腹をすかした村人たちの前で飯がないなんて言えば、確実に殺されるだろう。
以前、食事が遅れそうになった時を思い出す。村人たちの目が血走り、僕に向けられた殺気は本物だった。あの時は何とか間に合ったが、もし遅れていたら……。
「ふっ、誰が誰を怒るのだ?」
ギルさんがあきれた顔で言う。
そうだった。今やベジタ村の住人は、ジャシン軍の奴隷である。ギルさんの命令を覆せる住民なんていないのだ。
権力構造が完全に変わってしまったのだ。もはや村人たちの意見など、何の意味も持たない。ジャシン軍の命令が絶対なのだ。
「わかりました。この食材を使えばよろしいのですね?」
「ああ、そうだ」
艶やかで生命力に溢れた食材ばかりだ。これがA級食材というものだろう。ろくに作物も育たない村だから、こんな高級食材見たことがなかった。
ふっくらと大きい芋を手に取る。
すごい。
一片だけでも、栄養価が十分に詰まっていた。普段は、食材を掛け合わせて栄養価を凝縮するが、その必要はない。
この芋一個で、普段使う食材の十個分はありそうだ。香りも豊かで、まだ調理していないのに既に美味しそうな匂いがする。
とりあえず、作ろうとしていた力汁スープを作ろう。
リュックから大鍋を取り出し、料理台を設置する。そして、腰に下げていた包丁を手に取り、芋の皮をむく。むいた芋は順に大鍋に入れていく。
包丁を入れた瞬間、芋から甘い香りが立ち上った。皮をむくだけでこれほどの香りとは、さすがA級食材だ。
「ここ数日お前を見ていた」
スープのだしを取っていたら、ギルさんが話しかけてきた。
岩石に腰をかけて、じっと僕を見つめている。
その視線には、評価するような、値踏みするような色があった。僕は少し緊張しながらも、手を止めることなく調理を続ける。
「お前は優れた料理人だ」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、それを確信まで持っていきたい」
「確信ですか……」
「ああ、お前は村の奴らを基準に料理を作っているな?」
「基準?」
「つまりだ。料理をする際、配分を質より量としている」
ギルさん、鋭いな。
村の皆は、腹が空くと狂暴になりやすい。できるだけ腹が膨れるような料理を心がけていた。味は美味しく、ただし最低ラインの美味しさだ。村の乏しい食料事情では、味と量を両立させるのは至難の業だから。
確かにギルさんの指摘の通りだ。僕はいつも「どうやって少ない食材で多くの人を満足させるか」ばかり考えていた。味よりも栄養、美しさよりも実用性。それが僕の料理哲学だった。
「さすがです。村の人たちは、食欲旺盛でとにかく量が必要でした」
「やはりな。では、今回は美食をメインに作ってくれ」
美食?
つまり美味しく作ればいいだけか、簡単だ。
いつもは腐ったもの、食べられないものを食べられるように工夫しなければならない。
このA級食材ならば、目をつぶっていてもできる。
でも、ちょっと待てよ。
あ、違う。
これだけ厳しいジャシン軍なのだ。僕には到底考えもできない意図が隠されているのかもしれない。
美食、美食……どういうことだろう?
これだけの高級食材を使えば、簡単に【美食】なんて極められる。
ジャシン軍の試験がこんなに簡単なわけがない。
きっと何か裏がある。
僕の料理の技術を試すだけではなく、もっと深い意味があるに違いない。もしかしたら、これは最後の晩餐なのかもしれない。美味しい料理を作った後で、用済みとして処分される可能性もある。
美食、美食……。
しきりに頭をひねり考えていると、
「緊張するな。気楽に考えていい」
「え、えっと……」
「ふふ、そう怖がるな。ただお前の料理の腕を知りたい。それだけだ」
「は、はい」
「ただし、手は抜くな。全力で作れ。お前の真の腕を見たいからな」
ギルさんが怖い顔で言う。
その表情には、期待と同時に厳しさがあった。失敗は許されない、という無言のプレッシャーを感じる。
料理で手を抜く……ありえない。
力こそ正義のベジタ村で貧弱な僕が生きてこれたのは、料理ができたからだ。
料理は、僕が生き抜くための唯一の術である。料理で手を抜くことは死ぬことと同義だ。
これまでも、これからも、僕は料理に全てを賭けている。それが僕のアイデンティティであり、存在意義でもある。
いつものとおり。ギルさんに言われなくてもわかっている。
下手な料理を作れば死ぬ。だから僕は、全力を出す。
おばあちゃん、安心して。僕は死なないから。
心の中でおばあちゃんに語りかけながら、僕は集中力を高めていく。おばあちゃんから教わった技術の全てを注ぎ込もう。
数十分後……スープが完成した。
力汁スープではない。
美食に比重を置いたスープ、フォーティャオチャンだ。
これは、おばあちゃんから教わった究極の料理の一つだった「これを作れるようになったら、お前は一人前の料理人よ」そう言われた幻のスープだ。
あまりの美味しそうな香りに修行好きの戦士ですら、修行をほったらかしてやってくると言われた民族料理である。
鍋から立ち上る湯気が、まるで黄金の糸のように輝いている。A級食材の力なのか、それとも僕の技術が向上したのか、今まで作ったどの料理よりも美しく仕上がった。
スープの表面には、野菜から出た天然の油が虹色に輝いている。芋の甘みと山菜の香りが絶妙にバランスを取り、深みのある味わいを演出している。一口飲めば、身体の芯から温まるような、そんなスープができあがった。
「あ、あの、どうでしょうか?」
ギルさんは、何も言わない。
僕が差し出した椀を受け取ると、まずはその香りを確かめるように鼻を近づけた。そして、ゆっくりと一口含む。その表情を読み取ろうとするが、ギルさんの顔は無表情のままだ。
一口スープをすする毎にずっと何かを考え込んでいる。
沈黙が怖い。
時間が永遠に感じられる。ギルさんの表情からは何も読み取れず、僕はただ結果を待つしかない。心臓の鼓動が聞こえるほど静寂が支配している。
もしかしてまずかったのかな?
一応、渾身の力で作ったんだけど……。
でも、考えてみれば、ギルさんはジャシン軍の幹部だ。きっと王都の高級料理店の味も知っているだろう。僕のような辺境の村の料理人が作った料理など、彼の舌には合わないかもしれない。
そして……。
スープを全て飲み干したギルさんは、椀をゆっくりと置いた。
「……………」
まだ何も言わない。僕は固唾を飲んで見守る。
ギルさんは立ち上がると、僕の肩に手を置いた。
「よくやった」
その一言で、僕の緊張は一気に解けた。
多分、合格点はもらえたのかな?
そのあと、ギルさんはどこかに出かけていった。
ギルさんの後ろ姿を見送りながら、僕は安堵のため息をついた。とりあえず、今日は生き延びることができた。
数日後……。
僕は、なぜか村の皆にいじめられなくなった。
ギルさんの同僚が交代で常に張り付いてくるからだ。まるで人族が言っている護衛みたい。
以前なら、料理の準備をしていても村人たちから心ない言葉を浴びせられることが日常だった。「出来損ない」「半端者」「役立たず」。そんな罵声が飛び交う中で、僕はいつも小さくなって作業をしていた。
でも今は違う。ジャシン軍の兵士が常に僕の傍にいるため、村人たちは僕に近づくことすらできない。彼らの視線は相変わらず冷たいが、少なくとも直接的な嫌がらせは受けなくなった。
なぜ僕に?
その理由がまったくわからなかった。僕はただの料理係に過ぎない。護衛が必要なほど重要な人物ではないはずだ。
護衛たちは皆、礼儀正しく接してくれる。以前の村人たちとは大違いだ。
でも、この変化には不安も伴っていた。なぜ突然、僕がこんな扱いを受けるようになったのか。きっと何か重大な理由があるに違いない。
その答えがわかった時は……仰天した。
僕の身にとんでもないことが起こったのである。




