第二話 「天才料理人シロ 異変の始まり」
さて、皆の料理も作り終えた。
ベジタ村の長ギガント様には、希少なヒラタケと山鳥の煮込み。【幹部戦士】のヤム様、ストロング様には、川魚の香草焼き。その他の戦士たちには、野菜と獣肉の炒め物。
それぞれの階級に応じた食事を、朝から夕方まで一人で準備し続けた。
今日のノルマも終わり。
ぐーっとお腹が鳴った。空腹が腹の底から響く。
そういえば、昨日から何も食べていない。食材探しと料理の下ごしらえで、自分の食事を取る暇もなかった。
朝露に濡れた草原で山菜を摘み、川で魚を捕り、森で薬草を採集し――気がつけば太陽は西に傾いていた。
僕もご飯にしよう。
何を作ろうかな?
戦士たちが残した食材は使えない。それは明日の分として確保しておかなければならない。僕が食べられるのは、誰も欲しがらない雑草や虫、そして山の奥で見つけた根菜類だけだ。
ペンペン草の白和えか。この時期のペンペン草は少し苦みがあるが、茹でて水にさらせば食べられる。
ゲンゴロウ虫の蒸しソテーか。タンパク質は貴重だし、香ばしくカリカリに焼けば意外と美味しい。
脳内レシピを高速で検索する。
――いや、待てよ。
本日の湿度は高め、温度は涼しく、風向きは北東から。昨夜の雨で土が柔らかくなっている。
こんな日は……。
うん、これだ!
五感を使ってベストな食材をピックアップできた。お祖母ちゃんが教えてくれた野生料理の極意「自然と対話せよ」。今日の天候なら、あの食材が一番良い状態のはずだ。
小屋の裏手に回り、壁に立てかけてあった小さなシャベルを手に取る。おもむろに地面を掘り始めた。
ザクザクと掘り進む。雨上がりの土は柔らかく、湿った感触が手のひらに伝わってくる。ついにそれを発見した。
焦げ茶色をしたマシマス木の根っこだ。
土まみれで泥だらけ。土臭い匂いが充満しているが、これは新鮮な証拠だ。
この根っこは、見た目こそ悪いが栄養価が高く、独特の甘みと辛みを併せ持つ。上級戦士たちは知らないが、実は高級食材にも匹敵する逸品なのだ。
根っこを抱えて、小屋のすぐ脇を流れる小川へ向かう。
冷たい水に手を浸し、丁寧に泥を洗い落とす。さらさらと流れる水音が心地よい。皮を剥いて細かく刻み、調理場に戻った。
鍋に入れて煮込む。薪の火加減を微調整しながら。
もちろん、塩や砂糖といった調味料は使えない。それは族長や幹部戦士たちに振る舞うご馳走用だ。僕のような下っ端が勝手に使えば、鞭打ちの刑が待っている。
だから、僕はこれを使う。
小瓶から取り出したのは、数十種類の野草をブレンドした独自のXO醤だ。
僕の秘密兵器。山で採れる薬草や香草を発酵させ、半年かけて作り上げた調味料。材料費はゼロだが、その味は一般の調味料を遥かに凌ぐ。
XO醤をひとさじ入れ、コトコト煮込むこと数分……。
鍋から黄醤油のような香りがふんわりと漂い、とろみが出てくる。
クンクン……香りが立ち上がる。甘い香りの奥に、ほのかなスパイシーさ。
よし、今だ!
絶妙なタイミングで火を止め、手際よく鍋を二回半振るう。
マシマス木の根っこ特製ソース和えの出来上がりだ。
おたまで汁をすくい、一滴、二滴と舌先に落とす。
ピリリとした刺激が身体中に沁み渡った。鼻孔に食欲をそそる風味が流れ込む。根っこのほのかな甘みと、XO醤の複雑な旨味が絶妙にマッチしている。
うん、まずまずかな。
一口、また一口。久しぶりの食事が身体に染み渡る。疲れた体に栄養が行き渡っていく感覚。
残りは、近所に住む子供たちや老夫婦にもおすそ分けするつもりだ。皆、僕と同じような境遇――村の最下層で、その日暮らしをしている人たちだ。
いつもの日常。
いつもの風景。
嫌なことがあっても、料理を作り、それを食べて喜んでくれる人がいる。その間だけは、自分が村で一番地位の低い「ミソッカス」であることを忘れられた。
料理をしている時だけは、僕も何かの役に立っているような気がした。
また、いつもの日常が始まる――そのはずだったのだけど……。
なんだろう?
遠く、村の中央の方から怒声が聞こえてくる。ここ捨て地からでも分かるほどの騒ぎだ。
普段の夕暮れ時とは明らかに違う、緊迫した空気が流れている。
気になって小屋を出た。村の中央へ続く道を早足で進む。
近づくにつれ、バタバタと村の警備が門に殺到しているのが見えてきた。甲冑の音が響き、誰かが大声で指示を飛ばしている。
異変が起きたらしい。
人だかりの隙間から覗き込む。
あ! ガトーの遺体が運ばれていく。
担架に乗せられたガトーは、白目を剥き血反吐を吐いて死んでいた。
あの屈強なガトーが――村でも五本の指に入る戦士が――こんな無様な死に様を晒すなんて。
他部族の襲撃かな?
もうこの辺りには、狼族に逆らえる部族なんていないと思っていたのに。
ガトーは【強戦士】の称号を持つ者だ。村に十人もいないその一人が、あっさりとやられた。
敵は、相当な手だれのようだ。
皆、槍や刀を持って門に殺到している。僕は人波に押されながら、群衆の後ろの方で立ち尽くしていた。
普段は威張り散らしている戦士たちも、今は顔が青ざめている。誰もが同じことを考えているのだろう――ガトーを倒す敵とは、一体何者なのか?
……僕も行かないと。
戦いは怖い。血を見るのも嫌だ。でも、仕方がない。
憂鬱な気持ちを無理やり心の奥に押し込める。胃の辺りがキリキリと痛む。せっかく美味しく食べた根っこ料理が、台無しになりそうだ。
僕なんかがかけつけても意味がないのは分かっている。
戦闘能力は皆無。体格も貧弱で、武器もろくに扱えない。せいぜい後方で傷ついた戦士に水を運ぶくらいしかできないだろう。
だけど、村の危機に何も動かなかったとばれたら、後でどんなお仕置きをされるか分かったものじゃない。
以前、敵の斥候が現れた時に小屋に隠れていたら、三日間食事抜きにされた。「臆病者は食う資格なし」と罵られ、村の皆の前で鞭で打たれた。あの屈辱は二度と味わいたくない。
とりあえず、後方で待機していよう。
目立たないように、でも逃げているようには見えないように。
どんな敵であろうとも、最後はギガント様が倒すに決まっている。
一度小屋に駆け戻り、腰帯に包丁を差す。唯一の刃物だ。震える手で鍋の火が消えているのを確認し、再び皆の後に続いていく。
夕暮れの空が、血のように赤く染まっていた。




