第六十七話 「ミレスと財務大臣(後編)」
邪神軍の財務大臣に就任する。
まずはドリュアスさん率いる参謀チームと打ち合わせをした。
当初、ドリュアスさんから嫉妬と殺意がブレンドされた目線を受けたりもした。
美形が睨むと凄みがある。
常人なら百回は死んでいる殺気だったね。
それでも、ティレアさんの【勅】であること、
ティレアさんのために行動をしていることを示すと、すんなり受け入れてくれた。
ドリュアスさんは、物分かりがよい。
感情より公が大事だと理解している。
ティレアさんのためになるときちんと説明すれば、これほど頼りになる参謀はいない。
私の方針を聞き、都市計画をブラッシュアップしてくれた。
一を聞いて十を知る。
この天才率いるチームに、もはや助言など必要ないだろう。
あとは定期的に進捗報告を聞くぐらいだ。
問題は……。
チラリと視線を向ける。
くちゃくちゃとガムを咀嚼して両足を机の上に投げ出している青年と、
机に頬杖をついて半眼で殺気をドバドバと垂れ流してくる少女。
そう、オルティッシオさんとエディムだ。
二人はティレアさんの【勅】だから、渋々従ってくれてはいる。
ただし、態度がすこぶる悪い。
二人の心中が透けて見える。
不満でいっぱい、嫉妬の炎で焼きつくせそうね。
はぁ~こんな状態の二人と話すのは憂鬱だ。
憂鬱だけど、話を進めないと始まらない。
意を決して打ち合わせを開始する。
「え~あなた達の企画書を拝見しました。うん、よくできている。できてはいるけど、何箇所か訂正させてもらうね」
「エディムよ、聞いたか? 新人の大臣様は、我らの企画がクソでミソで気にいらんそうだ。どれだけ増長しているのだ」
「えぇ、えぇ、オルティッシオ様。ミレス大臣様は、昔からそうでした。周囲の意見に耳を傾けず、己の栄達しか考えていません」
二人は、こちらの言う事を聞かずに不満たらたらの様子だ。
ふぅ~またか。
以前の諍いを思い出す。
二人とも優秀なのに、どうしてこんなに子供なの?
本当に頭が痛いよ。
オルティッシオさんは風船ガムを膨らませながら、不満も膨らませている。
エディムはそんなオルティッシオさんに同調して私の悪口を言い立てている。
ついでに追加のガムも渡している。
……消極的ボイコットね。
まぁ、この二人の気持ちもわかる。
新参者にあれこれ指図されるのは、いい気がしないだろう。元々私の身分は、ティムちゃんの人形だし。
……しょうがない。
とりあえずは下手に出て、協力を求めてみよう。
「オルティッシオさん、エディム、あなた達の気持ちはわかるわ。新人の私がこんな大役に抜擢されて不満に思うのは当然ね。でも、これもティレア様のためよ。若輩な身で迷惑をかけるかもしれない。だけど、協力して欲しい」
「エディムよ、聞いたか? この女は、ティレア様の名を使い、我らを支配下に治めたいようだ」
「えぇ、えぇ、オルティッシオ様。この女は、昔からそうでした。上に取り入る事にかけては天才的な力を発揮してました。まさに虎の威を狩る狐とは、この女を指すのです」
話にならない。
下手に出ても、増長するだけね。
ならば、上役としての態度で臨む。
「オルティッシオさん、いい加減にして下さい。今は会議中です。ガムを噛むのはやめてもらえますか?」
「たかが人形如きが私に命令する気か!」
「命令しますよ。私は財務大臣で今は大事な仕事中です。ガムを噛むのは、休憩時間にしてください」
「ふん、貴様はわかっておらんな。仕事中こそガムを噛むべきだ」
えっ!? 何言ってんの、こいつ?
オルティッシオさんは堂々と自論を述べ、ふてぶてしい態度を改めない。
ティレアさんが考案したとされるガム。
東方のお菓子みたいだね。
こちらの文化にない嗜好品として、王都でも一定層に好評らしい。
ちなみに私も食べた事はある。
なかなか楽しい触感だった。
ただ、見た目くちゃくちゃと噛む姿が美しくはない。公の場や仕事中は控えるのがマナーとされている。
「オルティッシオさん、私の邪魔をしたいからって、いい加減な事は言わないで下さい」
「出鱈目ではないわ! いいか、よく聞け! ティレア様が以前、お住まいになったところではな、【めじゃーりーがー】とかいう棍棒を振り回す者がいるそうだ。そやつらは、仕事中にガムを噛んで士気を上げていると窺った」
めじゃーりーがー?
それは、ティレアさんから聞いた事がなかった情報だ。
話から察するに、棍棒を装備した東方の衛士なのだろう。
ティレアさんはともかく、仕事中にガムを噛んでティムちゃんに見つかったら大惨事になりそうだ。
「にわかには信じられません」
「貴様、ティレア様のお言葉を疑う気か!」
「い、いや、でも、どういった理屈で?」
「まったく、無知にもほどがある。いいか。ガムを噛むことで脳に刺激を与え、あるふぁ波がガバガバ溢れ、英気に溢れた行動が取れるのだ」
「え、えっと……」
「わかったか! だから、こうやって絶えずガムを噛んでおるのだ。もぐもぐ、愚か者め!」
オルティッシオさんは反論してガムを咀嚼し続ける。
理屈はわかったけど……。
矛盾点はいくらでも思いつく。
ただ、反証しても聞く耳持たないだろう。
「オルティッシオさん、あなたの自論はわかりました。でも、ガムを咀嚼するのは禁止します。これは財務大臣としての命令ですよ」
「誰がお前の命令など聞くか!」
「そうですか。では、軍法会議にかけます」
「なっ!? 軍法会議だと!」
「不本意ですが、これ以上非協力的なら大臣の権限を行使するしかありません」
「ちっ、権力をかさにきおって」
オルティッシオさんは、べっとガムを吐き出した。
もちろん、邪神軍の部屋にではない。
私が修正を入れた計画書目掛けてだ。
「……喧嘩売ってます?」
「くっく、貴様はやはり無知だ。ガムは紙にくるんで捨てるのだ。そこにちょうどよくゴミがあったもんでな」
オルティッシオさんは、私が作成した計画書にガムをくるんで捨てると、今度は煎餅の袋を破き、バリバリと音をたてながら食べ始めた。
こ、この人はもう……。
大の大人が恥ずかしくないの?
エディムはエディムでお茶を淹れて、オルティッシオさんのお茶会を後押ししている。
「あ、あのオルティッシオさん」
「なんだ? ガムではないぞ」
「そうよ、そうよ。ミレス、言いがかりもいい加減にしなさい」
オルティッシオさんは、ニタニタと笑みを浮かべていた。
エディムも口角を上げ、いやらしい笑みを浮かべている。
これは、煎餅を禁止しても飲食自体を禁止しても一緒だろう。
何か理由をつけて話をさせない気だ。
もうどうしようかな?
マジで軍法会議を開催しちゃう?
いや、やめよう。
私の権限で実行できるけど、手続きが面倒だ。
まどろっこしいから、腕ずくしちゃおうか?
目を細め、部屋にいるオルティッシオさん以下、東方近衛隊隊員達の戦闘力を値踏みする。
エディムの戦闘力を一とするならオルティッシオさんは四、その部下達が二ないし三ってところだ。
私は十、やりようによっては百にも二百にもなる。
ここにいる全員相手しても十分に対処可能だ。
恐怖政治はしたくないけど、こうも非協力的ならね。
「非協力的な人には、罰を与えますよ」
「やってみろ。人形のくせに生意気にもほどがあるわ」
「ミレス、腕ずくなんて愚かな考えね。私達は、暴力には屈しないわよ」
オルティッシオさんが吠える。
エディムが噛み付く。
これは腕ずくでも、協力的にならない。
二人とも意固地になっているから、普通の手段では無理だ。
従順で大人しくさせるには……。
いくつか方法は思い浮かぶ。
どれも普通でない非常手段だ。
一応、親友のエディムにそんな手は使いたくない。
ならば、この手しかない。
「カミーラ様をお呼びします」
「「なっ!?」」
驚愕する二人。
わなわなと手足が震えている。
いや、何を驚いているの?
こうなるのはわかっているでしょ。
言う事聞かないなら、言う事聞ける人を呼ぶしかないじゃない。
「あなた達がこれ以上、非協力的ならカミーラ様をお呼びします」
「お、おい、正気か!」
オルティッシオさんが慌てて詰め寄ってきた。
はい、私は正気ですよ。
どちらかというとあなたの今までの言動こそ、正気を疑います。
財務大臣として、あなたの邪神軍への資金調達の流れ、少し追ってみました。
結論……。
頭、絶対おかしいでしょ!
あのエリザベス邸への押し込み強盗が可愛く思えてくる。
法も倫理もガン無視のやりたい放題だ。
今まで重税を課して財貨を溜め込んできた悪徳領主ばかりを狙ってたから、見逃してあげた。
本来なら軍法会議にかけて処刑するレベルの罪である。
「ま、待ちなさい。あ、あんたはどこまで卑劣なのよ」
次にエディムが駆け寄り、私の腕を引っ張ってきた。
卑劣って、どの口がそれを言うかな?
三千二百三十回、これが何を表すかわかる?
あなたが私を噛もうとした数よ。
隙あらば、襲おうとするのはやめて。
これでも優しい手よ。
もっと酷い方法もあるんだから。
「とにかく、二人ともこれ以上邪魔をするのならカミーラ様をお呼びします」
「「ぐっ!!」」
唇を噛んで耐える二人。
もう一押しかな?
「わかってくれたようですね。私はティレア様だけでなく、カミーラ様にも財務大臣として裁可する権限をいただいてます。お二方のお墨付きですよ。意味、わかりますよね? 私への妨害は、すなわちお二人に逆らうに等しい行為です」
「そ、それは、その」
「べ、別に邪魔をしているわけではあるまい」
二人がしどろもどろに弁解を始めた。
「言い訳はけっこうです。次に邪魔したら、本当にカミーラ様をお呼び――」
「呼んだか?」
「うぁあ!」
突然、背後を取られた。
現れた覇王の気配につい声を発してしまう。
「ん!? 何を驚いておる。貴様らしくもない」
そう宣言するのは東方王国の大覇王、ティムちゃんだ。
相変わらず凄い。
自慢ではないが、今の私から背後を取れるのはティムちゃんぐらいだ。
仮にSランク冒険者百人に囲まれても、鼻歌混じりに対処できる自信があるのに。
さすが私と同じ高位人間である。
「あのカミーラ様? どうしてここに?」
「なんだ、ミレス。お前が我を呼んだのだろう?」
呼んだって……確かに呼ぼうとしてたけど、まだ呼んでないから。
ティムちゃんは、ニタニタと意地悪そうな笑みを浮かべていた。
エディムとはまた一味違った上から目線の嘲笑である。
「いや、まだ呼んでませんよって――はっ!?」
嫌な予感がした。
すぐ様、自身を魔力探査する。
調査魔法ググルを発動、体中に魔力の波動を行き渡らせた。
結果、反応なし。
気のせい?
いや、そんなわけない!
ティムちゃんのこの顔、愉悦に満ちている。
まるで子供がいたずらに成功したかのようなそんな顔だ。
まぁ、いたずらのレベルが尋常ではないけど。
とにかくもっと気合を入れて確認する。
頭の天辺から爪先まで、微細な変化も見逃さない。
調査魔法ググル、フルパワー!!
……見つけた。
魔力を感知する発信機だ。
ティムちゃんもこりないな。
一体、いつのまに?
もう芸術と言ってもいい。
今回の発信機は、超高性能だ。以前より見つけにくい構造になっている。
それに、オルティッシオさんとの会話内容も知っていたぐらいだ。魔力感知だけでなく、集音機能もついているのだろう。
古今東西、例を見ない魔術形式を惜しげもなく使っている。
相変わらずティムちゃんオリジナルの魔術紋はえげつない。
世界最高峰、いや史上最高の魔法技術を見せつけられた気分だ。
ふぅ~これは解除も大変だよ。
調査魔法ググルの解析結果をもとに発信機の解除を試みる。
こ、これは……。
手強い。
解除するのに何十ものプロテクトを突破しなければならない。
こんなの、一朝一夕でやれるものじゃないよ。それに解除を誤ると、命の危険を伴うブービートラップが埋め込まれていた。
ティムちゃん、私を殺す気?
「カミーラ様、さすがに今回は洒落になってません」
「なにがだ?」
「私の体内に取り付けた発信機ですよ!」
「くっく、ばれたか。それでどうするのだ?」
「どうするって……取ってくださいよ」
「なぜ取らねばならん」
「くっ!?」
ティムちゃんを見る。
……本気だ。
ティムちゃんは、ニヤニヤと笑みを浮かべているだけだ。
取ってと懇願しても無駄だろう。
それどころか嬉々として追加の発信機をつけてくるのが関の山だ。
自分でやるしかない。
調査魔法ググルをフルパワーで発動した。難解な魔術式だが、解析結果も出ている。
大丈夫、私ならやれる。
本気で解除してやる。
しばらくして……。
「はぁ、はぁ、はぁ。し、死ぬかと思った」
「ほぉ~~~~これも外すか!」
ティムちゃんが目を見開いて驚いていた。
少し口角も上がっている。
解除には成功した。
でも、心身の疲労が半端ない。
何回か死に掛けた。
ティムちゃん天才過ぎる。
これほどデンジャーな魔術式、歴史に名を残す凄腕の魔法士が何百人ががりで、一生涯取り組んでも外せるかどうか、それほどの代物だ。
「カ、カミーラ様、前にも言いましたよね? 勝手に発信機をつけないで下さい。プライバシーの侵害です」
「ミレス、あっぱれだ。感心、感心。あれはな、前回の失敗を糧により強固により危険に、我が腕によりをかけて生成した。作った我ですら解除に骨が折れる自信作だぞ。くっくっくっ、貴様はどこまで成長するのだ」
「いや、本当勘弁して下さい」
それからテンションの高いティムちゃんを宥めながら、本来の目的を話す。
せっかくティムちゃんが来てくれたのだ。
二人の教育を任せよう。
「まったく、貴様らは……」
説明を聞いたティムちゃんは、忌々しげにオルティッシオさん達を睨む。
二人はガクガク震えている。
オルティッシオさんはビシッと直立不動の姿勢だ。
先ほど足を投げ出して偉そうな態度だったのが嘘のようだ。
エディムも生意気な口はなりを潜めている。オルティッシオさんと同様に直立不動の姿勢を崩さない。
効果覿面ね。
「お前達に選択肢を与える。首から上を無くす、首から下を無くす、どちらがよい?」
それ、どっちも死んじゃうじゃない。
ティムちゃんの理不尽な物言いに、二人は生まれたての小鹿のように震えていた。
いや、この震え方、小鹿のほうがまだマシかも。
「どうした? 選べんのか? では我が選ぶとしよう」
ティムちゃんが獲物を見つけた狩人の如く、ゆっくりと二人に近づいていく。
「お、お待ちください。誤解でございます! 我々は国務を蔑ろにしたわけではございません。そ、そうだ。ミレスは謀叛の疑いがあります。それで、謀叛人のミレスを問い詰めていたのです」
オルティッシオさん、苦し紛れになんて言い訳してるんだろう。
そんな滅茶苦茶な言い訳が通るわけないでしょ。
本当に馬鹿なんだから。
ほら、味方のエディムでさえ「またか」みたいな顔をしているよ。
「ミレスが謀叛人か」
「はっ。邪神軍の忠実なるしもべとして、このオルティッシオ、そのような謀反人の命令に従うわけにはまいりません」
オルティッシオさんは、ドヤと誇らしげに言う。
「ふむ。では我やお姉様は、謀叛人を国政の長につけた愚か者というわけだな」
「えっ!? いや、違います」
「何が違う! つまり貴様は、我やお姉様の目を節穴と言っているのだろうが!」
「い、いえ、め、め、めっそうもございません」
「では、ミレスが謀叛人というのは嘘か? 貴様は我に虚偽の申告をした」
「い、いえ、決して虚偽ではございません」
「そうか、そうか。虚偽ではないか。あはは、つまり貴様は、我やお姉様の目が節穴のほうを選んだわけだ」
「ご、ご、誤解でございます。そ、そういう意味では――」
「何が誤解だ! オルティッシオ、首から上も、首から下も、両方消し飛ばすとしよう」
「ひ、ひぃえええええ!」
オルティッシオさんは悲鳴をあげ、尻餅をついて後ずさりをした。
自業自得とはいえ、もうなんて言ったらよいか……。
それから、オルティッシオさんがティムちゃんに折檻される。
そんな中、エディムが声を挙げた。
オルティッシオさんの次は、自分の番だからね。
何か言い訳を考えついたのだろう。
「エディム、なんだ? 貴様もこいつと同じ穴の狢だろ。安心するがよい。すぐに後を追わせてやる」
「ち、違います。全然違います。オルティッシオはそのまま死んでも構いません。いや、死ぬべきです。ですが、お聞きください。ミレスは、謀叛人ではありませんが、ティレア様に対し不遜な行動を取っております」
「ほぉ~ミレスがお姉様に……それは聞き捨てならんな。エディム、話を続けろ」
「は、はい。それはミレスが持ってきた都市計画書をご覧になったら、ご理解できるかと」
エディムが勝ち誇った顔で都市計画書をティムちゃんに渡す。
エディム、上手い急所を見つけたわね。
オルティッシオさんの児戯な言い訳とは違う。
少しまずいなぁ。
都市計画書、けっこう市民ファーストで書いてある。
ティレアさん至上主義のティムちゃんにとって、到底許せない案かもしれない。
本当は、市民ファーストがティレアさんのためになるんだけどね。
それを絶対君主制で育ったティムちゃんにわからせるには、時間がかかると思う。
案の定、ティムちゃんは計画書を読み、エディムにヒソヒソと耳打ちされて明らかに不機嫌になってきている。
「ミレス、とくと答えよ」
「はい、なんでしょう?」
「色々、聞きたいことはやまほどある。例えば、建設一覧のページだ。貧民への救済所や災害発生時の避難所、お姉様の覇業に不要な建物ばかりだ。民に肩入れしすぎだぞ。今回の計画の趣旨、邪神ファーストを忘れたか!」
「カミーラ様、これは富国強兵の一環ですよ。まずは、ティレア様を支える下の者達の土台を作るべきです。回り道のようですが、これがティレア様の覇業をお支えする一番の方法だと私は考えます」
「ふむ、お前なりに考えがあるというわけだな」
「はい」
「では次だ。敷地区画のページだ。なぜ大邪神博物館を廃棄する? 世の宝は全てお姉様のものだ。それを各国から取り上げてはならないとはどういう意味だ!」
ティムちゃんの声は荒い。
これは返答を誤ると、私もやばいことになる。
……どうしようか?
暫く思考する。
ティムちゃんにも、ドリュアスさんにも邪神軍の全員を納得させるには……。
そうだね、こう言うしかないか。
「カミーラ様、誤解です。世の宝は、全てティレア様のものです。それは私も同意ですよ」
「では、なぜ大邪神博物館の建造に反対する! なぜ収集した宝を元の場所に戻さなければならない!」
「そうよ。ミレス、あんたの意見は、矛盾している。カミーラ様を舐めてるわ!」
ティムちゃんの詰問に合わせて、エディムも非難を露にする。
ティムちゃんの背中に隠れて言いたい放題だ。
いったいどっちが虎の威を借る狐なんだか。
「説明します。大邪神博物館の建設廃止の理由、それはこの世の全ての財がティレア様のものだからです」
「なに?」
「いいですか。宝は、各国に置いてあるだけです。逆に聞きます。なぜ宝を一箇所に押しとどめておくのですか? それは各国をティレア様の領土ではないと認める行為になりますよ」
私の言に、ティムちゃんは、キョトンと目を丸くする。
それから静かに笑い始めた。
「くっくっくっ、それはそうだ。世界は全てお姉様のお庭だ。ミレス、各宝物はそれぞれお姉様の大陸に置いてあるということだな」
「はい」
よかった。納得してくれた。
我ながら上手い言い訳を考えついたよ。
各国の国宝を強奪なんて、戦争の引き金をばんばん引いちゃうじゃない。
絶対に反対だ。
「き、詭弁よ、詭弁! カミーラ様、騙されてはいけません。ミレスはティレア様よりも下等な民を優先しております。これが不遜でなくして何が――」
「エディム、黙れ!」
「ふ、ふぁい」
ティムちゃんがエディムの口を右手で鷲掴みし、無理やり閉じさせた。
「ミレス、お前の考えはわかった。ここに書いてある反吐が出そうなほど甘ったるい民寄りの政策の数々……回りまわれば、お姉様の益となる、そうだな?」
「はい、その通りです」
「本当か? いかにお気に入りのお前でも、お姉様の事で我を謀るなら容赦せぬぞ!」
ティムちゃんが凄まじい殺気を放つ。
周囲の空気が一瞬で殺意の波動に変わった。
まるで溶岩がぐらぐらと沸き立つ火山の中みたい。
この殺気を向けられたら、どんな強者も縮み上がり気絶、下手したら死ぬだろう。
高位人間の私でさえ、少し身構えてしまう。
ただね、私がティレアさんのためにならないことをするわけないじゃない。
私は、ティレアさんの親友だ。
あの日、醜悪なものからティレアさんを守るって誓ったのだ。
心に刻んだ……あれ?
あの日? 醜悪なものって?
……思い出せない。
とにかく、これは侮辱だ。
少し頭にきた。
ティムちゃんから向けられた殺気を無言の圧力で返す。
「くっくっ、心地よい威圧だ。信じよう。ミレス貴様は紛れもなく、お姉様の忠臣だ。そして、下らぬ疑いを持った、許せ」
ティムちゃんが謝った!?
頭は下げていないけど、
言葉だけだけど、
それでもその光景に目を疑ってしまう。
「カミーラ様、騙されてはいけません。これがミレスの手なんですよ。私が、こいつの化けの皮を剥いで見せます」
「黙れと言ったはずだぞ」
「ふゃい」
またもやエディムは、ティムちゃんの手で口を閉ざされた。
エディムの唇がムニュっと形が変わる。
「エディム、貴様の下らぬ讒言で我はとんだ恥をかいた」
「カミーラ様が恥なんてあろうはずがありません。ミレスのせいですね。ミレスのくせに、やはり処刑を進言します」
「ちっ。甘やかしたツケのようだ。ミレス、実験はしばらく延期だ。しばしこやつらを折檻してくる」
「そ、そんな……」
エディムが涙目でこちらを見てきた。
哀願の態度だね。
今回は、助けてあげないよ~だ。
だから私が優しく諭してあげたでしょ。
少し怒っているんだからね。
エディムとオルティッシオさんには、反省してもらおう。
大丈夫、なんだかんだでティムちゃんは優しいから。
手加減はしてくれると思うよ、多分……。
恐怖に震えたエディムと気絶しているオルティッシオさんがドナドナの如く、ティムちゃんに連れていかれる。
オルティッシオさん、白目を剥いて口から泡を吹いている。
もう折檻は十分だと思うのに……。
オルティッシオさん、哀れすぎる。
エディムはエディムで、涙目でまだこちらを見てくる。
こっちも哀れかな?
……しかたがない。
ティムちゃんを追いかけて止めよう。
「カミーラ様、その辺で――」
「第一邪神煉獄室はエリザベスが使用中だったな。貴様達は、第二邪神煉獄室に連れて行くとしよう」
えっ!? 今、何て?
ティムちゃんが何気なく呟いた独り言に反応してしまう。
そのよく知った名前にだ。
煉獄室ってのも気になるけど……。
「カミーラ様、待って」
「なんだ、ミレス?」
二人の襟首を掴んで移動中のティムちゃんが振り返る。
「エリザベス、ここにいるの? とっくに殺されたと思ってた」
「簡単に殺すわけなかろう。奴はお姉様に反逆したS級戦犯だ。戦場では、我だけでなくお姉様まで大いに侮辱した。到底許せることではない。みっちりと生まれてきた事を後悔させておる」
エリザベスは現在、行方不明となっている。
てっきり東方王国の精鋭部隊が始末したと思ってた。
そうだね。ティレアさんをどこまでも慕う、この苛烈な組織が敵の首魁を簡単に許すわけがない。
その煉獄室ってのも、凄まじくあれなところなのだろう。
エリザベス……。
さんざん悪事を重ねてきたのだ。
今更同情する気はない。
ただね、一つだけ懸念がある……。
その懸念があるから、このままエリザベスを放置するわけにもいかない。
「ねぇ、カミーラ様、私もその煉獄室についていっても構わないかな?」
「くっく、ミレス、貴様もこやつらを折檻する気か? そうだな。貴様も下らぬ讒言をされて頭にきておろう。いいぞ、道具はいくらでもある。好きに使え」
「ひ、ひぃい、ミ、ミレス」
エディムが恐怖で引きつった叫び声を上げた。
エ、エディム、なわけないでしょ。
そんな恐怖の目で私を見ないで。
私は折檻する気はさらさらないからね。
目的は別にある。




