第六十五話 「それは邪神ファーストだから その4」
ティム達が部屋を出て行った後、後ろに控えていたドリュアス君がペコリと頭を下げて前に進み出てきた。
「ん、ドリュアス君どうしたの?」
「ティレア様、そろそろ小虫の首実験を予定しております。お立会いはいかがされますか?」
「小虫?」
「名はエリザベスです」
「エリザベスって、あのエリザベス?」
「はっ、我ら邪神軍に楯突いた愚かで不遜な小虫でございます」
「そう」
逆恨みで西通りを焼き討ちしようとしたイカレ貴族の親玉だ。
今更思い出したくもない。
そうか。エリザベスの首実検をするのね。
首実験って何やるんだろう?
ってその前に……。
「エリザベスって死んでるよね?」
「いえ、あの愚かで不遜な小虫は邪神軍で拘束しております。大逆事件の主犯ですので、今はあらゆる拷問を執行中でございます」
ドリュアス君が淡々と述べた。
その顔は、冷酷な執行官そのものである。
法に違反する、この場合は俺に逆らう者なのかな?
そういう輩は、徹底的に断罪するという強烈な意志を感じるね。
エリザベスもそんなドリュアス君に目をつけられたのだ。
今頃、恐怖で震え上がっているだろう。
なんてね!
事実は違う。
まず、エリザベスは死んでいる。
あの騒動で、英雄ガデリオにバッサリと斬られたはずだ。
そこまでなら覚えている。
俺の記憶に間違いは無い。
では、なぜこんな嘘をつくのか?
主犯は俺達の手でとっ捕まえたと言いたいのだ。
これだから中二病の奴らは……。
もうつっこまないよ。だんだん疲れてきた。
「ふぅん、拷問の最中なんだ」
「はっ。きゃつは、ティレア様に歯向かった大罪人でございます。くっく、灼熱、極寒……あらゆる地獄を体感させております」
うん、別府の温泉地獄巡りみたいな話をしている。
まぁ、架空の話だ。
これは好きにさせてあげよう。
「そう……うん、頑張って」
「お任せ下さい。既に苦悶の叫びを常時上げさせております。私が訪れる度に『助けてください』と涙ながらに懇願してました。ですが、まだまだこんなものでは到底許されません。きゃつには、生まれてこなければよかったと思わせるほどの苦痛と絶望を! 魂からの叫びを上げさせてご覧に入れます!」
ドリュアス君は、背中に黒いオーラ―を見せてふふと笑う。
怖い、怖いぞ、その顔。
せっかくのイケメンが台無しだ。
ドリュアス君は、物語に出てくる拷問官ばりの嗜虐に満ちた表情をしていた。
架空の物語にここまで感情を込めて話をしてくる。
そのマイナスの情念には恐れ入ってしまう。
幼少の頃、誰かに苛められたトラウマでもあるのかな?
「それでティレア様、話を戻します。首実験の立会いはいかがされますか?」
「はぁ~首実験ねぇ~」
「お気に召しませぬか? もちろん首実検後も、拷問は半永久的に続けます。これは、形式的な戦勝儀礼です。首を斬った後の蘇生措置にぬかりありませぬ。決して死なせるような真似はしません」
「もういいわ。あなた達で好きにして頂戴。私はこの件、ノータッチだから」
手を交差させてバッテンを作った。
「では、邪神法に則り、第一級の罪で処理させていただきます」
「えぇ、えぇ、それでいいわ。そうやってせいぜい心の折り合いをつけてなさい」
「御意」
俺が許可を出すと、ドリュアス君が頭を下げた。
うんうん、またいつかその妄想話の続きを聞かせてね。
俺が暇で暇でたまらない時にでもお願い。
「それとティレア様」
「まだ何かあるの?」
もう中二病はお腹一杯よ。
「これを」
ドリュアス君は分厚い書類を手渡してきた。
ペラペラとめくる。
開発計画書だね。
農地改革、雇用増大、未開地の開墾……。
富国に必要な政策がこれでもかってつまっている。
俺には考えつかない素晴らしい施策だ。
それはいい。
納期も守って、素晴らしいと思うよ。
ただね……。
「ドリュアス君」
「なんでしょうか?」
「ここにある【TONEGAWA】って機器はなにかな、かな?」
「それは、土下座強制器具でございます」
ドリュアス君は目を細めてにこやかに話す。
「これって、あれだよね? 私が前に話した――」
「御意。恐れながらティレア様が発案された素晴らしき叡智を参考にさせていただきました」
「ドリュアス君、本気でこれ必要だと思ってる?」
「はっ。魔法で強制してもよいのですが、不届き者を罰するのに、物理的手段もあってしかるべきかと」
「……」
「一応、首実験の前にエリザベスで執行する予定です。以前、ティレア様がエリザベスを土下座させるとおっしゃってましたので。灼熱の鉄板に擦りつけてやります」
ドリュアス君の真剣な表情。
マジだ。こいつは冗談なく作る。
それもこんな下らない物を、メイドインジャパン並みの高品質なこだわりで作るだろう。
それから開発計画書を目を皿にして読み解いていく。
でるわ、でるわ。
無駄金のオンパレード。
俺が雑談で話した妄想をこれでもかって具現化しようとしている。
ドリュア――ス! 貴様もか!
あれほど税金の無駄使いをするなっていったのに……。
だめだこりゃ。
身内で事を治めようとした俺が間違っていた。
これは外部からアドバイザーを呼ぶしかないだろう。




