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第五十一話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その8」 ★

 ギリギリと鎖が引かれ、扉が開かれていく。


 もう半ばほど外の様子が映し出されている。


 まずい、まずい。早く言い訳を考えないと。


 言いわけ、言いわけ……。


 相手が強いからって、一騎討ちをやめるのはだめだ。


 今、士気は天をつくほど高くなっている。


 そんな中、俺が少しでも弱気を見せたら、この士気が大幅に下がるだろう。


 じゃあ、どうすればいい?


 あとは、あとは……。


 えぇい、しょうがない。


 こうなれば、古来より人が困ったときによくやる対処法、仮病だ。


 け・び・ょ・う!


 皆、一度は使った事があるはずだ。人生、どうしてもやりたくない場面が訪れる。


 真冬のマラソン、炎天下の草むしり然り。


 そんなイベントの中でも俺が直面しているのは、とびっきりの災厄、霊長類最強の戦士とのタイマンだよ。


 多少、嘘ついても許されるに決まっている。


 それでは、演技開始だ。


「ぐうあああああ!」


 叫び声を上げてみた。


 俺が突然大声をあげたので、鎖を引いていた軍団員の手が止まる。


 よし、幸先のいい滑り出しだ。


「お姉様、いかがされましたか?」


 ティムが心配げに駆け寄って、声をかけてきた。


 うっ、妹に無意味な心配をかけてしまった。胸が痛む。


 だが、自分の命がかかっているのだ。背に腹は変えられない。


 罪悪感を押さえつけ、演技を続ける。


「ひ、膝が……」


 大げさに痛がりながら、膝を手で抑えてみる。


「ティレア様、一体どうされたのですか!」


 ティムに続き、他の軍団員達も心配げに駆け寄ってきた。


「い、痛めてた膝がね……」

「なっ!? ティレア様、お怪我をされてたのですか!」


 軍団員達が驚愕する。


 無病息災が自慢の俺が、怪我という意外な言葉を発したのだ。


 驚くとは思ったが……そこまで驚くことか?


 俺だって、怪我ぐらいする。


 普通の人間なのだ。いい加減に目を覚ませ!


 と言いたいが、今は士気の確保が最優先だ。


 胸の内を吐き出すのをぐっと堪え、仮病を続ける。


「だ、黙っててごめんなさい。実は、この前の王都襲撃で魔族の奴らにね……」

「ありえませぬ。あの程度の敵にやられるお姉様ではございません」

「ティレア様、そのような嘘をつかれますな。頼りにならないこの身かと思いますが、どうぞ真実をお話くださいませ」

「そうです。どのような巨大な敵であれ、我ら一丸となって、ティレア様の盾となりましょう」


 ティムを筆頭に、軍団員全員が俺の発言に否と答える。


 俺の言葉なら百パーセント疑うことなく信じるこいつらが、意外な頑固さを見せてきた。


 ここにきてなんたる誤算だ。


 これは、説得の仕方を間違えたか?


 軍団員達は、俺が知識チートを使って一瞬で吸血鬼達を片付けた場面や、翌日もお店でピンピン働いているのを目撃している。


 彼らは、俺が無傷なのを知っているのだ。


 しかし、だからといって敵は、魔族だったのだぞ。


 普通、怪我をして当然だろ?


 なぜ、そこまで俺の強さを肯定する。


 皆、信じられない、おかしいとくり返す。


 な、ならば……。


「せ、正確に言うとね、魔邪なドキュン達との戦いで負った傷が開いたのよ」

「それは、魔邪三人衆ですか!」

「そう、それ」

「そうでしたか。魔王すら手こずらせた戦闘力。覚醒直後で万全でなかったとはいえ、カミーラ様をも圧倒した奴らなら……ティレア様が傷を負ったとしてもおかしくありませんな」


 おっ、少しは理解してくれたようだ。


 さっきより不信感が和らいだ気がする。


 魔邪なドキュン達と喧嘩した時は、筋肉痛やら擦り傷やら疲労やらのオンパレードで、数日寝込んでいた。


 信憑性はあるだろう。


 ただ、魔族より不良(ドキュン)達の戦闘力を信じるって……お前ら、根本的に考え方おかしいからな。


「ただ、解せませぬ」

「なに? まだ何かあるの?」

「王都を襲ったエセ魔族如きに、ティレア様の古傷を開かせるなどできるのでしょうか?」


 まだ軍団員達は不信感を露にする。


 俺がなぜ怪我をしたかって?


 (てき)が魔族だからだよ。それで十分に理由になるだろ!


 だが、軍団員達はエセ魔族如きでは、俺の肌にかすり傷一つつけられないと言い立てる。


 俺のかさぶた一つ剥がせない魔族って……どんな魔族だよ。


 お前ら、木の杭で知識チートしたからって、調子に乗るな。


 どこまで魔族を過小評価してやがる。


 ふ~仮病するのが、こんなに大変とは……。


 頭を振ってやれやれしていると、


「もしやお姉様は、奴らにコウセンジュウで撃たれたのですか?」


 おっ!? これは!


 ティムが、ナイスアシストをしてくれた。


「そうだよ。実は、古傷を光線銃で撃たれたの」

「ティレア様、コウセンジュウとは以前、お話していただけたアレのことですか?」

「そう、忌まわしきオーバーパーツよ」

「な、なんと、エセ魔族め。こしゃくな真似をしおって」


 軍団員達は、驚愕と怒りの混ざった表情を見せる。


 よし、信じた。


 そう、以前俺は、光線銃最強の話をしたことがある。


 銀河でぶっちりぎに強い野菜神でさえ、不意をつかれて光線銃で撃たれたら倒されると。


 それを聞いた時、皆、衝撃だったもんね。


 どんなに凄まじい戦闘力でも、一つの飛び道具で戦況をひっくり返される。前世、俺も映画館で見たときはびっくらこいたし。


「お姉様、申し訳ございません。まさかお姉様がコウセンジュウで撃たれておられたとは……我はお姉様の体調に気づくことができませんでした。愚鈍で愚かなこの身、いかようにもご処罰ください。ですが、お許しいただけるのであれば、せめて先に回復魔法をお姉様にかけとうございます」


 非常にまずい。


 新たな問題発生だ。


 俺は、怪我などしていない。


 ティムに回復魔法をかけられたら、さすがに仮病がばれてしまう。


「あ、言うのを忘れてたけど、光線銃でやられた傷は回復魔法では治せないのよ。メディカルなマシーンでないと」


 ここまできたら、毒を食らわば皿までだ。


 でっちあげにでっちあげを重ねる。


「そ、そうなのですか! うむむ、ど、どうすれば……」


 ティムが苦渋の表情で頭を抱えている。


 とても心苦しいが、これで一騎討ちの件がうやむやになった。


「じ、じゃあ、そういう次第なんでこのまま篭城を……」

「うぅうぅ、わかりませぬ。我の魔法理論では、応えを導けません。お姉様の防御を突破し、今の今まで食い続ける怪我とは? しかも回復魔法で治せない? 我の知らない未知の怪我!? あぁ、やはり、我がコウセンジュウの仕組みを知らないのが、原因だ。早く、治療法を確立しないとやがてお姉様の命が……」

「あ、あの、ティム……別にそこまで深刻な怪我じゃないよ」


 憔悴するティムを見かねて声をかけるが、ティムは悩んだままだ。そして、しばらく悩んでたティムがカッと目を見開くと、


「えぇい! ここではお姉様の治療法を研究できない。撤退だ。この戦、我らの負けでいい。皆の者、火をかけろぉお!」


 そう叫んだのだ。


 ぬおっ!


 さらに、ティムの悲痛な叫びに皆が呼応した。軍団員達は火魔法を生成し、そこらにぶつけようとしている。


「ち、ちょっと待ちなさい!」

「お姉様、申し訳ございません。事は一刻を争います。戦よりお姉様の治療が最優先でございます」


 ティムは、深刻な顔をしている。そして、軍団員達に放火への躊躇はまったくない。


 こいつらは、俺やティムのためなら強盗だって火つけだって平気でやる。


 まさに邪神教の狂信者達なのだ。


 普段は温厚でいい奴らなのに、こういう面がある。


 俺はたまにこいつらが怖くなるよ。


 今だって、ほら燃えやすい柴木や布に火をつけて、


 辺りにポイって……やばい、やばい!


「治ったぁあああ!!」


 勢いよく宣言した。


「ティレア様?」


 軍団員達が放火をやめ、こちらを見てくる。


「いや、治った。治ったからね。そんなことしなくていいのよ」

「お姉様、不甲斐ない我らをお気遣いする必要はございません。どうか正直に。我は命を賭けてお姉様の不治の病を治療してご覧に入れます」


 いつのまにかティムの脳内では、ただの怪我が不治の病になっている。

 軍団員達は(やぐら)を放棄し、逃走のための焦土作戦をとろうとしている。


 これは、一刻の猶予もない。


「ほら、見なさい。ヤッ、トゥ、アタタタタタ、アタァ!」


 軍団員達に向き直ると、某格闘ゲームの中国少女ばりの百列キックを披露した。


 足の膝をもろに上下させながら、マシンガンキックをかましたのだ。


「どう? これでも治ったって信じない?」

「さすがです、お姉様。目にも留まらぬ早業でございました。それでは、お怪我のほうは?」

「ふっ、どうやらあなた達の思いが力に変わったみたい。怪我がみるみる回復したのよ。ありがとね」

「「おぉ、そのような奇跡が! ティレア様、万歳!」」


 よし、よし、おさまった。


 ティムも軍団員達もほっとしたようだ。


 顔つきも安堵の表情に変わっている。


 俺は逆に肝が冷えた。どっと疲れを覚える。


 やっぱり俺の予想通りだったよ。


 俺がちょろっと怪我をしたっていったら、皆、パニックになるんだもの。


 いきなりここを焦土にするって、おかしいだろ?


 町の焼き討ちを防ごうとして、自分達が焼き討ちするなんて意味不明だ。


 とにかく仮病はだめだ。


 俺の不調は、もろ皆の士気に影響してしまう。


 本当にどうしよう?


 怪我が治ったと言ったとたんに、士気は回復した。


 懲りずに鎖をカラコロと引っ張り、扉の開放を再開している。


 一騎討ち忘れてなかったのね。


 どうする? どうする? 


 もう時間がない。


 う~ん、何かいいアイデアがないか?


 頭から煙が出るぐらいに頭をひねって考える。


 そして……天啓が閃いた。


「あ~無理だ。無理、無理!」


 突然、そう大声を上げた。


「ティレア様、どうされたのですか?」

「それがね、一騎討ちしたかったけど、無理だってこと」

「なぜですか? やはりお怪我を?」

「いや、違うって。ほらあっちは馬に乗っているでしょ。一騎討ちで対峙したら、バランスが悪いよ。い、いやね、誤解しないでよ。私なら馬ごとぶっ飛ばせるけどさ、ほら見た目が悪いじゃない。騎乗してるほうが上に見えるのは明白。邪神様としては、一時でも下に見られたくないのよ」


 我ながら名案と思う。


 これなら、一騎討ちが怖くて逃げたわけじゃない。


 邪神軍のトップが舐められないようにするための選択だ。


「そ、そうでした。ティレア様のおっしゃるとおりでございます。騎乗したものに、徒歩で対峙すればその下風に立つようなもの」

「うんうん、じゃあしかたがないよね。実に不本意だけど、一騎討ちは諦めよう。あ~残念、残念♪」


 少しスキップ気味に答えたら、


「ご安心めされぇええ!」


 オルの野太い声が聞こえた。


 トラブルボーイめ、復活したか。


 またいつものようにギル君が、テキパキとポーションを飲ませてあげたのだろう。


 内助の功って奴だ。


 それにしてもオルの復活が徐々に早くなってる気がする。


 ティムにもよく殴られてる。第二師団では、オル復活に何かしらのルーチンワークができているのかもしれない。


 オルは、ニコニコと笑顔みせて俺に近づいてきた。


「オ、オル、なにが安心なの?」


 ご安心めされと言いながら、不安しかない男が近づいてくるのだ。


 浮かれ気味だった気持ちが、一気に沈む。


「ふふ、ティレア様、馬なら私が準備してます」


 なっ!? こ、こいつ余計な真似を!


 いったいどこまでトラブルを引き起こしたら気が済むのだ。


 いや、ここで諦めてはだめだ。


 まだだ、まだ言い訳は思いつく。


「あ、あのね、そんな簡単に言うけど、その辺にいる駄馬を持ってきてもだめだよ。バッチョが乗っているのはどう見ても名馬だから。駄馬で対峙したら見劣りするでしょ」


 そうバッチョは、見るからに高そうな馬に乗っている。


 バッチョ自身が巨漢なので、それに見合った毛並みのよい巨馬だ。相場で、数百万から数千万ゴールドはしそうである。


「ご安心くだされ。あの程度の馬に引けを取りませぬ。古今東西の名馬を取り揃えております」


 オルが太鼓判を押す。


 そして、オルがどこかに飛び出す。


 



 しばらくすると……。


「うまぁあ!」


 眼前にホースが現れたのだ。


 馬、馬、馬の大群だ!


 しかも、白馬にポニーにサラブレットと、種類は多岐に渡る。


 オルめ、どこにこれだけの馬を隠してやがった?

 牧場でも開く気か?


 いや、こいつのことだ。武田の騎馬隊を作ってたとか言いそうだな。


「オル、こんなに馬を集めてたんだ……」

「御意。ティレア様のご指示通りにございます」

「はぁ? 私、そんな命令したっけ?」

「はっ、武力の高い者には名馬を、欲望の高い者には金を、知力の高い者には書物を与えるべきと。私は武力の高い者を引き抜きたかったので、あらゆる名馬を集めておりました」


 お、おま……それただの三国志ゲームの雑談だろうが!


 いい加減に下らないことに大金を遣うのはやめろ!


 と突っ込みたかったが、まだオルの暴走ではマシなほうだと気づく。


「そ、そうだったんだ」

「はっ。ただ、武力の高い者が見つからず、名馬だけがどんどん集まった次第ですな。はっははは!」


 のん気に笑うオルはいいとして……。


 ヒヒンと(いなな)く馬達を見る。


 素人の俺が見てもわかるぐらい立派な馬達だ。


 まずい。


 バッチョの馬に勝るとも劣らない名馬達だ。対峙したら、俺が上の立場に見えるぞ。これは言い訳が、逆王手になった気がする。


 そして、オルが俺用にと馬群の中からある馬を連れてきた。


 おぉ!


 思わず感嘆が漏れる。


 そんじょそこらの馬じゃない。名馬の中でも名馬な気がする。


 黒い毛並みのサラブレット。つややかな馬肌とシャープな筋肉と言えばいいのか、他と一線を画す名馬だ。


「オル、この馬って……」

「俗に言う黒兎馬ですな」


 やっぱり! 一日千里を走る駿馬だ。


 俗に、黒い毛色を持ち、兎のように素早い馬。時価にして、数千、いや、下手をしたら臆を超える名馬である。


 噂に聞いてたけど、すごい。


 うんうん、代表される名馬なだけあって凄みのオーラーがある。


 ただ、この黒兎馬、ものすごく凶悪そうだ。


 面構えが、人間でいうヤクザみたいである。二人か三人、いや、数百人ぐらい踏み潰してそうな、世紀末に出てくる羅王の愛馬のように。


 これ、名馬だけど、ぶっちゃけ凶馬だろ?


 少なくとも暴れ馬なのは間違いない。乗ったとたんに落馬する。


「これ、乗っても大丈夫なの? 見るからにやばそうな馬だけど……」

「ティレア様のご懸念はもっともでございます。ティレア様の覇王の威圧の前では、どんな名馬も乗り潰される恐れがありますからな。ですが――」

「オルティッシオ、皆まで言うな」


 オルの言葉に被せて、ティムが横から口を挟んできた。


「お姉様、ご安心ください。この馬は、一日千里しか走らぬ駄馬でしたが、我が一日一万里走れるように魔改造しました。多少は、お姉様の騎乗に耐えれるかと思います」


 魔改造?


 あぁ、中二翻訳すると、この馬の飼育をしたのだろう。


 飼葉を与えたり、馬糞の始末をしたり大変だったね。


 それにしても、馬の飼育を素人のティムがやれたのだ。この見るからに凶悪そうな黒兎馬も、ある程度は人に慣れているのかもしれない。


 意を決して、その凶馬に近づく。


 黒兎馬がギロリと俺を睨んできた。


 うひぃ!


「ち、近づいて大丈夫かな? 暴れたりしない?」


 黒兎馬は鼻息荒く、ぶるんぶるんと吠えている。


 これ、絶対に乗れないよ。


 無理に乗っても落馬する。


「ふふ、お姉様、我がそのような不埒な真似はさせませぬ」


 ティムがボソボソと黒兎馬に話しかける。


 すると、黒兎馬が急におとなしくなった。気のせいかプルプル震えているように見える。まるで生まれたての小鹿のようだ。


 気が荒らそうにみえたけど、やっぱり人に慣れているんだね。


 馬に近づき、ポンポンとなでてみる。


 黒兎馬は、反応しない。


 あれだけ拒否って見えたのは、気のせいだったみたいだ。


 ティム、よく(しつけ)ているね?


 魔改造という名の飼育は、うまくいってたようだ。黒兎馬のこの態度、まるで従順な乙女のようである。


 大丈夫みたいだね。


 よっと掛け声を出して、乗ってみる。


 うん、普通に乗れた。


 あ、やばい。


 このままでは、マジでバッチョと一騎討ちするはめになる。


 どうする? どうする?


 よ、よし、ならばこれだ。


「あ~残念、実に残念。やっぱり一騎討ちできないよ」

「ティレア様、今度はどうされました?」

「ほら、あっちは武器をもっているのに、こちらは獲物がないじゃん。バランスが悪いよ。も、もちろん素手で武器破壊すればいいけどさ。見た目がねぇ。一時でも下に見えるのは、私の美意識が許さない」


 武器の有無を話して軍団員達は納得したが、いやな予感がする。


 これ、武器の問題だよね。


 なら、きっと……。


「ご安心めされぇええ!」


 オルの野太い声が再び大地に響く。


 うん、予想してたよ。


 武器だから絶対に来ると思ってた。あんた達、武器大好きっ子だもの。


「ティレア様、これをお持ちください。天下の名工といわれたロン・ベルン作の矛、方天画戟でございます」


 オルが、すごい高価そうな矛を渡してきた。


 これまた立派な矛だねぇ。


 片手でぶんぶんと振ってみる。


 空気がぐぉおおんって振動した。


 すごい、切れ味よさそう。


「……すごいね、これ」

「魔界でも、十二本しかないロンベルン作の一つでございます。ただ、名工といえども、ティレア様のお力の前には、武器としての体裁が整えられないのも事実でございます。ですが――」

「オルティッシオ、皆まで言うな。そこからは我が話そう」


 またもやティムが、横から口を挟んできた。


「お姉様。その矛には、我が硬化の魔法をかけております。いつかお姉様の武器術を拝見したく、毎日全力で硬化をかけておりました。理論上、その武器は壊れません。お姉様が本気のお力を見せない限りですけど」

「そ、そう」


 ぶ、舞台が整ってしまった。


 ここまで凄い馬や武器を渡されたのだ。これは、一騎討ちをしないなんて言えなくなったぞ。


 い、いや、まだよ。まだ諦めない。


「え、え~っとね、せっかく用意してもらったけど、まだまだ満足できない。やっぱり一騎討ちなら、自分が不満な装備だと萎えるのよ。やる気がでないというか……」


 これだけの一品にケチをつけるのは、相当の難癖である。


 だけど、よく考えれば審査をするのは俺自身だ。悪いが、非情な判定をさせてもらうよ。


 ちょい悪な心で軍団員達を見渡していると、


 ん!? ティムが悲しそうな顔でうつむいているのに気付いた。


「ティム?」

「うぅ、やはり我の力ではだめですか? お姉様のために、魔改造しました。我の持てる限りの全力です。それでも、それでも、お姉様の手助けもできない。我は……うぅ、我は、自分の不甲斐なさを恥じます。我は、どうすればよいのでしょう?」


 ティムが涙をぽろぽろと流す。


 うぅ、な、なんてことだ。


 これは反則だ。


 こんな顔をされたら……。

 こんなティムの表情を見たら……。


「ふっふっふっ」


 不敵に笑みを見せる。


「お姉様?」


 ティムが不審げに顔をあげた。


「なじむ、なじむ、すご~くなじむわぁあ! さすがティムね。お姉ちゃん、びっくりしちゃった。よくよく感じてみれば、すごい武器に馬よ。ありがとね!」

「ほ、本当ですか?」

「も、もちろんよ。お姉ちゃん、なじみすぎて頭をかきむしる衝動を抑えるのに必死よ」

「お姉様!」


 ティムが悲しみから一転、嬉しさを隠し切れない表情を見せた。


 うん、こう言うしかないだろ!


 やってやる。やってやるよ。


 こうなれば、バッチョと一騎討ちをする――と見せかけて、このまま敵を引き連れて逃げてやるさ。


 黒兎馬は一日千里を走る名馬である。


 最終プロジェクト発動だ。


 レミリアさん達治安部隊がいる都市まで、逃げ切ってやる。


「頼んだわよ」


 黒兎馬に俺の気持ちを伝えるべく、念を込める。


 黒兎馬は俺の気持ちに応えるように、ひひ~んと(いなな)く。


 その仕草がどうも軍団員達に似ていて、冷や汗がでる。


 この黒兎馬、中二くさいぞ。


 ちゃんとわかってくれたのだろうか?


挿絵(By みてみん)

今回、挿絵第十三弾を入れてみました。イメージどおりで素晴らしかったです。イラストレーターの山田様に感謝です。

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