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第四十三話 「最終決戦、悪役令嬢をやっつけろ その2」

「それじゃあ頼んだよ」

「「はっ!」」


 片膝をつき、臣下の礼を取るエディム眷属精鋭部隊が勇ましく応える。


 エディム号令のもと王都中の眷属を集めた結果……。


 眼前には、エディム吸血部隊総勢千余が頭を垂れていた。


 圧巻だね。


 そして、俺の挨拶を皮切りに最前列にいる隊長達が立ち上がり、騎馬に乗る。隊員達も続くように騎乗を始めた。


「一番隊は、これよりベルガ平原へ進軍する!」


 一番隊隊長キャス・フリーゲンが馬上から号令を下す。


キャス率いる一番隊百五十騎は、ベルガ平原を目指し移動を始めた。


「三番隊は、シレネ方面だ!」

「四番隊は、へーベル砦に駐屯する、遅れるな!」

「五番隊は、ガイテイの山頂を陣取る。進め!」


 三番隊、四番隊、五番隊……。


 キャスに続けと、残りの隊長達も数百の軍勢を率いて意気揚々と出撃した。その整然とした行進は、王都正規部隊に勝るとも劣らない。並の騎馬隊を軽く凌駕するだろう。


 残ったのは筋肉隆々な軍人が一人。


 個々の戦線を統括する吸血組副長ダルフ・ガデリオだ。


 ダルフは北部警備隊の部隊長であったが、この度、アルクダス王国外征部隊総隊長に出世した。簡単に言えば、国の将軍になったのである。


 その立場を利用して、今回、万の軍隊を率いて戦線を指揮してもらうのだ。


「ダルフ、指揮は任せたからね。皆をお願い」

「御意。拝命仕りました」


 ダルフは短く応えると、最後にペコリとお辞儀をして去っていった。そのまま外征部隊に合流して指揮を執るのだろう。


 頼もしいね。


 その後ろ姿を見送りながら、感慨深げに思う。


 さすがエディムが自信を持って推薦する最強の戦士(もののふ)だ。その足取りからは王者の風格さえ漂わせているよ。


 さて、バッチョ特戦隊襲撃間近のこの時期に、なぜ最強戦士達を王都外に送り出したかと言うと理由がある。


 今朝方、疲労困憊で眠り続けてたミレスちゃんが起きた。


 病みあがりのところ申し訳なかったが、今後について色々アドバイスをもらったのだ。


 ミレスちゃんのアドバイスその一。


「エリザベスが俺達の家族を狙っている。警護をつけるべし」


 俺は三族を根絶やしにするとエリザベスに脅された。


 ベルガにいる両親が人質にされる可能性大である。さらに、なんだかんだで恨みを買ったミレスちゃんの家族も心配だ。


 ミレスちゃんは、シレネ地方の一領主の娘だ。もちろん領主だから警護兵もいる。ただ、名ばかりの警護兵で、普段は畑を耕している農民さんらしいね。


 言い方は悪いが、商家が雇っている護衛のほうが頼りになるって。


 エリザベスが兵を送ったら、たちまちミレスちゃんのご家族は殺されるだろう。


 もちろん、俺の両親だってそうだ。


 ベルガは、のどかな田舎町である。町の警備隊もいるにはいるが、とてもプロの傭兵達に(かな)うまい。


 そういう次第で、こちらの最強戦力のエディム吸血部隊を警護に向かわせたのだ。


 正直、兵力分散は避けたかった。


 だけどね、俺やミレスちゃんの故郷を荒らされるわけにはいかない。ダルフにも公私混同してもらってる。是が非でも完璧な警備布陣をしてもらいたいね。


 ミレスちゃんのアドバイスその二。


「戦力を集める。ただし戦闘は避け、できれば家族とともに避難すべし」


 ミレスちゃんの方針は、バッチョ特戦隊と正面きっての戦闘は絶対に避ける、戦うとしても守勢に徹するというものだ。


 ミレスちゃんは、俺が知っている以上にバッチョ特戦隊の脅威を知っていた。戦うリスクをこれでもかっていうぐらいに指摘してくれたのだ。


 それを聞いた時、正直思ったね。


 もうやだ。


 ティムと一緒に王都を逃げ出そう。両親とも合流して、家族とともに誰も知らない土地で新生活をしようかってね。


 ただ、そうするには王都での生活が長すぎた。


 ミレーさんをはじめ西通りにいる気のいい隣人達。

 常連のお客さん。

 おバカだけど、俺達姉妹を慕ってくれる邪神軍の仲間達。


 皆とお別れするのは寂しすぎる。


 そして、これが一番の問題だ。


 俺達姉妹が消えた場合、エリザベスはなりふり構わず情報を得ようとするだろう。俺達の所在を探すため、西通りや故郷ベルガを焼き討ちしかねない。


 何せ敵の親玉は、ハンガーをぶつけられたぐらいで人を殺すキチガイ女だ。無関係な者でも関係なく殺すだろう。


 くそ、どれだけ沸点が低いんだよ。


 これじゃあ消えるに消えられない。ミレスちゃんもその可能性を考慮して、何がなんでも避難しろとは言わなかった。


 でもね、最後に一言、私の目を見て優しげに言うんだよ。


 どうしようもなくなったらティムちゃんを連れて逃げてくださいって。二人には幸せになって欲しいって。


 そんなしおらしい事言うもんだから、涙腺は崩壊したね。


 まじで泣けた。


 思わずミレスちゃんを抱きしめちゃったよ。


 好き、好きって頬ずりしながら思ったね。


 ティムには幸せになって欲しい。


 それは当然だ。こんなくだらない事で殺されてたまるもんか!


 ただし、それはミレスちゃんにも言える事だよ。


 ミレスちゃんも幸せに生きて欲しい。


 こんな可愛くて優しい子が、理不尽な目に遭っていいわけがない!


 ミレスちゃんは、刺し違えてでもエリザベスを止めるって言ってくれた。


 もちろん、そんなミレスちゃんを見捨てはしない。


 そこで、俺は【戦力を集める】を真剣に考えてみた。


 ①吸血戦士エディムとその眷属達。

 ②カリスマ冒険者ミュッヘン・ボ・エレト。

 ③A級冒険者マイラさんをはじめとする俺達に友好的な冒険者組合の人達。

 ④勇者の末裔にして未来の恋人、治安部隊隊長のレミリアさんとその部下達。

 ⑤ロゼッタ・プラトリーヌことお嬢をはじめとする魔族撲滅忠信会の仲間達。

 ⑥オルの実家、闇の帝王率いる裏家業の人達。

 ⑦邪神軍の面々。


 こうして考えると、けっこうな戦力だよな。


 ⑦とかは数え合わせだけどね。一応、入れてる。


 まず①は、最強手札の一つだ。


 だから、俺やミレスちゃんの家族の警護を頼んだのだ。


 ここは外せない。


 バッチョ特戦隊が人質作戦に全力投入してきても対処できるように、エディム以外の全ての吸血鬼達にこの任に当たらせているのだ。


 ちなみに吸血鬼最強の力を持つエディムは、ティムの護衛だよ。


 次に②だ。


 ミューは、邪神軍の守護神と言ってもよい。


 エディムが群で最強なら、ミューは個で最強といえよう。


 邪神軍ツートップの一人。


 今は外出中だけど、そろそろ戻ってくるかな?


 帰ってきたら防衛指揮を全て任せたい。


 また③も中々いい案だと思う。


 マイラさんなんか、いつも俺を「アタイの嫁」って言ってくれるしね。心強い味方になってくれるに違いない。


 うんうん、善は急げだ。早速話をしてくるか。


 冒険者ギルドにレッツゴー!



 ……

 …………

 ………………



「ひゃぁああ!」


 慌てて冒険者ギルドを出た。


 そのまま脱兎の如く逃げ出す。


 ギルドの中にいたのは筋肉髭ダルマとその一派である。


 俺がもっとも苦手とする奴らしかいなかった。


 案の定からんできたので、そのままリターンしたのである。


 バカ野郎共め、この大変な時に余計な労力を使わせて!


「バ、バ~カ、アンタなんかおよびじゃないんだよ! 偉そうに言ってるけどさ、魔犬騒動での失態を忘れてるんじゃない」


 ムカムカしたので、ギルドに向かって叫ぶ。


「て、てめぇ、殺されてぇのか!」


 聞こえたらしい。


 ドアを開けて追いかけてこようとしている。


 さっさと逃げ出す。


 くっ、失敗した。


 マイラさんいなかったよ。それどころか比較的友好な冒険者達が軒並み不在だったんだよね。


 運が悪すぎる。


 まぁ、腐ってても仕方が無い。


 次だ、次!


 ④、⑤を実行しよう。


 治安部隊がつめている屯所と、お嬢の実家を訪ねてみた。



 ……

 …………

 ………………



 ……マジかよ。


 結論からいうと、④、⑤も③と同様だった。


 レミリアさん、お嬢はもちろん俺に友好的な人達が王都外に遠征中なのだ。


 不運にもほどがある。


 俺は祟られているんじゃないか?


 こうなると⑥となるのだが……ここはね、やめておこう。


 オルがマミラとか中二言語を言って、いつもはぐらかしてくる。


 オル父がどんな人物なのかよくわからないのだ。


 オル父が息子に甘いのは知っている。


 だからといって無条件で俺達に手を貸してくれるだろうか?


 オルだけ助けて、庶民の俺達を見捨てるかもしれない。


 オルはあまり実家の事を話さない。話したとしても中二言語だ。


 俺もね、うすうす理解している。


 オル家はとんでもない大金持ちだ。悪事の一つや二つしているかもしれない。


 もしかしたら同じ大貴族のエリザベスと裏で繋がっている可能性だってあるんだよ。


 下手に藪をつついて敵側に寝返られても困る。


 ⑥は保留だね。


 ここまで、戦力として①、②しか機能していない。


 これは予想外だった。


 戦力を集めるって意外に難しいぞ。


 う~ん、どうしようか?


 猫の手も借りたいぐらい戦力が必要になってきた。


 猫の手……。


 猫よりも役に立たないが、一応⑦も考えてみるか。


 まず良いところを挙げよう。


 忠誠心だけはある。


 バッチョ特戦隊の襲撃を知っても、誰一人欠ける事なく俺やティムのもとにいてくれる。


 それはすごく感謝している。感動もしているよ。


 いい奴らだ。

 ずっと友達でいたい。


 ずっ友だ。


 でもね、だからといって意気込みだけではだめなんだ。


 こいつらは、貧弱なくせに突撃傾向がある。


 恐らく、いや、ほぼ間違いなくバッチョ特戦隊が襲撃したら勇ましく反撃するだろう。自殺ものの突撃をするのは目に見えている。


 やっぱりだめだ。


 こいつらは戦力にはならない。


 正直、全員どこかに隔離したいよ。奴らを抑えるだけで余計な精神を使うから。


 あ~くそ、考えれば考えるほど戦力が足りない。


 あてが外れた戦力が多すぎる。


 他に誰かいないかなぁ~


 あ! そういえば、ミレスちゃん変な事を言ってたな。まるで邪神軍の皆をプロの軍人みたいに話してた。


 どういう事か理由を聞きたかったけど……。


「ティレアさん、すみません。すごく……眠くて、限界がきたみたいです」と言って再び眠りについたから聞けなかった。


 気だるげで、半眼になっちゃってて、ミレスちゃんは心から疲れていた。


 ミレスちゃんが言うには、今まで魔力欠乏症にかかったことはあるが、今回ほど尾を引く疲労はなかったと言ってた。


 よほどエリザベス邸からの脱出が過酷だったのだろう。


 ティム曰く、闇魔法の使いすぎだって!


 いや、それはもういいから。


 ティムは「人の身で闇魔法を使うのはさすがに無理があったか。しょうがない。少し魔改造してやるか」とぼやいてたっけ……。


 ティム然り。

 変態(ニールゼン)然り。


 皆がこの調子だ。


 こんな中二病患者の中だと、ミレスちゃんも休むに休めない。


 今はエリザベスの手の者がどこにいるかわからないから、ここで休んでもらっている


 事態が終結したら、一度ミレスちゃんの容態をお医者様に見せることにしよう。


 スヤスヤと眠るミレスちゃんを見て無理はさせられないと思った。


 で、聞くに聞けなかった邪神軍のプロ軍人説について。


 まぁ、最後はうつらうつらと舟をこいでいた。


 ミレスちゃん、寝ぼけていたのかな?


 いや、まてよ。


 ミレスちゃんが言いたかった事はこういうことなんじゃないか?


 邪神軍の面々は、数だけはいる。


 中にはまだマシな人材がいるかもしれない。


 それこそ、プロの軍人の素養を持っている人材だっているかもよ。


 確かに邪神軍全員の顔と名前を知っているが、二言三言しか話していない軍団員もいる。


 全員の人となりを知っているわけではない。もしかして今まで実力を隠してただけで、ミューみたいな掘り出し物もいるかもしれないね。


 まぁ、過剰な期待はしないが、戦力の確認は大事だ。


 【己を知り、敵を知れば百戦危うからず】とも言う。


 ⑦の戦力確認だけはしよう。


 期待薄だけどね。


 それにミューのような人材は無理でも、現実を直視できる普通の人材がいてくれるだけでもずいぶん助かる。


 こいつらの暴走を止めてくれる人材は貴重だ。


 でないと、戦力を集めるどころの話じゃなくなる。


 


 お店に戻り、地下帝国の階段を降りていく。


 そして、片っ端から軍団員達に声をかけてみた。


 数十人は調査しただろうか?


 平団員から幹部まで。


 誰もが同じ感じだったね。


 緊張感がまるでない。現実を直視しない中二病患者の集まりであった。

 

 やっぱり全員隔離かな?


 なんて思ってたらシュッシュッと空気を切り裂く音が聞こえてきた。


 誰かトレーニング室で訓練をしているらしい。


 武器を振るう音と気合の篭った掛け声も一緒だ。


 お! 緊張感を持っている奴いるじゃない!


 きっとバッチョ特戦隊が襲ってくると知って、居ても立ってもいられなくなったのだろう。


 楽勝モード漂う邪神軍の中で貴重な存在だ。そのトレーニングが意味を成すかは別として、きちんと危機意識を持っているのは評価できる。


 さてさて誰だろう?


 何気なしにトレーニング室を窓から覗いてみる。


 そこには、必死な顔でナイフを右に左に振り回している少女の姿があった。


 確かこの娘は……。


 四季(シキ)ちゃんだ。


 六魔将キラーの部下で、変態(ニールゼン)の掃討戦で捕虜にしたんだっけ?


 臣従をかたくなに拒否していたが、最近、キラーの御曹司のために帰順したのだ。


 それを聞いた時は「うん、そうなの……」としか言えなかったね。


 別に文句はない。軍団員一人ひとりにそういう中二的なエピソードが必要なのだ。


 よく色々考えつくものだね。


 呆れたけど、そういう設定を大事にしているのを知っている。


 俺も合わせてやったよ。


 なので、この四季(シキ)ちゃんは、寝返り組の一人だ。


 この寝返り組というのは、六魔将キラー、ガルムの元部下達のことである。要するに魔王軍を裏切り、邪神軍に加わった新人を指す。


 来る者拒まずが信条の俺だ。


 新人であろうとも、仲良くして欲しい。


 ただ、寝返り組はいわゆる外様である。


 もともとカミーラ隊に所属していた譜代の隊員達から一段下に見られるらしい。


 オルほどではないが、寝返り組は皆からの信用が今一つだ。


 肩身の狭い思いをしている。


 俺も仲間内でいじめを増長させたくはない。


 だから、色々気を使ってる。


 討伐チームを組む時も不公平にならないように寝返り組を参加させている。何か手柄を立てた時は、きちんと褒美をやったりしているのだ。


 その甲斐もあってか、寝返り組の人達とは最初の頃よりも打ち解けてきている感じなんだよね。


 この四季(シキ)ちゃんとも最初はギクシャクしていた。会っても目線も合わせてくれず、義務的な挨拶をされるだけであった。


 それがある時、一変した。


 勲功を積み上げまくった四季(シキ)ちゃんが、今月の邪神最多功労賞を受賞したのだ。


 この邪神最多功労賞、簡単に説明すると、月内で勲功ポイントを最も多く取得した者に贈られる賞である。


 勲功ポイントは、討伐や資金集め等、邪神軍の組織運営に功があった者に、その結果に応じて付与される。


 そして、受賞者にはもれなく俺が邪神金で作った特製の武器をプレゼントする決まりになっているのだ。


 まぁ、こうして説明しているけど、実際、中身はよく知らないよ。


 ドリュアス君が作った邪神法に基づいたルールらしいからね。事細かにルールを作ってるみたいが、俺は暗記していない。


 する気も起きない。


 とにかくそのルールに従い四季(シキ)ちゃんは名誉ある賞を受賞した。俺は褒美として邪神金で作ったナイフをプレゼントしたのだ。


 いつも無表情な四季(シキ)ちゃんだが、この時は、満面の笑顔を浮かべ飛び上がらんばかりに喜んでくれたね。


 好感度は鰻上りだ。ち


 なみに、オルはその時ハンカチを噛んで悔しがっていたな。


 それからというもの、四季(シキ)ちゃんは俺に対して好意を持って接してくれるようになった。仲の良い友達になったのである。


 やっぱり古今東西、贈り物はポイントが高いのだ。


 ただね、一つ気になるっちゃ気になる噂を耳にした。


 なんでも四季(シキ)ちゃんは、俺が作ったナイフを肌身離さず持っているらしい。それこそ、食事の時もお風呂に入る時も、寝る時まで持っているんだってさ。


 さすがにそこまで入れ込んでないだろって思ってた。


 所詮は鍛冶屋でもない素人の俺が作ったナイフだ。おもちゃのナイフにそこまで熱を上げる理由はない。


 だけど、今も鬼気迫る表情でナイフを振るっている四季(シキ)ちゃんを見てたら……噂は事実かもと思ってしまう。


 とにかく戦力の確認をしよう。


 声をかけるか。


「や、やぁ、四季(シキ)ちゃん」

「これはティレア様」


 声をかけると、ナイフを鞘におさめて挨拶を返す。


四季(シキ)ちゃん、精がでるね」

「ティレア様に立派な宝剣を賜りました。当然でございます。もう毎日振ってます」

「そ、そう」

「はっ、振るえば振るうほど宝剣と一体化するようです」

「あ、あのさ、そのナイフって片時も離さず持っているの? まさか寝る時も持ってるなんて言わないよね?」

「持ってますよ。当然でございます。ナイフを手放すことはございません」


 やはり噂は事実だ。


 これは注意しておかないとね。


「あのさ、プレゼントを渡した身として、そこまで気に入ってくれて嬉しいよ。でもね、さすがに寝ている時は別な場所に外しておこうね。うっかり怪我しちゃうかもしれないでしょ」

「お恥ずかしいかぎりです。やはりティレア様には隠し事はできませんね。当初の頃は、宝剣に振られているといった感じでした。仰るとおり、睡眠時に宝剣に刺されたのは一度や二度ではございません」

「え、え~と宝剣に刺される?」

「御意。私の腕が未熟なせいで、宝剣に主と認められなかったみたいですね」


 なにナイフに意志があるみたいに言ってんの?


 格好つけて言ってるけど、要するに寝ぼけてナイフで怪我しちゃったみたいだね。


「言わんこっちゃない。危ないから寝ている時ぐらいはナイフを外しておこうね」

「それがなんですよ! 日々、血の滲むような特訓をしていたら、最近はめっきり刺されなくなりました。ようやく私も宝剣に主と認められたようです」


 四季(シキ)ちゃんは恍惚とした表情で鞘に入ったナイフに頬ずりしている。


 うん、きめぇ。


 正直、やばい奴になってるよ。


 こいつらが武器が大好きなのは知ってたからプレゼントした。


 ……ちょっと考え無しだったかもしれない。


 四季(シキ)ちゃんのこの様子だと、そのうちナイフの刃に舌なめずりしだすぞ。


「じゃあ一生懸命ナイフを振るってたのは、そのナイフに主と認められるためなの?」

「御意」

「バッチョ特戦隊が襲来するからじゃなく?」

「あ、それもありますね。この宝剣でティレア様に歯向かった愚かな子虫を大地の塵へと変えて見せます。あ~早く切り裂きたい。楽しみでございます」


 四季(シキ)ちゃんは、ニンマリとしながら宝剣を撫でている。


 残念だ。


 四季(シキ)ちゃんも奴らと同じ穴の狢だね。


 現実を直視しているわけじゃなかった。生粋の中二病患者である。ほぼ、いや、百パーセントの確率でバッチョ特戦隊にナイフ一本で突撃するだろう。


 まずいね。止めないと命にかかわる。


四季(シキ)ちゃん、気持ちは嬉しいよ。でもね、この戦でそれを使うのは無理があるからね」


 四季(シキ)ちゃんが持っているナイフを指差して注意する。


「そ、それは理解しております。あの程度のゴミでは、この宝剣の真価を発揮できないことは重々承知しております。しかし、それでも、それでも、この切れ味を試したくてしょうがないのです!」


 四季(シキ)ちゃんは、はぁ、はぁ、息を乱しながら「切り裂きたい。切り裂きたい」と訴えてくる。


 ……確かにそのナイフ、俺の自信作だよ。


 見た目も綺麗に作れた。もちろん普通に切れる。


 作った俺が言うのもなんだけど、金物屋で普通に売っててもおかしくないレベルだ。


 ただね……。


 それ、ただのペーパーナイフなんだぞ。いったい何を期待している。俺は、属性付与つけた覚えはないからな!


「あ、あのね、四季(シキ)ちゃん、テンション高くなっているところ悪いけど、それ、紙切り用よ。勘違いしないでね」

「おぉ、やはりそうでしたか! 神切り用ですか! 納得です。それは確かに子蠅に使っては、ゴッドナイフの名が廃りますよね」


 そ、そうきたか……。


 ふざけてるのか、本気なのか、はたまた既にイッちゃってるのか。


 わからないところが、中二病の恐ろしいところだ。


「はぁ~この宝剣、ゴッドナイフでしたか。残念です。もう神の奴、死んでますもんね。真価を発揮できません」


 お前は、ニーチェか!


 残念なのはお前の頭だよ。


 教会関係者が聞いたら激怒するような発言を平気でするんだから。


 はぁ~四季(シキ)ちゃんだけは違うって思ってたのに……。


 見た目は中性的な美人。

 東洋風の顔立ちと綺麗な黒髪。


 だれもが振り返る美貌の持ち主なのに……。


 もったいなさすぎる!


 同類、いや、武器に傾倒している分、皆より頭がおかしいかもしれない。


 俺は残念な気持ちでトレーニング室を後にした。


 それから諦めず、さらに軍団員達と話をした。


 皆「腕が鳴る!」とか「バッチョの素っ首貰い受ける!」とか「生きているなら神だって殺してみせる!」とかすごい自信だった。


 ちなみに最後の台詞は、四季(シキ)ちゃんね。


 彼女が一番、イッテたよ。


 あ~もう皆、緊張の欠片もしていない。


 リラ~クッスしてる。


 軽いのりだ。調子に乗ってんねぇ。


 なんだろう……なんだろう、この浮ついた空気!


 わかってんの?


 今までのような遊びじゃない。実践なんだぞ!


 命を失う危険性は十分にある。なのに皆、にこやか~にしている。


 これがゲーム脳ってやつか?


 なんか俺だけ緊張してバカみたいに思えてきたぞ。


 うぅ~釈然としないなぁ。


 気分を変えるため、外の空気を吸いに行く。


 地下帝国の階段を上がり、店の外へ。


 散歩をしながらこれからの事を考えていると、がやがやと騒がしくなってきた。


 西通りで人がごったがえしている。


 何かあったのか?


 俺は、ごった返す人の群れへと様子を見に行った。

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