第三十八話 「ミレスと最大の危機(後編)」
頭がクリアだ。
最高に気分がいい。もやもやが無くなってすっきりした。
なぜ気づかなかったのか?
私には力が宿っていた。
そこにある、そこにあった。
なのに気づけなかった。
今までの私、いや、誰であろうと一生気づけない力だ。人類が太古の昔に置き去りにした能力。
回路の組み方一つで、世界は変わる。
自分が自分ではない。
脳内に刻み込まれた深遠なる力の全てを発揮しろ!
高速思考モード出力全開!
並行して……戦略思考、論理思考モード起動!
調査!
脳処理を加速させる。
まずは状況の整理からだ。
身体の損傷率、十七パーセント。
右手……第二および第四指関節欠損。
左手……左手首欠損。左上腕筋肉の断裂。
右足……右足首断絶。右大腿骨骨折、右脹脛断。
左足……第一、第二、第三指欠損。第四指裂傷。
胸部……第三胸部肋骨にヒビ。
その他、不完全骨折が十数か所……。
右足の損傷が酷い。
このままだと歩行が困難だ。それに全身から毎秒十四ミリセクトン、既に人体の血液の六分の一が流れてしまった。
地面には、血だまりができている。
出血死するまで、十四時間と十三分二十秒……。
なにかしらの処置が必要――いや、出血死はエビーンズが防いでいる。
効率よく長く拷問をしていく過程で、技術も上達していったのだろう。
薬草を当て、ポーションを塗りこみ、決定的な死から遠のかせている。
下手な医者も顔負けね。
……出血死する可能性は消えた。
あと懸念は、断続的に続く痛みだ。
しかも痛みの大きさは徐々に増加している。毎分平均七マイクロセカンほど上昇を確認。この上昇幅で行けば、私はあと七時間三十五分三十二秒でショック死してしまう。
痛みの発生源を解析。
四肢から主要な痛みのシグナルを発信しているのを確認。
右手……十三、六パーセント。
左手……二十四、七パーセント。
右足……三十五、七パーセント。
左足……十、三パーセント。
胸部……三、二パーセント。
……
痛みの大部分は、右足からだ。
さらに痛みは全身に広がっていく。
このままでは、いや、これもエビーンズはわかっている。
急に痛みの上昇幅が減少した。
七十、六十、五十……ぎりぎり発狂しないレベルまで下がった。
心拍数も二百五十、二百、百五十と下降……安定した。
おそらく心拍数百を切ったあたりでまた痛みのレベルを上げるのだろう。
これを一サイクルとして永遠と拷問を繰り返していくといったところか。
拷問された者を途中退場させない嫌らしいやり方だ。
しばらくは問題ない。
ただ、少し煩わしい。痛覚は遮断しておこう。
痛覚を遮断させ、エビーンズを見る。
エビーンズは、たんたんと作業をしていた。
ときおり「これ、な~んだ?」と言って斬った物を見せてくる。
私を怖がらせようとしているのだ。
子供ね。
しかも、たちの悪いクソガキである。屑ガキのまま大人になった見本がここにいる。
これ以上、この屑ガキにつきあってられない。
さっさと終わらせよう。
まずは、室内の魔力封じを解除する。
術式解析!
室内にはびこる魔術式を調査、それを紐解いていく。
魔力封じにかかわる術式は……。
セゾン式……非該当。
メゾット式……非該当。
エバイヤ式……非該当。
ゼノン式……該当。
……
次に年式は……。
七百九十四……非該当。
三百七十一……非該当。
二百二十三……非該当。
百十四……該当。
……
魔術量は、五千三百ワット以上。
……
魔素は……。
……
…………
………………
解析完了まで、六十七分三十五秒三二。
う~ん、解析可能だけど、少し手間ね。
自力解除は、時間がかかりすぎる。
解析中断。
別ルートを模索しよう。
時間経過による術式劣化。
第三者の介入。
物理攻撃による魔法陣破壊。
……
どれも短時間での解除は、数パーセント以下の成功率だ。
最も可能性の高い成功率を探す。
それは……。
エビーンズ自身による解除。
これなら八十五パーセントの確率で解除できる。
詳細をつめる。
エビーンズの情報を収集……。
プロファイリング開始!
これまでのエビーンズとの会話、言動、仕草、思考から多角的に分析する。
異常良心疾患。
反社会性障害。
共感能力の欠如。
境界性人格障害。
快楽主義者。
衝動性暴力症候群。
差別至上主義。
究極のエゴイズム。
以上より、情に訴えるのは問題外だ。
エビーンズは、冷酷、無慈悲、エゴイズムの固まりである。
他人への思いやりに欠け、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。
では、利を説くか?
これも時間が足りない。奴は、エリザベスに与することで、がっちり益を見ている。利を説くには、エリザベス以上の利を用意しなければならない。
であるならば……。
伏せていた眼を開け、エビーンズの顔を凝視する。
「さぁ、オイタできなくなった気分はどうだ? 最悪か? くっく、俺は最高の気分だぜ」
「……」
「そう絶望するな。安心しろ、ヴィンセント家の血は残る。強い子種を宿してやるからな」
「ふふ」
「なんだ? とうとう気がふれたか?」
「別に、滑稽と思って。強い子種? さっきから強さをやたらアピールしてるけどさ、あんたのどこが強いのよ?」
「ほぉ~まだ、そんな強がりを言えるか! いいぜ、いいぜ、俺もやる気が出るってもんだ。そうだな~まだ左右のバランスが悪いな。くっく、もう少しバランスよくしてやるか」
エビーンズがひひと笑って、鉈を引いたり押したり上下に振る。
「ふっ、失笑ね。そうやって脅しているんでしょうけど、無駄よ。私はわかっている。結界を使用して魔力を封じる。相手の力を奪ってから脅す。そうでもしないと女をものにできない。っていうかさ、四肢を壊してからじゃないと襲えないって、どれだけびびりなのよ。街のチンピラのほうがまだマシよ。ねぇ、そんなに私が、いや女性が怖いの?」
「……ミレス、それは悪手だぞ。俺の機嫌を損ねてもいいことなんてない。苦しむだけだ」
「あはは、図星をつつかれて怒った? そうでしょうね。あんたはコンプレックスの塊。強さとは真逆にいる生き物よ。あぁ、なんてよわっちいの? 男として終わっている」
「いいね~ミレスお前を誤解してたぞ。なかなかいたぶりがいのある獲物だ」
「だからさ、あまり笑わかせないでくれる? 強がらなくてもいい。あんたは本質的に狩る者じゃない、狩られる者よ。なに? 違うって顔してるわね。じゃあ私と勝負する? 結界を解いて魔法勝負はどう? まぁ、やらないでしょうね、あんたって本当によわっちいから」
「ふふ、いたなぁ。拷問してるとな、お前みたいに挑発してくる奴がいるんだよ。無駄だ、お前の魂胆はわかってる。魔力封じの結界を解こうとしてるんだろ? 甘い、甘いぞ。その手には乗るか」
「ほら、やっぱり言い訳をした。うふふ、私と戦って弱いのがばれるのが怖いんでしょ。私の魔法弾をくらったらやられちゃうもんね~そう、あんたは弱者よ。魔法学生から魔力を奪って、それでも反撃が怖くて四肢を破壊しないと襲えない。本当に恥ずかしい奴。衛士って言ってたけど、コネよね? いや、答えなくていいわ。わかってるから」
「くっく」
「なに? さっきからその笑い気味悪~い! 余裕をもとうと必死ね。それで自分の器を大きく見せてるのよね? 馬鹿ね、女は皆、わかってる。女としての本能が告げる。あんたが弱者で器の小さい小物だってね。はっきり言ってあげるわ。あんた人生で一度も女性にもてたことないでしょ」
初めてエビーンズから笑みが消えた。
頬がひくつき、こめかみに青筋が立つ。
私の挑発で怒りが湧き起こっているのだ。
「……いいぜ。下手な挑発だが、乗ってやるよ。たかが魔法学園に通っているだけのクソ女が! いるんだよなぁ。魔法が使えたら勝てるって自信満々の馬鹿。魔法封じされなければ俺に勝てるだと? 甘い、甘い、クソ甘いぜ。お前のようなクソ女に格の違いを見せてやるよ! へへ、その後は、嫌というほど絶望を味合わせてやるからな」
心理誘導に成功。
やはりだ。プロファイリングによれば、エビーンズの心奥深くには強者への憧れ、妬みがある。エビーンズは強さにコンプレックスを抱いている。
どんなに鍛えても超えられない一流への壁。
その壁を乗り越える者もいれば、そうでない者もいる。
エビーンズは後者だ。そのあくなき渇望と歪んだ精神。エビーンズの弱者をいたぶる性質の根幹と言ってもよい。
こいつの性質は弱者だ。弱者ゆえの行動なのだ。
挑発が功を奏し、エビーンズはぶつぶつと呪文を唱える。
その瞬間――。
室内に充満していた魔封じの結界が解き放たれた。
うん、淀んでいた空気が戻った気がする。
練れる。
魔力を開放する。
「さぁ、ミレス、撃ってみろ。自慢の魔法弾をよ。先手は譲ってやる。ハンデだ」
「ハンデって……ここまで拷問しておいて、笑わせてくれるわね。プライドって言葉知ってる? いや、知らないのはわかってたわ。ごめんなさい。P・R・I・D・Eよ」
「……おじさん、本当に嬉しいなぁ。俺をここまで怒らせた奴なんていないぞ。俺の拷問史上初の記録更新ができそうだ」
「はぁ~だめね。相手の土俵に合わせてたら自分もくだらない奴に思えてきちゃった。無駄口は必要なかったね。さっさと終わらせましょう」
「いいね、いいね~その魔力さえ使えれば倒せるって、自信満々の顔。すぐに絶望の顔に変えてやるからな。さぁ、さっさと撃ってみろ」
「わかったから。ちょっと待って。立ち上がるから」
「くっく、そうだったな。右足と左手首おじさんがとっちゃったからな。立ち上がるのも難しいか。ごめんなぁ。細切れにして、ネズミのエサにしちゃったぞ」
はぁ~これ以上、この屑との会話は無用ね。
魔力を練る。
練る、練る、練る。
練る、練る……練る、練る、練る。
ファヴターの闇が発動されるまで。
研ぎ澄まされた精神が、かつてないほどの洗練された魔力を構築していく。
そして、脳内にキーワードが表示された。
【闇の杖を召喚できます。召喚しますか?】
Yesを選択する。
手元に一乗の杖が出現した。
サイズは、六十から七十センチほど。黒色のグレンチェックステッキだ。
材質は検討もつかない。
禍々しくも壮大なオーラが漂っている。
見ているだけで寒気がするぐらいの一品だ。
「なっ!? 生成魔法だと!? それも見るからにレア物じゃないか。お前、そんなことできたのか?」
「驚くのは早いわよ。よっと」
両の足で地面に立つ。そして、両の手でその杖を取った。
「はぁ? な、なんだそれ? そ、その真っ黒な手足はなんなんだ?」
エビーンズは眼を見開いて驚いている。
私の両手両足は、欠けた部分を黒い炎で形成していた。
これは闇の手に闇の足。
闇魔法を発動させた結果である。
クルクルと杖を振り回し、魔法陣を発動させた。
「お、お前、何して――うぁああ! な、なんで俺の左手が光ってんだ!?」
「ふふ、なんででしょう?」
「よく考えればおかしかった。お、お前、最初はあんなにびびってたのに。なんでそんなに冷静なんだ? ま、まるで別人、いったい何者だ?」
「私のことより自分のことを心配しなさい。ほら!」
エビーンズの左手を指さす。
「げぇえ! な、なんで俺の手が波うってんだよ!」
エビーンズの左手首の肉片がぶるぶる波打って上下していた。
「ごめんなさい。もうしかけちゃってた」
「俺に何をしやがった!」
エビーンズが咆哮して、飛び掛ってくる。
遅い。
杖をエビーンズに向け、呪文を発した。
eye for eye(目には目を)……。
tooth for tooth(歯には歯を)……。
hand for hand(手には手を)……。
foot for foot(足には足を)……。
burning for burning(傷には傷を)……。
そして……。
life for life(命には命を)……。
「拷問を返すわ!」
「そ、それって――いぎぃぃいあああああ! い、いてぇ! お、俺の手が、手がぁあああ!」
私がやられた箇所と寸分たがわずエビーンズの左手が切り刻まれていく。
切り刻まれた肉は、そのままアヴァロンの中へ吸い込まれる。
痛覚反射……。
闇魔法第一の鍵を使用した呪術の一つだ。受けた攻撃をそのまま相手に返す闇魔法である。それは、痛みや傷だけでない。
欠損そのものも跳ね返す。
つまりエビーンズの痛みを捧げることで、私の左手は元に戻る。
「ぐがぁあああああ! い、いてぇええ、いてぇえええよ」
エビーンズは左手を押さえ絶叫しながら、地面をのた打ち回っている。
「あ~そういえば……」
「はぁ、はぁ、いてぇ、いてぇえええよぉ!」
「そうそう苦しみながらでいいから聞いてくれる? さっき『これ、な~んだ?』とか質問してたわね。やっぱり無視はいけない。答えてあげる。回答は、あんたの左手でしょ」
「はぁ、はぁ、はぁ、俺の左手? うぁあああ、なんでねぇんだぁあああ! 俺の手が、手が、細切れになって、そのまま、ぎえてゆく」
エビーンズが狂乱して叫ぶ。
そして、エビーンズの左手首が消失したところで、私の左手が元に戻った。
拷問前の、いや、古傷も含め全ての傷がエビーンズに返ったため、傷一つない綺麗な左手である。
左手をぐっぱぐっぱしてみる。
感覚が少し鈍い。
生成した肉体と神経がまだ完全にマッチしていないようだ。まぁ、使っていればそのうちなじむだろう。
次は右足だ。
痛覚反射の闇魔法を発動させる。
「ぎぇえええ、な、なんだってんだぁああ! 今度は俺の足がああ!!」
エビーンズは右足から血が噴き出しどっと倒れてしまった。激痛のためか、身体を痙攣させ地面をのた打ち回っている。
そして……肉片がアヴァロンの中へ回収された。
右足に感覚が戻る。
トントンとつま先で地面を叩く。
やはり感覚が鈍い。
少しストレッチする必要があるかな。
まぁ、それはあと。
次は右手だ。
「ぎぇえええ! や、やめて」
次は左足……。
「ま、まってぐれぇええ! い、いたぇえええ!」
そうして体中にある傷を、エビーンズが悲鳴をあげる度に元に戻していく。
そして……。
「元に戻った」
両手を上に伸ばしてくっと背伸びをする。
う~ん、感覚がイマイチね。
パキパキと音が鳴りそう。
体操をして全身をほぐす必要がある。
腰を曲げたり伸ばしたりしながら、柔軟体操をした。
一、二、一、二……。
エビーンズは地面に転がり涎を垂らして、その様子を見ていた。
途中でエビーンズが発狂死しそうだったので、精神を安定させた。血止めもしている。術式が終わるまで死なせるわけにはいかなかった。
でも、もう欠損は元に戻った。
頃合いかな。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、なんなんだ? なんで人間のお前が闇魔法なんて使えるんだ? おかしいだろ!」
「逆に聞きたいわね。なんで使えないの? 闇はそこにあるのに」
「ば、化物!」
エビーンズは怒鳴ると、素早く起きて逃走の姿勢をとる。
「へぇ~そんな状態でよく動けるわね」
エビーンズは、右足を庇いながら器用に立ち上がった。
そう言えば、会話に力があった。
発狂死させないために、ある程度エビーンズの痛覚を遮断し、精神回復してやった。その影響で、体力もまだまだ残っていたようだ。
ちょっと甘かったかな?
まぁ、でもあの状態じゃまともに走れないだろう。
何よりもはや手加減する必要もない。
エビーンズに近づく。
「く、来るな!」
エビーンズは、よろよろと後ずさる。
その顔は恐怖で歪んでいた。
「ちなみに命乞いは無駄よ。まぁ、わかってるでしょうけど」
「はぁ、はぁ、はぁ。ま、待って」
「待たない」
エビーンズが後ろに下がるたびに、近づく。
距離を空けない。
「ち、ちょっと待ってくれ。話、話があるんです」
「聞かない」
「いや、そ、そうエリザベス、いや、あなたの友達のことで……」
友達?
絶対に嘘だ。
でも、万が一ということもある。どんなに可能性が低くても、もしかしたら大事な人の命がかかってるのかもしれない。
「あんたの性格は把握している。どうせでまかせでしょ? だけど、一応聞いてあげる。良かったね。十秒ほど寿命が延びたよ」
「ありがとうございます。それは……」
「それは?」
「これだぁあ!」
エビーンズが叫ぶと同時に、室内に魔力封じの術式が広がった。
「へっ、油断したな。その通り、話なんてない。ただの時間稼ぎさ。くっく、魔法結界を再起動した。もう解除はしねぇ。じっくりじっくりさっきまでの屈辱を百倍にして返してやる。俺は、義理堅いんだ」
「ふぅん」
「な、なんだよ、その態度は! びびれよ。もう魔法は使えない。俺とお前の立場は逆転したんだぞ。命乞いしてみろよぉ!」
「解除!」
呪文を唱えると、再び魔封じの結界が外された。
「ば、ばかなぁあ! なんでお前が解除できる! この解除キーは俺とエリザベス様しか知らないんだぞ」
エビーンズは眼が飛び出るかというぐらいに驚いている。
「あんた本当に馬鹿ね。目の前で解除したのを見たからよ」
「目の前で解除したからってそれがなんなんだ。お前が解除した理由にならんだろうが!」
「それがなるのよ。あんた魔法発動の際、セキュリティをかけなかったでしょ。術式がだだ漏れよ」
「セキュリティ? なんだそれ?」
「わからない奴にはわからない。そして、教えてやる義理もない」
「あ、ありえねぇ……おかしい、おかしいだろ。魔法学生如きが、こんなにレベルが高いわけがない」
「だから言ってるでしょ。私は大した奴じゃない。あんたが弱すぎただけよ。さぁ、茶番は終わり」
杖の切っ先をエビーンズに向けた。
「まぁ、待て、待ってくれ! 俺が悪かった」
「……命乞いは無駄よ」
「そ、そんな待って。話、話だけ聞いてくれ。俺って調子に乗るくせがあってよ。はぁ、はぁ、あんたにつく。お嬢様、いや、エリザベスを殺すんだろ? 俺も手助けするから」
「けっこうよ。屑の力は必要ない」
「も、もちろん、金もやるぞ。俺はエリザベスの裏金のありかを知っている」
「興味がない」
「な、なら、情報はどうだ? 俺はエリザベスの企みを知っている。それを教えてやるぞ」
企み?
エリザベスは、この後殺す。何を企んでいようが、意味はない。
いや、既に何かしらの暗殺依頼をしていたら……。
念のため聞いておこう。
「続けて」
「おぉ、聞いてくれるか! どうやら俺が持つ情報の価値がわかったようだな。ただし、話の続きは命の保証をしてからだ。俺が逃げた後に情報を伝える」
「ふっ、逃げた後に情報を伝える? それを信じろと?」
「まぁ、そうだよな。俺を信用できないよな」
「当然。あんたが屑のクソ野郎ってのはわかってるから。ただ、エリザベスが何かしら企んでいることだけは信じてあげる」
「へへ、そうか。なら先に証拠を見せてやる。エリザベスの恐るべき計画を!」
エビーンズは、そう言うと部屋にあるやや大きめの戸棚に近づいていく。
「なんか企んでるわね。もうめんどくさくなってきちゃった。いいわ。情報はエリザベスを尋問して聞くことにする。あんたは、ここで死んでおきなさい」
「まぁ、待てよ。あせんなって。この戸棚にその計画書が入ってる。すぐに見せてやるからさ」
下卑た表情が、嘘と雄弁に語っている。
さてさてどんなくだらない策を用意しているのやら。
調査!
対象は【戸棚】を選択する。
うん? 何か入っている!
構成要素……。
水分七百五十三ミリシーベルト。
タンパ質五十四オクソン。
脂質七ミリオン。
ミレラン三ミリオン。
糖質一ミリオン。
……
…………
………………
これって……。
「エビーンズ、動くな」
杖を再びエビーンズに向けた。
「お、おいなんだよ。書類を取るだけだぞ。エリザベスの計画書だ」
「嘘はもうたくさん。そこに書類の類はない」
「本当だって」
「違う。そこには、人間が入っているだけだ」
「うおほっ! お、お前超人か? すごいなぁ、正解だよ」
「もういいかしら、殺してあげる」
「待てって! お前の言う通り人間だ。俺が絶賛拷問中の人間だよ」
「……その口を閉じろ!」
「いいから見てみろって! このままじゃこの子が死んじゃうぞ」
エビーンズの言葉に、向けていた杖を下ろす。
エビーンズは、ニヤリと笑い戸棚から一人の少女を取り出した。
惨い……。
少女は、幽鬼のように立っている。
そこに生気はない。
胸は上下動いていて息はしている。
かろうじて生きているといったところか。
調査!
対象は【少女】。
人体損傷率八十五、七二パーセント……。
体中の裂傷、裂傷、骨折、欠損……傷が無い箇所がない。
「胸糞悪いったらありゃしない。覚悟しておくことね」
「おっと動くな。動くとこいつを殺すぞ」
「はぁ? 何を言っている? そんな子知らない」
「俺もよ、お前の変貌振りには正直驚いた。だが、少なからずお前の性格は把握しているつもりだ。お前は見ず知らずと言っているが、この可哀想な少女を見捨てることはできない。だろ?」
「……そうね、よくわかってるじゃない」
「くっく、じゃあその杖を下ろせ。頭を地面に伏せてろ。一歩でも動いたらこいつを殺す」
「……」
「どうした、早くしろ! 俺は躊躇しない。わかってるだろうが!」
エビーンズは少女の首を掴み、今にも絞め殺そうとする。
エビーンズの指示通りに杖を地面に落とす。
「よし。あとは頭を地面に伏せてろ。それから今から魔法弾をお前にぶち込む。防御はするな」
「ふぅん」
「な、なんだよ。いいか、少しでも動いたらこいつは殺すぞ」
「でも、その子を殺したら、あんたも死ぬけどいいの?」
「く、くそぉおお!」
エビーンズは苛立ちを隠そうともせず、少女を私に向かってほおりなげた。
少女を受け止めようと動いた瞬間、エビーンズは魔法弾を連発してきた。
避けたら少女に当たる。
私が少女を庇うことを前提とした動きだ。
姑息ね。
とりあえず防御するか。
少女を背に隠して、襲いかかる魔法弾を手を十字にして受け止める。
ガガンとある程度の衝撃が伝わってきた。
エビーンズはその間にも南京錠を外し、出口のドアを開けた。
欠損した右足をひきずりながらも、素早い動きで逃げようとしている。
あきれたしぶとさだ。
当然、逃がすつもりはない。
逃げるエビーンズの影に向かって闇魔法を放つ。
指から放たれた高速の闇矢だ。
瞬く間にエビーンズの影に突き刺さった。
「うぐあっ!? あ、ぎ……なんで? 動けねぇ?」
「そうね、動けないでしょうね。何しろ影を地面に縫いつけたから」
「な、なんじゃあ、そりゃあ! なんでもありかよぉお!」
エビーンズがうろたえ悪態をつく。
「さぁ、観念しなさい。いや、まずは少女の治療が先ね」
「お、おい、まさか!」
「えぇ、数え切れない裂傷、打撲、骨折、欠損……この子の負債を全てあんたに引き継いでもらうから」
「う、嘘だろ! や、やめろぉおお!」
エビーンズが涙を流し、唾を飛ばしながら喚く。
無駄よ。
影を縫い付けてあるのだ。その場から一歩も動けない。
地面に落ちていた杖を拾い、高らかに掲げる。
eye for eye(目には目を)……。
tooth for tooth(歯には歯を)……。
hand for hand(手には手を)……。
foot for foot(足には足を)……。
burning for burning(傷には傷を)……。
life for life(命には命を)……。
そして……。
少女の拷問はエビーンズへ……。
「闇魔法、痛覚反射!」
エビーンズの絶叫が部屋中に響く。
少女の全身の傷のもととなった痛みがエビーンズを襲う。
そして幾ばくか……。
少女の身体が元に戻った。
少女の眼が空く。起きて現実を知覚したのだろう。
「ああああああ!」
少女は、火のように泣き叫び始めた。
こらえていた感情が一気に漏れ出したらしい。
「いやぁあああっ! やめて、お願い、やめてぇえええ!」
少女は、悲鳴を上げ大粒の涙を流している。その手足は小刻みに震えていた。
「大丈夫よ」
そっと少女の頭をなでる。
あなたの悪夢は終わらせてあげるから。
杖の先端を反対に向けて起動。
≪記憶消去≫
≪精神安定≫
≪緊張緩和≫
≪栄養付与≫
≪睡眠支援≫
つぎつぎと少女に支援魔法を放つ。
そして、少女の顔に生気が戻った。
青白かった顔にも赤みが出ている。
「いい子ね。大丈夫、もう大丈夫だから。忘れなさい。これは悪夢だったの。悪夢は必ず醒める」
「あ、あ……まま、すぅ……」
少女の頭を撫で、彼女を守るように強く抱きしめてやった。
少女は安らかな表情で寝息を立てて眠っている。
さてと、少女をベットに横たわらせ振り返った。
「は、はは。ま、待って。あぎぎい、痛てぇ! 待ってくれよ、全身に痛みが襲ってるんだ」
「そうでしょうね。これでも痛覚はある程度遮断してやってるのよ。この子の回復が終わるまで、あんたに死なれちゃ困るから」
「はぁ、はぁ。わ、悪かった。悪かったよ。もう悪い事しない。た、助けて」
「もちろん、聞いてあげない。あんたは、ここにいる犠牲者の、こんな幼い少女まで犠牲にした悪党だから」
「い、いや、わ、悪かった。お、俺ってよ。なんか子供って可愛くないんだよ。性分なのか、だからよ、これは生まれつき、俺の病気なんだ。しょうがないんだ。許してくれ」
「さて、こんな会話ができるぐらい痛みを遮断してあげてたけど、もうおしまい。今度は百パーセントの痛みが襲う」
「お、おい、さっきからなんなんだ。も、もう終わったんだよな?」
「終わらない。闇魔法ってね、別に生者だけが対象じゃないの。死者だって対象になる。その恨み、そして、この子だけじゃないわよね?」
チラリと汚水に浮かぶ死体を見る。
「そ、それって!」
「あら、察しがいいじゃない」
くるりと杖を二回、時計回りに回す。
処刑場に眠る死体達の負のオーラを集める。
邪神ティレファーに捧げます。
全ての痛み、恐怖、ありとあらゆる苦痛を捧げます。
この子達にはやすらぎを……。
執行者には断罪を……。
契約のもとミレスが発動します。
「断罪される者、エビーンズ!」
杖をエビーンズに向けた。
「お、おい待て。やめろ、それはマジでやばいって!」
「大闇魔法……究極等価交換!」
「ぐぎゃああがあああ! いてぇえええええ!! 全然等価じゃあねぇえええ! って、いたぁああ、あぐぁああ!」
数百?
拷問で殺された者達の痛みがエビーンズを襲った。
エビーンズの身体は、あらゆる方向にひしゃげてはつぶれていく。
「こわ、れるぅうう! おかしくなるぅう。あががああああ!」
「安心して。あんたを発狂なんてさせない。ぎりぎりで耐えれるように回復させる。あんたの負債の上乗せでね」
「そ、ぞんなああ!!」
エビーンズの汚らしい絶叫が部屋中に響く。
ふぅ~悲鳴は音楽だっけ?
全然違う。騒音でしかない。聞くにたえないよ。
「ま、まって、まへぇ、くだっし。ぐげぇええあああ。お、俺だけ、俺だけずるい。エ、エリザベスが、あいつが大半、あいづの命令なのに」
エビーンズは呂律が回らず、必死にそう訴える。
この処刑場の死体は、エビーンズとエリザベスがなした。
エビーンズの言にも一理ある。
「そうねぇ、確かにあんただけの罪じゃない」
「じゃざあ、あぐ!」
「はい、これに書いて」
「な、なにをぉ?」
「にぶいわね。ノートに書いて。どの痛みが自分ので、どの痛みがエリザベスのものなのか。さぁ、書きなさい。ノートを取るのは得意なんでしょ」
「あぐうあああ、え、ペンなんて握れな、あががあああ」
「そう、書けないの? ならしかたがない。あ、書けないんじゃなくて、書かないのね。さすが忠義者、主人の罪まで償うなんて」
「あああ、ちが、ああがああ、ああがぁて、ああああ」
エビーンズの悲鳴が処刑場に木霊した。
スヤスヤと眠る少女を連れて階段を駆け上がる。
次は本命の大ゴミ、エリザベスを処分する。




