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第二十三話 「ミレスとオルティッシオとの共演(後編)」

 ティムちゃんが雇っている下男と思しき人物、オルティッシオと対峙する。


 さっきは平凡な顔と思ったが、今は馬鹿そうな顔に見えた。言動が顔を作るとは、よく言ったものだ。


 こういう人には、言って聞かせても無駄だろう。


「いいんですね? どかないなら痛い目にあってもらいますよ」

「ふっ、痛い目か。たかが愛玩物の分際で。ティレア様第一の臣にして、大幹部たるこのオルティッシオ様に痛い目ときたか! 笑わせてくれるわ、人形!」


 下男オルティッシオは、小馬鹿にした態度を崩さない。


 私を度々人形と呼び、せせら笑う。


 そっちこそ下男のくせに大幹部?

 元将軍だとでも言うの?


 誇大妄想も甚だしい。


「……警告はしました」


 無礼で頭のおかしい人だが、素人だ。魔法学園生徒としての自負もある。民間人に怪我を負わせる気はない。少し腕をひねってやろう。


 身体向上魔法を使用し、腕力をアップさせる。


 腕力強化(アームアップ)


 発動後、腕に向かって魔力が集まり、二頭筋が少し盛り上がった。


 身体向上魔法は久しぶりに使う。


 動きに問題ないか、軽く腕を振って確認する。


 そして、通路の真ん中で仁王立ちしているオルティッシオの腕を掴み、ひね――れない!?


 な、なんで?


 びくともしない。


 身体向上魔法を使っているのだ。私の腕力は大の大人以上のはず。瞬間的には成人男性の二倍近くの力を加えたはずなのに……。


「くっく、人形どうした? 痛い目に遭わすのではなかったのか?」

「ほ、本気を出しますよ。怪我をしても知りませんから」


 オルティッシオの挑発に乗り、さらに力を入れる。骨が折れてもおかしくないぐらいに魔力を注ぎ込んだ。


 ……動かない。


 最初は怪我をさせまいと手加減をしていた。今は身体向上魔法を限界ぎりぎりまで使用している。本気でオルティッシオの腕をひねっているのだ。


 だが動かない。一ミリも動かないなんて。


 そ、そんな……。


 私の攻撃が通じない。これでも魔法学園の生徒だ。素人に後れを取ることはない。つまり、オルティッシオはただの下男じゃなかった。


 この人、王家に仕える武人だ。


 確かに掴んでいる腕の太さ、その感触から伝わってくる頑健さ——これは武人の身体だ。荷物持ちで鍛えただけの下男のそれとは違う。


 そして服の上からでは、わからなかった。近くで観察したからこそ、わかる。シャツの隙間を見れば、胸板、腹筋、上半身の無駄のない鍛え上げられた鋼の肉体が窺える。


 武人オルティッシオは仁王立ちのまま、不敵な笑みを崩さない。


「くっくっ、あっはっはは! 間抜けだな。それでも力を入れているのか?」

「うぅ……な、なんて力なの」

「やっと自分の矮小さを理解したか。ティレア様の寵愛をかさに増長しおって。この出来損ないの人形め!」

「だ、黙りなさい!」


 怒りに任せて、蹴りをかます。


 身体向上魔法で強化した足が、オルティッシオの脛に直撃した。


 その瞬間――。


「い、いたぁあああい!」 


 激痛が足に走った。


 思わず足を押さえる。


 痛い、痛い。地面を転がる。


 なんて固いの、固すぎる。まるで鉄の塊を蹴り飛ばしたようだ。


 ブーツを脱ぎ、足を見る。


 足は赤黒く、腫れ上がっていた。ずきずきと痛いが、一応足は動く。骨に異常はないと思う。ただ筋は確実に痛めている。しばらく歩くのに不自由するだろう。


 オルティッシオの身体は鉄のように固い。この強さ、本当に近衛隊の幹部なのかもしれない。勘違いしていたのは私だった。


「さて、愚かな人形には折檻が必要だな」


 オルティッシオが残虐な笑みを浮かべる。


 し、しまった。対応を間違えた。


 軍人と敵対するなんて大失態だ。頭のできはどうであれ、こいつの実力は本物である。そんな格上の実力者が敵意を剥き出しにして近づいてくるのだ。


 大怪我、下手すれば殺されるかもしれない。すぐに逃げたいが、この捻挫した足で走るのは無理だ。


 どうしよう?


 そうだ。不手際で申し訳ないが、ティレアさんに事情を説明して助けてもらおう。


「ティレアさんを呼んで――」

「キサマァアア! ティレア様に敬称をつけんとは何事だぁあ!」


 オルティッシオが怒声を放つ。


 すごい迫力……。


 予想通り、ティレアさんはやんごとなき身分の人だ。オルティッシオの怒り具合から言っても、かなり上の身分であることが窺える――って、まずい!


「ティレアさん」と不遜な物言いをしたせいで、オルティッシオの怒りが倍化したようだ。


 この様子では、ティレアさんに取り次いでもらえない。


 どうすべきか?


 打開策が思い浮かばない。


 頭をかかえ絶望に瀕していると、生真面目そうな青年が現れた。


 その青年もティムちゃん達の部下なのだろう。きびきびとした動きは軍人のそれだ。


 オルティッシオの同僚かな?


 ただオルティッシオと違い、理知的な目をしている。この人は話せばわかってくれるかもしれない。


「た、助けて」

「オルティッシオ隊長、どうされましたか?」

「っ――」


 オルティッシオを隊長と呼び、頭を下げた。


 どうやらこの男、オルティッシオの部下らしい。助けになるどころか、敵がもう一人増えてしまった。


「おぉ、ギルではないか。いやな、この小生意気な人形に自分の立場を理解させてやろうと思ってな。少しばかり折檻しようとしていたところだ」

「オルティッシオ隊長、こやつはティレア様達が仰っていたミレスとかいう人形ですよね?」

「そうだ。ティレア様の寵愛をかさにきた不貞野郎だ」

「では、傷つけるのはまずいです。ティレア様とカミーラ様、お二方のお気に入りの(ミレス)を壊せば、どれほど不興を買われるかわかりません」

「そ、そうであった……前もそれで私は……」


 風向きが変わった?


 さっきまでの殺気が一変する。


 オルティッシオは見てわかるほどにうろたえ、焦り始めたのだ。


 どうやらオルティッシオは、私に危害を加えたら自分の立場が悪くなることに気付いたらしい。


「お、おい、大丈夫か? 壊れていないだろうな」


 どの口が言うか!


 オルティッシオがすごい心配をしてきた。


「だ、大丈夫です。ただ捻挫を――」

「捻挫だと!? 見せてみろ!」

「は、はい」


 オルティッシオの勢いに飲まれた。素直に捻挫した右足の甲を指差す。


「なっ!? 赤黒く変色しているではないか! たかが蹴りをしただけだぞ。それに良く見れば、手足は擦り傷だらけで血も出ている」


 擦り傷!? 


 そうだ。痛みで転がっていた時に草花の棘で擦っていたんだ。傷を自覚した途端にじくじくと痛みを感じてきた。


「なんという脆さだ……まるでガラス細工だな」

「オルティッシオ隊長、まずいです。擦り傷もそうですが、こやつの足の腫れ具合、跡が残ればことかと」

「むむ、どうする! どうする! ティレア様、カミーラ様が大事にしている物に傷をつけてしまった」


 オルティッシオは腕を組み、その場で行ったり来たりしている。


 何もそんなに悩まなくても……。


 擦り傷は放っておいても治る。足の怪我もただの捻挫だ。ポーションを使うまでもない。薬草を当てて四、五日安静にしていたら完治するだろう。


「あ、あの蹴った私が言うのもなんですが、そんなに心配しなくてもいいですよ」

「はぁ? 貴様に何がわかる! 恐れ多くもティレア様、カミーラ様の持ち物を壊したのだぞ。そんじょそこらのガラクタを壊したのとはわけが違う!」


 オルティッシオは私の胸倉を掴み、ゆさゆさと揺すってくる。


「あ、あの……痛い、痛いです」


 そんなに恐れ多いなら、ガサツに触らないでよ。足に響く。


 それに、なんだろう。心配しているのに物扱いしてくるっておかしいよね。


「オルティッシオ隊長、すぐに治療を開始しないと」

「うむ、その通りだ。こい」

「えっ!? ち、ちょっと」


 オルティッシオは私をお姫様抱っこすると、どこかに走っていく。


 私の困惑なんて関係なし、マイウェイでことを進める。


 はぁ~どこにいくんだろう?


 治療するとか言ってたし、医療室かな? そこで薬草をもらえるのかも?


 いや、この慌てようなら、ポーションをもらえるかもしれない。


 そこまで大げさな怪我じゃないんだけど。


「あの少し痛いですけど、大丈夫です。治療はいいですよ。できれば包帯か何か添えるものをいただければ、あとは自分で処置します」

「しっかりしろ。傷は浅いぞ」

「え、えぇ、ですから包帯を……」

「あぁ、お叱りを受ける。お叱りを受ける。早く直さねば、直さねば!」


 聞いていない。オルティッシオはぶつぶつと独り言を言いながら走る。


 あ、階段……。


 予想通り、地下室があった。


 オルティッシオは私を抱きかかえたまま階段を降りていく。


 石造りの階段だ。一段、また一段と降りるたびに空気が変わっていく。ひんやりとして、どこか神聖な雰囲気すら漂う。


 すれ違う従業員達――


 いっぱいいる。ティムちゃん達の部下なんだろう。全員が軍人のような、きびきびとした動き。そして誰もがオルティッシオに恭しく頭を下げる。


「オルティッシオ様」

「隊長、ご苦労様です」


 様? 隊長?


 やっぱりただの下男じゃなかった。


 階段を降りきると、視界が一気に開けた。


 広い――広すぎる!


 地下とは思えない天井高。少なくとも五メートルはあるだろう。そして左右に延びる通路の先には、無数の扉が並んでいる。


 これ、どれだけの広さがあるの?


 店の敷地面積なんて、とっくに超えている。まるで地下に別の宮殿が存在しているようだ。


 そして目に飛び込んでくる調度品の数々――


 壁には精巧な彫刻が施され、通路の両脇には見たこともないような大理石の彫像が立ち並んでいる。

 

 燭台は純金製? 壁に掛けられた絵画も、どれも名画と呼ばれるような重厚な雰囲気を放っている。


 床を見れば、足元には複雑な幾何学模様が描かれた大理石。一枚一枚が職人の手で何日もかけて磨き上げたような輝きを放っている。


 これって――


 アルクダス王宮よりもすごいんじゃない?


 いや、確実に王宮を超えている。王宮は歴史があるぶん古びた部分もあるけれど、ここは全てが新しく、全てが最高級。


 はは、王都の地下になんてものができているの……。


 もうティムちゃんは高位貴族どころの話じゃない。皇族の中の皇族だよ。本物の御姫様だ。いや、それすら越えているかもしれない。


 通路の奥から、かすかに音楽が聞こえてくる。弦楽器の優雅な調べ。こんな地下で演奏会でもやっているのだろうか。


 そういえば、オルティッシオが立ち入り禁止だって言ってたよね。なぜ立ち入り禁止なのかも教えてくれなかった。


 今なら分かる。


 ここは秘密の場所なんだ。王族が、いや、それ以上の存在が隠れて暮らすための場所。


 ……ここ東方王国の隠れ拠点だったりして?


 背筋に冷たいものが走る。


 そんな大事な拠点に部外者の私を入れちゃってもいいのかな。許可なく外国の王宮に侵入したようなものだよね。これって、下手すれば死刑に値する重罪じゃ――


 急に怖くなってきた。


「あ、あのもう包帯はいいので。下ろして」

「しっかりしろ。傷は浅いぞ」

「だ、だから傷は浅いって。ただの捻挫だって!」


 何度も同じことを言っているのに、オルティッシオは聞いてくれない。無理やり降りようとしても、びくともしない。


 な、なんて力よ。振りほどけない。


 そして、どこかの部屋に到着した。


 オルティッシオはキョロキョロと周囲を見渡すと、周りの人達に指示を出す。指示を出された人は、人が入れるくらいの箱に何やら液体らしきものを入れていた。


 な、何をやってんだろう?


 嫌な予感がする。


 そして箱に液体が満タンまで溜まると――


「それぇええ!」

「きゃあああ!!」


 オルティッシオに投げ込まれた。


 ち、ちょっと正気? この人、何がしたいのよ?


 体が液体に沈む。想像していた水の冷たさはない。それどころか――温かい? いや、生暖かいと言うべきか。体温よりほんの少し高い程度の、妙に心地良い温度。


 だが感触が違う。水よりもはるかに粘度が高い。まるでとろみのついたスープの中に全身を浸けているような、奇妙な抵抗感。肌に絡みつく液体が、服の繊維の隙間を満たしていく感覚が気持ち悪い。


 慌てて顔を上げると、鼻腔に独特の匂いが入り込んできた。


 ああ、この匂い――


 薬草を煮詰めたような、かすかに苦い香り。その奥にわずかな甘さと、土のような香ばしさ。間違いない。これは間違いなくポーションの匂いだ。


 口の中にも液体が入ってくる。


 うっ――苦い!


 舌の上で広がる、あの忘れようのない苦味。実地訓練で怪我をした時に飲まされたポーションの味だ。でもこれはもっと濃厚で、舌にまとわりつくような重厚な苦味。まるで生薬を直接口に含んだかのよう。


 そして気づく。


 この濃度、この苦味の深さ――これは普通のポーションじゃない。高位ポーション、いや、それ以上かもしれない。実地訓練で使う低位ポーションとは明らかに質が違う。


 視界がぼやける。目を開けていられない。ポーションが目に染みるのだ。急いで目を閉じると、今度は液体の重みが全身を包み込む。


 浮力があるはずなのに、なぜか体が沈んでいく感覚。粘度の高い液体が服にまとわりつき、体の自由を奪っていく。


 信じられない。これだけ大量の高ポーション――たかが捻挫のために?


 箱の底に足がつく。思わず手で縁を探ろうとするが、粘つく液体に阻まれて動きが鈍い。これだけの量があれば、瀕死の重傷者を何十人も救えるだろう。医療施設でも、ここまで贅沢な使い方はしない。


 無駄遣いどころの話じゃない。これは狂気だ。


 と、とにかく、こんな馬鹿な行為につきあってられない。足を箱の淵にかけ、このポーション風呂から抜け出そうとすると――


「こら、勝手に出るな」

「きゃあ!」


 オルティッシオに止められた。


 さらにオルティッシオは「直れ! 直れ!」と言いながら、ジャブジャブと服を洗濯するかのように私をポーション風呂に沈めてくる。


「ち、ちょっと、そんなに押さえつけたら苦し――お、溺れる、溺れる」


 雑に扱わないでよ。私は物じゃない。


「はぁ、はぁ、い、息が……」


 高級ポーションのおかげで打ち身、擦り傷は完全治癒したが、苦しい。ポーションが鼻から入ってきて呼吸ができないのだ。


「なぜだ? なぜ、弱まっていく……」

「だから、息が……」


 苦しい。言葉が紡げない。


 オルティッシオは「なぜ弱まっていく?」と言いながら、ますますポーション風呂に押さえつけてくる。オルティッシオは事態をまるでわかっていない。


 このまま、この馬鹿に殺されるの?


 そう悲嘆にくれていると――


「オルティッシオ隊長」


 オルティッシオの部下ギルが現れた。


「ギルか、どうした?」

「この人形、溺れておるのでは?」

「なに?」

「呼吸が浅くなっております。恐らく、ポーションが鼻から入って呼吸困難に陥っているのではないかと」

「ちっ、ガラクタ人形め。風呂で溺れるとは、脆弱にもほどがある」


 な、なんて勝手な言い草だ。あなたのせいで溺死するところだったのよ!


 ただギルのおかげで助かった。ギルの言葉を受けたオルティッシオは、私を箱から救い上げた。


 はぁ、はぁ、はぁ、死ぬかと思った。


 横に倒れたまま、しばらく呼吸を整える。


「おい、しっかりしろ。聞こえているか!」

「……うぅ、ああ」

「おい、返事をしろ!」


 オルティッシオが声をかけ続けるが、返事などできるわけがない。さっきまで溺れかけてたのよ。少しは考えろ。


「仕方が無い。壊れたらことだ。どれ、人口呼吸をしてやる」


 じんこうこきゅう?


 何を言ってるの?


 ポーションが喉に入って気持ち悪いのに……。


 この人、また何をしようとしている? ちゃんと考えて行動しているの?


 不安になりつつも、床に横たわって息を整えていると、オルティッシオが顔を近づけてくる。


 ――って近い、近い!


 オルティッシオの顔が真近に迫る。


 距離がどんどん縮まる。あと数センチ、いや数ミリ――


 何をする気って――ん!?


「き、きゃぁああ! 何するのよぉお! この変態、屑、ど変態! あなた頭おかしいんじゃないのぉお!」


 顔が耳まで真っ赤に燃え上がる。


 とっさに顔を横に向けて避けたけど――間に合わなかった。ほんの一瞬、ほんの少し、唇がかすった。


 心臓が破裂しそうなほど激しく打つ。息が、呼吸が、できない。でも今度は酸欠じゃない。怒りと、恥ずかしさと、信じられない気持ちが混ざり合って、胸の中で爆発しそうだ。


 ひどい。


 溺れさせて、身体が弱まったところを狙って――これ幸いと襲ってきたのである。


 女性の敵だ。絶対に許さない。


「訴えてやる。死ね! 死ねぇ!」


 怒りで視界が真っ白になる。もう何も考えられない。


 思い切り魔法弾をぶっ放す。


「お、おい、やめろ。私の寝室を壊すな」

「うるさい! 死ね! 死ね!」

「ちっ、壊さぬように気を使っておれば、いい気になりおって……私は、お前を直そうとしてたのだぞ」

「なにが治すよ! ふ、ふざけるなぁああ!」


 もう切れた。凄い切れた。


 エリザベスに絡まれた時より、ぶち切れたかもしれない。遠慮なしに殺す覚悟で魔法弾をぶつけた。


 怒りに任せて魔法弾を放つ。


 一発、二発――


 青白い光の球がオルティッシオに向かって飛んでいく。


 でも足りない。全然足りない。


 三発、四発、五発――


 魔力を込める。いつもより多く、いつもより強く。


 魔法弾が部屋の壁に当たって爆発する。ドンッ、ドンッという音が連続して響く。


 でもまだ足りない。


 六発、七発、八発――


 怒りが収まらない。恥ずかしさが消えない。あの感触が、あの温度が、まだ唇の端に残っている。


 九発、十発――


 もう数えるのもやめた。


 ただひたすらに魔法弾を生成し、発射し続ける。


 部屋中に魔法の光が飛び交う。青白い閃光が、壁に、床に、天井に――そしてオルティッシオに。


 でも届かない。全部オルティッシオの周囲で弾かれている。まるで見えない壁があるかのように。


 それでも止められない。


 魔力が体の中から急速に流れ出ていく感覚。指先が痺れてくる。でも止まらない。止められない。


 もっと、もっと――


「うぁああああ!」


 最後の一発を、ありったけの魔力を込めて放つ。


 部屋全体が一瞬、眩しい光に包まれた。


 そして――


 はぁ、はぁ、はぁ――


 魔力が空っぽだ。


 全部使い切った。


 膝が震える。立っていられない。その場に座り込んでしまう。


 やばい。久しぶりにきれちゃった。


 こんなに怒ったのはエリザベスに絡まれた時以来かもしれない。いや、それ以上だ。


 魔法弾を思い切りぶっ放し続け、多少冷静になった頭で考える。


 いくら頑強なオルティッシオでも、あれだけ魔法弾を喰らったら大怪我ではすまないかも。ティムちゃんの国の近衛隊員を殺したら、ただではすまないよね。


 国家間の外交問題に発展するかもしれない。


 血の気がひく。


 恐る恐る、煙の向こうを見る。


 そこには――


 無傷のオルティッシオが立っていた。


 かすり傷一つない。


 服すら焦げていない。


 ……さすがはティムちゃんの近衛隊員である。大幹部だと豪語していたのは伊達じゃなかった。


 なるほど。頭は悪いが、この頑健さで近衛隊員の幹部になれたのかもしれない。


 とにかく、いくらむこうが悪くても魔法弾をぶつけたのは戦争行為に等しい。その行為については謝るとしよう。


「すみません。大丈夫でしたか?」

「ったく、暴れるな。私はお前を助けているのだぞ」

「はぁ? 何を言っているのよ。ふざけんじゃないわよ!」

「ふざけてなどおらん」


 この人、なんなの?


 せっかく私が大人な対応をしてあげたのに。自分の非を認めない。そればかりか、変態行為をしておきながら私を助けていると言う。


 もう馬鹿にしているとしか思えない。


「ふざけているわよ。なぜ救助に口づけが必要なのよ。馬鹿にするな」

「口づけではない。人工呼吸だといっただろうが!」

「わけわからないことを! 同じでしょ」

「同じではない。正確に言うと『まうすとぅまうす』だ。口から息を吹き込まねばならん。口づけのように浅いままではできぬわ。さぁ、口を開け」


 ……変態だ。凄い変態だ。


 自分の息を女の子に吹き込むなんて……。


「嫌よ、絶対に嫌。だれが口を開くか!」

「なんだ。不満か。救助される側で文句をつけるとはけしからん」

「文句を言うに決まってるでしょ。これ以上、変な事をするなら、どんな手段を用いてもあなたを殺します」

「ちっ、そこまで嫌がるか。まぁ、私も人工呼吸は面倒くさい。では、心臓マッサージにするか」

「心臓マッサージ!? それって心臓……つまり胸を揉むって言ってますか?」

「あぁ、そうだ。正確には心臓へ押し込むといったほうがよいか」


 押し込む!? どこまで胸を触る気なのよ。


 これ以上近づいてきたら、変態ッシオの喉笛を噛み切ってやる。


 警戒心を露に睨みつけていると――


「オルティッシオ隊長」


 変態ッシオの部下ギルが声を出す。


 どこまでも落ち着いた声だ。こんな真面目そうな青年なのに変態行為に加担している。ギルはムッツリ変態タイプのようだ。


「ギル、どうした?」

「この人形に人工呼吸は必要ないかと」

「なぜだ? 溺れた後はこうするのではなかったか?」

「はい。ただ、この救助法は呼吸停止、もしくは浅い呼吸をした者が対象です。この人形はここまで暴れられるのです。意識はもちろん、呼吸は正常に戻ったかと」

「それもそうか」


 どうやらギルのおかげで助かったみたいだ。


 変態ッシオは独り納得している。

 

 私は全然納得しない。ファーストキスの危機だったのだ。変態ッシオは全然自分の非を認めないし、王家に訴えることも視野に入れている。


「あなた、よくもまぁ変なことを考えつきますね。軽蔑します」

「貴様、ティレア様のお言葉を疑う気か! これは恐れ多くもティレア様から直々に教わった溺者救助法だぞ」


 ティレアさんのお言葉?


 ティレアさんは確かに突拍子もないことを言う。でも女の子に破廉恥な真似をするようなことはさせない。確実に変態ッシオの嘘か勘違いだ。


「あなたこそ、ちゃんと思い出しなさい。ティレア様がそんな破廉恥なことさせるわけないでしょ」

「そんなことはない。私は忠実にティレア様のお言葉に従っただけだ」

「本当? あなた相当うっかり者でしょ。主君の意図を読み違えたら家臣失格よ」

「むむ、そうだった。そう言えば、少し違ってたか」

「でしょうが!」

「うむ。人工呼吸をしながら、心臓マッサージをするんだった。交互にだな」


 もうやだ。


 変態ッシオは真顔で言う。


 キスをしながら胸を揉む。それを交互に行うと。正真正銘の変態だ。


 ギルも「それで合ってます。なんなら今後は、私が心臓マッサージを担当します。二人でやりましょう」と真顔で答えている。


 複数って……むっつり変態と馬鹿変態のコンビだ。最悪である。


 こいつらとこれ以上いたら何をされるかわからない。


 ティレアさんかティムちゃんを呼んで来て対処してもらおう。


「あなた達近寄らないで。ティレア様かカミーラ様を呼んできます」

「はぁ? やめろ、あらぬ疑いをかける気だな」


 変態ッシオが慌てて近づいてくる。


「近づかないで」

「むむ、この人形、つけあがりおって」


 さらに変態ッシオは近づいてくる。


「来るなぁ! 来るなぁ!」


 魔力を使いすぎたので、もう魔法は使えない。代わりに無我夢中でそこら辺の物を投げつけた。


「はぁ、はぁ、はぁ……ち、近づかない……で」


 息が苦しい。魔力切れ状態で暴れたのだ。軽い酸欠状態に陥ったかも。額から汗が出て、呼吸が荒くなる。


「オルティッシオ隊長、まずいです。こやつ過呼吸に陥っておるのでは?」

「む!? 確かに。ギル鋭いな。この状態はまさにティレア様が仰ってた過呼吸だ」


 かこきゅう?


 何を言っているの? 


 私が呼吸を乱し、ふらふらになっている状況を見て、また変な事を言い出した。


 変態ッシオはテーブルに置いてあった袋を手に取る。袋の口からは、たくさんの金貨、銀貨が見えた。


 概算で三千万ゴールド近くある。こんな大金を無造作にテーブルに置くなんて。


 そして、おもむろにテーブルにそれをぶちまけた。衝撃で金貨が数枚、床に転がっていく。


 落ちた金貨を変態ッシオは拾わない。見向きもしない。金貨数枚で平均的な市民の月収ぐらいあるのに。ポーション風呂と言い、この人に経済観念があるのだろうか。


 変態ッシオは袋をゆさゆさと揺すり、中に何もないことを確認すると、空になった袋を持ってツカツカと歩み寄ってくる。


 非常に嫌な予感がした。


 また、スケベなことをするのは確実である。


 その袋を使って何をする気?


 ポーション風呂に投げ込まれ、溺れかけた。【じんこうこきゅう】と言ってキスや胸も揉まれそうになった。


 自然、極度の不安でさらに息が荒くなる。


「はぁ、はぁ、はぁ、あ、あなた、一体何を考えて――ひゃぁあ!!」


 変態ッシオにいきなり袋を被せられた。


 く、苦しい。視界を覆われてパニックになる。


 なんなの、この人?


 変態ッシオは袋を被せながら、「どうだ。落ち着いたか?」と言っている。


 袋を頭に被せられて落ち着くわけないでしょ。頭がどうかしてる!

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