Ep.14 突撃あるのみ!
頼みのジュリーはいない。
これ以上誰も巻き込みたくない。
そして、自分にもタブロイド紙を信じるなら捜査の手が伸びかかっている。
実際、職場にベケットさん来てたしな。
あれが私の件で室長に事情聴取に来たんだったら、室長が機嫌が悪かったのも頷ける。
そして、貴族のツテはないから秘密のパーティー云々はどうやっても潜り込めそうにない。
王太子様との繋がり云々は自分じゃ雲の上の人すぎて調べられない。
そっちの潔白はきっと王太子様自らが捜査してなんとかするんだろうからもう知らん。
とすると、無許可だとかいう娼館の方か……。
娼館が『妖精のいたずら』を仕入れた記録とか探せたらいいんだけど。
そこから業者を辿っていけないかな?
それともわざと妖精さんの方に捕まって正体を探るとか?
いや、その作戦だと助けてもらう前提じゃない?
無理だな。
いや、でももう自力でなんとかするしかない……。
自力で……。
えーっと娼館だよね…………?
やだ、泣きそう。始める前からもうくじけそうなんですけど。
大丈夫なのかな? いや、始める前から諦めちゃだめだ。
でも泣きそうだよ。
しっかりしなさい、フィオナ! 自分で撒いた種なのよ!
国家薬師のプライドはどうしたの?
とりあえずポケットには職場からチョロまかした試験紙がある。
もし薬が出てきてもルピナスが入ってるかどうかを調べることはできる。
まずは娼館を探すところから、だな。
まぁ、後から考えると、この時の私は追い詰められすぎて正気じゃなかったのかもしれない。
職場からノエル君に送ってもらった後、ノエル君がいなくなったのを見計らって家を出た。
娼館は繁華街の端の方に一塊になっているが、無許可の娼館はまたその外側の薄暗い通りにある。
薄暗くなっていく街並みをそぞろ歩く。
一見そこに店があるとは分かりづらいが、気をつけて見ていればなんとなくあぁ、そういうお店なのかな? というのがちらほらと見えてきた。ただし、入り口には必ずといっていいほど強面のお兄さんが目を光らせていて、きっと騎士の姿が見えたらすぐに看板や灯りを撤去するのだろう。
うわぁ。本当に行くの? これ?
ドキドキしながらそのうちの一軒に近づく。
強面のお兄さんが突然近づいた私を不審そうにジロジロと見た。
「ねえさん、ここはねえさんみてぇなのが来るとこじゃねぇぞ」
あ、割といい人だった。
でも泣きそうだけど。
あまりの怖さに本気で目に涙をためてお兄さんに寄り添った。
「あの……こちらでお金を稼げるってきいて……
その……わたし……」
お兄さんの目が私の胸とお尻に向けられる。
ごめんなさい。申し訳程度しかなくて。
両腕を前で組んで少しでも胸をカサ増しして斜め下を見る。
これが! 私の! 精いっぱいのあざとポーズなのよ! 許して!
「なんだ、働きてぇのか
それなら裏いきな」
そう言って横道の奥を指差した。
よし! ここは通過できた!
「ありがとうございます……」
出来るだけ可哀想っぽい女のフリをしてお兄さんの横を通り過ぎた。
横道を入っていくと潜り戸があった。
外側の入り口には誰もいないので、ノックするとこれまた強面のお兄さんがいた。
「あの……表のお兄さんに働きたいって言ったらこちらにって……」
こっちのお兄さんも私の胸とお尻をさらっと見る。
女の価値は胸とお尻だけかよ!
「入んな」
怖すぎて涙目が標準装備になりつつあるがまだ玄関に入っただけだ。
「ついてこい」
「はい」
店の厨房だろう場所を抜けると、そこには算盤をかたかたと弾いている老婆がいた。結い上げた髪は真っ白でところどころほつれ、でも化粧は極彩色だ。しわしわの両手には金に大きい宝石がついた指輪が所狭しとはめられている。
「ばばあ、働きたいってよ」
老婆は無言で私の胸とお尻を見る。
ねぇ、そんな大事? 胸とお尻。
「しけた女だねぇ
まぁいいよ、一部屋空いてんだ」
その言葉を聞くと強面のお兄さんは去っていった。
きっとさっきの出入り口に戻るのだろう。
えーっとこれは……表からも裏からも出られないのでは……?
まぁ、いいや。考えるのは後だ。
「ついてきな、いい年だろうに化粧っけもないとか
支度からしてやらにゃいかんじゃないの」
老婆が座っていた椅子の隣の扉を開けると、そこには煌びやかな衣装が並んでいた。
私の顔をチラリと見て服をあれこれ引っ張ると、紅色の衣装を取り出して私に放り投げた。
「着替えな」
え? 今? ここで?
「どうせ客の前じゃ素っ裸になるんだ
妾の前で恥ずかしがっても意味ないだろ、早くしな!」
まぁ、そういうお店ですけれども。
しぶしぶ着てきた服を脱いで放り投げられた衣装に袖を通す。
なんていうか、胸のところが開きすぎてて恥ずかしい。
一応ドレスではあるのだが、胸のところががっつり開いていてなけなしの胸でもふとした拍子に飛び出してしまいそうだし、生地自体も透け感があって灯りに透かすと足のラインとか丸見えである。そして、スカート部分は生地が折り重なって分かりにくいが、前も後ろもがっつりスリットが入っている。使用用途は……考えない方がいい。
いや、これが娼館のお姉さんの仕事着なのよ。
頑張れフィオナ。
「まったく着方もなっちゃいないね」
老婆は私の開いた服の襟から手を突っ込み胸を鷲掴みにするとぐいっと寄せて上げた。右も左も。
なけなしの胸にくっきりと谷間が現れる。
(谷間……作れるのね……)
いや、そうじゃなくて。
「座んな」
老婆はどこからか取り出した化粧箱を開いて私を鏡の前に座らせる。
ちょっと手際が良すぎて何がどうなったのかよくわからないんだけども、多分おしろいを首まで叩かれて眉毛もさっと自然に描かれ、パッチリとしたアイラインに上気したように見える頬紅、潤んだ口紅。老婆の極彩色の化粧を施されるのかと一瞬身構えたものの、鏡の中には見たことのない美人が座っている。
そして、髪も綺麗に結い上げたあと、その辺に並べてあったかんざしをさささっと髪に刺され、仕上げに生花を一輪耳元に刺す。
「ふん……80点だね」
「あ……ありがとうございます」
「明日からは自分でやるんだよ」
いや、二度と再現できる自信がありません。
「部屋は2階だよ」
そう言うと老婆はさっさと部屋を出る。
慌てて服を持って老婆の後を追った。
周りを確認しながら老婆の後を追う。
階段は……多分2箇所ある。
こういうお店だ。今使っているのが従業員の行き来とガサ入れの時に客を逃す用の非常用通路だろう。表側の客を迎える出入り口はもうちょっと凝った装飾がされているはずだ。
1階はさっき通った厨房と衣装部屋、それからもう一部屋あったがそちらには何があるか分からない。
2階は全て客室になっているようだ。
一番奥の部屋の扉を開けると老婆が無言で部屋を顎で指す。
「ここがあんたの部屋だ
用意ができたら表側の階段を降りな
そこで客待ちだ、客が取れなきゃ払いもないよ」
「はい」
神妙に頷いて老婆を見送る。
老婆がいなくなったのを確認すると、衣装棚に着てきた服を入れる。
ポケットから試験紙を取り出すのも忘れない。
衣装にポケットはないから……谷間に入れとこう。
2階の角部屋か……。
窓の外を確認する。掴まれそうな木はない。雨どいにぎりぎり手が届きそうだが、私の運動神経だと届く前に落ちそうである。
1階のもう一部屋の方が事務所のような気がするんだけれども確証はないなぁ。
さて、どうしたものか。
出たとこ勝負でここまできたものの、改めて考えると無策だな。
いや、落ち着いて考えるのは良くない。
もうここまできたら勢いでなんとかするしかない。
姿見に映る自分を見る。
ちゃんと化粧すると思ったより美人なんじゃない? 私。
知らなかったな……。
(誰かに見つかったら、新人なんで迷ってしまったんですぅ、で誤魔化そう)
あんな単純な構造で迷うとかどんなアホだよと思うけど。
思うけれどもよ。
よし。気合いだ。
部屋を出てさっきの階段があったところまでそろりそろりと歩く。
慣れないハイヒールで歩きにくい。
くそ。さっきはすぐに通り抜けたはずなのに、見つからないように足音に気をつけて歩いていると道のりが遠い。
もうすぐ!
もう少しよ!
階段の下を見る。
誰もいない。
さっきの老婆は表側の階段を降りたのか、階段の先にも人影はないようだ。
(これはチャンスかもしれない)
裏口に続く階段を降りようとした時、表側の階段を上がってくる物音がした。
まずい!
人がくる!
慌てて部屋に戻ろうとした時、階段からしなだれかかる娼婦の腰を抱きながら鼻の下を伸ばしたにやついた男が現れた。
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