花の展覧会
「────旦那様、明日から一週間ほど家を空けます」
とある日の昼下がり、いつものように執務室へ足を運んだ私は挨拶もそこそこに本題を切り出した。
すると、夫は作業の手を止めて顔を上げる。
「何故だ?」
「もうすぐ、開催される花の展覧会に参加したいからです」
『年に数回しかないイベントなので』と語り、私は少しばかり表情を和らげた。
幼い頃、両親に連れられて何度か参加した記憶を手繰り寄せて。
『色んな花があって、綺麗だったな』と思案する中、夫は一定のリズムで執務机を叩く。
「一週間か。日帰りは無理なのか?」
「距離的に難しいですね。移動だけでも二日、三日掛かりますので」
「そうか。なら────」
そこで一度言葉を切り、夫はおもむろに手を組んだ。
「────私も行こう」
「「えっ……!?」」
まさかの同行の申し出に、私のみならずロルフまで動揺を示す。
正直、無理のある話だから。
「旦那様まで一週間も家を空けるのは、さすがに不味いのでは?」
「絶対、仕事が回りませんよ!」
『考え直してください』と要請する私とロルフに、夫は眉一つ動かさない。
基本的に一度決めたことは覆さない人なので、耳を貸す気がないようだ。
「仕事はロルフに任せるから、問題ない」
「いや、問題大ありですよ!僕一人じゃ、こんな仕事量こなせません!」
「知るか。根性でどうにかしろ」
「そんな……!理不尽ですよ……!」
半泣きになりながら抗議するロルフに対し、夫はこう切り返す。
「理不尽、だと?中間決算のとき休んだやつが、何を言う」
「うっ……!」
その話を持ち出されたら何も言えなくなるのか、ロルフは急に静かになった。
『でも……いや……だけど……』と葛藤する彼の前で、夫は席を立つ。
「休暇期間は同じく、一週間なんだ。あのときの借りを返すつもりで、働け」
「それは……」
困ったように眉尻を下げ、ロルフは言い淀んだ。
夫の言い分は正しいものの、物理的にこの仕事量をこなすのは難しいため判断を迷っているのだろう。
『うぅ……』と軽く呻き声を上げながら思い悩み、ロルフは右へ左へ視線をさまよわせた。
かと思えば、意を決したように顔を上げる。
「分かりました!では、間を取ってこうしましょう!」
────というロルフの叫びが、木霊した一週間後。
私と夫は花の展覧会へ参加していた。
「この花、とても綺麗ですね」
「我が家の庭でも育てるか?」
「これはかなり暖かい地方の花なので、難しいのでは?」
「庭師に何とかさせる」
テーブルの上に飾られた花を見つめ、夫は『後で種を手配しないとな』と呟く。
本気で庭に植える気満々の彼を前に、私は会場の温室を見回した。
「それにしても────ロルフったら、よくこんな場所を用意出来ましたね。展覧会の開催場所を急遽、公爵領に変更しただけでも驚きなのに」
ここ一週間で展覧会の運営に掛け合い、会場の確保から設営までこなしたロルフを思い浮かべ、私は素直に感心する。
だって、普通は間に合わないだろうから。
それに、付け焼き刃とは思えないクオリティだ。
『参加者の移動にも色々配慮したのか、例年と変わらない集客だし』と考えつつ、肩を竦める。
「遠出や外泊を避けるためにここまでやるとは、思いませんでした」
「あいつは変なところで、全力を出すからな」
『普通に一週間分の仕事をこなした方が、幾分か楽だろうに』と零し、夫はふと顔を上げる。
「ところで、このネームプレートに付いているマークはなんだ?」
リボンと袋の絵が描かれたソレを前に、夫は頭を捻った。
『何かの隠語か?』と述べる彼の前で、私は口を開く。
「あぁ、それは買取可能な作品という意味ですよ。金額は要相談ですが、他に買取希望者でも居ない限り大体相場の二倍くらいで購入出来ます」
「そうか」
例のマークを一瞥し、夫はおもむろに周囲を見回した。
かと思えば、スッと目を細める。
「買取可能な作品はおおよそ、二十点か。なら、部屋に収まるな」
『少々匂いはキツそうだが』と述べつつ、夫は真っ直ぐ前を見据えた。
「全て買い取ろう」
────と、宣言した夫は本当に全部購入して寝室に並べる。
おかげで、いつでも花を鑑賞出来る環境になった。
花に囲まれて、過ごせるなんて幸せね。
実家に居た時はこんな贅沢出来なかったから、余計に。
『起きて、直ぐに花を堪能出来るのが特にいい』と思いつつ、私はベッドの上で寝返りを打つ。
すると、隣で本を読んでいる夫が目に入った。
「旦那様。展覧会の付き添いや花のご購入、本当にありがとうございました」
『凄く嬉しかったです』と礼を言い、私は頬を緩める。
────と、ここで夫は本を閉じた。
「レイチェルが喜んでいるなら、それでいい」
手に持った本をタンスの上に置き、夫はこちらへ向き直る。
その横で、私は笑みを零した。
相変わらず無愛想だけど、愛を感じるわね。
話し掛けたら、こうやって直ぐに応えてくれるところはもちろん、今日の外出そのものにも。
だって、旦那様は本来花になんて興味ないだろうから。
それなのに、付き合ってくれて……花だって、購入して飾ってくれた。
夫の気持ちが伝わってくる行動の数々に、私は喜びを感じる。
と同時に、今ある幸福を噛み締めた。
これにて、番外編も終了となります。
本当に最後の最後までお付き合いいただき、ありがとうございました┏○ペコッ




