休暇申請《ロルフ side》
────これは建国記念パーティーを終えて、しばらく経った頃の出来事。
僕は自分用の執務室で、ダウンしていた。
というのも、ここ最近まともに休息を取れてなくて心身ともに疲れ切っていたため。
フェリクス様の件も片付いたし、いい加減まとまった休暇が欲しい……でも、公爵様がなんて言うか。
いや、きっと休暇の申請を断ることはないだろうけど、凄く睨まれそう……。
もうすぐ、中間決算の時期だから。
「自分でもこのタイミングで休暇を申し出るのは非常識だって分かっているけど、本当に限界なんだよ……」
直近の仕事内容を振り返り、僕は『一回、休まないと体を壊す……』と本気で考える。
と同時に、席を立った。
「はぁ……ここで悶々としていてもしょうがないし、非難されるのは覚悟で休暇を申請してみるか」
『この際、なりふり構っていられない』と思い立ち、僕は腹を括る。
そして、公爵様のところに行くため部屋を出た。
「────あら、ロルフ?」
そう言って、廊下の曲がり角から姿を現したのは他の誰でもない奥様だった。
キャペリンという種類の帽子を被る彼女は、日傘を手に持っている。
恐らく、散歩にでも行くのだろう。
「こんにちは、奥様。お出掛けですか?」
挨拶がてら軽く雑談を振ると、奥様は小さく頷く。
「ええ、庭の様子を見に行くところです。ロルフはこれからお仕事ですか?」
「いえ、僕はちょっと公爵様に休暇の交渉を……」
『休暇の交渉をしに行くところです』と続ける筈だった言葉を呑み込み、僕はハッとした。
最も安全かつ平和に、休暇を勝ち取る方法を思いついたため。
そうだ、奥様から公爵様に『ロルフを休ませてあげてください』と言ってもらえれば……!
奥様にすこぶる甘い公爵様は、直ぐに休暇手続きをしてくれる筈!
『こちらから申請するまでもない!』と考え、僕は少しばかり頬を紅潮させる。
我ながらいい目の付け所だ、と思って。
「あの、奥様!実は折り入って、お願いしたいことが!」
挙手しながらそう言い、僕は少し前のめりになった。
ちょっと興奮状態の僕を前に、奥様はコテリと首を傾げる。
「何でしょう?」
真っ直ぐこちらを見つめ返し、奥様は話の先を促した。
なので、僕はこう答える。
「僕が休暇をもらえるよう、公爵様に口添えしていただけませんか!」
「無理です、ごめんなさい」
一も二もなくバッサリ断ってくる奥様に、僕は目を剥いた。
まさか、迷う素振りも見せないとは思わなかったため。
「な、何故ですか……!」
堪らず疑問を吐き出すと、奥様は自身の胸元に手を添える。
「仕事の内容や状況をよく理解していない私が、口を出していい問題じゃないからです。下手に干渉すれば、現場に混乱を生むでしょうし」
「うっ……!それは確かに……!でも、公爵様の妻として、少しくらい意見したって……!」
「私は仕事とプライベートを別に考えているので、妻として何か言う気はありません」
『第三者として、客観的な意見をするならともかく』と話し、奥様はこちらの要求を完全拒否した。
良くも悪くもしっかりした性格の彼女を前に、僕は言葉に詰まる。
あちらの言い分は、至極真っ当なものなので……。
でも、このまま引き下がる訳にはいかなかった。
「じゃ、じゃあ……せめて、話し合いに同席していただくことは!」
僅かに身を乗り出し、僕は縋るような目を向ける。
すると、奥様は
「まあ、それくらいなら」
と、応じてくれた。
『だけど、意見なんかはしませんからね?』と念を押す奥様に、僕はコクコクと頷く。
この際、彼女を巻き込めれば何でも良かったため。
「ありがとうございます!では、行きましょう!」
────と、告げた数分後。
僕は執務室で、公爵様と向かい合う。
大丈夫……ここには奥様も居るから、あからさまな害意を向けてくることはない筈。
来客用のソファに腰掛ける桃髪の女性を一瞥し、僕は深呼吸した。
と同時に、真っ直ぐ前を見据える。
「公爵様、お願いです!僕に────まとまった休暇をください!」
深々と頭を下げて頼み込み、僕は僅かに表情を強ばらせた。
『つ、ついに言ってしまった……!』と緊張する僕を前に、公爵様は案の定とでも言うべきか……眉を顰める。
だが────奥様の視線に気づくと、真顔に戻った。
かと思えば、おもむろに前髪を掻き上げる。
「……分かった」
「!」
ピクッと僅かに反応を示し、僕は勢いよく顔を上げた。
キラキラと目を輝かせる僕の前で、公爵様は新たな書類を作成する。
「ただし、休暇期間は一週間だ」
『それ以上、休まれると困る』と言い、公爵様は完成した書類をこちらに差し出した。
そこには、僕の休暇に関することが記されている。
「あ、ありがとうございます、公爵様!」
両手で書類を受け取り、僕は満面の笑みを浮かべた。
まさか、こんなにあっさり休暇申請が通るとは!
奥様に同席してもらって、正解だった!
『公爵様に口添えしてもらうまでも、なかったな!』と心の中で呟き、僕はうんと目を細める。
そして、もらった書類をギュッと抱き締めた。




