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ホワイトデー《ヘレス side》

「────ホワイトデー、だと?」


 執務室でいつものように書類仕事をしていた私は、聞き慣れない単語に眉を顰める。

すると、その話題を持ち出してきたロルフが口を開いた。


「なんでも、バレンタインのお返しをする日らしいですよ」


 『商人のマルセルから、聞きました』と語り、ロルフはこちらを振り向く。


「公爵様はこんなイベントなど興味ないでしょうが、バレンタインチョコをくれた奥様に何のお礼もしないのはさすがに不味いと思います。なので、何かプレゼントを贈ってあげてください」


 『そのための協力は惜しみませんので』と申し出るロルフに、私はスッと目を細めた。


 バレンタインの礼は言われなくても、そのうちするつもりだったが……ホワイトデーという文化に則った方がいいか。


「分かった。では、ホワイトデーのときに鉱山を一つ贈ろう」


 オレンジがかった瞳を見つめ返し、私は『早く手配しろ』と命じる。

その瞬間、ロルフがこちらへ身を乗り出した。


「いやいやいやいや……!チョコのお返しにしては、重すぎますって!」


 顔の前で勢いよく手を振り、ロルフは必死に止めてくる。

『考え直してください!』と述べる彼の前で、私は大きく息を吐いた。


「じゃあ、どういうものならいいんだ?」


「そうですね……ここは無難にお菓子を贈ってみては、いかがでしょう?」


 『目には目を、歯には歯を、食べ物には食べ物をです』と主張し、ロルフは後ろで手を組む。


「奥様は結構甘いもの好きですし、お菓子なら基本何を贈っても喜ばれるかと」


「そうか。なら、レイチェル専属のパティシエでも雇おう」


 『そしたら、色々な菓子をいつでも食べられる』と考える私に、ロルフは


「ですから、チョコのお返しにしては重すぎるんですって!」


 と、叫んだ。

『普通にお菓子でいいのに、何故人間を……』と喚き、ロルフは目頭を押さえる。


「公爵様はどうして、こう……こちらの予想の上を行くんですか……」


 心底呆れた様子で(かぶり)を振り、ロルフはそろそろと視線を上げた。

かと思えば、おもむろに前髪を掻き上げる。


「こうなったら、もう仕方ありませんね。三択差し上げますので、そこから一つ選んでプレゼントしてください」


 そう言うが早いか、ロルフは新しい紙にペンを走らせた。


「いいですか?きちんと一つに絞ってくださいね。全部あげるのは、禁止です」


「何故だ?多くもらった方が、レイチェルも喜ぶだろう」


「プレゼントというのは、選ぶことに意味があるんです。手当り次第、与えるのは単なる施しですよ」


 『きちんと吟味した上で、たくさん与えるならともかく』と諭し、ロルフはペンを仕舞う。

と同時に、こちらへ三択が書かれた紙を差し出した。


「公爵様だって、適当に見繕った大量のプレゼントより、奥様が悩みに悩み抜いて選んだ一品の方が嬉しいでしょう?」


「……」


 分かったような口を叩くロルフに、私は反論も肯定もせず……紙を受け取る。


 マカロン、クッキー、キャラメルか。どれも定番の菓子だな。


 『こんなものでいいのか?』という疑問を抱きながらも、私は一先ずロルフの意見に従うことにした。

変なものをプレゼントしてレイチェルを困らせるのは、避けたかったため。

まあ、肝の据わった女だから何を贈っても受け入れそうな気もするが。

『出会った当初から、色々と変わっていたからな』と考えつつ、私はプレゼント選びに専念する。

その結果────マカロンを贈ることになった。


「レイチェル、バレンタインチョコのお返しだ」


 ホワイトデーの早朝、私は寝起きのレイチェルに袋を差し出す。

すると、彼女は暫し放心した。


「……お返し、ですか?」


「ああ、今日はホワイトデーなんだろう?」


「ご存知だったんですね」


 パチパチと瞬きを繰り返し、レイチェルは私と袋を交互に見た。

かと思えば、ベッドから身を起こす。


「お返し、ありがとうございます」


 真っ直ぐにこちらを見据え、レイチェルは袋を受け取った。

僅かに頬を緩めながら。


「開けてもいいですか?」


「好きにしろ」


 ベッドの端に腰掛け、私はおもむろに両腕を組んだ。

と同時に、レイチェルがラッピングを解く。


「花型のマカロン?」


「ああ」


「初めて見ました」


 個別包装されたマカロンをまじまじと見つめ、レイチェルは『可愛い』と呟いた。


「旦那様、早速マカロンをいただいてもよろしいでしょうか?」


「別に構わんが、朝食前ということを心に留めておけ」


「分かりました。では、一つだけ」


 『残りは今日のティータイムにでも』と言い、レイチェルは個別包装からマカロン本体を取り出す。

そして、ゆっくりと口の中に含んだ。


「!」


 少しばかり目を見開くレイチェルは、口元に手を当てて微笑む。


「凄く美味しいです、旦那様。本当にありがとうございます」


 珍しく声を弾ませ、レイチェルはうんと目を細めた。

金の瞳に喜びを滲ませる彼女の前で、私は僅かに目元を和らげる。


 ホワイトデーなんて、くだらん行事だと思っていたが……たまには悪くないな。


 妻の幸せそうな姿を見ているとプレゼント選びの苦悩も掻き消され、私は自然と満足感を覚えていた。

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