誕生日プレゼント
────これは本当の夫婦になってから、しばらく経った頃の出来事。
私はベロニカに頼んで外行きのドレスに着替え、出掛ける準備をしていた。
というのも、もうすぐ────夫の誕生日だから。
プレゼントを買っておきたかった。
まあ、わざわざ外出せずとも商人を呼べば済む話なのだけど。
でも、まだ何を買うかも決まっていないから店頭で色々見て回りたかったのよね。
などと思いつつ、私は一階のエントランスホールへ降りた。
すると、玄関先で待機している夫の姿を発見する。
「旦那様?」
何の気なしに声を掛け、私は『旦那様も出掛けるところなのかしら?』と首を傾げた。
と同時に、彼がこちらへ手を差し出す。
「行くぞ」
「えっ?」
「外出するのだろう?」
「はい、そうですが……旦那様も同行されるんですか?」
この展開は全く予想してなかったので、堪らず質問を投げ掛けると、夫は小さく頷く。
「ああ。迷惑か?」
「いえ、むしろ助かります」
夫の反応を見ながらプレゼントを選べるため、私は同行を歓迎した。
ここ数ヶ月で少しずつ彼のことを分かってきたと言えど、完全に好みを把握出来ている訳じゃないので。
『それにお父様以外の男性へプレゼントを贈るのは初めてだし』と考えながら、私は夫の手を取った。
そして、玄関前に停めてあった馬車へ乗り込むと、メンズの仕立て屋や武器屋を回る。
今のところ、旦那様が好反応を示しているものは特にないわね。
強いて言うなら、万年筆と腕時計くらい。
『もし、買うとしたら前者かしら?』と思案し、私は馬車の中で腕を組んだ。
────と、ここで夫が口を開く。
「レイチェル、何故男向けの店ばかり回っているんだ?」
『私に気を遣っているのか?』と懸念する夫に、私は小さく首を横に振った。
「ちょっとプレゼントを選びたくて」
「男の、か?」
「はい」
「……」
途端に黙り込む夫は、何が気に食わないのか眉を顰めた。
かと思えば、向かい側の座席から身を乗り出して私の顔の横に手をつく。
また、もう一方の手は私の頬に添えられていた。
「レイチェル・プロテア・ラニット────貴様は誰のものだ?」
真っ直ぐにこちらを見つめ、夫は分かり切ったことを尋ねてきた。
なので、私は迷わずこう答える。
「私のものです」
「……」
夫はおもむろに身を起こし、席へ座り直した。
ちょっと呆れたような……毒気が抜けたような素振りを見せながら。
「言い方を変える。貴様は誰の妻だ?」
「ヘレス・ノーチェ・ラニット公爵の妻です」
『それが何か?』と困惑し、私はそっと眉尻を下げた。
夫の言わんとしていることが、分からなくて。
『ただ、こちらの認識を確かめたかっただけ?』と思案する中、彼は足を組む。
「そうだ。なら、他の男になぞ構うな」
……ん?他の男?それって、誰のこと?
夫以外の異性と深く関わったことなどないため、戸惑いを覚える。
敢えて候補を挙げるとすれば、父だが……身内との交流に、夫が口を出してくるとは思えない。
とはいえ、本人に確認してみないと本当のところは分からないので、聞くことにした。
「あの、お父様との交流に何か不満でも?」
「いや、特にないが……」
そこまで口走ると、夫はハッとしたように目を見開く。
「待て。もしや、プレゼントの送り先はフィオーレ伯爵だったのか?」
「いえ、旦那様です」
「……はっ?」
訝しむような視線をこちらに向け、夫は頭を捻った。
『プレゼントをもらう心当たりなど、ないが』と思案する彼を前に、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
「だって、もうすぐ旦那様の誕生日じゃないですか」
「……そういえば、そうだな」
『興味がなくて、忘れていた』と零し、夫は自身の顎を撫でた。
かと思えば、馬車の天井をじっと見つめる。
「……レイチェル。悪いが、先程の発言は聞かなかったことにしてくれ」
「はあ……分かりました」
『結局、何だったんだ?』とは、思うものの……あまり根掘り葉掘り聞くのもどうかと思い、私は疑問を押し殺した。
と同時に、夫がこちらを向く。
「それから、プレゼント楽しみにしている」
────と、夫に言われた数週間後。
私は屋敷でささやかな誕生日パーティーを催し、万年筆をプレゼントした。
しかも、かなりシンプルなデザインのものを。
一応、特別感が出るよう名前を彫る程度の工夫はしてあるが……本当にそれだけ。
でも────
「ロルフ、次の書類を持ってこい」
────夫は愛用してくれている。
執務室でいつものように仕事している彼を前に、私は少しばかり表情を和らげた。
やっぱり、プレゼントしたものを使ってくれると嬉しくて。
来年は何を贈ろうかしら?
早くも次のプレゼントについて考え始めている私は、夫の誕生日を心待ちにするのだった。




