決闘
「さて、話もまとまったところで早速準備に入ろうか」
────という言葉により、周囲の者達は壁際へ寄った。
決闘のフィールドを整えるために。
また、衛兵達は騎士団の方から剣やら盾やら借りてきて、夫達に手渡す。
まあ、夫は剣しか受け取らなかったが。
対するデニス皇子殿下は、鎧から盾までしっかり装備していた。
「二人とも、準備はいいかい?それじゃあ、会場の中央へ」
前方を手で示すシャノン皇太子殿下は、早く移動するよう促す。
と同時に、夫達は歩き出した。
そして、配置につくと、大盾を持った衛兵達に囲まれる。
恐らく、観衆達の安全対策だろう。
『万が一、第三者に怪我でも負わせたら大惨事だものね』と思案する中、シャノン皇太子殿下が姿勢を正した。
「では、これよりヘレス・ノーチェ・ラニットとデニス・ターラー・アヴニールの決闘を始める。両者、宣誓を」
決闘の恒例行事である儀式を話題に出し、シャノン皇太子殿下は少しばかり表情を引き締めた。
デニス皇子殿下のことをじっと見つめながら。
『引き返すなら、今のうちだよ』とでも言うように。
宣誓を行ってしまったら、もう後戻りは出来ない。
どちらかの命が尽きるか、あるいは剣を落とすまで戦い続けなければならないわ。
決闘のルールを思い返し、私は『デニス皇子殿下はこのまま突き進むのか』と考える。
────と、ここで夫が自身の胸元へ手を添えた。
「私ヘレス・ノーチェ・ラニットは己の誇りを賭けて正々堂々と戦い、勝敗を決することを誓う。また、如何なる結果・損害を被ろうとも異論は唱えない」
迷わず宣誓を行う夫は、チラリとデニス皇子殿下の方へ視線を向ける。
次は貴様だ、と示すように。
「……私デニス・ターラー・アヴニールも同じく、己の誇りを賭けて正々堂々と戦い、勝敗を決することを誓う。また、如何なる結果・損害を被ろうとも異論は唱えない」
デニス皇子殿下は不機嫌そうに……でも、しっかりと宣誓を口にした。
かと思えば、兜を被る。
もう何も言うことはない、という意思表示として。
「ヘレス・ノーチェ・ラニットとデニス・ターラー・アヴニール、双方の宣誓を確認」
進行役を務めるシャノン皇太子殿下はそう言って、おもむろに両手を広げた。
「それでは、両者構えて」
大盾の後ろから中央に立つ二人を見つめ、シャノン皇太子殿下は片手を振り上げる。
と同時に、夫とデニス皇子殿下が剣を引き抜いた。
光に反射して煌めく刃を前に、シャノン皇太子殿下は
「────決闘開始」
手を振り下ろす。
その瞬間、夫は音もなく走り出した。
さっさと剣を落とそうとしている、デニス皇子殿下を見据えて。
殿下は最初から、まともに戦う気なんてなかったみたいね。
まあ、相手がラニット公爵ならしょうがないわ。
むしろ、賢明な判断だと思う。
『ルール違反じゃない以上、誰も文句は言えないだろうし』と思いつつ、私は事の成り行きを見守る。
────と、ここでデニス皇子殿下が剣を手放した。
が、これだけではまだ不完全。
剣が床に落ちないと、勝敗を決したことにはならないため。
とはいえ、そんなの誤差でしかない。ほんの数秒の出来事なのだから。
『常人なら、何も出来ずに終わるわ……常人なら、ね』と思案する中、夫は剣を持ち直す。
どうやら、デニス皇子殿下を攻撃出来る範囲に入ったらしい。
『速い』と思わず目を剥く中、彼は横に薙ぎ払うような動きで剣を振るった。
相手の手首目掛けて。
「あがっ……!」
デニス皇子殿下はブランと垂れ下がる利き手を見つめ、苦悶する。
と同時に、手放した剣が音を立てて床へ転がった。
「────両者、そこまで」
手のひらを前に突き出し、シャノン皇太子殿下は決闘終了を宣言。
痛みに喘ぐデニス皇子殿下と平然としている夫を一瞥し、背筋を伸ばした。
「デニス・ターラー・アヴニールが剣を落としたことにより、この決闘ヘレス・ノーチェ・ラニットの勝利と見なす。異議のある者は居るか」
いつもより堅苦しい口調で問い掛け、シャノン皇太子殿下は周囲を見回す。
が、誰も否を唱えていないことが分かるなり前を向いた。
「異議者なしとして、此度の決闘────満場一致で、ヘレス・ノーチェ・ラニットの勝利とする」
夫の方を手で示し、シャノン皇太子殿下は正式に勝敗を決する。
その分かり切った結果を前に、観衆達は苦笑を漏らした。
「想像以上にあっさり決着が、ついたわね」
「正直、もうちょっと楽しませてほしかったな」
「まあ、パーティーの余興程度にはなったんじゃない?」
「それに相手はあのラニット公爵なんだから。よく頑張った方よ」
思い思いの感想を口にし、観衆達は中央に立つ二人の男性を眺める。
────と、ここでシャノン皇太子殿下がパンパンッと軽く手を叩いた。
「さあ、早く後片付けを。それから、誰かデニスを医者のところへ連れて行ってあげて。手首の具合から察するに、多分折れているだろうから」
鎧を着用していたため切断こそしていないものの、正常な状態とは言い難い。
デニス皇子殿下が膝をついて、蹲るくらいだから。
『出来るだけ迅速に処置してもらった方が、いい』と考える中、皆シャノン皇太子殿下の指示に従って動く。
そのおかげか、直ぐにパーティーは再開された。
「────良ければ、私と一曲踊っていただけませんか」
そろそろ最初のワルツに差し掛かる時間帯だからか、貴族の男性は女性にダンスを申し込む。
なので、周りには自然と男女のペアが。
私達はどうするのかしら?旦那様の性格的にこのまま帰る可能性の方が、高そうだけど。
『先程決闘を終えたばかりということもあって、注目の的だし』と、私は思案する。
────と、ここでオーケストラが最初のワルツの曲を奏でた。
「ダンスか」
私の隣に立つ夫は、会場の中央でクルクル踊る貴族達を見やる。
と同時に、こちらへ向き直った。
「一曲だけ付き合え、レイチェル」
さすがに建国記念パーティーという場で踊らない訳にはいかないのか、夫はダンスに誘ってくる。
おもむろに手を差し伸べる彼の前で、私は
「はい」
と、首を縦に振った。
特に断る理由もなかったので。
『まあ、一抹の不安はあるけど』と考えつつ、私はそっと手を重ねる。
「ただ、私はデビュタント以降一度もダンスを踊ったことがないので、かなり不慣れかもしれません」
『一応、ダンスのステップや手順は頭に入っていますが』と零す私に対し、夫は小さく肩を竦めた。
「構わん。私もそこまで経験豊富という訳じゃないからな」
『第一、完璧など求めていない』と告げ、夫は私の手を引いて歩き出す。
ダンスを踊る場合は会場の中央へ寄るのが、マナーのため。
『あんまり散らばると、転倒事故などが多くなるから』と考える中、夫は一瞬だけ足を止めた。
かと思えば、こちらを振り返り、音楽に合わせてステップを踏み始める。
「あら、お上手ですね」
素人目でも分かるほど滑らかな動きに、私は思わず目を剥いた。
すると、夫は私の腰を抱き寄せて優雅にターンする。
「そういう貴様も、言うほど酷くないぞ」
『十数年ぶりに踊ったとは、思えない』と述べる夫に、私は小さく笑った。
「旦那様のリードのおかげですよ」
これはお世辞でも何でもなく、私の本心。だって、特段ステップを意識しなくてもいつの間にか踊れているから。
『なんだか、不思議な感覚』と思いつつ、私はあっという間に一曲踊り終える。
と同時に、夫がクルリと身を翻した。
「用事も義務も済んだから、そろそろ帰るぞ」
『もうここに居る必要性はなくなった』と宣言し、夫は歩を進める。
私の手を握ったまま。
以前までなら……それこそ出会った当初なら、『付いてこい』と背中を向けるだけだったのに。
着実に距離が縮まっていることを実感する言動に、私は少しばかり頬を緩めた。




