表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/50

決闘

「さて、話もまとまったところで早速準備に入ろうか」


 ────という言葉により、周囲の者達は壁際へ寄った。

決闘のフィールドを整えるために。

また、衛兵達は騎士団の方から剣やら盾やら借りてきて、夫達に手渡す。

まあ、夫は剣しか受け取らなかったが。

対するデニス皇子殿下は、鎧から盾までしっかり装備していた。


「二人とも、準備はいいかい?それじゃあ、会場の中央へ」


 前方を手で示すシャノン皇太子殿下は、早く移動するよう促す。

と同時に、夫達は歩き出した。

そして、配置につくと、大盾を持った衛兵達に囲まれる。

恐らく、観衆達の安全対策だろう。

『万が一、第三者に怪我でも負わせたら大惨事だものね』と思案する中、シャノン皇太子殿下が姿勢を正した。


「では、これよりヘレス・ノーチェ・ラニットとデニス・ターラー・アヴニールの決闘を始める。両者、宣誓を」


 決闘の恒例行事である儀式を話題に出し、シャノン皇太子殿下は少しばかり表情を引き締めた。

デニス皇子殿下のことをじっと見つめながら。

『引き返すなら、今のうちだよ』とでも言うように。


 宣誓を行ってしまったら、もう後戻りは出来ない。

どちらかの命が尽きるか、あるいは剣を落とすまで戦い続けなければならないわ。


 決闘のルールを思い返し、私は『デニス皇子殿下はこのまま突き進むのか』と考える。

────と、ここで夫が自身の胸元へ手を添えた。


「私ヘレス・ノーチェ・ラニットは己の誇りを賭けて正々堂々と戦い、勝敗を決することを誓う。また、如何なる結果・損害を被ろうとも異論は唱えない」


 迷わず宣誓を行う夫は、チラリとデニス皇子殿下の方へ視線を向ける。

次は貴様だ、と示すように。


「……私デニス・ターラー・アヴニールも同じく、己の誇りを賭けて正々堂々と戦い、勝敗を決することを誓う。また、如何なる結果・損害を被ろうとも異論は唱えない」


 デニス皇子殿下は不機嫌そうに……でも、しっかりと宣誓を口にした。

かと思えば、兜を被る。

もう何も言うことはない、という意思表示として。


「ヘレス・ノーチェ・ラニットとデニス・ターラー・アヴニール、双方の宣誓を確認」


 進行役を務めるシャノン皇太子殿下はそう言って、おもむろに両手を広げた。


「それでは、両者構えて」


 大盾の後ろから中央に立つ二人を見つめ、シャノン皇太子殿下は片手を振り上げる。

と同時に、夫とデニス皇子殿下が剣を引き抜いた。

光に反射して煌めく刃を前に、シャノン皇太子殿下は


「────決闘開始」


 手を振り下ろす。

その瞬間、夫は音もなく走り出した。

さっさと剣を落とそうとしている、デニス皇子殿下を見据えて。


 殿下は最初から、まともに戦う気なんてなかったみたいね。

まあ、相手がラニット公爵(旦那様)ならしょうがないわ。

むしろ、賢明な判断だと思う。


 『ルール違反じゃない以上、誰も文句は言えないだろうし』と思いつつ、私は事の成り行きを見守る。

────と、ここでデニス皇子殿下が剣を手放した。

が、これだけではまだ不完全。

剣が床に落ちないと(接触しないと)、勝敗を決したことにはならないため。

とはいえ、そんなの誤差でしかない。ほんの数秒の出来事なのだから。


 『常人なら、何も出来ずに終わるわ……常人なら、ね』と思案する中、夫は剣を持ち直す。

どうやら、デニス皇子殿下を攻撃出来る範囲に入ったらしい。

『速い』と思わず目を剥く中、彼は横に薙ぎ払うような動きで剣を振るった。

相手の手首目掛けて。


「あがっ……!」


 デニス皇子殿下はブランと垂れ下がる利き手を見つめ、苦悶する。

と同時に、手放した剣が音を立てて床へ転がった。


「────両者、そこまで」


 手のひらを前に突き出し、シャノン皇太子殿下は決闘終了を宣言。

痛みに喘ぐデニス皇子殿下と平然としている夫を一瞥し、背筋を伸ばした。


「デニス・ターラー・アヴニールが剣を落としたことにより、この決闘ヘレス・ノーチェ・ラニットの勝利と見なす。異議のある者は居るか」


 いつもより堅苦しい口調で問い掛け、シャノン皇太子殿下は周囲を見回す。

が、誰も否を唱えていないことが分かるなり前を向いた。


「異議者なしとして、此度の決闘────満場一致で、ヘレス・ノーチェ・ラニットの勝利とする」


 夫の方を手で示し、シャノン皇太子殿下は正式に勝敗を決する。

その分かり切った結果を前に、観衆達は苦笑を漏らした。


「想像以上にあっさり決着が、ついたわね」


「正直、もうちょっと楽しませてほしかったな」


「まあ、パーティーの余興程度にはなったんじゃない?」


「それに相手はあのラニット公爵なんだから。よく頑張った方よ」


 思い思いの感想を口にし、観衆達は中央に立つ二人の男性を眺める。

────と、ここでシャノン皇太子殿下がパンパンッと軽く手を叩いた。


「さあ、早く後片付けを。それから、誰かデニスを医者のところへ連れて行ってあげて。手首の具合から察するに、多分折れているだろうから」


 鎧を着用していたため切断こそしていないものの、正常な状態とは言い難い。

デニス皇子殿下が膝をついて、蹲るくらいだから。

『出来るだけ迅速に処置してもらった方が、いい』と考える中、皆シャノン皇太子殿下の指示に従って動く。

そのおかげか、直ぐにパーティーは再開された。


「────良ければ、私と一曲踊っていただけませんか」


 そろそろ最初のワルツに差し掛かる時間帯だからか、貴族の男性は女性にダンスを申し込む。

なので、周りには自然と男女のペアが。


 私達はどうするのかしら?旦那様の性格的にこのまま帰る可能性の方が、高そうだけど。


 『先程決闘を終えたばかりということもあって、注目の的だし』と、私は思案する。

────と、ここでオーケストラが最初のワルツの曲を奏でた。


「ダンスか」


 私の隣に立つ夫は、会場の中央でクルクル踊る貴族達を見やる。

と同時に、こちらへ向き直った。


「一曲だけ付き合え、レイチェル」


 さすがに建国記念パーティーという場で踊らない訳にはいかないのか、夫はダンスに誘ってくる。

おもむろに手を差し伸べる彼の前で、私は


「はい」


 と、首を縦に振った。

特に断る理由もなかったので。

『まあ、一抹の不安はあるけど』と考えつつ、私はそっと手を重ねる。


「ただ、私はデビュタント以降一度もダンスを踊ったことがないので、かなり不慣れかもしれません」


 『一応、ダンスのステップや手順は頭に入っていますが』と零す私に対し、夫は小さく肩を竦めた。


「構わん。私もそこまで経験豊富という訳じゃないからな」


 『第一、完璧など求めていない』と告げ、夫は私の手を引いて歩き出す。

ダンスを踊る場合は会場の中央へ寄るのが、マナーのため。

『あんまり散らばると、転倒事故などが多くなるから』と考える中、夫は一瞬だけ足を止めた。

かと思えば、こちらを振り返り、音楽に合わせてステップを踏み始める。


「あら、お上手ですね」


 素人目でも分かるほど滑らかな動きに、私は思わず目を剥いた。

すると、夫は私の腰を抱き寄せて優雅にターンする。


「そういう貴様も、言うほど酷くないぞ」


 『十数年ぶりに踊ったとは、思えない』と述べる夫に、私は小さく笑った。


「旦那様のリードのおかげですよ」


 これはお世辞でも何でもなく、私の本心。だって、特段ステップを意識しなくてもいつの間にか踊れているから。


 『なんだか、不思議な感覚』と思いつつ、私はあっという間に一曲踊り終える。

と同時に、夫がクルリと身を翻した。


「用事も義務も済んだから、そろそろ帰るぞ」


 『もうここに居る必要性はなくなった』と宣言し、夫は歩を進める。

私の手を握ったまま。

以前までなら……それこそ出会った当初なら、『付いてこい』と背中を向けるだけだったのに。

着実に距離が縮まっていることを実感する言動に、私は少しばかり頬を緩めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ