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革手袋

「それでは、心行くまでパーティーを楽しんでくれたまえ」


 『今夜は無礼講だ』と言い放ち、シャノン皇太子殿下は軽く手を上げた。

その瞬間、傍で待機していたオーケストラが音楽を奏でる。

パーティーの始まりを告げるかのように。


「レイチェル、行くぞ」


 夫は私の手を引いて歩き出し、玉座の方へ向かって行った。

恐らく、シャノン皇太子殿下やデニス皇子殿下に面会するためだろう。


 今回もさっさと挨拶だけ済ませて、帰るのかしら?

いや、でもデニス皇子殿下に対してそろそろ報復を行うと言っていたから、何か仕掛ける気かもしれない。


 『パーティー開始直後から、不穏だな』と思いつつ、私は前へ進んでいく。

────と、ここで夫が足を止めた。


「アヴニール帝国の小太陽であらせられるシャノン・ルス・アヴニール皇太子殿下と、アヴニール帝国の輝く星であるデニス・ターラー・アヴニール第二皇子殿下にご挨拶申し上げます」


 目の前に居る金髪翠眼の男性と赤髪碧眼の男性を見据え、夫は一礼した。

私も、それに倣ってお辞儀する。

と同時に、シャノン皇太子殿下が一瞬だけ表情を曇らせた。

が、直ぐにいつもの笑顔となる。


「ラニット公爵も夫人も、よく来てくれたね。近頃、何かと忙しいだろうに時間を作ってくれて嬉しいよ」


「こちらこそ、シャノン皇太子殿下に拝謁出来て恐悦至極です。それから、デニス皇子殿下も─────貴殿には、『借りを返さなければ』と思っていたので」


 どこか含みのある言い方で話し掛け、夫は革手袋を片方脱いだ。

赤い瞳に、闘志のようなものを宿しながら。


「これはデニス皇子殿下の招いた結果です。どうぞ、受け止めてください」


 そう言うが早いか、夫は脱いだ革手袋をデニス皇子殿下に投げつけた。

かと思えば、一歩前へ出る。


「私ヘレス・ノーチェ・ラニットは、デニス・ターラー・アヴニールに決闘を申し込む」


 『尋常に勝負だ』と告げる夫に、デニス皇子殿下はもちろん周囲も唖然とした。

ただ一人、シャノン皇太子殿下だけは平然としているが。

多分、先に夫から何をするか聞いていたのだろう。

『だから、私達が挨拶に来たとき渋い顔をしたのね』と納得する中、シャノン皇太子殿下は口を開く。


「────じゃあ、審判役は私が請け負おう。もちろん、デニスが決闘を引き受けるならだけど」


 敢えて引き受けない選択肢を提示し、シャノン皇太子殿下は『どうしたい?』と尋ねた。

答えなんて、分かり切っているのに。


 名誉を何より重んじる貴族や皇族にとって、決闘を断るというのは有り得ない。

『戦いから逃げた情けない人間』と見なされて、一生馬鹿にされるため。


 『下手したら、末代にまで影響を及ぼすかもしれないわね』と考えつつ、私は周囲を見回す。

一応内々で決闘の話を持ち消すという選択肢もあるが、この人数では無理だと悟って。

パーティー開始直後(人の多い時)に仕掛けた意味を痛感する中、デニス皇子殿下は苦い顔をした。


「……引き受けよう」


 嫌々ながらも承諾し、デニス皇子殿下は一つ息を吐く。


「ただし、審判役は公平を期すために別の人間を選出すること。それから、場所と時間は……」


「────今、ここでやりましょう」


 相手に考える時間を与えないためか、夫はそう切り返した。

すると、デニス皇子殿下は面食らったように仰け反る。


「はっ?ふざけているのか?まだ何の準備も出来ていないんだぞ?」


 『決闘はそんな直ぐに出来るものじゃない』と正論を並べるデニス皇子殿下に、夫はスッと目を細めた。


「私は至って、真剣です。あと、準備は五分もあれば終わりますよ。審判役と道具を用意するだけなので。まあ、そちらが代理を立てるなら話は別ですが」


 ────アヴニール帝国の決闘では、任意の騎士や兵士に戦いを委任してもいいことになっている。

そうしないと、帝国を支える者達が次々と負傷して使い物にならなくなるから。

何より、この制度を悪用する者が多くなる。

決闘で起こったことは全て自己責任、という点を前面に出して。


 だから、基本決闘は代理人同士を戦わせるのだけど……


「先に言っておくと、私は代理を立てず自ら挑むつもりです。アヴニール帝国の貴族として、真っ向から勝負したいので」


 ……今回はそうも行かないみたいね。

旦那様が代理を立てづらい状況を作ってしまったから。

ここで自ら戦うことを避ければ、『弱虫』というレッテルを貼られることになるわ。


 『果たして、デニス皇子殿下はそれに耐えられるか』と思案し、私は内心肩を竦める。

恐らく無理だろうな、と思って。


「……私も代理は立てない。だが、やはり今すぐ決闘を行うのは不可能だ。道具は騎士団のものを借りるにしても、審判役はどうにもならないだろう」


 『先程も言ったように、兄上は却下だ』と告げ、デニス皇子殿下は日を改めるよう促した。

が、夫は首を縦に振らない。

それどころか、


「では────ここに居る全員に審判役をやってもらいましょう」


 と、前代未聞の提案をしてきた。

『えっ……!?』と困惑する周囲を他所に、夫は自身の顎を撫でる。


「正直、シャノン皇太子殿下以外に我々の決闘を裁ける者は居ないと思います。なので、進行役だけ殿下にお任せして不正行為などの判断は観衆に任せたらどうでしょう」


 『それが一番公平だ』と主張する夫に、デニス皇子殿下は何か言いたげな表情を浮かべた。

でも、どう反論すればいいのか分からないようで黙り込む。

多分、代案が思いつかないのだろう。

ただただ頭ごなしに否定するだけでは、周囲に白い目で見られるから。


「っ……!いい、だろう」


 苦汁を嘗めるような表情で、デニス皇子殿下は首を縦に振った。

これ以上足掻いても無駄だ、と悟ったらしい。

『チッ……!』と小さく舌打ちする彼を他所に、シャノン皇太子殿下はパンッと一回手を叩く。


「さて、話もまとまったところで早速準備に入ろうか」

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