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姉の決意

◇◆◇◆


 ────前公爵夫妻の死の真相を聞いてから、早一ヶ月。

義弟の拘留や裁判で世間が騒然とする中、私は建国記念パーティーに向けて準備を進めていた。

春の祝賀会と同様、皇室主催なので参加しない訳にはいかなかったため。

『フェリクス様のこともあって、注目の的だろうな』と思いつつ、本番当日を迎える。


「はい、出来ましたよ」


 私のヘアセットとメイクを担当するベロニカは、ポンッと肩を軽く叩いた。

『どうぞ、ご確認ください』と述べる彼女を前に、私はドレッサーの鏡へ目を向ける。

と同時に、黄色のドレスを着こなす美人が見えた。


 私……よね?ベロニカの腕が良くて、つい別人を疑ってしまうわ。


 『凄いわね』と素直に感心しながら、金のカチューシャやピアスを身につける自分を凝視する。

────と、ここで部屋の扉をノックされた。


「そろそろ行くぞ、レイチェル」


 『準備は出来たか』と尋ねてくる低い声に、私はピクッと反応を示す。

旦那様だわ、と察して。


「はい、今行きます」


 ゆっくりとドレッサーの前から立ち上がり、私は声のした方へ歩を進めた。

そして、部屋の扉を開けると────赤の正装に身を包む夫の姿が。

軍服を彷彿とさせるデザインだからか、いつもより凛々しく、また勇ましかった。

『これから、戦いに行く戦士みたいね』と考える中、夫はこちらに手を差し伸べる。

その際、黒の革手袋に刺繍されたラニット公爵家の紋章が見えた。


 普段は無地のやつなのに、珍しいわね。

建国記念パーティーという一大イベントだから、オシャレしたのかしら?


 などと考えつつ、私はそっと手を重ねる。

と同時に、赤い瞳を見つめ返した。


「素敵な手袋ですね」


 何の気なしに……雑談の一環として話題を振ると、夫はスッと目を細める。


「まあな。狼煙を上げるための小道具だから、少し趣向を凝らしたんだ」


「……狼煙、ですか?」


 思わず聞き返す私に対し、夫は


「ああ、そろそろ第二皇子の報復に動こうと思ってな」


 と、答えた。

赤い瞳に、僅かな殺気を滲ませて。


「ちょうど、フェリクスの判決も下りて終身刑に決まった。きっと、第二皇子は最後まで自分の存在が露呈しなかったことに安堵を覚えている筈だ。だから、ここで引導を渡す」


 『天国から、地獄に落ちるような衝撃を受けるだろう』と語り、夫は少しばかり表情を硬くした。

かと思えば、ゆっくりと歩き出す。


「逃げ切りなど出来ない、ということを……我が家を利用するためフェリクスを巻き込んだのがどれほど愚かなことか、を思い知らせてやる」


 ────と、宣言した数時間後。

馬車を使って皇城に来た夫は、私の手を引いて会場へ入る。

と同時に、周囲から注目を浴びた。


「あら?思ったより、夫婦仲は良さそうね」


「フェリクス様の件があったから、拗れているものかと思ったけど……」


「いや、もしかしたら無理して一緒に居るのかもしれん」


「相手はラニット公爵だものね。どんなに理不尽なことをされても、逆らえないわ」


 ヒソヒソと小声で会話する貴族達は、好き勝手に憶測や見解を並べ立てる。

『さすがは“悪辣公爵”』と口を揃える彼らの前で、私は嘆息した。

こうなることはある程度予想していたものの、やはりちょっと不快で。

『せめて、聞こえないように喋ってくれないかしら』と辟易していると────見知った顔を発見した。それも、複数。


「ご無沙汰しております、ラニット公爵」


「レイチェルも、久しぶりね」


「顔を見られて、良かったわ」


 笑顔で声を掛けてくるこの三人は、間違いなく私の両親と姉だった。

周りの雰囲気を察してかいつもより明るく振る舞い、友好な関係であることを示す。

義弟の一番の被害者とも言えるフィオーレ伯爵家が、仲睦まじい様子を見せればラニット公爵()の評判も回復すると思ったのだろう。


「ああ、久方ぶりだな」


「お姉様方もパーティーに参加していらっしゃったんですね」


 てっきり父一人だけかと思っていたので、私はなんだかちょっと嬉しくなる。

いや、ホッとすると言った方が正しいか。

『思ったより、元気そうね』と肩の力を抜く中、姉が少しばかり表情を引き締めた。

かと思えば、一歩前へ出る。


「あのね、レイチェル。ちょっと話したいことが、あるんだけど」


 『少しだけ、時間をちょうだい』と述べる姉に、私は目を剥く。

と同時に、チラリと夫へ視線を向けた。


「えっと……」


「好きにしろ」


 『行きたいなら、行け』と主張する夫に、私はコクリと頷く。


「ありがとうございます。パーティーの開始時刻までには、戻りますね」


 繋いでいた手をそっと離し、私は姉と共にこの場を離れた。

そして、空いている控え室へ向かうと、それぞれソファに腰を下ろす。


「それで、お話というのは?」


 時間もないので早速本題を切り出し、私は背筋を伸ばした。

『もしや、フェリクス様のことで何か?』と思案する私を前に、姉は自身の胸元を握りしめる。

まるで、緊張を解すように。


「落ち着いて聞いてほしいんだけど、私────家を継ぐことにしたの」


「!?」


 大きく目を見開いて固まる私は、衝撃のあまり声も出なかった。

だって、姉が……女性が爵位を引き継ぎ、当主になるというのは生半可な覚悟じゃ出来ないため。

『一応、前例は幾つかあるけど……』と思い返しつつ、ゆらゆらと瞳を揺らした。

────と、ここで姉が片手を突き出す。


「言いたいことは、分かっている。無茶だって、思っているんでしょう?」


「それは……まあ、そうですね」


 変に誤魔化してつけ上がらせたら昔の二の舞になるため、私は素直に頷いた。

すると、姉は『やっぱりね』とでも言うように苦笑を漏らす。


「お父様やお母様も、同じ反応よ。優秀な婿養子を取った方が、色んな意味で安泰だって。でもね、それじゃあダメなの」


 神妙な面持ちでこちらを見据え、姉は手を強く握り締めた。

かと思えば、そっと目を伏せる。


「私ね、レイチェルに自分の過ちを正されてからずっと考えていた。これから、どう生きるべきか……どう在るべきか」


 緑の瞳に憂いを滲ませ、姉は少しばかり眉尻を下げた。


「恐らく、一番楽な生き方はもう人様の事情に首を突っ込まず、普通の貴族令嬢としてお淑やかに過ごすことだと思う。だけど────きっと、私は困っている人を見掛けたら放っておけない」


 静観という選択肢を取れない自分の(さが)に、姉はフッと笑みを漏らす。

と同時に、拳を自身の胸元へ当てた。


「だから、誰かを救うための力が欲しいの。現状、私一人で問題を解決するのは不可能だから。どれだけ慎重に状況を見極め、策を練っても」


 『両親や使用人に迷惑を掛けてしまうと思う』と自分なりの見解を示し、姉は真剣な顔付きになる。

どことなく、凛とした雰囲気を漂わせながら。


「もちろん、険しい道のりになることは理解しているわ。でも、挑戦したい。それで、今度こそちゃんと誰かを救いたいの」

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