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29/50

帰宅

「そうですか。本当に帰って来られたんですね」


 家を空けたのはたった一日だというのに、凄く久しぶりに帰ったような感動を覚え、私は満ち足りた気分となった。

と同時に、穏やかな笑みを零す。


「旦那様、ただいま戻りました」


 今更ながら帰還の挨拶を告げると、夫は


「ああ」


 と、返事した。

相変わらず素っ気ない対応ではあるが、どことなく……どことなく、声色は優しい。

『旦那様、今どんな表情をしているのかしら?』と気になる私は、目を開けようとした。

が、またもや夫の手で視界を遮れられる。


「いいから、寝ろ。今のうちに休んでおかないと、明日持たないぞ」


「明日、何かあるのですか?」


 夫単体ならともかく私まで忙しいなんて通常有り得ないため、小首を傾げた。

すると、夫は一拍置いてからこう答える。


「────前公爵夫妻の死の真相について、話すことになった」


 『ちょうど先程、皇室より許可が降りたんだ』と語る夫に、私は息を呑んだ。

まさか、こんなに早く準備が整うとは思ってなかったため。

第一、


「私まで同席してよろしいんですか?」


 話の流れからして、私も参加予定みたいなので確認した。

『本当にいいのか』と思案する私を前に、夫は一つ息を吐く。


「いいに決まっているだろう。これはレイチェルのために用意した場でも、あるのだから」


「えっ?」


 てっきり義弟のためだとばかり思っていた私は、困惑を露わにした。

と同時に、夫が目元からそっと手を離す。


「以前、『真相を知りたい』と言ってきただろう?」


「それはそうですが、私は前公爵夫妻の件と無関係ですし」


「確かに直接関係はないが、ラニット公爵家の一員となった以上……私の妻となった以上、完全に無関係とも言い切れない。少なくとも、知る資格くらいはある筈だ」


 ラニット公爵夫人という身分を前面に出し、夫はこちらの懸念を振り払った。


「だから、気にせず参加しろ」


 『そして、寝ろ』と告げ、夫はシーツを掛け直す。

思ったより甲斐甲斐しく世話してくれる彼に対し、私は表情を和らげた。


「はい」


 ────と、首を縦に振った翌日。

私は朝から忙しく動き回り、身支度やら客人の持て成しやらに時間と労力を割いた。


 来るのがフェリクス様だけなら、ここまでご大層な準備しなくていいのだけど────見届け人として、シャノン皇太子殿下もいらっしゃるそうだから、手を抜けないのよね。


 『ラニット公爵家の威信に関わる』と危機感を持ちながら、私は応接室へ向かう。

ちょうど、義弟とシャノン皇太子殿下が来たとの知らせを受けたため。

『二人とも、時間ピッタリね』と思いつつ、目的地の前で足を止めた。

と同時に、扉をノックする。


「私です。入ってもよろしいでしょうか?」


 きちんと扉越しに声を掛けると、直ぐに向こうから


「入れ」


 と、返事をもらった。

なので、遠慮なく扉を開ける。

すると、そこには義弟やシャノン皇太子殿下の他に夫の姿もあった。

どうやら、私が一番最後だったみたい。


「お待たせしてしまい、申し訳ありません」


 胸元に手を添えてお辞儀する私に、シャノン皇太子殿下はニッコリ笑う。


「いや、気にしないで。約束の時間は過ぎていないのだから。それに女性の準備が多少長引いてしまうのは、仕方のないことだよ」


 『待つのも、紳士の嗜みさ』と語り、シャノン皇太子殿下はウィンクした。

こちらが罪悪感を持たなくて済むようわざとお茶目に振る舞う彼の前で、夫が顔を上げる。


「早くこっちに来い」


 自身の隣の席を軽く叩き、夫は座るよう促してきた。

一応、空いているソファだってあるのに。


 フェリクス様のことを警戒して、念のため傍に置いておきたいのかしら?


 などと考えながら、私は素直に夫の隣へ腰を下ろす。

と同時に、シャノン皇太子殿下がパンッと手を叩いた。


「じゃあ、役者も揃ったことだし────早速本題へ入ろうか」


 挨拶もそこそこに話を切り出し、シャノン皇太子殿下はおもむろに足を組む。

その途端、この場に張り詰めたような空気が流れた。

思わず誰もが表情を硬くする中、シャノン皇太子殿下は片手を上げる。

すると、壁際で待機していたロルフが何かの書類とペンを持ってきた。


「まず、ラニット夫人と令息には誓約書にサインしてほしい」


「「誓約書?」」


 つい聞き返してしまう私と義弟に対し、シャノン皇太子殿下は苦笑を漏らす。


「前公爵夫妻の死の真相について、一切口外しないという契約を交わしたいんだ。証拠に残る形で、ね」


 『それ以外の事項は盛り込んでないから、安心して』と言い、シャノン皇太子殿下はサインするよう求めた。

────と、ここでロルフが書類とペンを配り終える。

私と義弟の前にそれぞれ置かれた誓約書セットを前に、シャノン皇太子殿下は手を組んだ。


「もちろん、強制はしないよ。ただし、その場合真実は明かせない」


 『それを踏まえた上で、決断してほしい』と述べるシャノン皇太子殿下に、義弟は一瞬だけ眉を顰める。

多分、事と次第によっては真実を公表して()を追い詰めたかったんだと思う。


「……分かりました」


 悩みながらも口外禁止を受け入れ、義弟はペンを手に持つ。

一応書類の内容を確認してサインする彼を前に、私はチラリと夫の方を見た。


 特に反応なしということは、私の判断で決めていい出来事みたいね。

もし、何か不都合があるなら言う筈だから。


 『なら、サインしてしまおう』と思い立ち、私はさっさと自分の名前を書く。


「サイン、終わりました」


「こっちも」


 義弟もほぼ同時にペンを置き、上体を起こした。

すると、ロルフがそれぞれの誓約書を回収してシャノン皇太子殿下に手渡す。


「二人分、確かに受け取ったよ。ありがとう」


 穏やかに微笑んで書類を仕舞い、シャノン皇太子殿下は背筋を伸ばした。

かと思えば、自身の顎を撫でる。


「さて、ここから先のことはラニット公爵に任せようかな」


 『私はあくまで見届け役だし』と言い、シャノン皇太子殿下は夫に水を向けた。

肝心の真相についてはそちらで話せ、ということなのだろう。

ちょっと残酷な気もするが、当時のことを一番よく知っているのは夫なので致し方ない。


「承りました」


 夫は胸元に手を添えて一礼し、向かい側のソファへ腰掛ける義弟に視線を向けた。

と同時に、少しばかり表情を硬くする。


「先に言っておくが、今から話すのは全て真実だ。どんなに信じられない……いや、信じたくない(・・・・・・)事実でもきちんと受け止めろ」


 今一度覚悟を決めるよう告げ、夫はふと天井を見上げた。

赤い瞳に、憂いを滲ませながら。


「まず結論から言ってしまうと、前公爵夫妻の死は自殺……いや────心中(・・)だ」

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