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フィオーレ伯爵家へ

「こちらも、そろそろ我慢の限界だからな。全く関係のない第三者まで巻き込むような能無しには、付き合い切れない」


 まるで義弟のために真実をひた隠しにしていたかのような物言いで、夫は本音を零した。

かと思えば、剣先をあちらへ向ける。


「フェリクス、覚悟しておけ。恐らく、貴様の想像以上に前公爵夫妻の死の真実は残酷だぞ」


 『忠告はしたからな』と告げ、夫はゆっくりと歩き出した。

硬直したまま動かない義弟の横を通り過ぎ、さっさとこの場を後にする。

私や姉も、それに続いた。


 旦那様が『真実を明かす』と約束したおかげか、すんなり通してくれたわね。

さっきまでのフェリクス様なら、絶対妨害してきた筈なのに。


 『一矢報いることよりも、真相解明を取ったのかしら』と考えながら、私は屋敷を出る。

と同時に、帰りの馬車へ乗り込んだ。

姉と肩を並べて座る私の前で、夫は軽く壁を叩く。


「まずは、フィオーレ伯爵家の方へ向かえ」


 ────という夫の指示により、馬車は私達の実家へ赴いた。

距離で言えば、ラニット公爵家の方が近かったのに。

恐らく、姉を確実に家へ送り届けるためだろう。

義弟の様子を見る限り、今すぐちょっかいを出してくることはないと思うが……念を入れておいて、損はない。


「あの、ありがとう……ございました、色々と」


 そう言って、深々と頭を下げるのは他の誰でもない姉だった。

珍しく礼儀を通すということを実行している彼女は、ギュッと手を握り締める。

馬車の小窓越しに見える実家を、横目で捉えながら。


「ラニット公爵が助けてくれなければ、私はここへ帰って来られなかったかもしれません……」


 最悪死んでいた可能性もあることをしっかり認識しているのか、姉は肩に力を入れた。

かと思えば、更に深く頭を下げる。


「それから、ごめんなさい。貴方を誤解してしまって……その挙句、駆け落ちまでして。あまつさえ、妹との仲を引き裂こうとした。敵の術中に嵌っているとも、知らずに……本当に愚かでした」


 心底反省した様子で陳謝し、姉はグッと奥歯を噛み締めた。

『私がもっと慎重に行動していたら……』と悔やむ彼女を前に、夫は両腕を組む。


「一先ず、謝罪は受け入れる」


 『今回の誘拐の損害と相殺だ』と言い、夫は馬車の扉を開けた。


「だから、さっさと帰れ。貴様を心から心配する者達が、待っている」


 『早く無事な姿を見せてやれ』と促す夫に、姉はハッとする。

と同時に、すぐそこまでやってきた両親や使用人の方を見た。

早くも泣きそうになっている彼らの前で、姉は僅かに目を見開く。

自分がどれほど、周りに想われているのか……今、本当の意味で理解したのだろう。


「はい、失礼します」


 最後にもう一度頭を下げ、姉は馬車から地上へ……実家へ降り立つ。

真っ直ぐ前を見据えながら。


「お父様、お母様、それに使用人の皆も────ただいま」


 ちょっと涙声になりながらも、姉は自分の帰還を……無事を知らせた。

すると、両親と使用人達は一も二もなく


「「「おかえりなさい」」」


 と、答える。

ポロポロと大粒の涙を流し、姉を囲む彼らは一様に肩の力を抜いた。

かと思えば、少しばかり目を吊り上げる。


「もう……!一体、どれだけ心配したと思っているの!」


「ラニット公爵家より、誘拐の一報を聞いた時は心臓が止まったぞ!」


「お願いですから、危ないことはしないでください!」


「お嬢様に何かあったらと思うと、胸が張り裂けそうです!」


 両親と使用人達は姉を愛しているからこそ、厳しい言葉を投げ掛けた。

『公爵様にまで迷惑を掛けて!』と叱りつける彼らに、姉は一切反論せずじっとしている。

以前までの彼女なら、『でも!』『だって!』と反発していた筈なのに。


 きっと、今回の一件を通して変わったのね。

お姉様は頑固で思い込みの激しいところがあるけど、決して成長しない人間ではないから。


 『逆境すらも糧にして、今後に活かす筈』と考える中、夫は顔を上げた。


「そろそろ、出発しろ」


 その言葉を合図に、馬車は再び走り出す。

と同時に、両親達がこちらへ向かって頭を下げた。

感謝の意を表すかのように。


「元を正せば、こちらの身内の不始末だというのに……頭の硬い連中だ」


 『感謝なぞ、する必要ないだろうに』と主張し、夫は小さく肩を竦める。

身から出た錆だと認識しているが故に、素直に気持ちを受け取れないようだ。

どこか悶々とした素振りを見せる彼の前で、私はスッと目を細める。


「それでも、旦那様のおかげで助かったことは事実ですから」 


 『お姉様の場合、自業自得な部分もありますし』と語り、私はあまり気にしないよう告げた。

すると、夫は


「そうか」


 とだけ言って、黙り込む。

多分、もう話すことがないのだろう。

いや、もしかしたら精神的に疲弊している私を気遣ってくれたのかもしれない。

今朝まで、姉の心配と今後の不安でいっぱいになっていたから。

『そういえば、昨日はあまり眠れなかったな』と思い出す中、私はウトウトと船を漕ぐ。

そして────気づいた時には、ベッドの上に居た。


 あ、れ?私、さっきまで馬車に乗って……?


 寝起きでぼんやりしつつも何とか視線を動かし、私は状況を把握しようとする。

────と、ここで横から手が伸びてきた。


「もう少し寝ていろ」


 そう言って、私の目元を手で覆うのは夫のヘレス・ノーチェ・ラニット。

ベッド脇で書類仕事でもしているのか、仄かにインクの匂いを漂わせる彼は指先で優しく瞼に触れた。

かと思えば、強制的に私の目を閉じさせる。

『さっさと眠れ』という意思を強く感じる行動に、私は少しばかり頬を緩めた。


「あの、二度寝する前に一つお聞きしたいんですが」


「なんだ?」


 『長くなりそうなら、打ち切るからな』と牽制しつつ、夫は話の先を促した。

なので、私は遠慮なく言葉を紡ぐ。


「ここはどこですか?」


 何となく予想はついているものの、私は敢えて質問した。

すると、夫は間髪容れずにこう答える。


「私達の屋敷だ」


 私達の、か。旦那様にとっては何気ない一言かもしれないけど、家族としてちゃんと数えられていることに喜びを覚えるわ。

最初は本邸にすら入れてもらえなかったことを思うと、余計に。


 『なんだか感慨深い』と思いつつ、私は柔らかい表情を浮かべる。


「そうですか。本当に帰って来られたんですね」

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