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27/50

迎え

◇◆◇◆


 ────時は少し遡り、義弟の自宅へ連れてこられた翌朝のこと。

私は自室として宛てがわれた部屋で朝食を摂り、またボーッとしていた。

のだが……


「やあ、義姉さん。おはよう」


 義弟の接触により、否が応でも現実を直視する羽目になる。

ニコニコと機嫌良さそうに笑う彼を前に、私は少しばかり身構えた。

もしかしたら、ロルフとのやり取りがバレてしまったのかもしれない、と思って。

『一応、証拠となりそうな紙は秘密裏に処分したけど』と思案する中、義弟は向かい側のソファへ腰を下ろす。


「昨日は放ったらかしにしちゃって、ごめんね。兄さんが引き止めてきて、なかなか帰れなかったんだよ」


 『離婚を言い渡された、八つ当たりかな?』なんてボヤきつつ、義弟はやれやれと肩を竦めた。

かと思えば、おもむろに片手を上げる。

すると、示し合わせたかのように執事が紙やペンを持ってきた。


 これは……やっぱり、昨日のやり取りを悟られている?それで、こちらに探りを入れようと……。


 『でも、それにしては露骨ね』と考えていると、義弟がこちらにペンを差し出す。


「だから、今日はきっちり持て成すよ。ただし、やるべきことをやってくれたらね」


「やるべきこと、ですか?」


 金の瞳に警戒心を滲ませ、私は口元に力を入れた。

『何を言われても動揺しないように』と自戒する私を前に、義弟はゆるりと口角を上げる。


「端的に言うと────兄さんに離婚を催促してほしい。もちろん、直接ではなく手紙でね」


 『対面だと、ボロが出やすいから』と語り、義弟は自身の顎に手を当てた。


「昨日の様子を見る限り、兄さんはなかなか離婚に応じてくれないと思う。だから、口汚く罵ってあちらが『もういい』と匙を投げるよう、仕向けてほしいんだ」


 『しつこく催促すれば、面倒臭がり屋の兄さんはいつか折れる』と主張し、義弟はクルリとペンを回す。

と同時に、先端でテーブルを突いた。


「安心して、文面はこっちで考えるから。義姉さんはそれを文字に起こしてくれれば、いい」


 『簡単でしょ?』と言い、義弟は再度こちらへペンを差し出す。

どことなく圧を掛けてくる彼の前で、私は素直にソレを受け取った。

ついでに、便箋も。


 要するに筆跡を誤魔化す手間を省くために、私自ら手紙を書いてほしいのね。

なかなか、惨いことを頼んでくるものだわ。

まあ、ロルフとのやり取りを知っている訳じゃなくて良かったけど。


 『そこだけは不幸中の幸い』と考えつつ、私は手元に視線を落とす。

複雑な心情を押し殺すように深呼吸しながら。


「分かりました。何を書けば、いいですか?」


 具体的な文章を提示するよう求めると、義弟はニッコリ笑った。


「話が早くて、助かるよ。やっぱり、義姉さんは賢い人だね」


 『扱いやすい』という意味合いで褒めちぎる義弟に、私は内心苦笑を漏らす。

全く嬉しくないわね、と思って。

手に握ったペンとテーブルにある便箋を眺め、私は小さく息を吐いた。

その瞬間────地響きのような凄まじい音が、耳を劈く。


「「何の音?」」


 思わず義弟と声を揃えてしまう私は、キョロキョロと辺りを見回した。

────と、ここでまた同じ音が。しかも、今度は振動まで伝わってくる。

『一体、何が起きているの?』と混乱する中、部屋の扉を蹴破られた。

反射的に席を立つ私と義弟の前に、二つの人影が現れる。

砂埃のせいでよく見えないが、ここの使用人じゃないことは何となく分かった。


 先程の大きな物音と言い……まさか、侵入者?


 などと予想を立てていると、砂埃が収まる。

そして、目にしたのは────


「旦那様、それにお姉様まで……」


 ────銀髪の美丈夫とオレンジ髪の女性の姿だった。


 ちゃんと私の出したヒントを正しく紐解いて、お姉様のこと助けてくれたんだ……それも、こんな短時間で。


 安堵と歓喜で胸がいっぱいになり、私は口元を押さえる。

そうしないと、泣いてしまいそうだったので。

『良かった……良かった』と心の中で繰り返す中、夫はこちらへ歩を進めた。

その途端、義弟が身を強ばらせるものの……彼は気にせず、私の前までやってくる。


「帰るぞ、レイチェル」


 そう言って、こちらに手を差し伸べる夫は至っていつも通りだった。

怒りや落胆といった感情は、全く感じられない。


「見ての通り、クラリス・アスチルベ・フィオーレは救出・保護した。だから、もうここに留まる理由はない」


 『さっさと来い』と促してくる夫に、私は少しばかり目を剥いた。

『あぁ、そうか。もう帰れるのか』と思って。


 別に旦那様やロルフを信用してなかった訳じゃないけど、いざ『帰る』という選択肢を提示されると……なんだか、現実感が湧かなくて。


 疑心暗鬼に近い心境へ陥り、私はまじまじと夫の手を見つめる。


「帰って……いいんですか?」


 半ば呆然としながら尋ねると、夫は一つ息を吐いた。


「当たり前のことを聞くな。連れ帰る気がなければ、そもそも迎えに来ない」


 『私は暇じゃないからな』と言い、夫はチラリと義弟の方を見る。


「昨日のことを憂いているなら断言しておくが、私は気にしていない。責任の所在は明らかだからな」


 『レイチェルが悪くないことは理解している』と主張し、夫はこちらに視線を戻した。

かと思えば、差し伸べた手を更に前へ突き出す。


「とにかく、何も心配は要らない。他に何か問題がある訳じゃないなら、早くこの手を取れ。私の元へ帰ってこい」


 真っ直ぐ目を見て説得してくる夫に、私は大きく瞳を揺らした。

と同時に、少しばかり頬を緩める。


「はい、旦那様」


 夫の言葉に突き動かされるまま……自分の感情の赴くまま、私は手を重ねた。

すると、直ぐにギュッと握られる。

そのおかげか、やっと『嗚呼、帰れるんだ』と実感が湧いてきた。

『なんにせよ、これで一件落着ね』なんて考えていると、義弟が


「ちょっと待った」


 と、声を上げる。

どことなく焦りを見せる彼は、さりげなく扉の方へ回った。


「悪いけど、義姉さんを帰す訳にはいかない」


「知るか。貴様の意見など、聞いていない」


 夫は間髪容れずに言い返し、義弟のことを軽く睨む。

『邪魔だ』と威嚇するかのように。


「今日のところは何もせず帰ろうと思っていたが、こちらの行動を妨げるなら容赦しないぞ」


 抜いたままの剣を握り直し、夫は『さっさと退け』と告げた。

が、義弟にも意地があるのか……それとも、もう後がないからか道を譲ろうとしない。


「そう。なら、僕のことも殺せば?父さんと母さんの時みたいにさ」


 前公爵夫妻の死を話題に出し、義弟は挑発してきた。

多分……夫を怒らせて自分に牙を剥くよう仕向けることで、私にトラウマを植え付ける算段なのだろう。

それでまた結婚生活を考えるキッカケになればいい、と思って。

まさに捨て身の作戦だ。


 半ば自暴自棄になっているのね。

だって、もうフェリクス様の目標は達成出来ないから。この挑発が成功しようと、失敗しようと。


 貴族令嬢の誘拐、ラニット公爵夫人の脅迫、離婚の強要……どれをとっても、厳罰は免れないだろう。

当主の座を奪い取るとか、そんなこと言っている場合ではない。

『だから、せめて一矢報いたいんだろうけど……』と思案する中、夫はただ冷静に


「私は────殺していない。前公爵も、その夫人も」


 と、主張した。

その途端、義弟はハッと乾いた笑みを零す。


「なにそれ?義姉さん達の前だから、浅はかにも自分の罪を隠そうとしているの?そんな見え透いた嘘をついてまで、さ」


「嘘では、ない」


 すかさず義弟の言い分を否定し、夫は自分が無実であることを訴えた。

すると、義弟は『なに今更……』と呟いて目を吊り上げる。

ややピンク寄りの赤い瞳に、苛立ちを滲ませながら。


「じゃあ、誰が僕の両親を殺したって言うのさ!」


「それは言えない」


 どことなく硬い声色でキッパリ断る夫に対し、義弟は顔を顰める。


「なら……!」


「だが、準備が出来次第……皇室の許可(・・・・・)が取れ次第、真実を明かすと約束する。それこそ、明日にでも」


「……はっ?」


 思わずといった様子で固まり、義弟は大きく瞳を揺らした。

まさか、()が自ら真実を話す気になるとは思わなかったのだろう。

『今までどんなに懇願しても、ダメだったのに……』と呆然とする義弟の前で、夫はスッと目を細める。


「こちらも、そろそろ我慢の限界だからな。全く関係のない第三者まで巻き込むような能無しには、付き合い切れない」

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― 新着の感想 ―
あぁ~? これ、両親の死亡からここまで第二王子の仕込みなんか? そうだとしたら根っからのクズ過ぎんか?
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