第六十話 私のバカ
みうに満くんは北野の弟だと説明したのち、道の端に逸れて満くんに詳しい事情を聞く。
「なあ、どの辺りでお姉ちゃんとはぐれたのか分かるか?」
「ううん。気づいたらいなくなってた」
「ま、そうだよな」
それが分かるぐらいなら迷子になったりしない。だから良い答えが返ってくることは、初めから期待してなかった。
「じゃあ満くんの分かる限りで、最後にお姉ちゃんといたのはどこか教えてくれ」
「えっとねー、あっちの方で射的した時はまだお姉ちゃんといたよ!」
満くんの指差す方向を見る。しかし人が多く、射的の屋台がどこにあるのかは分からなかった。
だが近づけば見つかるだろう。
「よし、じゃあとりあえずそこに向かってみるか」
「おおー!」
満くんが元気よく拳を挙げる。迷子とは思えないテンションだ。
その様子に、まだ小さいのになかなか胆力のある奴だと感心していると、そのままスタスタと一人で歩き始めてしまった。
「ちょ、待て。一人で勝手に行くな。一緒に行くぞ」
「あ、ごめんなさーい」
……満くんが迷子になった理由が分かってきたな。彼から目を離さないよう注意しながら、側を歩くみうに話しかける。
「みう。射的の屋台に向かう間、見張りも兼ねて満くんの話し相手になってやっててくれないか? その間に俺は北野に電話かけてみる。連絡先知らねえけどクラスWINEにいるだろうし」
「分かった」
役割分担だ。満くんも俺よりは可愛いお姉さんと話してる方が嬉しいだろう。
みうが満くんの隣に並んだのを確認して、スマホをポケットから取り出す。そしてクラスWINEを開いた。
メンバー一覧の画面にはズラッとクラスメイト達のアカウント名が並んでいる。だがアカウント名と一言に言っても、タイプは様々だった。
フルネームの者、苗字か名前だけの者、あだ名の者に、SNS等で使ってると思われるユーザー名の者。こういう時は、フルネームにしてくれている人の方が誰か分かりやすくて助かる。
北野もそのうちの一人だったためすぐに見つかった。さっと友達に追加し、電話をかける。
ポポパ、ポポパ、ポポパ、ポポパン。
ポポパ、ポポパ、ポポパ、ポポパン。
WINE独特の呼び出し音を聴きながら相手が出てくれるのを待つ。しかしいくら待っても繋がらなかった。
仕方がないので、軽くメッセージだけ送っておく。
――迷子の満くんを見つけた
もしこのメッセージに気づいたら電話くれ
これでもし北野がWINEを見れば電話をかけて来てくれるはずだ。そうなれば手っ取り早く解決できる。
「ねえ、お姉ちゃんはあのお兄ちゃんの彼女なのー?」
「違う」
「そっかー。でも二人は、今デートしてたんじゃないの?」
「それも、違う」
「そっかー」
聞いていて気恥ずかしい会話を耳に入れつつ、次はグループWINEを開いた。それは「お悩み解決部」のグループだ。
今日ここに来ているメンバーの過半数が入っている我らが部活のグループWINE。普段は動かしていないが、何かあった時は非常に役立ってくれる。
今回のような時は尚更だった。
――みんな、うちのクラスの北野天の弟さんが迷子になってるのを見つけた
兄弟揃って祭りに来てたらしい
だからもし北野を見かけたら連絡くれ
一応気づいてもらえる確率が上がるよう、三つにメッセージを分けて送信する。するとたちまち二つ既読がついた。
少し遅れて更に一つ。読んだ人達からはすぐに了解の意を示す返信が届いた。
舞鶴、大和、立也の三人。これで北野が見つかる確率がぐんと上がったはずだ。
早急に問題が解決することを祈りつつ、とりあえずやれることを終えた俺はスマホをポケットに戻す。そしてみうと満くんへと視線を戻し、その会話に耳を傾けた。
「満くん」
「なにー」
「カズとは、いつから知り合いなの?」
「カズ?」
「お兄ちゃんのこと」
「ああ、お兄ちゃんのことは一昨日知ったんだ。スーパーでたまたま出会ったそら姉ちゃんと、親しげに話してたんだよ!」
「……親しげに」
おい満くん。あれのどこが親しげに見えたんだ。
そう思うも、しかしツッコむことはできなかった。満くんの発言を否定してしまうと、満くんに北野と不仲だと思われることになる。
実際にどうなのかはさておき、今はそう思われるべきではないだろう。だから俺は黙っていた。
すると、チラッとみうがこちらを振り返ってくる。
「?」
どうしてだろうか。何となく……どことなくだが、その無表情がむっとしているように見えた。
……いや、きっと気のせいだろう。みうが不機嫌になる理由がない。
「あ、満くんの言ってた射的の屋台ってあれのことか?」
「え?」
その時ちょうど、射的と書かれた屋台が少し離れた位置に見つかった。指を指して満くんに尋ねると、彼はそちらの方を向きパッと笑顔になる。
「うん、そうだよ!」
どうやら当たりだったらしい。だが周囲には、残念ながら北野の姿は見つからなかった。
「よし。それなら、一旦この辺りで北野を待ってみるか。来るかは分からないが、満くんを探して一度通った所に戻ってくる可能性は高いからな」
「はーい!」
満くんが大きな声で賛成してくれる。俺達は祭りを楽しんでる人達の邪魔にならない位置で、北野が来るのを待ってみることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ」
息を切らして走る。
「すいません、通してください」
人を掻き分けて走る。
「……もう!」
だけど、なかなか満は見つからなかった。あの子は目を離すとすぐにどこかへ行ってしまう。
私の責任だ。私が少し気を奪われてしまったから。
「私のバカ」
私と満は私服姿で来た。そのことは普通だし、どこもおかしいことはない。
だけど……
私だって、一度ぐらいは着てみたかったんだ。可愛い浴衣を祭りの夜に。
満と別れてからもう五分ぐらいが経過していた。後悔しながらも、満に何かあってはいけないと急いで探す。
こんなことになった原因は全て私にあった。満と並んで歩いている時に、ふと目の端に留まった一人の女の人の浴衣姿。
綺麗な人で、とても浴衣が似合っていた。どこか見覚えがあった気がしたけど思い出せなかった。
浴衣に合わせて、髪型をお団子にしていたからかもしれない。とにかく私は見惚れてしまった。
そして思ってしまった。私も着てみたいと。
「ほんとバカ」
そんなもの、男勝りしている私には似合わない。そもそもそんな格好をするお金なんてうちにはない。
さっき何故か清水から着信があったスマホだって――満を探していて余裕がなかったため出なかった――、どうしても必要だったから生活を切り詰めて買ったものだ。浴衣を買うお金も、レンタルするお金もうちにはない。
美容院に通うお金も化粧品を揃えるお金も、贅沢するお金なんて一切なかった。それでも今日、何とか一回ぐらいは満に祭りを楽しませてあげたくて連れて来た。
少しずつ貯めたお金を使ってだ。それなのに、こんなことになってしまった。
立ち止まる。ギュッと拳を握りしめた。
息を整えて、もう一度駆け出そうとしたその時……
「あ、北野ー!」
「?」
どこかから私を呼ぶ声が聞こえた。キョロキョロと辺りを見回すと、「おーい」となおも呼びかけて来る。
それでようやく声のする方向を把握した私は、そちらへと振り向く。そこには手を振っているクラスメイトの姿があった。
福知大和だ。隣には、知らないポニーテールの女子が立っている。
「北野ー、弟さん見つかったってー!」
「!!」
その声に私は驚き、目を見開いた。どうして福知が満が迷子になったことを知っているのだろう。
そもそも満の存在すら知らないはずだ。
「どうして福知が満のこと知ってるの!?」
「それは……」
そして福知から理由を聞いた。全てを知り、良かったと一息つく。
「すぐに射的の屋台に向かうわ」
「俺らもついて行かなくて平気?」
「平気、場所は覚えてるから。それに……」
隣の女子をちらりと見て、すぐに福知に視線を戻した。
「デートの邪魔をするのも悪いし」
「デートじゃねえ!」
「あはははは」
勢いよくツッコミを入れる福知の隣で、見知らぬ女子は明るく笑っていた。デートじゃなかったんだ。
ということは……
「彼女じゃないの?」
「恋人でもねえ!」
「あはははは」




