第五十四回 さいてー
「それにしても、よくまち針無しで縫ってたな」
「……え?」
「いや、まち針もまち針の代用品も使わずに縫うのって難しくないか?」
まち針ネタをまだ引きずるのかと思った諸君、少し待って欲しい。これは俺のような裁縫マンには結構驚きのことなのだ。
「まあ、難しいけど。私は無しでも出来るし」
「……当たり前のように言ってるが、それってすごい才能だぞ?」
「そ、そう?」
「ああ」
褒められて喜んでいるのが、一目で丸分かりだった。北野のサイドテールが、右に左にゆらゆら揺れている。
分かりやすいなこいつ。しかし実際問題、布を刺し止めることなく、ズラさずに縫い続けるのは至難の技だった。
「……あ、褒めたって何も出ないからね」
「そうか」
ジト目で見てくる北野に一言返し、そこで会話を切り上げる。あまり時間がなかったからだ。
確認したリストによると、予想以上に作るべき衣装が多かった。ミシン勢の速度に期待だが、手縫いが必要なものも多い。
そろそろ作業を再開せねばならないだろう。北野も俺のそんな考えを察してくれたのか、特に何かを言うことなく作業に戻った。
黙々と裁縫に勤しむ俺と北野。だが家庭科室は、ミシンの音と、ミシンを担当している女子達の話し声で静かになることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
……なんで?
部活が終わり、天橋くんと一緒に教室に戻ってきた私はすぐにみうを発見した。だけど彼女に話しかける前に委員長の下へ向かう。
「あ、舞鶴。部活は終わったの?」
「うん。私も今から手伝うよ」
「ありがとう。じゃあ早速だけど黒板を見て」
指示された通りに黒板を見る。そこには大道具、小道具、衣装と三つの役職が書かれていて、更に各役職の下にクラスメイト達の名前が書かれていた。
これが何なのかはすぐに察することが出来た。多分、グループ分けとかしたんだ。
「あんな感じで、三つのグループに分かれたの。今来た舞鶴や天橋にもどこかのグループに入ってもらうわ。やりたい役職、ある?」
「……」
「……舞鶴?」
さて、ここで冒頭に戻る。黒板を眺め、各役職のメンバーを確認していた私は、微妙なしかめっ面を浮かべていただろう。
……なんで?
「舞鶴? 聞こえてる?」
「あ、うん委員長。聞こえてるよ」
「良かった。もしやりたい役職がないなら、人手の足りていない衣装係に入って欲しいんだけど……」
「えっと……もう少し決めるの待ってもらって良いかな?」
「うん。だけどなるべく早くしてね」
「もちろん。ありがとう、委員長!」
とりあえず色々と話したい人物がいるけど、今一番話したいのは彼だ。
「ねー、天橋くん」
「どうしたんだ?」
我らがサッカー部のエース、天橋くん。今年は、三年が力量不足だったこともあって大会の一回戦で負けてしまったけど、来年はきっと彼が上位まで導いてくれるだろう。
天橋くん以外の二年も強い。と、今はサッカー部は関係ないや。
「天橋くんはどの役職がやりたい?」
「俺はそうだな……大道具かな」
「ほんと!? 私と一緒だ!」
相手と意見を合わせたい時に万能なセリフだ。もちろん天橋くんがどの役職を選んでも、こう言うつもりだった。
……衣装係以外は。裁縫は、無理だし。
「じゃあ、私と天橋くんは大道具にするって委員長に伝えてくるね!」
「ああ、助かる。ありがとう」
再び委員長の下へ。
「委員長。私と天橋くんは大道具がやりたいんだけどいけるかな?」
「良いわよ。だけど、天橋と喋り過ぎて作業が進まないなんてことやめてよね」
軽く微笑んで、小声で忠告してくる委員長。
「そんなことはないから大丈夫!」
「まあ、舞鶴とは違って天橋は真面目だしね」
「もう!」
委員長は基本真面目だけど、こういうからかってくるような一面もあった。
「大道具のみんなは裏庭に行ってるわ。私達の組の資材は、そこに集められてるから。あなた達も、荷物を教室に置いたら向かってね」
「はーい」
裏庭か……遠いなぁ。この学校はかなり広い。
面倒だという思いをぐっとこらえ、またしても天橋くんの隣へ。
「大道具で良いって許可をもらえたよー。それで、大道具担当のみんなは裏庭に集まってるんだって」
「良かったな。だったら俺達も向かおうか」
「あ、先に天橋くんだけ向かっててくれない? 私、ちょっとみうに用事があって」
「ああ、分かった」
みうが所属する、小道具のグループは教室が作業場所らしかった。みう以外の、小道具のメンバーもみんな教室にいる。
天橋くんが教室を出て行くのを見届けた私は、テキトーな場所に荷物を置き彼女達の所へと向かった。
「あー、あやちゃんだ! 部活終わったんだね!」
「うん、ちょっと長引いちゃったけど」
「「「お疲れー」」」
「ありがと! 私はマネージャーだから、疲れるようなことはあんまりしてないんだけどね」
小道具のみんなに労ってもらう。えへへと笑って言葉を返した。
すると今度は、一人の男子が質問して来る。
「舞鶴さんも小道具のグループなの!?」
「違うんだー。私は大道具」
否定すると、がっくし落ち込んでいた。ふふ、私のことが好きみたいだ。
残念、私の心は天橋くんのもの……と、今はそんな場合じゃない。
「みう、ちょっといい?」
「……」
ちょいちょいと手招きする。みうは無言で立ち上がり、私の近くへと寄って来た。
そのまま二人で、廊下へと移動する。
「……」
「……」
一目で分かった。みうが落ち込んでることは。
その原因も分かる。各役職のメンバーを、黒板で見たから。
溜息をついて、彼女に尋ねた。
「はぁ……どうして清水と同じグループじゃないの?」
「……色々あって」
俯くみう。かわいい……じゃなかった、かわいそうだ。
私はグループ決めの瞬間を見ていないから何とも言えないけど、どうやらみうは失敗したようだった。
「しかも清水、よりにもよって衣装係だしね。他のメンバー、女子しかいないじゃない」
「……」
まったく。あいつはほんっっとに空気が読めない馬鹿だ。
あいつももっと鈍感じゃなければ、こんなことにならずに済んだのに。
「……でも」
「?」
私が心の中で清水に悪態をついていると、俯いていたみうが顔を上げた。
「今度、もう一度グループを再編成するらしいから。その時に、頑張る」
「……そっか」
健気なみうを見ていると心が癒される。真っ直ぐで良い子に育ってくれて私は嬉しいよ……。
「応援してるからね。私も出来る限りの協力はするから」
「うん。ありがと」
その後、みうは教室へと戻って行った。私はそのまま裏庭へと向かう。
道中、スマホを取り出して素早く操作した。
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ブー、ブー。
マナーモードにしていたスマートフォンが震える。一旦裁縫を中断し、ポケットから取り出し確認した。
WINEの相手は、舞鶴だ。届いたメッセージの内容は……
――さいてー
「……は?」
どうして、いきなり罵倒されなければいけないのだろうか。
「……どうしたの?」
「いや……」
突然素っ頓狂な声を上げた俺を、北野が訝しげな目で見てくる。
「何でもない」
とりあえず、一言送り返しておいた。
――急にどうした
既読が一瞬にしてつき、即返信が届く。
――さいてー
……せめて理由を教えてくれよ。
溜息をつく。これでは、俺にはどうすることも出来なかった。




