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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第五章 夏祭り編
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第五十三話 北野天

勢いだけで書きました。

「よろしく、みんな!」

「よろしく」

「頑張ろうね」

「うん!」


 衣装係の女子達五人に囲まれる。俺を含めて計六人だ。


「清水くんも、よろしくね!」

「おう」


 このクラスの女子は優しい人が多い。こうしてぼっちにも話しかけてくれるのだから。


 普通、こんな女子だらけの空間に、俺のような人間が紛れ込んでしまったら良い顔はされないだろう。


「……」


 ……彼女のように。


 一人、俺を冷たい目で見てくるのは茶髪でサイドテールの少女、北野きたのそらだ。天と書いてそらと読む、不思議な名前である。


 俺は初めて見た時に読めたが、某声優の名前を知らなかったらきっと読めていなかった。


「はいこれ。リスト」


 そこに委員長がやって来て一枚の紙を渡して来た。衣装係の一人が受け取る。


「とりあえず、今確定しているものだけでそれだけあるの。既に多いけど、ここから更に増えていく予定よ。大変な仕事だと思うけど頑張ってね」


 委員長はそれだけ言うと、黒板の前へと行ってしまった。そして全体へと告げる。


「みんな! 今配ったリストには必要な資材、工具、道具、そしてそれらの置き場も裏面に記載してるわ。各自それに従って行動してちょうだい。それでも分からないことがあったら、私に言ってね」

「「「はーい」」」


 用意周到だ。女子が持っているリストを横目で窺うと、彼女の言った通りの情報が見やすく羅列されている。


「グループ行動、開始!」


 グループ活動が、始まった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これが生地だ。色んなものがあるから、衣装に合わせて使えよ」


 さて、俺達衣装係は職員室にいた。まずは担任に預けていたらしい生地を貰いに来たのだ。


 そしてもう一つの用事へと移る。


「ああ、話は聞いてるわ。二組よね? ミシンも裁縫セットも家庭科室に置いてあるわ。一緒に向かいましょう」


 ミシンと裁縫セットの調達だ。これがなければ、何も始めることが出来ない。


 家庭科の先生に従い、共に家庭科室へと向かう。


 夏休みだからだろう。廊下は静かで、上履きが床を踏む音がコツコツと心地よく響いた。


 女子達の話し声と混じり、学校ならではのハーモニーを奏でる。


 ガチャ、ガラガラガラ。


 しばらくして、先生が家庭科室のドアを開ける音がそれを遮った。


「ついてきて」


 部屋の奥へと向かう先生の後ろをついていく。奥にはミシンがいくつか置かれていた。


「ここにあるミシンなら、どれでも好きなのを使っていいわ。裁縫セットも……」


 先生が棚を開く。


「ここに常備してるから自由に使ってくれて構わない。だけど、ミシンも裁縫セットも使用後はしっかり元の場所に戻しておくように」

「はい!」

「あ、あとミシンは家庭科室から持ち出すのは禁止よ。危ないから。裁縫セットは持ち運びも自由、ただし校外に持ち出すのは当然メッだからね」


 メッの所でビシッと人差し指を立てる先生。まだ二十代前半だからか様になっていた。


 可愛い。もしこれが京子先生だったりしたら……いや、何も言わないでおこう。


「それじゃあ私はこれで。鍵は渡しておくからあとは好きにしてねー」


 ……え?


「監視とかしなくて大丈夫なんですか!?」


 俺の疑問を、女子の一人が代弁してくれる。だけど先生は笑ってこう言い放った。


「大丈夫、大丈夫。この学園は自由の校風がモットーだから。作業を先生に見張られてても窮屈でしょ? 私も面倒だし」


 だからそれは自由の校風じゃなくて放任主義だ……。衣装係一同、改めて自分達の通っている学校に呆れてしまう。


「じゃあねー」


 鍵だけ置いて、先生は行ってしまった。家庭科室のドアを閉じる音が鳴り響く。


 みんなで呆然とする中、一人が戸惑うように発言した。


「と、とりあえず始めよっか?」

「「「…………」」」


 この学校はもうダメかもしれない。


 ・

 ・

 ・


 糸を通した針を手に持ち、一つ一つ縫っていく。糸はもちろん、生地と同じ色のものだ。


「……」

「……」


 会話はない。それもそうだろう。


 このテーブルで作業をしているのは、俺と北野天の二人なのだから。言っておくが、俺は別に彼女のことが嫌いな訳ではない。


 ただ向こうが俺を嫌っているから……。多分……。


「……」

「……」


 衣装係はあの後、手縫い担当とミシン担当に分かれた。どちらが得意なのかで分かれ、そして俺と北野は手縫い担当についた。


 手縫いとミシン、それぞれにメリットがある。例を挙げていくと……


 手縫いのメリット

 ・薄い生地を縫いやすい。

 ・装飾品の取り付けが出来る。

 ・完成後に糸が切れてもほつれにくく、迅速な補修が可能。

 ・どこでも作業が出来る。


 ミシンのメリット

 ・厚い生地を縫いやすい。

 ・丈夫に縫うことが出来る。

 ・綺麗に仕上がる。

 ・おそろしく速い作業。オレでなきゃ見逃しちゃうね。


 他にもあるが、ざっとこんな所だろうか。どちらが良くてどちらが悪いとも言えない。


 状況に応じて使い分けていくのが大切だ。今回は手縫い派が少なかったため、俺は手縫いをすることに決めたのである。


 それにしても……


「……」

「……」


 ……気まずいな。少し前ならともかく、最近の俺は誰かといる時は喋ることが増えてきた。


 そのためか、会話のない空間への耐性が弱まってきている。こういう時は、作業に没頭して何も考えないようにしよ……


「……!」


 ふと、北野の手元が視界に入る。見事な手際で、作業を素早く進めていた。


 もちろん手抜きをしている部分はなく、縫い目も非常に綺麗。洗練されている。


 ぶるり。俺の心が、震えた。


 ……負けられねえな。


 清水和夫、十六歳。これでも家事全般にはかなり自信がある。


 特に裁縫。自慢じゃないが、裁縫の腕に関しては学内でも一位だと思っていた。


 他の生徒の腕前を知っている訳ではないが、勝手にそう思い込んでいるのだ。故に、こんな所で負ける訳にいかない。


 ……一肌脱ぐか。


 呼吸を整える。目をカッと見開き……


「はあっ!」


 その裁縫テクは凄まじいものだった。一目見れば多くの奥様方がひれ伏し、「どうか裁縫を教えてください神様」と、世間の目も気にせず懇願してくることだろう。


 それほどまでの速さと大胆さ、そして乱れ一つない縫い目。縦横無尽に操られる針は、寸分違わず目的の場所を貫く。


 突然変化した俺の様子に、北野は息を飲んでいた。作業をしていた手も、今は停止状態。


 チラリと彼女と視線を合わせる。ふっと笑い、そして目で一言だけ告げた。


 おい、もう終わりか?


「!!」


 北野の瞳に火がついた。彼女も負けじと作業を再開する。


 これまでも非常にレベルの高かった彼女の手際。しかし再開後は、更に高みへと上り詰めていた。


 まるでメタル狩りを済ませたかのように。まるで狩り過ぎてラスボスを楽々と倒せるレベルまで上がった勇者のように。


 しかし哀れかな。今の俺は、裏ボスさえも軽々と倒せるだろう。


「……くっ!」


 愉悦。圧倒的愉悦。


 北野は歯ぎしりをした。苦しむような表情で魔王おれに挑む北野の姿は、何とも心地が良い。


 愚かだ。愚か過ぎて笑いが込み上げてくる。


 フハハハハ! やはり、俺に敵うものなどこの校内には一人も……


「……?」


 何だ? 何かがおかしい。


 一度手を止め、北野の手元を先程までよりも注意深く観察する。しかし目を凝らして凝視しても、やはり魔王おれには到底太刀打ち出来るものではなかった……いや!


 そこでようやく気づく。違和感の正体に。


 こいつ、こいつ……


 どんどん速度が、上がってやがる!


 まさか、今なお進化しているというのか? 今なおレベルアップしているというのか!?


 あり得ない、そんなことなど。何故なら彼女のレベル上げはもう終わっているはず……


「まさか!」


 まだ、メタル狩りは終わっていなかった……?


「ふっ」


 にやり。俺を見てほくそ笑む北野の顔は、もう魔王に苦戦する勇者のものではなかった。


 瞳に宿した炎は更に燃え上がる。その指に握った針は、光を反射し神々しく輝いている。


 そして満を持して、彼女が決戦にと手に取ったものは……


「馬鹿なっ! まち針だと!?」


 そんな……まさか……。だから北野は……。


 ここに来て俺は遂に理解した。ずっと疑問に思っていたのだ。


 どうして彼女は、まち針を一切使おうとしなかったのかと。


 最初は、それが彼女流のスタイルなのかと思った。しかしどう考えても、まち針を禁止するのは衣服を縫い辛くするだけだった。


 しかしようやく、ようやく彼女の意図を察することが出来た。彼女は取っておいたのだ。


 最後の切り札として。少し長いまち針という、一寸法師には大きく我々人類には武器にもならないはずの、その小さなロトの剣を。


「……」

「……」


 二人、目を合わせ不敵に笑い合う。ここからが彼女の本気ということだ。


 良かろう。かかってこい。


 それでも俺が負けることはない。完膚なきまでに叩き潰してやろうではないか。


 そう思い。針を構える。


 いざ、最終決戦だと意気込み布に針を通した所で……


「あ」


 北野が声を上げた。どうしたのだろうかと、彼女を見る。


「……その、糸がなくなったから……」


 北野の顔は、みるみるうちに赤く染まっていった。


「そっちの赤色の糸……ちょうだい」


 …………。


 俺は無言で、裁縫セットから赤い糸を取り出した。


「ほらよ」

「あ、ありがと……一応お礼は言っておくけど、べ、別に感謝なんてしてないんだから」

「……そうか」


 興が冷める。そして改めて冷静になった所で、俺はもう一度考えた。


 どうして北野は、最初からまち針を使わなかったんだろう?

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