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ビッチの恋愛相談役  作者: ほまりん
第四章 海旅行編
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第四十八話 ツンツン

 時刻は三時を過ぎたころ。俺達は海から引き上げていた。


「疲れたー」


 そりゃあ疲れただろうと大和を見る。こいつはずっと遊んでいた。


「旅館に戻ってからどうする?」

「UMOでもするか」

「マジ賛成!」


 まだ遊ぶのか。体力を消費しないカードゲームとはいえ、俺なんかはもうそれすらしたくなかった。


 ビーチにいる間は、ほとんどパラソルの下でのんびりしてただけだ。それでも疲れがたまっている。


 みうの目も死んでいた。立也はまだまだ元気そうだが……。


「お前、大丈夫か?」

「うん、もちろん!」

「……誰にも聞かれてねえし、そのモードやめてもいいだろ」

「……そうね。やめる」


 舞鶴は、あの大学生達との一件以来なんだか元気がなかった。怖かったのだろうか、若干泣いてたし。


 だが、言ってはなんだがあの程度でめげるほど乙女な奴じゃないはずだ。


「疲れてんのか?」

「これだけ遊べば嫌でも疲れるわよ」

「だな」


 今、俺と舞鶴は最後尾にいる。よって、俺達の会話を聞く者はいない。


 どうして彼女の元気がないのだろうか。そう考えた時、俺の中に一つの可能性が浮かび上がった。


「……そうか」

「急にどうしたの?」

「いや……」


 気づいてしまった。俺は気づいてしまった。


 むしろどうして気がつかなかったのか。


「……気にすることはねえよ」

「何をよ」


 俺は大学生達と舞鶴との会話を聞いていた。言質を取るために、ハルが来る直前辺りから録画していたのだ。


 あの時の会話を思い出す。そして、彼女を慰めることの出来る最適な発言をした。


「女の価値は胸のサイズで決まらない」

「死ね」


 あれ、違った? 確か胸のことを言われて凹んでなかったか?


 急にいつものノリで罵倒して来た舞鶴に首を傾げる。


「それで悩んでたんじゃなかったのか」

「もう諦めてるわよ」

「それもそうか」

「あんたぶん殴られたいの?」

「すいません」


 即座に謝った。ぶん殴られないように。


 そして言葉を続ける。


「……ま、今朝も言ったけど」

「?」

「立也は、あんまし元気のない奴は好きじゃねえから」

「……肝に銘じとく」

「それだけ肝が太けりゃ、もう忘れることはねえだろな」

「……あんた、最近調子ノってない?」


 生意気、キモい、うざい、引く、など散々貶されている内に旅館に辿り着いた。面倒ごともあった海だったが、やっとこれで落ち着ける。


 とりあえず、舞鶴が元の元気を取り戻してくれて良かった。そう安心するが。


「あ、一つだけ言っておくことがあるの」

「なんだ?」

「私、天橋くんの下の名前呼ぶの諦める」

「……は?」

「というか」


 彼女が何を考えているのかまでは、まるで理解することが出来なかった。


「私にとってそれは、違う意味を持つから」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 風呂。それは至福の時だ。


 汚れは落ちる、疲れは取れる、そのうえ心地良いという、一石二鳥はおろか一石三鳥である。嫌いではない。


「ふう」


 ああ、気持ちがいい。気持ちが良すぎて睡魔が襲ってくる。


 このまま寝たい。寝てしまおうか。


「カズ、風呂の中で寝ると溺れ死ぬかもしれないぞ」

「……分かってる」


 立也の声で目を覚ました。いかんいかん、寝るなら布団に入ってからだ。


 あのあと、立也達は言っていた通りUMOを始めた。その後、晩飯の時間になる前に風呂に入ろうという話になった。


 一度海上がりにシャワーで流したとはいえ、やはり体のベタつきが気持ち悪かったからだ。綺麗さっぱりにして、美味しく晩飯を食べようという算段である。


「先に上がるわ」

「珍しいな、カズがこんなに早く風呂を出るなんて」

「このままじゃ眠すぎてもたない。晩飯まで寝てる」

「そうか」


 名残惜しいが、一足先に風呂を出ることにした。


「あれ、清水っちもう上がるの?」

「ああ」


 風呂を出て、体を拭き浴衣を着る。そのまま元々着ていた服を持って部屋へと向かった。


 部屋に着いてすぐ、服を片付ける。自分の分の布団を敷き、そのまま布団へと倒れこんだ。


 瞬く間に意識がシャットダウンする。俺は夢の世界へといざなわれた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 ツンツン。


 んん……。


 ツンツン。


 ……ん。


 ツンツ……


 パチリ。


 目を覚ました。


「……ん?」


 目を開けると、そこにはみうの顔が。彼女は相変わらずの無表情で俺を見下ろしている。


 ……どういう状況だ?


 寝ぼけた頭でなんとか振り返る。俺は風呂に入っていて、それで眠たくなって……


 そうだ。布団を敷いて寝たんだ。


 そして今起きたと、そういうことだろう。とりあえず。


「……おはよう」

「おはよう」


 寝起きの挨拶をする。それを済ませたあと、少し気になることを尋ねた。


「なあ、みう」

「?」

「俺の頬、つついてたか?」

「……!」


 みうが珍しく口をつぐむ。その後、彼女は目を逸らし答えた。


「……つついた」

「それは……」

「蚊が止まってたからした。でも叩くのは起こしちゃうから、やめた」

「お、おう。そうか。ありがとな」

「ん」


 これまた珍しくみうが早口になっていた。必死に誤魔化しているように見えるが、きっと気のせいだろう。


 みうに限ってそんなことをするとは思えない。だからこの件はそれで終わりとした。


 そして気になることがもう一つ。ここにはみう以外の誰もいない。


 時計をチラッと見てみると、晩飯の時間が結構近づいていた。そのため、まだ風呂に入ってるということはないはずだ。


「他のみんなは?」

「近くのコンビニに行った。もうそろそろ、帰ってくると思う」

「分かった」


 そのまま静かにみうと二人で待っていると、彼女の言う通りほどなくして帰って来た。


「ただいまー」

「あれ、清水っち起きてるじゃん!」

「おう。ついさっき起きた」

「そうか。なら、買って来たものを置いて夕食に向かうとしよう。私もお腹がすいた」

「ですね! 今日の夕食何だろ、楽しみだなー」


 わいわいと騒がしくなる部屋。京子先生の提案に従い、俺たちは夕食会場へと向かった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おやつ買いにコンビニ行かない? 夕食前に」


 そんなことを言い出したのは、福知だった。


「そうだな。まだ微妙に時間があるし、ちょうどいいな」

「賛成! 買い貯めてた分は、昨日みうがぜーんぶ食べちゃったし」


 む。あやが、からかうように私を見てくる。


「ごめん」


 でも、私に非がある。ここは大人しく謝ろう。


「コンビニに行くなら、私が奢ってやるぞ」

「マジっすか!?」

「ああ。その代わり私がこの旅行について来たことは他言しないでくれ」

「あ、口止め料っすね!」

「ま、そんなとこだ。バレると面倒なのでな」


 京子先生と福知が笑い合った。


「よし、早速行こう!」


 福知が立つ。それに続いて、みんなも立った。


 私とカズ以外の。


「あれ、みうは行かないの?」

「私は……」


 一人、寝ている彼をチラリと見る。


「うん、行かない。疲れたから」

「そっかー」


 あやがニヤニヤ笑った。みとおされてる。


「でも私の分も、買って来て」

「良いよ!」


 よし。お菓子はかくほした。


「じゃあ、もしカズが起きたら言っておいてくれ。俺達はコンビニに行ったって」

「分かった」


 こくり。天橋の言葉にうなずく。


「行ってくるねー」


 そのままみんなは、コンビニに行った。


「……」


 すすっ。


 座ったまま、少し移動。彼のそばに。


「……すぅ……すぅ」


 ちょっとだけ寝息が聞こえた。寝顔をのぞきみる。


「……」


 また少し移動。今度は彼からはなれる。


 自分の鞄の近くに行き、スマホを手に取る。


「……」


 またまた少し移動。もう一度、彼のそばに。


「……すぅ……すぅ」


 スマホをつけて、カメラをタッチ。かまえて……


 パシャリ。


 撮れた。彼はまだ起きない。


「……」


 写真を確認する。しっかり映っていた。


 かわいい。


「……」


 スマホを片付け、しばらく寝顔を眺める。


「……すぅ……すぅ」


 ……ほっぺをツンツンしたい。


 みんなが喋っていても起きなかった。写真を撮っても起きなかった。


 多分、大丈夫。一度だけ。


「……」


 ツン。


 彼は、思った通り無反応。


 ……いける。


「……」


 ツンツン。


 ツンツン。


 ツンツ……


 パチリ。


 あ……。


「……おはよう」

「おはよう」


 彼は目を覚ます。平常心で、あいさつ。


 問題ない。多分、バレてな……


「なあ、みう」

「?」

「俺の頬、つついてたか?」

「……!」


 バレてた。どうしよう。


 ……そうだ。


「……つついた」

「それは……」

「蚊が止まってたからした。でも叩くのは起こしちゃうから、やめた」

「お、おう。そうか。ありがとな」

「ん」


 完璧な言い訳。これでもう、大丈夫。

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