第四十六話 海ではチャラ男に気を付けて
お久しぶりです。
ビーチパラソルの下、並んで座る二人を遠くから眺める。
「良い感じじゃない!?」
「だな」
大和のテンション高めな声に相槌をうった。大和が言っているのはもちろんカズとみうのことだ。
「作戦成功!」
「うまくいったね」
「ああ」
俺達が早速騒ぎ始めたのは、体力のないカズとみうを二人きりにするためだった。大和やみう、そして彩と事前に打ち合わせしておいたのだ。
「え、みんな何の話?」
勝男だけは何も知らないが。
「そらっ」
話を逸らすため手に持っていたビーチボールを空へ打ち上げる。潮風は弱く、あまりボールが流されることもなかった。
「とっとっと……えい!」
トスを繋ぐ彩を尻目に、もう一度だけビーチパラソルの方を見やる。あれだけ照れている親友の姿を見たのは、今日が初めてだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「疲れたー」
舞鶴が俺達の下にやってくる。彼女の後ろには他のメンバーもついてきていた。
「少し休憩~」
ようやく遊ぶことを中断してくれた彼らに感謝する。このままみうと二人っきりの空間が続くとやばかった。
あ、みうはあれからすぐにパーカーを羽織い直したので今はもう健全です、はい。
「よっと」
舞鶴と立也はビーチテントに入り座り込んだ。大和とモブ田はまだ目の前でじゃれている。
途端に騒がしくなった。
「…………」
先ほどから静かなみうを横目でちらりと見る。彼女の表情はいつも通り変化がない。
やっぱり意識していたのは俺だけだったよな?
……あっぶねー。このままでは危うく『あれ、もしかして俺のこと好きなのかな?』などと童貞丸出しの勘違いをして無様を晒す所だった。
そんな訳がないと現状を正しく認識し、息をゆっくり吐き出す。
「よっ」
腰を上げ、ビーチパラソルが作ってくれていた日陰から出て行く。日差しはこの海に来た時よりも強くなっていて、日焼け止めを塗っていないこの体ではすぐに日焼けしてしまいそうだ。
「暑い……」
よくこんな炎天下でこいつら遊んでたな。俺なら外にいるだけで体力がゴリゴリ削られるぞ。
僅かばかりの尊敬を友人達に抱きつつ、波が押し寄せる海を眺める。小さな子供から大の大人まで、年齢層に関係なく海に揺られていた。
立也がビーチテントから出てくる。そのまま俺の隣に並んだ。
考えていることは、多分同じだ。
「……愛は、海が好きだったな」
「ああ」
こくりと頷く。夏が来るたびに『海に行こう!』と騒いでいたことが、強く印象に残っていた。
「愛って、誰?」
俺と立也の会話を聞いていた舞鶴が、きょとんとした顔で尋ねてきた。いつの間にビーチテントから出てきたのか。
「……俺と立也の親友だよ」
「へー、どんな子?」
「そうだな……顔のレベルはかなり高い方だ。しかも元気で明るくよく笑う、裏表のない奴で愛嬌があった」
誰かさんとは違ってと若干の皮肉を込めた目で舞鶴を見る。ムッと頬を膨らませてくるが、事実なので俺に非はない。
「まあ……」
じっと海から目を逸らさない立也の横顔を窺う。
「もう、この世にはいねえんだけどな」
「!!」
舞鶴が表情を一変させた。さっきまでの嫉妬を孕んだものではなく、驚きに満ちた顔だ。
立也は今もなお、海をずっと見続けている。
「この前、遊園地に行っただろ?」
「……うん」
「あの時観覧車に乗れなかったのは……と、舞鶴は知ってたっけか。六年前のテロが原因だって」
「うん……私から聞いたし」
「そのテロの犠牲者の一人が愛なんだ。それがトラウマになって、ずっと観覧車に乗れなかった」
「…………」
舞鶴の表情が暗くなる。そこでふと我に返った。
「というか、俺はせっかくの旅行中に何の話してるんだ。すまん、忘れてくれ」
「……そうだよー。気分が沈んじゃうじゃんか、清水くんのバカ!」
「悪りぃ」
こんな話をしても空気が悪くなるだけだ。
「……それに、忘れられる訳ないし」
「ん? 何か言ったか?」
「ううん、何でもない!」
キャピッといつものように笑う舞鶴。しかしその笑顔が、どこか普段と違うように感じた。
「あ、私、少し向こうの方に行ってみるね。誰もいないし、穴場かもだし!」
「ちょ」
それだけ言い残すと、舞鶴は急いで指差した方向へ走って行った。行動が早く、止める間も無い。
……ビーチサンダル&砂浜ということで、走る速度自体は遅かったが。
「……やっちまった」
「だな」
「あんな話したって気を遣わせるだけだってのに」
「カズは時々間が抜けてるから」
「え?」
立也の言うことは引っかかるが、とりあえず今は反省しよう。こういう空気の読めないことをする辺りが、長きに渡るぼっち生活を送ってきた弊害だ。
そう自己嫌悪し始めた時、大きな声が遠くから届く。
「どうだ!? 私をナンパする気はないか!?」
「い、いえ……結構です」
聞き覚えのある声だった。ぼっち生活ならぬ独身生活を長く続けていると、ああなるらしい。
初めて、ぼっちに慣れた自分に危機感を覚えたことは言うまでもない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
辺りに人影はなかった。口をついて出た言葉だったけど、本当に穴場なのかもしれない。
聞こえるのは波の音と私の溜息だけだ。砂浜に座り込み、ぼーっと海を眺めた。
「…………」
耳の奥では、清水の言葉がこだましていた。
――テロの犠牲者の一人が愛なんだ
さっきの清水は軽く話していたけど、私は見ている。遊園地で苦しそうにしていたあいつの姿を。
あの時は天橋くんも辛そうにしていて、何かがあるんだろうとは思っていた。そして一番当たって欲しくない予想を清水に尋ねたんだけど、見事に的中した。
――六年前の、テロ事件が関係してたりする?
それを聞いた清水の反応はすごかった。突然発作を起こして、手に持っていたペットボトルも落としていた。
あんな様子を見てしまってたら嫌でも分かる。愛という女の子は、清水と天橋くんにとってとても大事な子だったんだって。
そうして約三ヶ月前の出来事を思い出していた時、砂浜を歩く音が右の方から聞こえて来た。誰だろうと振り向くと、そこには見慣れた親友がいた。
「あや」
「みう……どうしたの?」
「あやが、戻って来ないから」
「そんなに時間経ってないんだし、心配しなくても良いのに……」
「もう、三十分近く経ってる」
「え、うそ!?」
「ほんと」
時計がないから、時間は確認できない。
「いつの間に……」
「何か、考えごとしてた?」
「ううん、何でもないよ!」
「……あやの嘘は、バレバレ」
「じゃあ、内緒ってことで」
「む」
不機嫌そうにする親友に、あははと笑う。みうには絶対に知られたくなかった。
清水と天橋くんにとって大切な、愛ちゃんのことを。
「でも、これ以上ここにいたらみんなに心配かけちゃうね。もう戻ることにする」
よっと腰を上げた。お尻の所についた砂を払いながら立ち上がる。
砂は湿っていなくて、簡単に払い落とせた。
「行こっか」
「うん」
みうがこくりと頷く。だけど二人で歩き出そうとした時だった。
「あれー? 人いんじゃん」
「ほんとだ。誰もいねーと思ったのによ」
「ん、でもさ。この子ら可愛くね?」
大学生ぐらいだろうか。少し年上に見える男子二人が現れた。
片方は髪を金色に、もう片方は赤く染めていて、見るからにチャラそうな人達だ。私は人をみかけで判断するタイプで、今回は何だか嫌な予感がした。
「みう、行こ」
みうの手を引く。そのまま彼らに関わらずにその場を離れようとするも、彼らの横を通り過ぎることは出来なかった。
「はい、ストーップ」
金髪の方が、私達の行く手を遮るように手を伸ばしてきたからだ。仕方なく足を止め、キッと睨みつける。
「……何ですか?」
「いやーさ、ちょっとお兄さん達と遊んで行かない?」
「断ります」
「あー断られちった。でもほら、周りを見て?」
二人の男は、私がこれまで嫌になるほど見てきたいやらしい表情をしていた。彼らの計四つの視線は全て、私とみうの体へと注がれている。
「誰もいないんじゃん? だから何が起きても気づかれないと思うんだよねー」
「そうですか。でも残念ながら何も起きないので」
「もうつれないなー。いいじゃん、ちょっと遊ぶぐらい。ほら、一夏の思い出ってやつ?」
そんなくだらないことを言いながら伸ばしてきた金髪の手を打ち払う。
バシッ!
「いってー! 何すんだよ!!」
「それはこっちのセリフ」
金髪は途端に機嫌を悪くし怒鳴ってきた。やかましい。
「……あや」
「みう、心配しないで」
みうは私の背中に隠れるようにして立っていた。震えているのが、繋いだ手から伝わってくる。
ギュッと手を握り返し、私は言った。
「みうは私が守るから」
みうを怖がらせる奴だけは許せない。私は一人では弱いけど、みうを守ろうとしている時だけは強くあれた。
昔から。
「ハハハハッ!」
金髪は依然として不機嫌そうにしていた。しかし赤髪は、私の言葉を聞いて声を出して笑う。
「守る、ねぇ。そんなか細い腕でどうやって守るのかな?」
ガシッ。
赤髪は急に私の手首を掴んできた。
「……ッ! 離してっ!」
「いーやーだよっ」
グイッと力強く引っ張られる。私の力では抗うことは不可能だ。
心は強くあれても、男女の力の差はどうしようもなかった。みうと繋いでいた手が、離れてしまう。
「はは、力弱っ! よくこんなんで言えたな」
「やっ! 離してって、言ってるじゃない!!」
「だから~、嫌だって言ってるじゃない!」
赤髪は私の口調を真似するように言う。その顔は、私を嘲るように歪んでいた。
ムカつくムカつくムカつくムカつく!
「なあ、俺はこっちの女で楽しむことにするわ!!」
「……分かったよ」
赤髪が大きな声で告げる。それを聞いた金髪は、「じゃあ俺は」とみうの方を向いた。
「この子と楽しもうかな」
「……いやっ」
「拒否権なんてねえよ!」
みうが掴まれる。
「みうっ!」
だけど、私にはどうすることも出来なかった。
「なあ、ここじゃあまだ人が来る可能性あるからよ。もっとあっちに行ってやろうぜ」
「だな。忘れたカメラ取りに行ってるハルにも連絡しねえと」
精一杯の力を込めて、赤髪から離れようともがく。
「こいつっ、暴れんな!」
しかしそれでもふりほどくことは出来ない。
「ついてこい!」
私とみうは、二人の男に引っ張られる。どれだけもがいても抗うことは出来なかった。
「いい加減大人しくしろ!」
それでも無理やり暴れて、右腕の自由だけでも確保した。そして後頭部へ持っていき、ポニーテールに結んでいたヘアゴムをすっと取った。
再び右手首を掴まれる。その時、手を開きヘアゴムを地面に落とした。
「いつまで暴れてんだ!」
「!!」
バシッと、頬を叩かれる。浮かび上がってきた涙はぐっと堪えた。
こんな奴らに泣かされてたまるか。
「ようやく大人しくなりやがった……。あんまりさ、抵抗するのはやめろよ? 俺も暴力的行為はそんなに好きじゃないからさあ」
「どの口が言ってるんだか」
「ああ?」
震えそうな声を抑えて強気に振る舞う。弱気になったら終わりだ。
「……ちっ、まあ今の内にせいぜいたっぷり吠えてな。あとで散々喘がせてやるからよ」
そして私とみうは、更に人影のなさそうな方へと連れていかれた。
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数分後。
「…………」
舞鶴達が揉めていた場所に、一人の男子が現れる。黒髪の彼は、落ちていた見覚えのあるヘアゴムをそっと拾った。




