第四十三話 カラオケ
今回パロネタ多いです。分からない方、申し訳ございません!
清水が勝利し、トランプが終わった。
京子先生の過去話から逃れるように私達は男子部屋を出る。行く先もないので、女子部屋に付いているカラオケルームに行くこととなった。
この旅館のホームページを見た時は、いくつかの部屋には専用のカラオケルームがあると知って驚いた。去年までは大部屋にしか付属していなかったのだけど、今年から小部屋にもつけてみたらしい。
私は歌がそこそこ得意だし、カラオケは好きだ。というか、家事以外の女子力を高めるスキルは基本的に身に着けていると言って良い。
だから、今は少しワクワクしている。久しぶりに天橋くんのかっこいい声が聞けるし、私のかわいさアピールにも繋がるからだ。
だけどそんな私よりもよっぽど浮かれている人がいた。決して顔には出していないが、そのことは長年の付き合いから雰囲気だけで察することが出来た。
みうだ。
いつもと変わらない無表情。いつもと変わらない歩調。
だけど、他の皆は気づいていないかもしれないが、あれは確実に浮かれている。私の慧眼がそう言っていた。
理由はもちろん分かっている。みうの機嫌をよくしている正体へと私は目を向けた。
そいつは女子とのカラオケが初めてなのか、妙にソワソワした態度で歩いていた。そう、清水である。
私、みう、天橋くん、福知、それと寺田。この五人でカラオケに行ったことは何度かあったけど清水とカラオケに来たことはまだ一度もない。
みうは清水の歌を聞くのが楽しみなのだ。ちょんちょんとみうの肩を叩く。
「みう、嬉しそうだね」
「……顔に出てる?」
「私以外にはバレてないと思うよ」
「なら良かった」
と言いつつ、みうは私の発言に危機感を覚えたのか表情を先程よりキリッとさせている。清水達に浮かれていることを知られないためだろう。
みうの表情の変化は些細なもので、この変化も多分私以外に気づく人はいない。それでも以前よりみうは表情豊かになった。
良い傾向だと思う。
いつかみうの表情が完全に戻ってくる日を、私は願っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
可愛い女子とカラオケ。日本男児なら、一度は憧れるシチュエーションだろう。
もちろん俺だってそうだ。浮かれる心を抑えつけ、皆と共に歩く。
廊下を曲がって少し行くと女子部屋に辿り着いた。中に入り、入ってすぐ右手にあるドアを開くとそこがカラオケルームだった。
「誰から歌う?」
電気をつけ、エアコンを起動し、各自テキトーな場所に座った後に大和がそう皆に問いかけた。舞鶴はしっかり立也の隣を確保している。
「とりあえずいつも通り勝男から行く?」
カツオ?
「おっけー」
あ、モブ田のことか。一瞬マジで誰か分からなかった。
モブ田は曲を入れるとマイクを持ち、スタっと起立する。ちらりと横目で舞鶴を確認しているので、良い所を見せようと奮っているに違いない。
てかモブ田がいつも一番最初に歌うんだ……。
いや、別にモブ田を馬鹿にしてるとかではなくただ何となく意外だなと思っただけだ。彼が最初に歌うことになんら問題がある訳ではない。
イントロが流れ始め、カラオケ特有の謎の映像が映し出される。選曲はイグザイルの名曲『超超電車』。
知らない人は少ないだろう。普段イグザイルを聞かない俺だってサビならば歌える。
イグザイルの曲は全般的にカッコいい。上手くいけば確かに舞鶴に良い所を見せられるだろう。
数秒経ち、画面に歌詞が表示される。イントロが終わり、いざ!
「ボェェエエエ」
歌下手だなおい。
他の皆は慣れているらしく、特に動じることなく自分達が歌う曲を予約していた。俺以外の全員が予約し終わり、俺へとリモコンが回って来る。
何を入れるか考える。しかしどういう選曲が良いのかはまるで見当がつかなかった。
こういうリア充カラオケって皆どんな曲を歌うのだろう。参考にと皆が何を入れたのか履歴を確認する。
aika、『クワガタムシ』。
東野かな、『トリアツカイセツメイショ』。
ReeeeD、『ミラクル』。
隙間ボタン、『全力青年』。
統一性ねえな……。ま、そんなもんか。
あんまり神経質になり過ぎる必要もないのだろう。曲名で検索をかけ、候補に出て来たものをタッチした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
え?
画面を見て驚く。画面右上には『四角の内サディスティック』と表示されていた。
こいつ萎びた林檎歌うの?
しかもこれは私達が生まれた年と同じぐらいに出た曲だ。寺田が驚きのあまり歌を乱したが逆に音程があってしまっている。
「ねえ、清水って萎びた林檎好きなの?」
天橋くんに確認してみた。
「そうだな。俺と行く時はよく歌ってるよ」
「へえーそうなんだ、なんか意外」
そうこうしている内に寺田の歌が終わり福知の番が回って来る。何とか福知が歌っている間に戸惑った心を落ち着かせた。
次は天橋くんの歌だ。集中して聞かねば。
曲はReeeeDの『ミラクル』。私達がまだ小学生のころにかなり流行った曲で、年明けにはこの曲の製作過程を映像化した映画も決まっていたはずだ。
天橋くんが歌い始める。うん、やっぱり天橋くんは歌が上手い。
声もカッコいいし歌も上手いしで文句なしだ。幸せな時間はあっという間に終わって私の番が回って来る。
私の選曲は東野かな。今の流行で女子力アピールに向いている歌手と言えば彼女だろう。
清水が私の歌を聞くのは初めてのこと。清水みたいな男子が、私のような可愛い女子の生歌を聞く機会など殆どないはずだ。
感謝しなさいと心の中で言っておく。
「これかーらーはどうかよろしくね」
あ、あいつ眠そうな顔してる!
許せない。清水のくせに生意気だ。
寺田なんか今にも泣きそうなぐらい喜んでいるというのに。清水もあのぐらい感激して私を崇めるべきだと思う。
……いや、あのレベルはキモイからやっぱりいいや。
歌い終わる。次はみうの歌だ。
みうが歌い始め……あ。
清水の奴、今度はデレデレしてる。平静を装ってるふりをしているが間違いない。
鼻の下が伸びている。
こういう所がムカつく。清水がみうにデレているのは……まあ喜ばしいことだけど、それでも腹が立つものは腹が立つ。
みうが終わり最後に清水の番。歌が下手だったら笑ってやる。
寺田以上に酷いということはまずないだろうけど、もし清水が音痴だったら、次に二人であった時に絶対煽ってやると心に誓う。
そして『四角の内サディスティック』のイントロが室内に響き始め……
!?
うまっ! 歌うまっ!!
ええ!?
またしても意外だ。萎びた林檎好きにも驚いたけどそれ以上だ。
この上手さはやばい。どのぐらいかというと、東野かな本人よりも上手い。
みうは完全に清水の歌う顔を見たまま固まっていた。あれは確実に放心してる。
認めたくないがこいつは多彩だ。勉強も家事も出来て歌まで上手いと来てる。
運動が出来なくて本当に良かった。いや、出来ないことの何が良いのか分からないけどこれで運動まで出来てたら何となく癪だ。
顔も並み程度だからやっぱり天橋くんの方が上だな。比べてどうするのかとか、そういうツッコミは無しである。
バタッ。
その時、いきなりドアが開いた。何事かと慌てて振り向くと、そこにはぜーはーぜーはー息を整えながら涙目で立っている京子先生の姿があった。
「お前達いつからいなかったんだ! 酷いじゃないか!」
……もう私達が部屋出てから三十分以上経ってますよ?
どれだけ京子先生は一人で喋っていたのだろうかと、ちょっぴり申し訳なく感じてしまった。




