09 バレたくなかった
「うわああああああああああああああああああああああん! バレたくなかったのにいいいいいいいいいいいいいい! 知られたくなかったのにいいいいいいいいいいいいいい! なんで調べたんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ネカフェでの出来事の、翌日の夕方。
リズベット・アドラーは号泣していた。
その日の任務を無事に終えた後、イコライは話があると言って、自機のコクピットでおにぎりを食べているリズベットを訪ねた。
コクピット下から見上げながら、イコライは申し訳なさそうに言う。
「リズベット……すまん。悪いとは思ったんだが」
「なんだよ。昨日のことなら、私は気にしてないぜ? まあ、もう一戦交えたいってんなら、受けて立つけど」
「いや……昨日は俺が悪かった」
「? どうしたんだよ、急に」
「実は……事務担当のマルコさんに頼み込んで、調べてもらったんだ。マルコさんには、そっち系の業界に知り合いがいたんで」
「は? 調べたって、何を?」
「お前の信用情報だ……マルコさんを責めないでやってくれ。俺が無理を言ったんだ」
それまで、話しながらモグモグとおにぎりを食べていたリズは、急に顔面蒼白になって、コクピットから顔を出してイコライを見下ろしてきた。
イコライは言った。
「奨学金の返済が三ヶ所に、お前がいま乗ってる戦闘機にかかるリース料、それから、リース会社から義務づけられている積立金……全部払ったら、お前の手元には、給料はほとんど残らない。ネカフェに泊まらなきゃ、生活していけないのも当然だ」
「な……な……」
「リズ、お前…………………………貧乏だったんだな」
「なあああああああああああああああああああああああああああああ!」
その後、場所を目立たない格納庫の隅に移して、冒頭の号泣に至る。
「いや、本当にすまん……」イコライは平謝りだ。「でも、興味本位とかじゃないんだ。お前がどれだけ苦しい状況にあるのか、仲間として知っておきたくて」
「ふざけんなこの野郎! 大きなお世話なんだよ! こんなのプライバシーの侵害だろうが! 私は……私はな……颯爽と戦場に舞い降りて、キチンと自分の仕事をこなして風のように去って行く、そんなデキる女……最強の派遣っていうイメージを大事にしてきたんだよ! それを……それをお前はなああああああああ!」
「ちょ、ちょっと待て! 何がイメージだよ!」と、これにはイコライも反論する。「死んじまったら、元も子もないだろうが! ……こんなひどい生活を続けていたら、いつか本当に体調を崩して死ぬぞ、お前!」
「そ、そんなこと言ったって……どうしようもないじゃんか……奨学金は、破産してもなくならないんだし……」
世界連邦では、奨学金は破産しても免責されない。『貸手を保護することによって、貸し出しをやりやすくし、教育の機会均等を推進する』という名目からだ。
まあ、実際にはこの制度は、借金漬けでどうしようもなくなる若者を大量生産しているのだが……。
「おーい、イコライ?」
と、その時、カイトとケンが連れだってやってきた。たまたま近くを通りかかって、号泣するリズの声を聞いたのだ。
泣き腫らしたリズを見て、カイトは口元を覆った。
「お前……ソラちゃんというものがありながら」
「違うから! 修羅場じゃないから!」
イコライは、手短に二人に事情を説明した。リズが借金漬けのド貧乏であることを。
「イコライ……それ……」
「……軽々しく、言いふらしていいことなのか?」
「あっ!」
カイトとケンから眉をひそめられて、イコライはようやく気づくが、もう遅い。
「言いふらされた……」リズベット、さらに号泣。「言いふらされた! しかも目の前で! うわああああああああん! もうお嫁に行けないよおおおおおおお!」
「ご、誤解を招くようなことを言うな!」
「あながち誤解でもないけどな……」とカイト。「借金まみれの女と結婚したい、なんて男はいないだろう」
「おいカイト!」
「うわあああああああん!」
「しかしそうか……」とケン。「リズベットは貧困層の出身だったか……なあ、リズ。どん底から這い上がった末に、優秀な戦闘機パイロットとして大成しつつある、君の不屈の精神は素晴らしいと俺は思うぞ。俺にできることがあったら、何でも言ってくれ!」
「うわああああああああああんバカにされたああああああああああ!」
「なっ? 俺は決してバカになんか……」
「もうやめろよ、ケン……」
「ああもうカオスじゃないか! 俺の力じゃ収拾できない!」
「ん? 誰に電話してるんだ、イコライ?」
「ソラを呼ぶ!」
「……情けない男だな」
「あ、あとマルコさんも呼ぼう! 金のことならあの人が詳しいはずだ!」
こうして、事態は仕切り直しとなった。
一行は、基地の食堂へと再び場所を移す。
隅の方の席では、ソラがリズをなだめていて、
「ありがとう……ソラさんは優しいな」
「いえいえ」
「なんであんなクソ野郎と付き合ってるんだ?」
「……それは本当に、どうしてでしょうね?」
なんてやり取りをしている。
一方、イコライ、カイト、ケン、そして呼ばれてやってきたマルコの四人は、それより少し離れた席について、額を寄せ合っていた。
ちなみに、イコライとマルコはかなり仲が良い。
戦闘機パイロットと事務屋で、一見すると水と油に思える二人だが、実はイコライはあれでかなりの読書家で、マルコが専門とする経理や法務にも一定の知識がある。
もちろん、専門家のマルコからすればイコライの知識など基礎の基礎もいいところなのだが、周りの戦闘機パイロットとは輪をかけて話が合わないものだから、多少なりとも話せるイコライはマルコにとって良い話相手なのだった。
ではイコライの方はなぜマルコと仲良くするかというと、これは以前にカイトが聞いたことがあって、イコライはその時にこう答えていた。
「自分が行っていたかもしれない世界のことは、気になるもんさ……俺がもっとまともな人間だったら、普通に良い大学に行って、オフィスで働く仕事に就いていたはずだからな」
閑話休題。
イコライはマルコに、どうにかしてリズを助ける方法はないか、と尋ねていた。
だが、マルコの答えは
「ありませんよ」
だった。
「おおかた、十代の時に適性があるって言われて、戦闘機パイロットになれば貧困から抜け出せると思ったんでしょうが……甘過ぎましたね。いまの時代、どの職業に就いたとしても、目の前の仕事さえこなしていれば幸福になれるわけじゃありません。一人一人が、ちゃんとしたファイナンシャルリテラシー……お金に関する知識、ってものを持たないと」
ファイナンシャルリテラシー?
突然、思いも寄らぬ単語が出て来て、パイロット三人は目を丸くするが、ともかく、話を続ける。
「つまり、マルコ」とカイト。「あんたが言いたいのは、リズベットは戦闘機パイロットとしてのスキル習得に夢中になるあまり、金の管理が雑になっていた、ってことか?」
「その通りです。余裕を持って返せる以上の額を、彼女はすでに借りてしまっている。優秀な戦闘機パイロットになれさえすれば返していけると思ったんでしょうが、甘かったですね。ちゃんと計算していなかったんでしょう」
「あの、この利息なんですが……」
と、今度はケンが、リズの信用情報に関する書類に目を落としながら言っていた。
「ちょっと、高すぎるんじゃないですか? 奨学金でこの利率というのは……」
「いえ、それは相場通りですよ」マルコは数字を暗記しているのか、書類を見もせずに言った。「戦闘機パイロットへの貸付けには、かなり大きなリスクプレミアムが乗せられますから」
「リスクプレミアム?」イコライが眉をひそめた。「なんだそれ、初耳だぞ?」
「うーん、厳密な定義を説明すると難しくなるんで、簡潔に行きましょう。皆さん、ちょっと考えてみてください。成功する確率が一〇パーセントしかないビジネスがあったとしたら、このビジネスに投資しますか? ちなみに、皆さんには十分な財産があって、このビジネスが失敗したとしても、破産する危険はないとします」
「は? 何を言ってるんだ?」
「いくら破産の危険がないとはいえ……一〇パーセントしか成功しないなら、そんなものに投資はできないでしょう」
戸惑うカイトとケンに対して、マルコは得意げに両手で×を作って見せた。
「不正解です」
「は……?」
「え……?」
「イコライさん……あなたなら、正解がわかるんじゃないですか?」
イコライは「なるほど、そういうことか……」とつぶやきつつ、こう答えた。
「成功した場合のリターンが十倍を超える場合は、一〇パーセントしか成功しないビジネスであっても、投資した方がプラスになる」
「はい、正解です」
「ああー」
「なるほど……」
カイトとケンが顔を見合わせているのを満足げに見届けながら、マルコが話を続ける。
「『ハイリスクハイリターン』というと、一般には悪いことのように思われがちですが、実際はそうではありません。ハイリスクであったとしても、ハイリターンであれば投資に値するんです。もちろん、失敗したとしても、破産する危険性がない場合に限られますが」
「つまりこういうことですか、マルコさん」とイコライ。「ハイリスクな投資対象に対しては、ハイリターンが要求される……だから、いつ死ぬかわからない、戦闘機パイロットへの利息は高い。そして、利息のうち、貸倒れになる危険性のために高くなった部分のことを、リスクプレミアムと呼ぶ、と」
「さすが、イコライさんは話が早いですね! ほんと、会計士になればよかったのに」
イコライは再び肩をすくめて、暗黙の内に続きをうながした。
マルコはこう語った。
「……ご存知のように、戦闘機パイロットは死と隣り合わせの職業です。そのため、リースや貸付けにあたっては、どうしてもパイロット側に不利な条件が設定されます。利息のこともそうですが、この業界独特の商習慣として、積立金というものがありますね。この積立金は、戦闘機リース会社との契約で積立が義務づけられているもので、パイロットが引退するまで生き残れば……つまり機体が無事なら……パイロットのものになります。まあ、退職金のようなものですね。ただし、パイロットが死ぬなどして機体が失われてしまった場合には、積立金はリース会社に没収されてしまいます。相続などで遺族に渡ることはありません」
「転職する時にも思ったんですが、」とケン。「この積立金の仕組みは、いくらなんでもリース会社に有利すぎるんじゃないですか?」
「そんなことはないと思いますよ」と、マルコは一蹴。「リース会社の決算書を見れば、彼らが巨額の利益を上げているわけじゃないことは一目でわかります。つまり、積立金の制度があるおかげで、リース会社もギリギリ利益を出せているということです。それだけ戦闘機パイロットはよく死ぬってことなんですよ……死んだパイロットに貸していたお金の損失を、生き残ったパイロットから高い利息を取って穴埋めすることで、ようやく回っているのが現状なんです。まあ、この業界の構造そのものに問題がある、ということかもしれませんね」
「……やはり、世界は変えなくてはいけない、ということか」
「え? イコライさん、いまなんて言いました?」
「いや、こっちの話です……それより、マルコさん、ありがとう。おかげで、リズを助ける道が見えたよ」
「え……ちょっとイコライさん、何を考えて……まさか」
マルコが目を見開き、カイトとケンの視線も、イコライに集中する。
すると、イコライは自信に満ちあふれた表情で、三人に対して笑みを返して見せた。
「問題が金なら、話は簡単だ……世の中には、もっと複雑な問題が、いくらでもあるんだからな」




