51 似ている親子
その頃、イコライの母、コーネリア・ブラドは、スティーブンを自室に呼び、いくつかの質問をしていた。スティーブンがそれによどみなく答えると、コーネリアは固い声で言った。
「そうですか……わかりました。ありがとう、スティーブン。もう下がってください」
スティーブンが辞去した後、コーネリアは安楽椅子に深く腰掛け、物思いに沈んだ。
どうやら、イコライはこの危機を切り抜けつつあるようだった。
何がどうなったのかは、さっぱりわからない。当のイコライは「母さん。もう心配いらないよ。全部上手く行きそうだから」と一言言ってきただけだし、スティーブンも詳しい事情は知らないようだった。
とはいえ、コーネリアとしては、一時は家族の破滅も覚悟していたほどだったので、その心配がなくなったのは非常に喜ばしかった。
……そういう感覚は異常で、普通だったらまだ怒っているべきなのだ、ということは理解していたが、コーネリアからすれば、ここは素直に喜んでおくべきところだった。これまで人生の節目でことごとくつまずいてきたイコライが、今回だけはどうにか切り抜けられそうなのだ。ずっとハラハラしながら見守ってきた母親からすると、子供が親に危ない橋を渡らせたからと言って、怒る気にはならなかった。結局のところ、橋からは落ちなかったことだし。
とはいえ……まだ放ってはおけない問題が二つある。
一つは、ソラとの結婚を認めるかどうか、という問題。
だが、これは簡単だ。結論なんて、考えるまでもなくわかりきっている。問題は、それを伝えるタイミングがなかなかやって来ない、ということだった……とはいえ、もう少し待っていれば、きっとチャンスがやってくるだろう。
より深刻なのは、もう一つの問題……ララ・クラフトの処遇のことだった。
この問題に関しては、やはり早い内に話し合う機会を持った方がいい、と少し前からコーネリアは考え続けていた。
家族の危機が去り、スティーブンの意見を聞いた今が、きっと一番良いタイミングだろう……そう思ったコーネリアは、ララを呼び出した。
ララはメイド服ではない平服を着て、緊張した面持ちで部屋へとやってきた。
「ララさん」コーネリアはにこやかに話を切り出した。「どうかそんなに固くならないで。まずは、体調が戻ってきたそうで何よりです」
「奥様」だが、ララは固い面持ちのまま、早口に言った。「誠に勝手とは思いますが、お暇をいただきたく存じます」
「早まってはダメよ」
ララが辞職を言い出すのは想定していた。コーネリアは間を開けずに言う。
「どうして辞めたいと思ったのかは、おおよそ分かっています。ケンさんとのことですね」
「はい……あんなことがあったのに、何食わぬ顔で屋敷に残るなんて、私にはできません」
「誇り高いのね。それはあなたの美点だと思うわ。でもね、ララさん。どうやらあのケンというSHILFの士官は、捕まらずに事実上の無罪放免になるようです」
そのこと自体は、コーネリアもいまさら蒸し返す気はない。ケンの身の回りの世話をしているスティーブンからも「若者らしい頑固さが玉にキズだと思いますが、根は悪い人間ではなさそうです」と聞いていることだし。
とはいえ、だ。
「彼がなんの罪も問われないのに、あなたが職を失うというのは、とてもバランスが悪いことだと私は思うわ」
「しかし……」
「……自分の息子にこう言うのもなんだけれど、イコライはとても問題の多い子です。でも、時々とても鋭いことを言うの。ララさん、あなたイコライに言われたそうね。ケンさんに謝ればいい、と」
「……はい」
「もしあなたがケンさんに謝って、ケンさんがあなたを許したとしたら……それはきっと、とても素敵なことだと私は思います。そうなれば、あなたが屋敷を出て行く理由も、なくなるんじゃないかしら?」
「……仮にそうだとしても、そんなことは決して起こらないと思います」
「どうして?」
「私の方は、彼を許せないからです……彼は兄の仇だと、いまでも思います。だから、きっと彼も私を許さないと思います」
「じゃあ、あなたは彼を撃ったことを、いまでも正しいと思う?」
「そ、それは……」
「あなたが気にしていることでも、案外、彼は気にしていないかもしれませんよ。恨みを買うことになるのは、彼もわかっていたはずですから、覚悟だって、できていたはず。だから、あなたの方から謝ったら、彼は素直に感動するのではないかしら」
「……」
「もうこれで私の話は終わりですが、一つ、勘違いしないで欲しいことがあります。私は決して、ケンさんに謝ることが、屋敷に残る条件だと言っているのではありません」
「違うんですか」
「ええ、違います。謝るか謝らないかは、どうかあなた自身で決めてください。私のお願いは、あくまで、あなたに屋敷に残って欲しいということです。そのために、あなたが必要だと思うことをして欲しい、と言っているだけです」
「奥様……どうして私なんかに、そこまで言ってくださるんですか?」
「……」
この時、コーネリアが挟んだ沈黙が、ララにとってはとてつもなく大きな重みを持って感じられた。
だが、実際にはこの時、コーネリアは内心で迷っていた。
コーネリアがララを引き留めたのは「それが絶対に正しいことだ」と思ったからだ。ケンがなんの罪も問われない一方で、ララだけは失意を胸に屋敷を去って行く……そんなことは、絶対に間違っていると思ったからだ。
けれど、それをララにそのまま言ったら、ララは悲しむだろう。「なんだ、自分のことを思っていてくれたわけじゃないのか」とがっかりするはずだ。
となると……ここは、嘘も方便というものだった。
「なんだかあなた、とても良いメイドになってくれそうな気がするのよ」
そう言って意味ありげに笑ってみせると、ララは目を見開いて驚いていた。自分をそんなにも評価してくれていて嬉しい、という顔だ。
ふう、どうやら上手くいったみたいだ、とコーネリアは胸をなで下ろす。別に全くの嘘ってわけでもないしね、と自分を納得させながら。
……そういう、正義感の強さと奇妙に同居した身勝手さは、コーネリアとイコライの親子が、どこか似ている部分だったかもしれない。




