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墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
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36 ライトゲーム作戦Ⅴ -統制射撃-

 ジェイス提督は、限られた情報を元に、最大限に合理的な決断をしようと試みた。


 だが、彼の手元にある情報は少なかった。


 巡航ミサイルのうち、一部は戦闘機だろう……だが、具体的に戦闘機が何機いるのかまでは掴めていない。レーダー反応はたった一つだけで、距離もわからない。レーダー警報装置の誤作動を疑われるような局面でさえあった。


 ……結局、それは、反転を決断させるには、あまりにも乏しい情報でしかなかった。


 無論、将才ある指揮官ならば、これだけ少ない情報しかなくとも、論理的思考を通じて、より戦闘全体を俯瞰して見ることができただろう……つまり、敵がここで新兵器を使ってきたということは、これは当初想定された偶発的な戦闘などではなく、実際は、偶発的であるかのように見せかけて敵の方が主導してきた計画的戦闘である可能性が高い……すなわち、これは罠である、ということにいち早く気づくことができたはずだ。


 もしかしたら、ジェイスもまた、冷静でさえあれば、それに気づくことができたかもしれない。

 だが、この時のジェイスは、おそらく、目がくらんでいた。


 なぜなら、攻撃隊はちょうど、敵艦隊をミサイルの射程ギリギリに捉えていたからだ。あと数十秒直進すれば、射程内に捉えられる、というほどに。


 SHILF軍の最新鋭艦、六隻撃沈。


 そんな大手柄を立てれば、もう一生、生活は安泰だ。

 銀行口座の残高を気にする生活とは、永遠にお別れだ。


 ……その大きなチャンスを、彼は手放すことができなかった。


 それ故に、彼は、後に彼の人生を破滅させることになる、次のような命令を下した。


「攻撃隊に通達……敵艦隊を対艦ミサイルの射程に捉え次第、直ちに全弾投弾。その後、反転して離脱せよ」



 攻撃隊のパイロットたちは、命令を聞いて内心「そんなバカな!」「なぜすぐに反転させてくれない!」と思いつつ、軍人として仕方なく、命令を実行し、直進する。



「敵戦闘機、反転しません……敵は、投弾後に反転することを選択したようです!」

「致命的な判断ミスだ!」


 オペレーターの報告を聞いたユスフ中佐は、立ち上がって快哉を叫んだ。


「提督! これで勝てます!」

「ユスフ・アーナンド中佐……」


 だが、フランシスはユスフとは対照的に、真剣な表情のまま、これまでに聞いたことがないような低い声で言った。


「現在、戦闘中である……私語は慎め」

「も、申し訳ありません!」


 敬礼して謝罪するユスフのことは無視して、フランシスは矢継ぎ早に命令を発した。


「第一戦闘機隊、電波封止解除! 戦闘航空管制は、射撃目標の割当てを開始しろ! 敵一機に対するミサイルの割当ては五発!」


 対艦ミサイルを四発搭載した場合、グリフィンは四発しかAMMを積めない。つまり、ミサイルを五発撃たれたら、ほぼ確実に死ぬ。SHILFのJan-12は一機につきミサイルを一〇発積める……単純計算で、相手がこちらの二倍でも撃破できる計算だ。


「敵が対艦ミサイルを投弾しても構うな! 戦闘機のみを狙え! ……管制長」

「はっ!」

「貴官が判断したタイミングで、統制射撃を実施せよ……敵をギリギリまで引きつけろ」

「了解いたしました」


 そんなやり取りの間にも、管制官の手によって、各敵機にミサイルが割り当てられていく。味方戦闘機から伸びる線が、次々と、敵戦闘機に結びつけられていく……。


 やがて、その線が数え切れないほどになったタイミングで、線の増加が、ピタリと止んだ。

 その瞬間、管制長は命令を発した。


「撃て!」



 第一戦闘機隊のパイロットたちが、一斉にミサイルリリースボタンを押し込む。

 統制射撃では、データリンク誘導によって、ミサイルは管制官が指示した目標に向かって飛ぶ。パイロットがいちいち目標を指示する必要はなく、この時、多数のミサイルが、一斉に空へと放たれた。



「赤外線反応多数!」

 連邦軍戦闘機の赤外線センサーが捉えた情報は、データリンクによって直ちに司令部と共有された。

「空対空ミサイルです! 数は……」


 モニターに表示された数に、ジェイス提督以下、司令部要員の全員が声を失った。

 それは、対艦攻撃隊の機数を、きっかり五倍した数だったからだ。



 わずかに遅れて、連邦の対艦攻撃隊は、SHILF艦隊をミサイルの射程内に捉える。


「全機投弾!」


 各機は四発の対艦ミサイルを素早く投弾するなり、すぐさま反転。さらに四発あるAMMの全てを順次撃ちだして、必死の抵抗を試みる。


 また、対艦攻撃隊の直援を務めていた十二機の戦闘機も、応射のミサイルを発射する。

 だが、それらは全て、無駄な抵抗に過ぎなかった。



「ランチェスターの第二法則……」

 SHILF軍の艦隊司令部で、バシル大佐がそうつぶやくのを、マリアは耳にした。

 ランチェスターの第二法則なら、士官教育課程で習ったことがあったので、マリアも知っている。


 旧世界から伝えられているといわれるその法則は、ある一定の条件の下では、軍隊の戦闘力は兵力の二乗に比例する……つまり、兵力が大きい方が圧倒的に有利である、というものだ。


 確かに、バシル大佐の言う通り、目の前で起きていることは、ランチェスターの第二法則の再現に他ならなかった。


 ミサイルの数で上回るSHILF軍は、十分なAMMを持たない連邦軍の対艦攻撃隊を、一方的に撃破していった。


 一つ、また一つと消滅していく、連邦軍戦闘機のレーダー反応。

 対するSHILF軍戦闘機の被害は……敵の直援戦闘機の反撃によって、四機が撃墜されたのみだった。


 運良くミサイルの回避に成功した連邦軍戦闘機や、AMMを多数積んでいたため生き残れた直援戦闘機も、すぐに追撃を受け、あえなく撃ち落とされていく。


 そして、最初の統制射撃から、わずか数分後……。

 戦場の真ん中に、SHILF軍戦闘機しかいない空間が出現していた。


「何機だ」

 ユスフが言った。

「何機落とした?」


「……五二機、です」


 その答えを聞いて、司令部は騒然となった。大勝利、などという言葉でさえ、まだ生ぬるい。圧倒的な勝利だった。


 だが、まるでこの結果を最初から知っていたかのように、平然としている男が一人いた。


「総員に告ぐ!」フランシスは言った。「まだ戦闘は終わっていない!」


 言われて、気を引き締め直した司令部要員に向けて、フランシスは命じる。


「これより、作戦を次の段階へ移行。作戦目標を戦果拡大とする。管制長! 第一戦闘機隊を二手に分けて、両翼に位置する敵の制空戦闘機の退路を断て! 同時に第二、第三戦闘機隊に攻勢転移を指示! 敵を一気に押し出せ!」


「りょ、了解!」


 そのあまりに容赦のない攻撃的な命令に、管制長の声が震える。

 が、命令そのものは着実に実行された。


 折から、SHILF軍の別の戦闘機隊と交戦していた連邦軍制空戦闘機隊は、陣形の中央に突如出現したSHILF軍戦闘機隊に度肝を抜かれた。旗色悪しを悟って慌てて逃げようとするも、フランシスの迅速な命令を受けた第一戦闘機隊によって退路を断たれた上、反対側からも追い立てられた連邦軍制空戦闘機隊は、やむなく交戦するも、次々と撃墜されていった。先ほどの一斉射撃ほどではないにしても、やはり一方的な戦闘となった。


 この追撃戦と合わせて、最終的なSHILF軍の戦果は、八四機の撃墜に対し、一二機の被撃墜となった。



「わかった……」

「わかったって、何がですか、ソジュン少佐」


 巡洋母艦インディペンデントの指令室で、ソジュン・リー少佐とシャルロット・リヴィエール少佐が会話をしている。二人の上司であるロン・ウィリアムズ艦長も、それとなく聞き耳を立てている。


 ソジュンは言った。


「あの情報……『空母よりも重要な目標』ですよ」


「ちょっとあなた! こんな時にそんなくだらないクイズのことを考えていたんですか!」シャルロットは怒った。「フェアリィ社が壊滅的な敗北を喫した日に……大勢の勇敢な戦闘機パイロットが戦死したその日に……あなたはそんなことを!」


 だが、そんなシャルロットを完全に無視して、ソジュンは続ける。


「『戦闘機』。それが答えです」

「な……?」


「空母がなぜ重要なのか。それは、戦闘機が現代の正規戦において最強の兵器であり、空母がその作戦拠点となるからです……だったら、たとえ空母の守りが堅くて崩せなくても、戦闘機をおびき出して叩ければそれでいい。それが敵の指揮官……フランシス・セドレイの狙いだったんです」


「……」


 おそらくそれが正解だ、とシャルロットにもわかって、彼女は言葉を失う。


 その時、ロン艦長が重々しいため息をついたが、誰もそれを気に留めず、したがって、そのため息の意味を考える者もまた、誰もいなかった。



「う……うう……」


 ジェイス・マッケンリー提督は、その地位と立場の手前、己が身に降りかかった不幸を声に出して呪うこともできず、ただ、誰にも聞こえないようなうめきを漏らすことしかできなかった。


 だが、彼にはまだ望みがあった。


 それは、スクリーンの上を、SHILF艦隊に向かって突き進む、無数の輝点……全滅した対艦攻撃隊の忘れ形見、すなわち、飛翔する百発以上の対艦ミサイルだった。


(まだだ……あのミサイルがSHILFの艦隊を全滅させてくれれば、俺はまだ、英雄になれる……!)

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