表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墜ちないイカロス  作者: 関宮亜門
第2章 トライアル
36/91

22 議論


 その日、イコライとカイトの元に、次の仕事の依頼はしばらくなさそうだ、という業務連絡が届いた。


 なんでも、SHILFとの緊張が高まっていることを背景に、連邦政府が強制停戦命令を出すという噂が流れているらしい。


 通常、連邦政府は加盟国間の戦争を仲裁しないが、非常事態となれば話は別だ。連邦政府は、これまでにも何度か、治安上の理由で強制停戦命令を出してきた。


 強制停戦命令はその名の通り構成国に直ちに停戦を命じるもので、過去に違反した国のうちのいくつかは、後に滅ぼされるか、少なくとも政権交代を強いられている。


 そんなものが出されればイコライたち傭兵は商売あがったりなのはもちろんだし、「命令が出されるらしい」という噂が流れただけでも影響は甚大だった。停戦命令が出されるとわかっていて戦争を始めるバカはいないので、新規の開戦が激減するのだ。



 そういうわけで、思わぬ形で休暇延長となったその日、カイトはイコライに対して「もう一度、腰を据えて話がしたい」と切り出した。


 イコライとしては、断る理由がないと思った。カイトが心変わりしたのかもしれない、と考えないではなかったが、かといって、逃げを打つなど論外だった。この先にどれだけの困難が待ち受けているかわからないのだ。これぐらい乗り越えられなくてどうする、と思った。


 すると、それをイコライから聞いたソラが、自分も同席させてくれと言ってきた。


 イコライは特に気にも留めず「うん、いいよ」とだけ言って許可したが、後でそれを知ったカイトから、


「イコライ。あんまりソラちゃんを巻き込まない方がいいんじゃないか?」


 と言われた。

 だがイコライは、


「あのな、カイト……ソラはどうしたって、俺のやることに巻き込まれるんだよ。だったら、話を聞く権利は、ソラにだってあるじゃないか」


 と言って、カイトは黙った。



 かくして、イコライ、ソラ、カイト、ケン……四人の若者が、改めて客間に集まった。


「さて、カイト」


 ケンが、再びベッドの上から口を開く。怪我は順調に回復しているが、まだ動き回ることはできなかった。


「いったい今度は、どんなテストだ?」


 すると、カイトは顔の前で手を振る仕草を見せた。

「テストなんかしない。あの時は悪かったよ……でも、今度もちゃんと答えてもらうからな」

「もちろんだ」


「おう……と言っても、今回、俺が聞きたいのは、イコライ、お前の方だ」

「俺か?」

 イコライが自分を指差し、カイトがうなずく。


「ああ。面倒なことはしない。ストレートに聞くぞ……イコライ、お前、SHILFに興味があるんだろ」


「ああ、まあ……そうだな」


「イコライ。一つはっきりさせておく。俺はケンのやつを無事に逃がしてやることには賛成した。でも、俺は決して、SHILFに加わる気になったわけじゃない。興味もないどころか、むしろ俺は、SHILFなんか大っ嫌いだって、はっきり言っておく」


「どうしてだよ」イコライは反駁した。「俺もそうだけど、お前だって、SHILFのことをよく知らないだろ。よく知りもしない相手を、どうして嫌いになれる?」


「まず第一に、歴史的な経緯がある……虐殺とか、ロクでもないことをたくさんやってるだろう、SHILFは」


「そんなの、何十年も前の話だ」


「イコライの言う通りだ、カイト」ケンが言った。「いまのSHILFは、当時とはだいぶ変わっている……もし当時のままだったら、今日まで存続できたはずがない」


「ホントかよ、そんなの……まあいい。二つ目は、SHILFが連邦と戦って勝てるわけがないってことだ。国力の差が大きすぎる。俺は、親友が負け戦を戦って死ぬとこなんか見たくない」


「イコライ、これは俺が答える」

 ケンが言って、続けた。


「確かに、連邦の戦力が一度に攻めてくれば、国力で劣るSHILFは太刀打ちできないだろう……だが実際には、連邦は一枚岩じゃない。連邦の政府高官や大企業の中には、SHILFのおかげで利益を得ている者さえいる。一方で、SHILFは全体で団結することで連邦に対抗している。そう安々と負けたりはしない」


「全体で団結か。俺がSHILFを嫌いな理由の三つ目はそれだよ。団結って言えば聞こえはいいけど、要は独裁じゃないか。ルイズ・アレクサンダー一人でもってる国だろ、SHILFは。確かにルイズはやり手かもしれないけど、いつかは死ぬぜ? そうなったらどうするつもりだ?」


「オクタリウス長官がいる」

 ケンはきっぱりと言い切った。


「……確かに、あの人には恐ろしいところがある。けれど間違いなく優秀な人だし、何より私心というものがない。他の高官と違って質素な生活をしていて、誰もあの人が贅沢をしているところを見たことがなく、人生の全てをSHILFに捧げている……あの人なら必ず、ルイズ議長の次の時代を担ってくれる」


「へえ? それで、オクタリウスの次は? ケン、お前がどうにかするとでも言うのか?」

「それは……もちろん、そうしたいとは思っている」


「こんなところで死にそうになってるようなやつに、SHILFのトップが務まるとでも?」

「……俺がダメでも、きっと誰かが」


「誰かって、誰だよ……そうやって、誰かが誰かがって言い続けて、自由を差し出す代わりに責任から解放されることを選ぶ。ケン。お前がSHILFに入ったのだって、そういう面もあったんじゃないのか……でもそんなの、逃げてるだけだ。世界とか自分の人生とか、そういう難しいことから背を向けているだけだ」


「あのなケン。連邦は自由なんだよ。一枚岩じゃないし、貧富の差だってひどいし、他にも色々、ひどいことが毎日起こってる……でもそれは全部、連邦が自由だからなんだよ。連邦では弱いヤツは生きづらい。でもだからこそ、みんな強くなろうとするんだ」


「けどSHILFは、散々綺麗事を並べた後で、やることと言えば、弱いヤツを弱いヤツのままにすることだけじゃないか。だから独裁者が暴走しても誰も止められないんだ。だからお前だって、自分より強い『誰か』を常に必要としているんだ。そうだろ?」


「……そんなに連邦が素晴らしいなら、なぜ俺の兄は廃人にされた? 弱かったからだとでも言うのか?」


「言いたくはないが……そうだよ」


「……では、毎年SHILFにやってくる何万人もの移民たちはどうして、住み慣れた故郷を捨ててまで、SHILFに来なければならなかった?」


「競争社会に負け犬がいるのは、別に連邦のせいじゃない。お前がどうこうできる問題でもない。お前が移民に同情するのは、ただ肥大化した自意識のせいだ」


「違う! 恵まれない境遇の人たちに同情するのは、人として当然のことだ。カイト。お前は自分が傷つくのが怖いだけだ。世界を変えようとして、失敗してしまったら恥ずかしいから、それが怖くて安全なところから出てこないだけだ」

「何が『連邦ではみんな強くなろうとする』だ。詭弁も良いところだ。誰もが強くなれるわけじゃない。そんなこと、お前だって子供じゃないんだから、わかっているだろう」


「だからって、弱者を助けようなんて、結局は弱いヤツに弱いままでいて欲しい政治家にとって都合の良い話でしかない。ケン。お前たちはそんな政治家に利用されてるだけなんだよ。なぜそれに気づかない?」


「事実誤認もいいところだ。SHILFは移民に無償の教育や職業訓練を与えている。弱いままになんかしていない……カイト、お前は、弱い人たちのために自分がリスクを負うのが嫌なだけじゃないのか? お前はただ、悟った風な顔をするのがカッコイイって勘違いしているだけで、実際は、自分を守ることしか考えていない臆病者なんじゃないのか?」


「……お前! 言っていいことと悪いことがあるぞ!」


「二人とも、そのへんにしとけ」

 頭に血が上ってきたカイトとケンを、イコライが押しとどめる。

「すごく面白い話だったけど、話がずれている気がする。ええっと、そもそも何の話だっけ」


 すると、これまで黙っていたソラが、どこか沈みがちな声で言う。

「イコライさんがSHILFに興味があるみたいだから、それについての話ですよ」

「そうだ!」

 と、勢い込むカイト。


「イコライ。俺の意見は一通り言った。お前はどうなんだ。お前は……SHILFのことを、どう思ってるんだ」


「わからない」

 イコライはかぶりを振る。


「当たり前だろ。行ったことがないんだ。本を読んだり、テレビのドキュメンタリーを見たり、ネットで色々な記事を読んだりしたことはあるけど、実際にSHILFの人間と会ったのはケンが初めてだし……それだけの知識で、わかるわけがない」


 そのすぐ後、イコライは「ただ……」と付け加えた後で、こう言った。


「俺はいま、色々なことに行き詰まってるって感じてる。回りで起きていることの中に、これはおかしいんじゃないかと思うことがあっても、俺には何も変えることができない……ただ、みんながやっているのと同じことを、ずっと繰り返すことしかできないんだ。でも俺は……それだけの人生で終わりたくない。何かおかしなことがあれば、自分の力で、それを変えたい」


「救世主願望か?」とカイト。「イコライ。そういうのはな、往々にしてただの自己満足なんだよ。お前、自分でもわかってるだろ。お前は決して悪いやつじゃないけど、時々、ものすごく自分勝手になることがある。お前が世界を変えたいと願うのは、大勢の人を助けるためなんかじゃない。お前自身のエゴのためだ」


「ああ、エゴだよ」イコライはきっぱりと言った。「それぐらいの自覚はある。俺は、苦しんでる誰かのことなんか、心の底ではこれぽっちも考えちゃいない」


「なんていうのかな。そう、苦しんでる人っていうのは、俺にとってすごく目障りなんだ。誰かが苦しんでるのを目にすると、俺はイライラするんだよ。だから、確かに俺はその人の苦しみを取り除いてやりたいと思うんだけど、その動機は、相手のためじゃない。自分のためだ……でも、それのどこが悪い? それで苦しんでる人が救われるなら、誰も損はしないじゃないか」


 イコライは一度言葉を切って、この屋敷のロビーに掲げてある肖像画を見たか、と全員に聞いた。三人とも、肖像画に描かれた軍服を着た男性のことを覚えていた。


「あれはブラド家の始祖の肖像画なんだ。俺のご先祖様はな、エーメア中西部の貧しい地方から、一攫千金を夢見て大公海に出てきた。その初代様はただの一船員で終わったけど、息子は違った。空賊として有名になった後、軍人に登用されて武功を重ねて、ついには爵位を与えられた。それがあの肖像画の男なんだ」


「何の話だ、イコライ?」

 ケンが眉をひそめて聞くと、イコライは大仰な手振りを交えて言い返した。


「あのご先祖様の胸には野望があった。そして、これは俺の野望なんだよ。俺は世界を変えたい……ただの一人の戦闘機パイロットとして人生を終えるなんて、そんなのは嫌なんだ!」



 そう訴えるイコライの様子を黙って見つめながら、ソラは眉をひそめていた。


 ソラは疑問に思っていた。イコライが世界を変えたがっているのは、死んでいったオリバーのためではないのか。それをカイトに伝えれば、カイトだって、もっとすんなり納得してくれるのではないか、と。


 だが、ソラはすぐに思い出す。オリバーが平和主義者だったことを知っているのは自分だけだと、イコライが言っていたことを。


 おそらくイコライは、カイトにそれを教える気はないのだろう。


 カイトの記憶の中のオリバーには、コンプレックスを抱えた気難しい少年ではなく、人気者の優等生のままでいて欲しい……きっとイコライには、そんな思いがある。


 ……だが一方で「自らのエゴや野望のために、世界を変えたい」と語るイコライが、嘘をついているようにも見えなかった。


 おそらく、真相はこんなところだろう……。


 イコライには、昔から深層心理の部分で「何か大きなことをやりたい」という願望があった。

 しかし、肝心の「何をやったらいいか」がわからなかった。


 そんな時に、平和主義者なのに戦争の訓練を受けさせられて事故死した、オリバーという少年の人生に触れた。

 それで、イコライはこう思った。「これこそ自分のやるべきことだ!」と。


 ソラは、改めてイコライという男の危うさに触れて、薄ら寒い気持ちになる。


 イコライはエゴの塊のような男だが、かといって、苦しんでいる人を助けたいとか、戦争で人が死ぬたびに悲しくなるとかいった発言は、決して嘘ではない。


 イコライの心の中ではきっと、利己主義と利他主義が、複雑に絡み合っているのだ。


 その行き着く先は……一体、どこなのか。



「イコライ……」カイトが言った。「百歩譲って、お前のその野望とやらを認めるとして……それとSHILFと、何の関係がある?」


「単純な話だ……俺がいまいるこの世界を変えたいのなら、違う世界を見に行くことは、きっと役に立つ。ケンが言った通りなんだ。『ここではないどこかへ行きたい』。『もう一つの「世界」が必要だ』。まさにその通りだと思った」


「イコライ」と、今度はケンが言った。「俺は、カイトほどSHILFを否定しようとは思わない……それにしても、イコライは少し期待しすぎだと思う。俺がずっと言ってることだが、SHILFというところは、それほど良いところじゃなかったと思う」


「いや。それはもしかしたら、ケンはケンで、SHILFだけを見ていたからじゃないのか?」

「どういう意味だ?」


「つまり……どちらが良いとか悪いとかじゃないんだよ。違うものがぶつかりあうことで良い結果が生まれるんじゃないのかな。たとえば、さっきのカイトとケンの言い合いなんか、最高に面白かった」


「はあ……?」

「あれが……?」


 二人とも、呆れたような声を出して、怪訝な顔をしてお互いを見る。


「とにかく!」イコライは言った。「俺はSHILFに行きたい。連邦とは違う世界ってやつを、一度でいいから見てみたいんだ」


「ちょっと待て」とカイト。「よく考えたら、まだ聞いていないことがある」

「なんだよ」

「お前が言う『世界を変える』って、具体的にどうすることなんだよ」

「……」


 それを聞かれると、イコライは、それまでの勢いが消え失せたかのように、ふと黙って、自然な動作で背筋を伸ばした。


 思わず、イコライの視線はソラに向かった。さっきから、壁の花になったかのように黙りこくっているソラ……だが、その視線は、イコライのそれと、しっかりとかみ合った。


 ソラが小さくうなずいたのを見て、イコライは勇気づけられた。


「世界平和だ」


 イコライは言った。

「この世界は、戦争が多すぎる。俺はこの世界から戦争をなくしたい……それが無理なら、せめて、今よりもずっと少なくしたい」


 カイトとケンは、二人揃って、大きく目を見開いた。


 ただ、ソラだけは、緊張がほどけて安心したかのように、ふっと笑みを漏らしていた。行けるところまで行ってみればいい、もしかしたら、本当に世界を変えられるかもしれないし……ソラはそう思っていた。


「世界平和って……イコライ、お前なあ」

 カイトは、ほとほと呆れ果てたという様子だ。

「いい歳した大人がなんてこと言うんだよ。小学生じゃないんだぞ?」


 まあ、これはある意味で想定内の反応だった。


「ケン。お前はどう思う?」

 イコライは聞いた。


「SHILFにいた時、そういう話を聞いたことはないか? 戦争をなくすにはどうすればいいかとか。それがないなら、どうしてこの世界にはこんなに戦争が多いのかとか……」


「んなバカな!」

「いや……」


 カイトが声を上げたが、そのすぐ後で、顎に手を当てて考え込む仕草をしながら、ケンが言った。


「そういえば……オクタリウス軍政官……いまは軍管区長官だが……あの人の勉強会で、そんな議題が設定されたことがある。その時の長官は、まず生徒たちに『なぜ戦争が起こるのか』というテーマで討論をさせたんだ」


「それだ! まさに俺が知りたいことじゃないか!」

 イコライが前のめりになり、カイトは言葉を失いながらのけぞっている。


「それで、どうなったんだ?」


「ま、俺も含めて、生徒たちはみんなが好き勝手な意見を言った。戦争で儲かる人間がいるからだとか、意思疎通の不完全性のためだとか……中には、戦争は人間の本能なんだ、とか言うやつもいたな」


 合間を見てカイトが、

「ああ、SHILFにも俺と気が合いそうなやつがいるんだな」

 などと茶々を入れたが、みんな無視した。


「で、どうなったんだ?」

「……一通り意見が出尽くした後で、オクタリウス長官はこう言ったんだ」




「みんなよく勉強していて結構……だが、準備時間があまりなかったせいか、君たちの意見はやや抽象的すぎるようだ。ここでは、私の研究成果を発表する形で、もっと具体的に見てみたい」


 そう言ってオクタリウスは、使い古された黒板に、こう書き込んだ。

「社会構造と戦争」

 そして、オクタリウスはその下に、こう付け加えた。


「強力な中央政府の不在」


 ……それが、なぜこの世界には戦争が耐えないのかという問いに対する、オクタリウスの答えだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ